転生薬師は異世界を巡る(旧題:転生者は異世界を巡る)

山川イブキ(nobuyukisan)

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4章 港湾都市アイラ編

141話 軽口の代償

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「ちょっと待て! 俺達は盗賊とかそういうのじゃねえ、誤解だ!」
「よほどの馬鹿じゃない限り自分から「盗賊だ」って名乗るヤツはいねえよ、ただまあ、そこまで行かなくても、獲物を目の前にはしゃぐ程度には馬鹿な盗賊なんだろ?」
「だから違うんだって!! 見ろよ、この装備、俺たちゃその盗賊団を討伐する為に派遣された部隊だっての!」

 必死に弁明する男に向かってしかしシンは、不審人物に向ける表情を終始崩さない。
 その態度に兵士達は、次第に焦りや困惑とは別の感情が生まれてくる。

「ほぉん……この辺じゃあ正規兵が野盗の真似事をしてんのか? それとも野盗がそのまま正規兵として雇われてんのか? どっちにしろ救いがねえな」

 前者であれば組織の腐敗、後者は社会秩序の崩壊、尤もな意見ではあるが断じられた方はたまらない、こんな仲間内で交わされる軽口程度、どこにでもある内容の会話で野盗呼ばわりとは心外だ。
 そんな心情もあってか、最初はバツが悪そうに肩をすくめていた兵士達も、シンの辛らつな言葉に今は眉を吊り上げ気味だ。
 そしてその両者の間で板挟みの状態になっている討伐隊の隊長、少なくとも彼だけは、事態が最悪の方向へ進もうとしているのをヒシヒシと感じていた。

(馬鹿共が、何故気付かん!?)

 それはたった一瞬の出来事、隊長は背後から心臓を鷲掴みにされたような悪寒と、命を握られたような恐怖に震えた。
 隊長にとってこんな経験は幼い頃、船乗りの父に乗せられて航海中に偶然遭遇した海竜と目が合った──と信じている──時以来だ。
 全身が総毛立ち、脊椎を震わす衝撃が一気に脳天まで駆け上がる、アレを成したのが今、目の前で己の部下に向かって暴言を吐いている若者だというのであれば到底自分の力の及ぶところではない、あの大量のマッド・ビーを殲滅せしめたのも彼ならば可能だろう。
 ただ悲しいかな、そんな結論に至った人間はこの集団の中において隊長ただ一人、それも当然の事で、シンはアレを隊長だけが感じ取れるように調整して行っていたのだから。
 なぜか? 答えは明白、シンは前日に引き続きイラついていたからだ。
 一夜限りの関係とはいえ肌を重ねれば情も湧く、彼女達が受けた屈辱と恐怖に比べれば彼等のなんと緊張感の無いことか!
 むろん盗賊団を討伐するために部隊を派遣した上の判断も、それに参加している彼等も褒められるべきであるに違いない、ただあまりにもぬるい、生温い。
 だから、

(お仕事には緊張感をもって当たってもらおうか)

 シンは今回、実力行使をいとうつもりは全く無かった。

「止めろと言ってるのが分からんか、お前ら! 今すぐ彼に謝罪しろ!」

 そんな中、ただ一人問題の収束に尽力する隊長ではあるが、

「ほら聞いたか? 隊長サマはお前らが謝罪する事をお望みだ、さっさとその場で土下座しろ、そして這い蹲って俺様に許しを請えや!」
「んだとゴラァ!? こっちが下手に出てりゃあ調子に乗りやがって! 俺らが手を出せねえとでも思ってんのか、ア!?」

 こうなる事を見越して隊長にだけ明確な脅しをするあたり、シンは色々あくどかった。
 追い討ちは続く。

「チッ……おい、隊長さん、アンタの部下は俺に頭を下げるのは嫌らしい。だからアンタがコイツらの代わりに30回くらい土下座して、地面に頭を擦り付けて俺に詫びてみろ! そうすりゃ許してやらないことも無いぜ?」
「む! イヤ、それは、しかし……」

 若者の要求にしかし、流石の隊長もこれは素直に首肯しがたい。いくら非が自分達にあるとはいえ、彼の言い草は限度を越えている。

「すまない、この状況で君が怒るのは理解しているつもりだ。だが、頼むから少しばかり怒りを抑えてはくれまいか、そもそも彼等も冗談のつもりの軽口な訳だったのだし……」
「は、なんだそれ? じゃあ何か? お前等は誰かに襲いかかられても「冗談のつもりだったんです、そんなつもりじゃなかったんです」って言えば無罪放免で許すのか? そいつはまたお優しい事だな、まるで盗賊団と裏で繋がってるみたいなヌルい話だ」
「──────!!」

 今、シンの口から出た言葉は彼等の矜持を踏みにじるものであり、それは最後の一線を越えたといってもいい。その証拠に、さすがの隊長も額に浮き出た血管をピクピクさせ、部下の数人は獲物を手にシンを睨み付ける。

「今の言葉は流石に取り消せねえな……テメエ、死んだぞ?」
「……先に挑発したのはお前等なら武器を手にしたのもお前等が先だ、俺は初めから警告してたぜ、「行動には責任を持て」と、そしてこうも書いてたぜ、「やられたらやり返す、倍返しだ」とな」
「双方止めよ!!」
「死ねヤァ──!!」

 ダッ──!!

