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4章 港湾都市アイラ編
137話 誰にとっての不幸
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「…………ふぅ」
オーケイブラザー、とりあえずぶっ飛ばす、場合によっては地獄に落とさないでおいてやる。
大八車は巣穴に残してとりあえず声のする方へ、ほどなくして俺はそれを発見する。
「イヤッ! 放してっ!!」
「おじょ──メアリー!! やめて、妹に酷い事しないで!!」
「あ~ん? 誰が酷い事するってぇ? ソイツは違うな、むしろ俺達ゃアンタらと仲良くしたいと思ってるんだぜ?」
「そうそう、仲良くなってオレらとイイ事しようじゃねえか、可愛がってやるからよ」
……よし、お前ら全員死ね。
朝っぱらから人をイラつかせた挙句、こんな何のひねりも無いクソみたいなもん見せやがって!
木の影から様子を伺うオレの視線の先には女2人とクズが4人、周りをはばかる事無く騒いでいる。一応この辺、魔物のテリトリーなんだがな……。
男に両腕を掴まれ身動きの取れない少女を、なんとか助けようと「姉」が悲痛な表情を浮かべて男達に懇願する。
元々この山に入るつもりだったのだろうか、街中で着る服よりも厚手でゆったりめに作られた長袖上下のパンツルック、髪留めで纏めたブラウンのロングヘアーと整った顔立ちは、野暮ったい服装とのアンバランスさが際立つ。
対して妹と言えば恐らく成人はしていないだろう、11~2と言ったところか、姉以上に愛らしい顔と見事な「金髪」は腰まで伸びており、これは手入れに相当手間も暇もかかるだろう。
姉と同様に動きやすい衣装に身を包んではいるが……うん、バレバレだわ。
だというのに、
「いいからネエチャン、妹が可愛いんならさっさと裸になれや! このままじゃあ俺達のいきり立ったモンを、このちっこい身体で全部受け止めねえといけねえぞ?」
「そうそう、アンタの身体で一先ず沈めとかねえと壊してしまいかねねえからな」
「なんせ俺達の相棒はとんでもなく凶悪だからよ、ぎゃははははは!!」
……控えめに見積もっても「大きなゴブリン」以下だよ、お前らは。
使い古され薄汚れた革鎧を身に着けた「どこから見ても盗賊です、ありがとうございました」な五月蠅い3人が笑う中、残りの1人が口を開く。
「お前たち、遊ぶのは姉の方だけにしておけ、そっちの若い方は頭目へのみやげ物だ」
「ヘ? みやげ物っつったって、お頭は……」
「いいから言う通りにしろ、文句があるならそっちも取り上げるぞ!」
「へい! わかりやした!」
どうやら1人マシなのがいたらしい、ただまあ、ややマシ程度だけどな。
スッ────
「そういう訳だからよ、この嬢ちゃんをお頭に壊されたくなけりゃあ──アニキ!?」
その場の全員が下らない口上を聞いているスキを突いて、俺は一気にアニキとやらの背後に回り炭化タングステン製の棒で首筋を強く打ち付ける!
