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第2部 第11章
第2話 公正公平な国の守護者と交渉す
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大広間は誰かの唾を飲む音が聞こえるくらい静まり返っていた。
耳鳴りが酷い。
その最中、向き合うアルローズ公爵は氷のような瞳を俺に向けていた。
「リュウール子爵家のクルールと申します。お初にお目にかかります。アルローズ公爵」
「そうか、君が」
値踏みするように、氷の瞳が鋭利になる。
「娘が大層世話になっていると伺っているよ、いずれ話をしたいと思っていたんだ」
「それは光栄ですね」
皮肉だろうか。
伝わっている噂なんて、リュウール子爵家の子息が分不相応にもユーリと婚約した、という話だろうに。
当主も認めていない婚約話を、偽りとは知らない彼が歓迎したとは思えない。
ただ、と俺の予想を裏付けるように彼は言う。
「子爵の子息でしかない君が、断りもなく公爵の私に話しかけるのは無礼ではないかな?」
「そうでしょうね」
それは俺も承知している。
痛みに喘いで考えなしに動いたこの現状だが、だからといってなにもないわけじゃない。用意がなくとも、ありあわせでできることくらいある。
「もし、あなたが私の無礼を許せないのであれば、この首を落とせばいいでしょう」
「旦那様っ!」
悲鳴のようなユーリの声が後ろから聞こえた。
普段の俺ならまず言わないことで、心配するのもわかる。俺だってよく言えたなとかすかに残る冷静な部分が顔を真っ青にしているが、残念ながら命を惜しむ本能は、執着という激情で塗りつぶされている。
こういうのをきっと、蛮勇と呼ぶのだろう。
「ただ、本日は鉱輝祭という祝祭日。親子喧嘩をして、そんな晴れの日に水を差したのはアルローズ公爵ではありませんか?」
「それは……そうだね」
認めた。
腑に落ちない点もあるが、公正公平という評判はただの噂でもないらしい。
これが感情を優先するタイプならこうはいかなかったろうが、そうであれば既にユーリが家督を継いでいるに違いない。そんな父親に公爵家を任せておくほど、ユーリの心は広くなく、能力は低くない。
「口を挟む権利くらいはいただけませんか?」
「……わかった、君の言葉には一理ある」
どうにか舞台に上がれた。
ただの傍観者でいたかった気持ちもあるが、このままでなにもしないでいるには、心の炉が高ぶりすぎている。
「アルローズ公爵はユーリアナ様を連れ戻したいというお話ですが、それはなぜでしょうか?」
「もちろん、公爵家の者としてふさわしくない行いをしているからだ」
「それは?」
「店番などもっての他だ」
ごもっともな指摘だ。
他の令嬢ですら、婚約者に文句を言われたのだから、公爵家の令嬢ともなれば、たとえ父親でなくてもそんなことをしてはいけないと諭すところだろう。
「ですが、よい影響も与えている。周囲の生徒も、ユーリアナ様のおかげで鉱輝祭を楽しめた、と言っております」
「それがいけない。だから、公爵家の者としての立場を保持するべきなんだ」
俺の言葉を待っていたかのように、アルローズ公爵は否定した。
「良くも悪くも公爵家の人間は周囲に影響を与えるものだ。勝手をすれば、下の者も真似をする。当然だ、上の者がやって許されているのだからね、それなら自分もと考えるのは自然なことだ」
リオネル殿下も似たようなことを言っていた。
周囲に与える影響を考えろ、と。
確かに、今回の鉱輝祭はユーリの与えた影響が大きい。公爵令嬢らしく振る舞っていれば、まず起きなかったことでもある。
では、それは間違いだったのか? というと、そうではない。
「よい影響を与えた結果から目を背けるべきでないのでは?」
「結果論を肯定したら、人はそれを言い訳に勝手なことをするよ」
なかなか手厳しい。
正直、反論なんてまるで思いつかず、流れに身を任せているところだ。相変わらず、心臓も節々も痛む。心臓から血に乗って痛みが伝播していっているような気分だ。
だからといって、ここでやめるわけにはいかない。
汗で滲んだ手を後ろでぐっと握る。掴んだ熱を放したくはなかった。
すると、指に触れる冷たい雪のような感触があって、高ぶりすぎた熱を冷ましてくれる。
手を広げて、その冷たさを迎え入れる。
「そうですね。ですが、抑圧した結果、人の心を蔑ろにするのはいかがなものでしょう? 公爵家に生まれた者であれば誰でもいい、というのであれば、誰であっても自己を見失います」
「それが公爵家に生まれた者の義務と責任だよ」
「義務と責任を守る価値は?」
「――国を守ること」
心の中で、長い長い息を吐く。
徹頭徹尾、アルローズ公爵は私がない。人生そのものを公に準じている。心の支えが強固だから、ブレないし曲がらない。他人にそれを強要する悪癖はあれど、それも国を守るという大義名分があれば正しさに置き換わる。
本当に――よかった。
心底思う。この人の行動に明確な基準があって。
俺はにこりと笑う。
仮面ではなく、心から。
「それでは、傾いた国を立て直して守る……そんな価値を示すのであれば、公爵家としての義務と責任を守る必要はありませんね?」
「どういうことだい?」
本当にこの人は公正公平な人だ。
最後まで俺と話をしてくれるのだから。
そうでなければ、最初から俺ができることなんて、なに1つありはしなかった。
俺は制服のポケットから黄金の指輪を取り出し、手のひらに乗せる。
