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4章 港湾都市アイラ編

142話 現場検証

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 「黒狼団」討伐の任を負った部隊は現在、シンを先頭に山を登っていく。
 一部の者の軽挙によって起きた不幸な行き違いは、一人の死者も出す事無く「穏便に」解決し、わだかまりの無くなった双方は連れ立って盗賊団のアジトへと向かう。

「シン殿、この先に奴等の頭目がいる、イヤ、その骸があるのか?」
「隊長さん、さっきも言いましたが私はただのシン、旅の薬師です。敬称などつけられては困るのですが」

 営業スマイルを顔に張り付かせたシンが幾分困ったように首を傾げる。
 あれから討伐部隊の面々は一糸乱れぬ足並みでシンと隊長の後ろを黙々と付いて来ている、よほどシンのお仕置きが堪えたようである。
 とはいえ街に戻ってから色々と問題になられては困るので、今回の件は盗賊団討伐に関しては全て討伐隊の功績とするよう、しっかりと因果を含ませている。
 労せず目的が果たせたと部下達は喜んでいたが、ここにきて隊長の方が難色を示す。
 先ほどの件に加えて手柄まで「譲られる」という事に、隊長は中々首を縦に振ろうとはしない。
 それにどうやら彼等は、先日危機を救われた「ある姉妹」から、自分達の恩人の安否の確認を頼まれ、それも任務に組み込まれているらしい。
 むろんシンの事であり、そのせいもあって隊長は今回の件をどう上に報告すべきか悩んでいた。

 事実を報告すればなんと楽な事だろう、自分達が赴いた頃にはすでに黒狼団は壊滅、自分達は盗賊団を退治した功労者が隠していた私物を偶々発見、その価値の高さに思わず調子に乗って軽口を叩いた部下が持ち主の手によって痛い目にあった。

 これを、討伐隊によって黒狼団は壊滅、攫われていた女性5人及び、捜索ないしは救助要請のあった人物の保護、盗賊団に奪われていた財産の接収、そしてこれらを果たした討伐隊の被害0、と報告書に記録する……果たして誰が信じようか?

 とはいえシンの要求は「自分は盗賊と戦ってなどいない」と公的に記録させる事であり、これを拒否するとなると下手をすれば振り出しに戻る可能性がある。
 最終的に隊長はこの要求を呑んだ。
 そして現在、彼等は盗賊団の頭目及び幹部連中の死体を放置してある場所への行軍中とあいなった。
 やがて、ボロボロに朽ちた小屋の前まで来た一行、シン達は小屋の中に入り、土間の隅に隠された地下への扉を開け、その奥へと進む。

「報告にあったアジトとはまったく別の場所だな……」
「こっちは逃走用の一時避難場所らしいので」

 どうやらここの存在までは掴めていなかったようで、下手をすれば盗賊団を取り逃がしていた可能性もある、こんな場所をどうやって探り当てたのかと、報告書にどう書くべきか、隊長の頭はまた痛くなった。

「──コチラです」
「……うっ!! こ、これは……!?」

 目の前の扉をシンが開けると、そこには女頭目を筆頭に、限界まで目を開き苦悶の果てに死んだと見られる死体が数体、手足を鎖でつながれたままの状態で転がっている。
 そして死体には、アリを筆頭に様々な虫が群がり、全裸のはずの死体はさながら蠢くドレスを着込んでいるかのような禍々しさを帯びている。

「ひぃふぅ……どうやら全員仲良くあの世へ旅立ったみたいですね」
「シン殿……いや、シン。これをどうやって報告書に書けと?」
「………………頑張ってください」
「……………………………………」
「…………なんか、ゴメンなさい」

 流石に申し訳なく思うシンだった。


………………………………………………
………………………………………………



「それではみなさんはこの場でしばし待機、ということでお願いします」

 シン殿は我等に向かってそう声をかけると、土で埋もれたアジトの入り口に向かって何事か呪文を唱える。すると入り口を塞ぐ土砂はどこかへ消え、奥へと続く道が現れた。
 我等は一旦、この場での待機を命じられる、なんでも攫われていた成人前後の女性が5人ほど中にいるそうで、今は落ち着いてはいるがいきなり武装集団と遭遇しては、いくら味方とはいえ脅えてしまうかもと言われれば納得せざるを得ない。
 しかしなるほど、当初シン殿が我等に好意的でなかったのも理解できなくも無い。
 女性を救ったということは、救う前の女性の姿も見ているはずだ。シン殿がいなければ未だ彼女達の境遇は悲惨なものだったはず、であるにも関わらず我等といえば、偶然見つけたマッド・ビーの素材の山を前に、本気ではないにせよ軽口を叩き合い、任務を忘れていると見えれば、俺とて不快を通り越して嫌悪するかもしれない。
 幸い、死者も出なかったしアイツ等も肝が冷えた事だろう、今回の事を戒めとして次に生かすことが出来るのならばシン殿には感謝すべきなのかもしれない。
 そんな事を考えていると、シン殿が洞窟から戻って来た。
 ……なぜか眉間にしわを寄せながら。