「────っ!!」
加減はしたので折れてはいない、しかし不意の一撃に一瞬意識の飛んだ男の背中を蹴り飛ばし、地面にキスをさせるとそのまま頭を踏みつけて残りの3人をねめつける。
「なんだテメ──ガフッ!」
少女を拘束していた男へ向かって相棒を投げつけると、見事に脳天にヒットし、男は両手を開いてその場に伸びた。
「お嬢様!!」
「アンナ!」
……うん、最低限お芝居くらいは続けてくれまいか。
「そこのお嬢さんたち、ここは俺に任せて早く逃げなさい!」
「──で、でも!」
「いいから早く!!」
「は、はいっ! どこのどなたかは存じ上げませんが感謝いたします!!」
うん、そこは「有り難うございます」だけでいいのよ。
クズどもが動揺しているスキを突いて、言葉の端々に育ちの良さを感じさせる2人はその場から脱兎の如く走り去る。
「あ、待ちやがれ……チッ、手前、よくもやってくれた、じゃ……ねえか……?」
獲物を逃がした男達が怒りの矛先を向けようと俺に向き直るが、俺の表情を見て途端にその口調が尻すぼみになる。
俺はというと、朝イチで気分の悪いものを見せられ、イラついたがゆえに薬等の搦め手も使わず実力行使に及んでしまったせいでうっかり少女達に見せたくないものを見せてしまい、晴天にもかかわらず俺の心は曇天模様、この怒りをコイツらにぶつけるべく、恐らくは悪鬼羅刹の如く顔を歪めていることであろう。
エルダーやリオンあたりが手を叩いてキャッキャと喜ぶ顔が思い浮かぶな……。
ともあれ、
「いいかお前ら、この場から逃げ出したら殺す、刃向かっても殺す、口ごたえしても殺す、俺に従順でないものは殺す、ここまでで質問は?」
「ふざけんな! いきなり出てきて──ガッ!!」
「風精よ、集いて縮み、縮みて忍べ、我が号令にてその身解き放て、”風爆”」
俺の唱えた風属性の魔法を至近距離で受けた男は、炸裂音と、ゴキリと鈍い音と共に首を直角に折り曲げその場に崩れ落ち、ピクピクと痙攣している。
残りの2人は自分の立場をすぐに理解したようで──下っ端時代が長い者としての数少ない長所かもしれない──コクコクと首を縦に振る。
「物分かりの良いコはお兄さん好きだな~、で、アニキ、お前は?」
「うう……何が目的だ?」
頭からどけた足の位置を肩口に変え、とりあえず喋れる状態のアニキとやらは弱々しくも質問してくる。幾分かは反抗的だがまあ、構わん。
「目的? 目的……そうだな、目的か……そうだなお前等の頭目とやらに会ってみたい、案内してもらおうか?」
とりあえず精神的苦痛に伴う慰謝料を請求したい、割と本気で。
「誰が話すか!」
「そうか」
俺は異空間バッグから曲刀を取り出し一閃、アニキの右腕を肩から斬り飛ばす。
「ぎゃああああああ!!」
「どうだ、話すか?」
「ふざ……け、る……ギャアアア──!!」
続けて左腕も飛ばすと押さえつけていた足をどかして残る2人の方へ向き直る、足元でナニかが喚いているが気のせいだろう、多分。
「どうもアニキとやらは言葉が通じないらしいな。どうだお前ら、お頭とやらがいる場所を知らないのはどっちだ?」
「「し、知ってます!!」」
アニキと違って物分かりの良いことで、生き残るのに意地や誇りは枷になるという事をコイツらは今までの人生でイヤというほど味わって来たんだろう。ま、同情も感心もしないがな。
「いい返事だ、ならコイツはいらないな」
3たび曲刀が弧を描くと、さっきまで足元で響いていた雑音は聞こえなくなる。
「よし、それじゃあ案内を頼もうか、っとその前に2人とも喉が渇いただろ、コレでも飲んどけ」
俺は異空間バッグから2本の小瓶を取り出し、投げて渡す。おっかなビックリ封を開けた2人は中の液体の匂いを嗅ぐが、柑橘系の甘く爽やかな匂いに安心して一気に飲み干す。
「ぷはぁ、美味え! ……で、あの、コレは?」
「ああ、遅効性の毒だ、半日以内に解毒剤を飲まないと身体が内側から腐って苦しみのたうちながら死ぬハメになるな。ああ、安心しろ、解毒剤ならちゃんと持ってる」
「「………………」」
……コイツら、どうしてさっきまで敵だった奴の寄越したモノを口に出来るかね?
