文字の大きさ
大
中
小
74 / 231
4章 港湾都市アイラ編
140話 不意打ち
──すっかり日も暮れたな、いやはや、忙しない一日だった。
『相変わらずシンは外道ですねえ』
「リオン、「邪道」士ニールセンだと何度言えば理解してくれるんだ?」
神様、何度訂正してもリオンさんが聞く耳を持ってくれません。
『……シン、あれは正邪の垣根を超えた、まさに外道な仕打ちだと思うのですが?』
「……相手も道を外れた悪党なんだし、いいんじゃないか?」
マイナスにマイナスをかけるとプラスになるの理論でイケませんかね?
『まあ私は構いませんけどね、解毒薬という救いも残していたみたいですし』
「何の話だ?」
『え?』
ああ、リオン、キミは脳筋だけど根は善良な子なんだね、ますます巨乳美女の姿が拝みたいよ……。
「あーこれはまいったー、アギア・ガザルの粉を混ぜる事に夢中になって肝心の解毒薬を入れるのをわすれてたー、このうっかりさんめー」
テヘペロ♪
『シン……』
まあなんだ、人間誰しもミスはするものだし、不幸な事故などというのはおかしな表現で、事故とはそもそもが不幸な訳であって……
『さすがに外道なのでは?』
否定はしないよ。
……それにしても、
「復讐、ねぇ……」
俺は、女頭目の服を引っぺがした時に拾ったロケットを弄る。
古びてはいるがモノはそれほど悪くない、開くと中にいくつか名前が彫られている所を見ると、家族との思い出の品というやつだろう、俺には関係無いが。
「復讐する側が憎悪の対象になってちゃ世話無いな」
──────────────
「土精よ、わが意のままに土塊よ動け、”粘土遊び”」
黒狼団の元アジトに戻ったシンは、紅炎の被害に遭わないよう土壁の魔法で作った壁を排除、奥にいた女性達の顔に安堵の表情が浮かぶ。
こんな場所にいつまでも居させる訳にはいかない、とはいえ夜に魔物の跋扈する森の中を歩かせる訳にもいかず、とりあえず被害の無い女頭目の部屋へと案内する。
途中、人型をした黒いナニカを見て「ヒッ」と悲鳴を上げる少女もいたが、
「キミ達を襲った悪党はもういない、そしてこれが悪党の末路だ」
シンの言葉で彼女達もこの惨劇を目に焼きつけ、何かを心に刻もうとしていた。
そんな彼女達でさえ、豪華な調度品と財宝に囲まれた部屋を見ると目を輝かせて歓声を上げていた。暗いままよりは前向きになってくれた分、シンとしても有難いのだが、この辺のたくましさは異世界だからか、はたまた女性ゆえのものか、元日本人男性のシンはフードの奥で小さく苦笑せざるをえなかった。
「とりあえずその中から使えそうな服を選んで着替えなさい、それと、厨房が使い物にならないんで申し訳ないが保存食と水で我慢してくれ。俺は「掃除」をして来るからゆっくりするといいよ」
それだけ告げるとシンは部屋を辞して洞窟内を回る。別に彼女達に気を使ったわけではない、彼の方こそがこの場に留まる事を放棄しただけの事だ。
大きな力を振るい、敵を殺す、傷を癒し、また命を救う、それだけの事が出来るシンにしかし、傷付いた女性の心を癒す言葉の一つも持ち合わせてはいなかった。
「戻ったよ、色々と済ませたか……な……?」
1時間ほど各所で死体を処理して部屋に戻ってきたシンは目の前の光景に言葉を失う。
食事を済ませた女性陣は、大量に用意しておいた水で身体もキレイに拭ったのだろう、土埃で汚れた顔は生気を取り戻した瞳も相まってスッキリとした表情を浮かべている。
それに関してはやはり女性なのだろう、いついかなる時にも身奇麗でいたいという気持ちは理解できる、だがしかし、5人の女性がそろいも揃ってナイトドレスに身を包んでいるのは何故なのか?
サイズが合わなくて微妙な感じになっている者もいれば、ピッタリどころか女頭目が着ていたような扇情的な物を選択している女性までいる始末。
とどめは、奥にあった物をわざわざ部屋の中心にまで引きずってきた天蓋付きの豪奢なベッド。5人がかりでコレをやった事を考えるとシンとしては労うべきなのだろうか?
