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第2部 第11章
第1話 アルローズ公爵
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アルローズ公爵家と言えば、王国の中でも有数の名家で、王国設立に携わった一族とされている。
現当主は貴族を絵に描いたような人物で、公正公平を旨としているという。
娘のユーリ同様、社交の場にはあまり顔を出さないという話だったが、それはただの噂だったのかもしれない。なにせ、意義深いとはいえたかだか学園の祭りに足を運んでいるのだから。
それとも、ユーリがいるからか。
隣の彼女を窺うと、俺の腕を取っていた手は力が抜けたように下がり、蒼白になったのも一瞬、見る見る赤みを増してその瞳は荒々しい炎のような怒りに満ちていた。
初めて見る彼女の憤怒に、見ているだけの俺も焼かれてしまいそうだ。
「なんのつもりだ、あなたがこのような場所に来るなんて」
「公爵家の令嬢の話し方ではないね」
「……っ」
ぎりっ、とユーリの剥き出しにした歯が鳴る。
「そうでしょうとも! なにせ私は“公爵家の令嬢”という名前ではなく、ユーリアナなのだから! らしい話し方などするはずもない!」
怒髪天を突くような怒り。
俺は震えそうになるのを堪えるのすら必死なのに、正面からその怒気を受け止めるアルローズ公爵は凍りついているように表情一つ動かさない。
「いいや、君は公爵家の令嬢だ。アルローズ公爵である私の娘なのだから。だというのに、君はなにをしているんだい? 店に出て、使用人の真似事かい? それはまったくもって立場違いの行いだ。君は公爵家の者だ。立場に相応しい行いをしなくてはいけないよ?」
物静かで、まるで子どもを諭すような話し方だった。
けれど、その声はどこまでも冷徹で、聞く者に拒絶を許さない強い意思が宿っていた。
――抗うことは許さない。
柔和な言葉遣いとは異なる内実に、逆に、ユーリの反抗の火を燃え上がらせ、苛烈にさせていく。
「黙れ! 黙れ黙れ! なにが公爵家の令嬢だ! 私の娘だ! お父様は、あなたは1度たりとも私を娘として扱わなかったではないか! 公爵家の令嬢たれ、と枠に収めることを強要してきた!」
「力ある貴族は模範的であるべきだ」
「すぐそれだ! なんだ模範とは? 私を殺して、なにが楽しい! 私はあなたの求める公爵家の令嬢ではないんだ! 規律模範の奴隷になる気はない!」
そうか。
公爵家の令嬢、という立場をあまり好んでいないのは、それなりの時間を過ごして理解していた。かといって、公爵家と自身を切り離すことなく、使えるものは使うとばかりに権力も行使していた。
その歪な在り方に首を傾げることもあったが……。
ユーリが嫌悪しているのは、公爵家そのものというよりも、父親であるアルローズ公爵そのものなのかもしれない。
父親に反抗する年頃の娘というには、苛烈にすぎるけど、とまくし立てるユーリを見る。
「私の前から消えろ! もう現れるな!」
「それはできない、権力には義務がつく。ユーリアナ、君はアルローズ家に権力を持って生まれた。その事実は消えはしない。ゆえに、君は公爵家の令嬢として振る舞う義務がある」
「黙れ……!」
噛みつく勢いで言葉を吐く。
もはや意地で、感情の問題だ。普段のユーリにある余裕なんて雪の一粒もない。
そんな、いまのユーリに対して理路整然と諭すのは、火薬庫に火種を投げ入れるような愚行だ。それはアルローズ公爵もわかっているのだろう。
浅く息を吐いて、わずかな時間瞼を閉じた。
直後に開いた蒼い瞳には、変えようのない冷たい意思が氷の表面のように怪しく輝いていた。
「――自由にさせすぎたようだ。1度連れ帰ろう」
え、と空気も読まず声が漏れそうになった。
ユーリを連れて帰る?
それは学園からいなくなるということか? ひいては、俺のそばからいなくなる? ユーリが?
考えもしなかった事態に呆然としていると、ユーリがふざけるなと果敢に噛みつく。
「誰があなたの言うことなど聞くものか!」
「君の意思は関係ない。私が学園に退学の旨を伝え、君を連れ帰ればそれで片付く」
「……っ、そんなことができるとでも!?」
「だから、私はアルローズ公爵なのだよ」
あぁ、これは駄目だなと思う。
ユーリも引かないが、アルローズ公爵も引く気はない。
このまま進めばユーリが連れて行かれることは変えようのない事実となって、俺が彼女に会うこともできなくなるだろう。
ユーリに会えなくなる?