「という訳で道案内は頼んだぞ」
俺の溜飲も少しは下がったようで、発する言葉が少しだけ陽気になった気がする。
………………………………………………
………………………………………………
「これは────」
野戦装備に身を包んだ部下を引き連れ、全身金属鎧に身を包んだ壮年の男性は目の前の惨状に眉を顰める。
暴漢の魔手から運良く逃れた御方の言により、最近この辺りを根城に構える盗賊団『黒狼団』と判断した守備隊は急いで50人規模の討伐隊を編成、直ちに山狩りに乗り出した。
その際、自分達を助けてくれた恩人の安否、もしも捕らわれている様だったら救出を、との嘆願を受けていた討伐隊の隊長は、証言のあった場所で今、それを目にしている。
野犬に所々齧られて見るも無残な状態ではあるが、首を折られて絶命したものと、こちらは首と両腕が胴体と離れ離れになった死体、どちらも盗賊団のものと思われる。
「盗賊は4人と聞いていいたが……」
2人分の死体をここに放置しておいて、他の死体を隠す理由など有りはしない。
つまり、残り2人と件の男は存命している可能性が高いという事だろうか。
ならどこへ?
決まっている、盗賊団のアジトだ。2人の危機を救った正義の徒が捕まったのであれば捕虜として、逆に盗賊団の一味を捕らえたのであれば討伐すべく、どちらにせよ行き先は一つだ。
「惜しいな……」
惜しむらくは一人で本拠地に攻め入るなどという蛮勇に走らず、他者に助力を借りていれば生きる目もあっただろう、しかしながら相手は『黒狼団』、他所にまで名は届いてはいないが、明らかに戦場帰りと思しき手練が幹部連中に揃っている危険な集団だ。
恐らくは生きていまい、一思いに殺されたのなら幸いで、拷問の末の最後であれば、その旨を彼女達に伝えなければならない数日後の自分を思い、深いため息をつく。
「隊長、いかがいたしましょう?」
「進むぞ、情報により奴等のアジトはこの山の中腹にあることは判っている。出来るだけ迅速に、しかし慎重にだ」
「はっ──!」
全員馬から下りると、後方部隊に後を任せて40人弱の集団は山へと踏み入る。
──しばらくして、
「……なんだこれは?」
マッド・ビーの巣穴と呼ばれる場所に着いた彼らが目にしたものは、巣穴ではなく、大きく口を開けた洞窟、のような横穴。
そしてその中にはその場に似つかわしく無い大八車が収められている。
蜂避けの匂いに身を包んだ彼らは一瞬、道を間違えたか? と考えるも、周辺に散らばるマッド・ビーの羽や足と見られるパーツが散乱している所を見ると、そうでもないようだ。
「どこかの高ランク冒険者が討伐したのかもしれんな」
だとすると、その高ランク冒険者のパーティはマッド・ビーを討伐、その後たまたま彼女達の危機的状況に遭遇し、英雄的な行動に出た。そして返す刀で盗賊団の討伐に……。
「我ながら都合の良い話だとは思うが……」
悲観よりも楽観を、絶望よりも希望を、人を率いる立場の人間は下に対していつだって前向きな未来予想図を提示しなければならない、そしてこの状況は少なくとも暗闇を照らす光明にはなりえる。
「どうやら幾らか希望が見えてきたな、とりあえず周辺を調べろ。何か手掛かりがあるかもしれん」
「隊長、足跡です!」
レンジャーである部下が見つけた足跡は、確かに上──つまりアジト方面──に向かって続いている。ただし3人分。
「まさか1人で? いや、もしかしたらこの3人が仲間という線も──」
「隊長──!!」
「今度はなんだ?」
「いえ、その、置いてある荷車なんですが……」
とまどう部下の声に隊長がその場に向かうと、
「これは……」
麻袋の中には大量のマッド・ビーの死体、いや素材が山を成しており、やはりここはマッド・ビーの巣穴跡なのだと再認識する。
そして驚くべきはその死体の状態、全て正確に、腹と頭胸部を繋ぐ細い節を切断してある。
コイツらが単体で飛び回る事などそうは無い、つまりこれは、集団戦闘の中において、全ての個体を正確に両断したという事の証左だ。
……もしここに、コレを成した人物がいればこう抗弁した事だろう、「薬で眠らせた後に殺せばいいじゃん」と。
不幸な事に、猟師では無い彼らにその発想は無かった、とはいえ、コレは全て直接戦闘による結果なのは確かなのだが。
そしてそれ以上に不可解なものがひとつ、この大八車に貼られた布切れに書きなぐられた一文、そしてその内容。
『少しの間この場に保管しているだけの個人の所有物です。持って行くな等と強制はしませんが、行動には責任を持って下さい』