「――黄金を元手に、ユーリアナ様がこの国を救います」
後ろの手が、潰れそうなくらい強く握られた。
とても痛い。
耳鳴りが酷い。
その最中、向き合うアルローズ公爵は氷のような瞳を俺に向けていた。
「リュウール子爵家のクルールと申します。お初にお目にかかります。アルローズ公爵」
「そうか、君が」
値踏みするように、氷の瞳が鋭利になる。
「娘が大層世話になっていると伺っているよ、いずれ話をしたいと思っていたんだ」
「それは光栄ですね」
皮肉だろうか。
伝わっている噂なんて、リュウール子爵家の子息が分不相応にもユーリと婚約した、という話だろうに。
当主も認めていない婚約話を、偽りとは知らない彼が歓迎したとは思えない。
ただ、と俺の予想を裏付けるように彼は言う。
「子爵の子息でしかない君が、断りもなく公爵の私に話しかけるのは無礼ではないかな?」
「そうでしょうね」
それは俺も承知している。
痛みに喘いで考えなしに動いたこの現状だが、だからといってなにもないわけじゃない。用意がなくとも、ありあわせでできることくらいある。
「もし、あなたが私の無礼を許せないのであれば、この首を落とせばいいでしょう」
「旦那様っ!」
悲鳴のようなユーリの声が後ろから聞こえた。
普段の俺ならまず言わないことで、心配するのもわかる。俺だってよく言えたなとかすかに残る冷静な部分が顔を真っ青にしているが、残念ながら命を惜しむ本能は、執着という激情で塗りつぶされている。
こういうのをきっと、蛮勇と呼ぶのだろう。
「ただ、本日は鉱輝祭という祝祭日。親子喧嘩をして、そんな晴れの日に水を差したのはアルローズ公爵ではありませんか?」
「それは……そうだね」
認めた。
腑に落ちない点もあるが、公正公平という評判はただの噂でもないらしい。
これが感情を優先するタイプならこうはいかなかったろうが、そうであれば既にユーリが家督を継いでいるに違いない。そんな父親に公爵家を任せておくほど、ユーリの心は広くなく、能力は低くない。
「口を挟む権利くらいはいただけませんか?」
「……わかった、君の言葉には一理ある」
どうにか舞台に上がれた。
ただの傍観者でいたかった気持ちもあるが、このままでなにもしないでいるには、心の炉が高ぶりすぎている。
「アルローズ公爵はユーリアナ様を連れ戻したいというお話ですが、それはなぜでしょうか?」
「もちろん、公爵家の者としてふさわしくない行いをしているからだ」
「それは?」
「店番などもっての他だ」
ごもっともな指摘だ。
他の令嬢ですら、婚約者に文句を言われたのだから、公爵家の令嬢ともなれば、たとえ父親でなくてもそんなことをしてはいけないと諭すところだろう。
「ですが、よい影響も与えている。周囲の生徒も、ユーリアナ様のおかげで鉱輝祭を楽しめた、と言っております」
「それがいけない。だから、公爵家の者としての立場を保持するべきなんだ」
俺の言葉を待っていたかのように、アルローズ公爵は否定した。
「良くも悪くも公爵家の人間は周囲に影響を与えるものだ。勝手をすれば、下の者も真似をする。当然だ、上の者がやって許されているのだからね、それなら自分もと考えるのは自然なことだ」
リオネル殿下も似たようなことを言っていた。
周囲に与える影響を考えろ、と。
確かに、今回の鉱輝祭はユーリの与えた影響が大きい。公爵令嬢らしく振る舞っていれば、まず起きなかったことでもある。
では、それは間違いだったのか? というと、そうではない。
「よい影響を与えた結果から目を背けるべきでないのでは?」
「結果論を肯定したら、人はそれを言い訳に勝手なことをするよ」
なかなか手厳しい。
正直、反論なんてまるで思いつかず、流れに身を任せているところだ。相変わらず、心臓も節々も痛む。心臓から血に乗って痛みが伝播していっているような気分だ。
だからといって、ここでやめるわけにはいかない。
汗で滲んだ手を後ろでぐっと握る。掴んだ熱を放したくはなかった。
すると、指に触れる冷たい雪のような感触があって、高ぶりすぎた熱を冷ましてくれる。
手を広げて、その冷たさを迎え入れる。
「そうですね。ですが、抑圧した結果、人の心を蔑ろにするのはいかがなものでしょう? 公爵家に生まれた者であれば誰でもいい、というのであれば、誰であっても自己を見失います」
「それが公爵家に生まれた者の義務と責任だよ」
「義務と責任を守る価値は?」
「――国を守ること」
心の中で、長い長い息を吐く。
徹頭徹尾、アルローズ公爵は私がない。人生そのものを公に準じている。心の支えが強固だから、ブレないし曲がらない。他人にそれを強要する悪癖はあれど、それも国を守るという大義名分があれば正しさに置き換わる。
本当に――よかった。
心底思う。この人の行動に明確な基準があって。
俺はにこりと笑う。
仮面ではなく、心から。
「それでは、傾いた国を立て直して守る……そんな価値を示すのであれば、公爵家としての義務と責任を守る必要はありませんね?」
「どういうことだい?」
本当にこの人は公正公平な人だ。
最後まで俺と話をしてくれるのだから。
そうでなければ、最初から俺ができることなんて、なに1つありはしなかった。
俺は制服のポケットから黄金の指輪を取り出し、手のひらに乗せる。
「――黄金を元手に、ユーリアナ様がこの国を救います」
後ろの手が、潰れそうなくらい強く握られた。
とても痛い。
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