 前衛担当だったであろう者の中から6人程がシンに向かって飛びかかり、手にした剣を勢い良く振り下ろす──。
 が、

「……遅ぇよ」

 いつの間にかシンの手に握られた剣──魔剣ニルヴァーナが二閃、シンの右側面にいた兵士の腕を斬り飛ばすとそのまま2人の間を蹴り飛ばし、包囲を抜ける。

「「グアアアアァァァ!!」」
「……え?」
「戦場で呆けるとか、バカかお前?」

 気の抜けた声を出した兵士の背後に回ると膝裏を蹴り飛ばし──いわゆる膝カックン──大きく仰け反る拍子に両手剣を握ったまま天を仰ぐ腕を、肘から両断する。
 残った3人が事ここに至って目の前のシンが見た目通りの若者ではない事を覚るが、時既に遅し、剣が纏う魔力の光が空中に鮮やかな軌跡を画くたび、彼らの武器を持つ腕が悉く斬り飛ばされた。
 そして、最初の6人が痛みと出血によって地面でのたうつのを醒めた目で見下ろすシンは、遠巻きに見ている残りの者達に向かって言い放つ。

「ホラ、次! さっさと来いよ?」

 向かって来る者はいなかった……。
 そうして、向かって来る者がいないことを確認したシンは改めて隊長に向き直り、

「すまないな隊長さん、襲い掛かられてやむなく反撃せざるを得なかった。こんなつもりじゃなかったんだ、当然許してくれるよな?」
「……………………」
「許してくれるよな?」
「……ああ、君が反撃したのは当然の行動だ。非はこちら側にある」

 隊長の言葉にシンは頷き、今度は部下達に視線を向けると、彼らは誰知らず次々と地面に手を付きシンに向かって土下座をする。
 恐怖がプライドを凌駕した瞬間だった。
 シンはその光景を見て鷹揚おうように頷くと、懐から6本の小瓶を取り出し隊長に渡す。

「これは──?」
「『再生薬』、コイツを飲ませりゃそこの奴等の失った腕を生やすことが出来るぜ。お代は1本が金貨30枚、さて何本お買い上げかな、支払いは後でも構わないぜ?」

 1本金貨30枚、全員分なら金貨180枚である、もちろん素晴らしい効果だが代替手段が無いわけではない。中級以上の体力回復薬や中位の神聖魔法なら切り落とされた腕を再度「繋げる」事は可能だ。
 だが、それを馬鹿正直に伝えて相手の機嫌を損ねることなど出来ない、つまりはこの薬を言い値で買えと言っているわけだ。

「6本全部買わせて貰う、代金は街へ戻ってからでよいだろうか?」
「ほい、毎度あり」

 薬瓶を受け取った隊長は急いで薬を6人に飲ませるよう指示を飛ばす。
 そして、薬を飲んだ6人の身体から新しく腕が「生える」様子を誰もが驚きをもって迎える。
 そう、腕が「生えて来た」、実はこの再生薬は上位版と下位版の2種類が存在する(第2章73話参照)
 今彼等に渡したのは下位版、これは切られた四肢を「繋げる」再生なら問題は無いが、「新たに生やす」再生では体内から再生に必要な材料を捻出する。その結果、あまり笑えない体力低下──つまり、基本レベルの低下を引き起こす。
 腕一本の再生であればおよそ10前後のレベルダウンであろうか、普段から自己管理のしっかりした者であれば身体の違和感に自己のステータスを再確認する事だろうが、果たして彼らはどうだろうか。
 命のやり取りをする彼等の事だ、その程度の事はやって当然、もしもやらないような愚鈍な者がいるようなら、早晩戦場で果てることだろう。
 ともあれ、シンが心配するような話では無い。
 やがて討伐隊が落ち着きを取り戻し、シンに向かって畏怖と恐怖を感じ始めた頃に、シンは口を開く。

「さて、今後の事について話をしようか」

 肝心な話はまだ始まってすらいなかった──。
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