そして最後に付け加えるように「やられたらやり返す、倍返しだ!」の一行、泥棒対策なのだろうが、こんな事でこのお宝を見逃す泥棒がいるとも思えない。
……なぜなら、周辺警備をむねとする彼らですら浮き足立っているのだから。
「こいつぁスゲえお宝じゃねえかよ!」
「これだけの量、一体幾らになるんだ?」
「おい、他には無いのか? もしかしたら別の場所にも何かあるかも知れねえぞ」
郊外にある物は基本、明確な所有権が証明できない限り発見者の物として構わない。
そして、よほど有名で所有者が知れ渡っている宝石・魔道具の類で無い限り、証明など不可能である。
ましてや、こんな張り紙一つで所有権の主張など出来るはずも無く──
「おい、このマヌケな布切れはどうする?」
「布切れ? 悪い、俺、文字読めねえんだわ♪ 何か書いてあるのか?」
「ああ、なんでも見つけたアナタに差し上げますとか、まあそんな事だな」
実に陽気な彼等である。無論、彼らとてこんなやり取りは冗談の類であり、誰も半分冗談のつもりで言っているに過ぎない。
そう、半分、つまりはあわよくば懐に納めたい気持ちが無いわけではない。
「お前達、軽口はその辺にしておけ、俺達は先を急ぐん──」
「──へえ、新手の盗賊団はクズのくせに物分かりがいいんだな、そんなに早く地獄に行きたいのか?」
────ピシ!
空気が凍りつく、そんな状況を彼らは実感を伴って思い知った。
気がつけば、討伐隊の隊長の背後にぴたりと寄り添う様に誰かが立っている。
そしてその人物からは殺気ではない、冷たい殺意と、クスクスと嘲るような笑い声が発せられていた。
「な……」
「さて、覚悟はいいかな、盗人の皆さん?」
オーケイブラザー、とりあえずぶっ飛ばす、場合によっては地獄に落とさないでおいてやる。
大八車は巣穴に残してとりあえず声のする方へ、ほどなくして俺はそれを発見する。
「イヤッ! 放してっ!!」
「おじょ──メアリー!! やめて、妹に酷い事しないで!!」
「あ~ん? 誰が酷い事するってぇ? ソイツは違うな、むしろ俺達ゃアンタらと仲良くしたいと思ってるんだぜ?」
「そうそう、仲良くなってオレらとイイ事しようじゃねえか、可愛がってやるからよ」
……よし、お前ら全員死ね。
朝っぱらから人をイラつかせた挙句、こんな何のひねりも無いクソみたいなもん見せやがって!
木の影から様子を伺うオレの視線の先には女2人とクズが4人、周りをはばかる事無く騒いでいる。一応この辺、魔物のテリトリーなんだがな……。
男に両腕を掴まれ身動きの取れない少女を、なんとか助けようと「姉」が悲痛な表情を浮かべて男達に懇願する。
元々この山に入るつもりだったのだろうか、街中で着る服よりも厚手でゆったりめに作られた長袖上下のパンツルック、髪留めで纏めたブラウンのロングヘアーと整った顔立ちは、野暮ったい服装とのアンバランスさが際立つ。
対して妹と言えば恐らく成人はしていないだろう、11~2と言ったところか、姉以上に愛らしい顔と見事な「金髪」は腰まで伸びており、これは手入れに相当手間も暇もかかるだろう。
姉と同様に動きやすい衣装に身を包んではいるが……うん、バレバレだわ。
だというのに、
「いいからネエチャン、妹が可愛いんならさっさと裸になれや! このままじゃあ俺達のいきり立ったモンを、このちっこい身体で全部受け止めねえといけねえぞ?」
「そうそう、アンタの身体で一先ず沈めとかねえと壊してしまいかねねえからな」
「なんせ俺達の相棒はとんでもなく凶悪だからよ、ぎゃははははは!!」
……控えめに見積もっても「大きなゴブリン」以下だよ、お前らは。
使い古され薄汚れた革鎧を身に着けた「どこから見ても盗賊です、ありがとうございました」な五月蠅い3人が笑う中、残りの1人が口を開く。
「お前たち、遊ぶのは姉の方だけにしておけ、そっちの若い方は頭目へのみやげ物だ」
「ヘ? みやげ物っつったって、お頭は……」
「いいから言う通りにしろ、文句があるならそっちも取り上げるぞ!」
「へい! わかりやした!」
どうやら1人マシなのがいたらしい、ただまあ、ややマシ程度だけどな。
スッ────
「そういう訳だからよ、この嬢ちゃんをお頭に壊されたくなけりゃあ──アニキ!?」
その場の全員が下らない口上を聞いているスキを突いて、俺は一気にアニキとやらの背後に回り炭化タングステン製の棒で首筋を強く打ち付ける!