……それは、嫌だな。
本当に嫌だ。心臓が痛い。吐き気がする。
まだ1年も一緒にいないのに、腕をもがれるような酷い幻痛に襲われる。まだ、ユーリの意思ならこの痛みも和らいだろうが、こうして無理やり連れて行かれる場面に立ち会って、その嫌悪感は増大する一方だ。
気持ち悪い。関節が痛い。
心が嫌悪感に塗り固められていくのがわかる。
体を固めていた恐怖がぼろぼろと崩れ落ちていき、油でも差したように足が滑らかに1歩踏み出した。
「――親子の歓談中、失礼します」
ユーリとアルローズ公爵の間に割って入って、笑顔の仮面を被る。
胸に宿る焦燥と熱情はもしかしたら、祖父が金に抱いていたものに近いのかもしれない。
ただ、祖父が執着したのは金で、俺はユーリだった。
金に女に。
家族のことを顧みない、駄目男。
血は争えない、と仮面の下でせせら笑う。
現当主は貴族を絵に描いたような人物で、公正公平を旨としているという。
娘のユーリ同様、社交の場にはあまり顔を出さないという話だったが、それはただの噂だったのかもしれない。なにせ、意義深いとはいえたかだか学園の祭りに足を運んでいるのだから。
それとも、ユーリがいるからか。
隣の彼女を窺うと、俺の腕を取っていた手は力が抜けたように下がり、蒼白になったのも一瞬、見る見る赤みを増してその瞳は荒々しい炎のような怒りに満ちていた。
初めて見る彼女の憤怒に、見ているだけの俺も焼かれてしまいそうだ。
「なんのつもりだ、あなたがこのような場所に来るなんて」
「公爵家の令嬢の話し方ではないね」
「……っ」
ぎりっ、とユーリの剥き出しにした歯が鳴る。
「そうでしょうとも! なにせ私は“公爵家の令嬢”という名前ではなく、ユーリアナなのだから! らしい話し方などするはずもない!」
怒髪天を突くような怒り。
俺は震えそうになるのを堪えるのすら必死なのに、正面からその怒気を受け止めるアルローズ公爵は凍りついているように表情一つ動かさない。
「いいや、君は公爵家の令嬢だ。アルローズ公爵である私の娘なのだから。だというのに、君はなにをしているんだい? 店に出て、使用人の真似事かい? それはまったくもって立場違いの行いだ。君は公爵家の者だ。立場に相応しい行いをしなくてはいけないよ?」
物静かで、まるで子どもを諭すような話し方だった。
けれど、その声はどこまでも冷徹で、聞く者に拒絶を許さない強い意思が宿っていた。
――抗うことは許さない。
柔和な言葉遣いとは異なる内実に、逆に、ユーリの反抗の火を燃え上がらせ、苛烈にさせていく。
「黙れ! 黙れ黙れ! なにが公爵家の令嬢だ! 私の娘だ! お父様は、あなたは1度たりとも私を娘として扱わなかったではないか! 公爵家の令嬢たれ、と枠に収めることを強要してきた!」
「力ある貴族は模範的であるべきだ」
「すぐそれだ! なんだ模範とは? 私を殺して、なにが楽しい! 私はあなたの求める公爵家の令嬢ではないんだ! 規律模範の奴隷になる気はない!」
そうか。
公爵家の令嬢、という立場をあまり好んでいないのは、それなりの時間を過ごして理解していた。かといって、公爵家と自身を切り離すことなく、使えるものは使うとばかりに権力も行使していた。
その歪な在り方に首を傾げることもあったが……。
ユーリが嫌悪しているのは、公爵家そのものというよりも、父親であるアルローズ公爵そのものなのかもしれない。
父親に反抗する年頃の娘というには、苛烈にすぎるけど、とまくし立てるユーリを見る。
「私の前から消えろ! もう現れるな!」
「それはできない、権力には義務がつく。ユーリアナ、君はアルローズ家に権力を持って生まれた。その事実は消えはしない。ゆえに、君は公爵家の令嬢として振る舞う義務がある」
「黙れ……!」
噛みつく勢いで言葉を吐く。
もはや意地で、感情の問題だ。普段のユーリにある余裕なんて雪の一粒もない。
そんな、いまのユーリに対して理路整然と諭すのは、火薬庫に火種を投げ入れるような愚行だ。それはアルローズ公爵もわかっているのだろう。
浅く息を吐いて、わずかな時間瞼を閉じた。
直後に開いた蒼い瞳には、変えようのない冷たい意思が氷の表面のように怪しく輝いていた。
「――自由にさせすぎたようだ。1度連れ帰ろう」
え、と空気も読まず声が漏れそうになった。
ユーリを連れて帰る?
それは学園からいなくなるということか? ひいては、俺のそばからいなくなる? ユーリが?
考えもしなかった事態に呆然としていると、ユーリがふざけるなと果敢に噛みつく。
「誰があなたの言うことなど聞くものか!」
「君の意思は関係ない。私が学園に退学の旨を伝え、君を連れ帰ればそれで片付く」
「……っ、そんなことができるとでも!?」
「だから、私はアルローズ公爵なのだよ」
あぁ、これは駄目だなと思う。
ユーリも引かないが、アルローズ公爵も引く気はない。
このまま進めばユーリが連れて行かれることは変えようのない事実となって、俺が彼女に会うこともできなくなるだろう。
ユーリに会えなくなる?
……それは、嫌だな。
本当に嫌だ。心臓が痛い。吐き気がする。
まだ1年も一緒にいないのに、腕をもがれるような酷い幻痛に襲われる。まだ、ユーリの意思ならこの痛みも和らいだろうが、こうして無理やり連れて行かれる場面に立ち会って、その嫌悪感は増大する一方だ。
気持ち悪い。関節が痛い。
心が嫌悪感に塗り固められていくのがわかる。
体を固めていた恐怖がぼろぼろと崩れ落ちていき、油でも差したように足が滑らかに1歩踏み出した。
「――親子の歓談中、失礼します」
ユーリとアルローズ公爵の間に割って入って、笑顔の仮面を被る。
胸に宿る焦燥と熱情はもしかしたら、祖父が金に抱いていたものに近いのかもしれない。
ただ、祖父が執着したのは金で、俺はユーリだった。
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