「あー、あのー……」
(つまりアレか? そういう意味でのアレなのか?)
思わぬ不意打ちに戸惑うシンに向かって、この中で一番年上であろう、フリル付きの高価なワンピースタイプのネグリジェを羽織った女性が話しかけてくる。とりあえずの問題は、全身を包むワンピースがスケスケで何も隠せていないところだろうか……。
「どこのどなたかは判りませんが、アイツらに攫われて売り飛ばされる所を助けられ、同時に私達に成り代わり復讐までしていただき有り難うございます」
「お気になさらずに、手前勝手な理由でした事です」
間違ってはいない、朝の清々しい気分を台無しにされた、ただそれだけの理由が発端の出来事である。
「何か御礼が出来ればよいのですが、当然の事ながら今の私達には貴方様に差し上げるものは「一つ」しかありません。どうぞ、私達のせめてもの感謝の気持ちです、いかようにもして下さいませ」
(やっぱりそうきたか!)
「イヤイヤイヤイヤイヤ──!!」
「……やはり、こんな汚れた身体ではお礼の価値も無いでしょうか?」
その言葉で残りの4人も悲しそうな表情を浮かべる、なぜかシンが悪者の立ち位置だ。
「そうじゃなくて! 今ここに至る境遇を考えれば私がここで貴方達に手を出すなんて考えられない話でしょう!?」
「アナタ様とアレとは全く違います! それに、私達を哀れんでくれるのでしたらむしろ、辛い出来事の終わりに救いと喜びがあったと、私達の心に刻んで欲しいのです」
(ダメだ、隙が無え!)
彼女達の言い分もある程度は理解できる。絶望からの脱出、そして自分達には出来ない復讐の代行、自分の物では無いとはいえ目の前の財宝の山、精神がある種の興奮状態に入っているのも関係しているのだろう、もちろん根底にはシンへの感謝の気持ちがあるのだろうが。
とはいえそれに流されるのはシンの気持ちが着いて来ない、そういうお仕事の女性とは問題ないが、「素人さんとその場限り、後腐れの無い関係」というのは好ましくないと考えるシンであった。
仕方が無いのでシンは普段使わない「奥の手」を使う。
スッ──
シンは懐から聖印を、しかもごく限られた神殿関係者にしか見せない特別な聖印を取り出す。
「これは? …………そんな、コレはっ!?」
どうやらこの女性はコレの意味を知っているらしい、だとすると神殿勤めかそれともかなり敬虔な信者なのだろうか。
シンはフードを取ると彼女達に向かって改めて名乗りを上げる。
「私は女神ティアリーゼの忠実なる僕にして「使徒」シンドゥラ、此度の件は我が女神の意思なれば、あなた達が何かを差し出すには及びません。むしろあなた達に降りかかる不幸を止められなかった事を、女神は心苦しく思っております」
大嘘である、天上の神は地上の一個人など一々斟酌したりなどしない、善悪の区別なく人間は全て神の愛し子なのだから。
ただ「使徒」の名と、そこから紡がれる言葉には大きな力が働く、少なくとも彼女達にとって、自分達の身を案じた女神がわざわざ代行者たる使徒を遣わしその身を救い出した、一生ものの誉れである。
そういった意味で、シンのとった行動は色々悪手であった。
なぜなら、
「使徒様! なればこそ私達のこの溢れる感謝の気持ち! この想いを貴方様に捧げとうございます!!」
『使徒様!!』
勇者の登場する物語の締めくくりは大抵、勇者とお姫様は最後に結ばれてめでたしめでたし、なのだから。
シンは色々諦めた──
まずは彼女達の身体に残ったままの傷を魔法で癒し──こうなるまで気が付かなかったシンは配慮が足りんと反省し、彼女達は使徒様の御力にさらにテンションが上がる──彼女達の負担が少なくなるようこっそりと媚薬の香を焚いたりし、結果──
チュン──チュン──
「…………太陽が黄色い」
──もちろん、性的な意味で
「使徒様、これからどうなさるのですか?」
朝食代わりの保存食を口にしながら一番年上の女性が話しかけてくる。
聞けば、やはり神殿関係者だったらしく、シンに対して実に恭しい態度である。
「あ、出来れば使徒様と呼ぶのは控えてもらえるかな、市井では「旅の薬師のシン」という事で世界を回っているものだから素性がばれるのは困るんだ」
「ですが……」
シンの言葉に他の女性も含め全員が顔を曇らせる、まあ有名人と知り合いになれば周りに話したくなるのは理解も出来る。
シンは言い方を変えた。
「……昨夜の事も、私が使徒だという事も、君達「だけ」が知っていればいい事だよ」
シンが彼女たち一人一人の頬を掌で優しく撫でながら囁くと
「「「「「ハ、ハイッ!!」」」」」
優しい微笑みの裏でシンは己を激しく罵った──
そんな時、
──────────!!