「────っ!!」
加減はしたので折れてはいない、しかし不意の一撃に一瞬意識の飛んだ男の背中を蹴り飛ばし、地面にキスをさせるとそのまま頭を踏みつけて残りの3人をねめつける。
「なんだテメ──ガフッ!」
少女を拘束していた男へ向かって相棒を投げつけると、見事に脳天にヒットし、男は両手を開いてその場に伸びた。
「お嬢様!!」
「アンナ!」
……うん、最低限お芝居くらいは続けてくれまいか。
「そこのお嬢さんたち、ここは俺に任せて早く逃げなさい!」
「──で、でも!」
「いいから早く!!」
「は、はいっ! どこのどなたかは存じ上げませんが感謝いたします!!」
うん、そこは「有り難うございます」だけでいいのよ。
クズどもが動揺しているスキを突いて、言葉の端々に育ちの良さを感じさせる2人はその場から脱兎の如く走り去る。
「あ、待ちやがれ……チッ、手前、よくもやってくれた、じゃ……ねえか……?」
獲物を逃がした男達が怒りの矛先を向けようと俺に向き直るが、俺の表情を見て途端にその口調が尻すぼみになる。
俺はというと、朝イチで気分の悪いものを見せられ、イラついたがゆえに薬等の搦め手も使わず実力行使に及んでしまったせいでうっかり少女達に見せたくないものを見せてしまい、晴天にもかかわらず俺の心は曇天模様、この怒りをコイツらにぶつけるべく、恐らくは悪鬼羅刹の如く顔を歪めていることであろう。
エルダーやリオンあたりが手を叩いてキャッキャと喜ぶ顔が思い浮かぶな……。
ともあれ、
「いいかお前ら、この場から逃げ出したら殺す、刃向かっても殺す、口ごたえしても殺す、俺に従順でないものは殺す、ここまでで質問は?」
「ふざけんな! いきなり出てきて──ガッ!!」
「風精よ、集いて縮み、縮みて忍べ、我が号令にてその身解き放て、”風爆”」
俺の唱えた風属性の魔法を至近距離で受けた男は、炸裂音と、ゴキリと鈍い音と共に首を直角に折り曲げその場に崩れ落ち、ピクピクと痙攣している。
残りの2人は自分の立場をすぐに理解したようで──下っ端時代が長い者としての数少ない長所かもしれない──コクコクと首を縦に振る。
「物分かりの良いコはお兄さん好きだな~、で、アニキ、お前は?」
「うう……何が目的だ?」
頭からどけた足の位置を肩口に変え、とりあえず喋れる状態のアニキとやらは弱々しくも質問してくる。幾分かは反抗的だがまあ、構わん。
「目的? 目的……そうだな、目的か……そうだなお前等の頭目とやらに会ってみたい、案内してもらおうか?」
とりあえず精神的苦痛に伴う慰謝料を請求したい、割と本気で。
「誰が話すか!」
「そうか」
俺は異空間バッグから曲刀を取り出し一閃、アニキの右腕を肩から斬り飛ばす。
「ぎゃああああああ!!」
「どうだ、話すか?」
「ふざ……け、る……ギャアアア──!!」
続けて左腕も飛ばすと押さえつけていた足をどかして残る2人の方へ向き直る、足元でナニかが喚いているが気のせいだろう、多分。
「どうもアニキとやらは言葉が通じないらしいな。どうだお前ら、お頭とやらがいる場所を知らないのはどっちだ?」
「「し、知ってます!!」」
アニキと違って物分かりの良いことで、生き残るのに意地や誇りは枷になるという事をコイツらは今までの人生でイヤというほど味わって来たんだろう。ま、同情も感心もしないがな。
「いい返事だ、ならコイツはいらないな」
3たび曲刀が弧を描くと、さっきまで足元で響いていた雑音は聞こえなくなる。
「よし、それじゃあ案内を頼もうか、っとその前に2人とも喉が渇いただろ、コレでも飲んどけ」
俺は異空間バッグから2本の小瓶を取り出し、投げて渡す。おっかなビックリ封を開けた2人は中の液体の匂いを嗅ぐが、柑橘系の甘く爽やかな匂いに安心して一気に飲み干す。
「ぷはぁ、美味え! ……で、あの、コレは?」