「シン、何かあったのか?」
「……ああいえ、大した事ではありませんよ。とりあえず彼女達には今回の事は全て討伐隊が解決してくれました、という事で口裏を合わせてもらうよう言い含めておきました。この顔はまあ、中を見てもらえば……」

 要領を得ない物言いだったが、彼女達のいる部屋に着いたとき、理解した。

「これはまたなんとも……」

 かつて女頭目が使っていたという部屋、そこには動きやすい服に身を包んだ5人の女性と、種類ごとに整理されキレイに並べられた財宝がそこにあった。
 オシャレにレイアウトされた空間は貴賓室の様でもあり、テーブルの上には指輪をはじめとした貴金属がケースに並べられている。反面、剣や鎧など物騒なものに関しては部屋の隅っこに無造作に積み上げられており、女性的なこだわりと共に武器という、暴力を想起させる物に対する潜在的な嫌悪感を連想させてしまう。
 反応に困って振り返るとシン殿も首をかしげている、ある種の現実逃避なのだろうか?
 かさばる物は後日に回すとして──盗賊たちはどうやって運んだのやら──持ち出せるものは全て接収するが、貨幣に関してはシン殿の取り分とされた。
 ……まああの表情を見れば流石に言わなくても解る、貨幣なら足は付かない、彼女達に渡すつもりだろう。街から見舞金という名の小銭が幾らかは出るだろうが、本当に雀の涙程度のものだ、金で解決できる問題ではないが、無いよりはあった方がいい。
 財宝の接収はこれでいいとして、検分の為に洞窟内を歩くのだが、どこもかしこも炎に包まれたように焼け焦げ、見るも無残な状態だ。
 そんな中、女頭目の部屋と最奥の牢屋だけはまるで無傷、こんな器用な芸当となると火属性の魔法によるものか? シンは魔法も使えるという事なのだろうか。
 さらに別の場所、ここは厨房だろうか……黒く焼け焦げた物体が山積みになっている。

「…………………………」

 人型の炭の山、一体どれ程の高熱で焼かれたのだろうか……。
 …………こんなの、どうやって報告書に書けと?


………………………………………………
………………………………………………


「シン、ここまでで構わないのか?」

 討伐隊が隊列を組んで進む中、目的の都市、その2キロほど手前でシンは降りる。

「ええ、都市の入場審査がありますからね、みなさんと一緒では逆に色々と聞かれてしまうかもしれません」
「確かに……だがあの荷車はどうするのだ、アレと一緒ではどのみち色々聞かれてしまうぞ?」

 アレとはマッド・ビーの素材を詰め込んだ大八車の事で、確かにあれを持っての審査となると、入管の者もシンの事を怪しむ可能性は少なく無い。

「でしたらアレは接収した荷物に紛れさせといてください、置き場所や保管に困るようなら街の中にある「タラスト商会」の支店に運んでいただければ手間が省けます」

 そう言ってシンは懐から「タラスト商会外部職員証」を取り出し隊長に見せる。

「……なるほど、色々と理解したよ」
「?」

 シンは知らない事だが、「タラスト商会外部職員証」なる身分証は極めて少数の者しか所持しておらず、それもそのはず発行は本店の店主に認められたものだけが携行を許される。
 すなわち、この証を持つものは強力な魔物の巣食う「グラウ=ベリア大森林」の中にある森エルフフォルディアの集落の一つ、アナンキアまで赴き、そこで商会の店主であるタラスト=アナンキアに認められる必要がある。
 目の前の男はそれを成した数少ない男というわけだ。なればこそ、いくら精兵とはいえ「地方都市群」の辺境守備隊程度では相手にもならない。
 討伐隊の隊長は勘違いの向こう側で正解に辿り着いていた。

「ではあの荷物は商会まで運んでおくとしよう、「旅の薬師のシン」といえば向こうには伝わるのだな?」
「ええ、多分」
「? 分かった、それではシン、今回は色々と感謝する」
「……何のことですか?」
「そうだったな……シン、達者でな」
「はい、隊長殿もご壮健であられますよう」

 頭を下げるシンの横を討伐隊が過ぎてゆく、兵糧等と一緒に荷馬車に乗っている女性達がシンに向かって、いつまでも手を振っていた。

「やれやれ……色々と面倒事に巻き込まれたが、これでやっとのんびり出来る」

 真面目そうな隊長だった、だからこそ報告書には苦労するだろうが、要望どおり黒狼団討伐の功労者の中にシンの名前を入れることは無いだろう。
 ただ、シンは忘れていた。彼等にシンの存在を告げ、その身を案じる「姉妹」の存在を。
 その姉妹とやらがどうやって討伐対の隊長に嘆願が出来たのか、隊長がただの庶民の願いを聞くものなのか、そもそもどこで両者は会うことが出来たのか。

 果たしてシンがのんびり出来るかどうか、神のみぞ知る……?
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