「ああ、遅効性の毒だ、半日以内に解毒剤を飲まないと身体が内側から腐って苦しみのたうちながら死ぬハメになるな。ああ、安心しろ、解毒剤ならちゃんと持ってる」
「「………………」」
……コイツら、どうしてさっきまで敵だった奴の寄越したモノを口に出来るかね?
「という訳で道案内は頼んだぞ」
俺の溜飲も少しは下がったようで、発する言葉が少しだけ陽気になった気がする。
………………………………………………
………………………………………………
「これは────」
野戦装備に身を包んだ部下を引き連れ、全身金属鎧に身を包んだ壮年の男性は目の前の惨状に眉を顰める。
暴漢の魔手から運良く逃れた御方の言により、最近この辺りを根城に構える盗賊団『黒狼団』と判断した守備隊は急いで50人規模の討伐隊を編成、直ちに山狩りに乗り出した。
その際、自分達を助けてくれた恩人の安否、もしも捕らわれている様だったら救出を、との嘆願を受けていた討伐隊の隊長は、証言のあった場所で今、それを目にしている。
野犬に所々齧られて見るも無残な状態ではあるが、首を折られて絶命したものと、こちらは首と両腕が胴体と離れ離れになった死体、どちらも盗賊団のものと思われる。
「盗賊は4人と聞いていいたが……」
2人分の死体をここに放置しておいて、他の死体を隠す理由など有りはしない。
つまり、残り2人と件の男は存命している可能性が高いという事だろうか。
ならどこへ?
決まっている、盗賊団のアジトだ。2人の危機を救った正義の徒が捕まったのであれば捕虜として、逆に盗賊団の一味を捕らえたのであれば討伐すべく、どちらにせよ行き先は一つだ。
「惜しいな……」
惜しむらくは一人で本拠地に攻め入るなどという蛮勇に走らず、他者に助力を借りていれば生きる目もあっただろう、しかしながら相手は『黒狼団』、他所にまで名は届いてはいないが、明らかに戦場帰りと思しき手練が幹部連中に揃っている危険な集団だ。
恐らくは生きていまい、一思いに殺されたのなら幸いで、拷問の末の最後であれば、その旨を彼女達に伝えなければならない数日後の自分を思い、深いため息をつく。
「隊長、いかがいたしましょう?」
「進むぞ、情報により奴等のアジトはこの山の中腹にあることは判っている。出来るだけ迅速に、しかし慎重にだ」
「はっ──!」
全員馬から下りると、後方部隊に後を任せて40人弱の集団は山へと踏み入る。
──しばらくして、
「……なんだこれは?」
マッド・ビーの巣穴と呼ばれる場所に着いた彼らが目にしたものは、巣穴ではなく、大きく口を開けた洞窟、のような横穴。
そしてその中にはその場に似つかわしく無い大八車が収められている。
蜂避けの匂いに身を包んだ彼らは一瞬、道を間違えたか? と考えるも、周辺に散らばるマッド・ビーの羽や足と見られるパーツが散乱している所を見ると、そうでもないようだ。
「どこかの高ランク冒険者が討伐したのかもしれんな」
だとすると、その高ランク冒険者のパーティはマッド・ビーを討伐、その後たまたま彼女達の危機的状況に遭遇し、英雄的な行動に出た。そして返す刀で盗賊団の討伐に……。
「我ながら都合の良い話だとは思うが……」
悲観よりも楽観を、絶望よりも希望を、人を率いる立場の人間は下に対していつだって前向きな未来予想図を提示しなければならない、そしてこの状況は少なくとも暗闇を照らす光明にはなりえる。
「どうやら幾らか希望が見えてきたな、とりあえず周辺を調べろ。何か手掛かりがあるかもしれん」
「隊長、足跡です!」
レンジャーである部下が見つけた足跡は、確かに上──つまりアジト方面──に向かって続いている。ただし3人分。
「まさか1人で? いや、もしかしたらこの3人が仲間という線も──」
「隊長──!!」
「今度はなんだ?」
「いえ、その、置いてある荷車なんですが……」
とまどう部下の声に隊長がその場に向かうと、
「これは……」
麻袋の中には大量のマッド・ビーの死体、いや素材が山を成しており、やはりここはマッド・ビーの巣穴跡なのだと再認識する。
そして驚くべきはその死体の状態、全て正確に、腹と頭胸部を繋ぐ細い節を切断してある。
コイツらが単体で飛び回る事などそうは無い、つまりこれは、集団戦闘の中において、全ての個体を正確に両断したという事の証左だ。
……もしここに、コレを成した人物がいればこう抗弁した事だろう、「薬で眠らせた後に殺せばいいじゃん」と。
不幸な事に、猟師では無い彼らにその発想は無かった、とはいえ、コレは全て直接戦闘による結果なのは確かなのだが。
そしてそれ以上に不可解なものがひとつ、この大八車に貼られた布切れに書きなぐられた一文、そしてその内容。
『少しの間この場に保管しているだけの個人の所有物です。持って行くな等と強制はしませんが、行動には責任を持って下さい』
そして最後に付け加えるように「やられたらやり返す、倍返しだ!」の一行、泥棒対策なのだろうが、こんな事でこのお宝を見逃す泥棒がいるとも思えない。
……なぜなら、周辺警備をむねとする彼らですら浮き足立っているのだから。
「こいつぁスゲえお宝じゃねえかよ!」
「これだけの量、一体幾らになるんだ?」
「おい、他には無いのか? もしかしたら別の場所にも何かあるかも知れねえぞ」
郊外にある物は基本、明確な所有権が証明できない限り発見者の物として構わない。
そして、よほど有名で所有者が知れ渡っている宝石・魔道具の類で無い限り、証明など不可能である。
ましてや、こんな張り紙一つで所有権の主張など出来るはずも無く──
「おい、このマヌケな布切れはどうする?」
「布切れ? 悪い、俺、文字読めねえんだわ♪ 何か書いてあるのか?」
「ああ、なんでも見つけたアナタに差し上げますとか、まあそんな事だな」
実に陽気な彼等である。無論、彼らとてこんなやり取りは冗談の類であり、誰も半分冗談のつもりで言っているに過ぎない。
そう、半分、つまりはあわよくば懐に納めたい気持ちが無いわけではない。
「お前達、軽口はその辺にしておけ、俺達は先を急ぐん──」
「──へえ、新手の盗賊団はクズのくせに物分かりがいいんだな、そんなに早く地獄に行きたいのか?」
────ピシ!
空気が凍りつく、そんな状況を彼らは実感を伴って思い知った。
気がつけば、討伐隊の隊長の背後にぴたりと寄り添う様に誰かが立っている。
そしてその人物からは殺気ではない、冷たい殺意と、クスクスと嘲るような笑い声が発せられていた。
「な……」
「さて、覚悟はいいかな、盗人の皆さん?」
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第2幕、連載開始しました!
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以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
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アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
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※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
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