「チッ……」
「使徒──いえ、シン様?」
唇を引き締め鋭い眼光をあさっての方向に向けるシンに戸惑う彼女らが声をかける。
「ああ、大丈夫だよ。ここに来る途中、大きな荷物をある場所に隠しておいたんだが、どうやら誰かが見つけたらしい、ちょっと行ってくるよ」
「あの……もしかして、生き残りでしょうか?」
不安げな顔を見せる彼女たちにシンは努めて優しい表情を作り、
「その可能性は低いだろうけど、それならむしろ好都合、キミ達は心配しないでここで待っていなさい……そうだな、どうせならそこの財宝の中で気に欲しい物があれば見繕っておきなさい。私には必要の無いものだからキミ達の物にすればいい」
酷い目にあったせめてもの償いとして、その程度のことは許されてしかるべきだろう。金銭で心の傷が癒されるとは思えないが、無いよりはあった方がいい。
「土精よ、行く手を遮る壁を成せ、”土壁”」
安全の為に入り口に壁を造るとシンは、マッド・ビーの素材を隠している洞窟付近へ転移魔法で一気に飛ぶ、そしてそこには予想通り何がしかの武装集団が集っていた。
シンは身を潜め聞き耳を立てると、
「──おい、このマヌケな布切れはどうする?」
「布切れ? 悪い、俺、文字読めねえんだわ♪ 何か書いてあるのか?」
「ああ、なんでも見つけたアナタに差し上げますとか、まあそんな事だな」
「おやまあ……」
どうやら新手のお客さんのようだ。
見たところ、誰も彼もが革鎧を基本とした画一した装備を身につけている、おそらく山岳や森の中での戦闘を想定した野戦部隊と見られる。
その中において全身を金属鎧で固めた隊長と思しき人物が良くも悪くも目立ちはするが、こんな所に着てくる以上、消音対策のされた魔道具の可能性は高い、だとすれば国家ないしは大都市圏から派遣された部隊と見るべきか。
とはいえ彼等の不穏当な発言は残念なことに聞き逃せない、冗談でも言っていい事と悪い事がある、持ち主の居ない所での軽口の類ではあろうが、残念ながらその持ち主はここにいるのだ。
こんな物騒な発言を、たった一人が、武装した集団の口から聞かされたら一体どんな気持ちになるのだろう……?
「精神的慰謝料のおかわりと行くかな……」
むろん冗談である、そう、彼らと同様に半分くらいは冗談のつもりの軽口である。
なので、
「お前達、軽口はその辺にしておけ、俺達は先を急ぐん──」
「へえ、新手の盗賊団はクズのくせに物分かりがいいんだな、そんなに早く地獄に行きたいのか?」
シンは易々と隊長らしき人物の背後を取る、なるほど、隊を取り仕切る長とはいえ、目の前のお宝を前にしては気もそぞろになるらしい、こうも簡単に背後を取られるようでは彼の将来はあまり明るく無いかもしれない。
まあそんな事はシンには関係が無い、とはいえ彼らには少しばかりキツめのお仕置きが必要だ。
むろん命を奪うような事はしない、ただしペナルティは充分に受けてもらうとしよう。
「な……」
「さて、覚悟はいいかな、盗人の皆さん?」
シンの顔には楽しそうな色が浮かんでいた。
──曰く、「女性の扱いよりよっぽど単純でやり易い」そうだ。
『相変わらずシンは外道ですねえ』
「リオン、「邪道」士ニールセンだと何度言えば理解してくれるんだ?」
神様、何度訂正してもリオンさんが聞く耳を持ってくれません。
『……シン、あれは正邪の垣根を超えた、まさに外道な仕打ちだと思うのですが?』
「……相手も道を外れた悪党なんだし、いいんじゃないか?」
マイナスにマイナスをかけるとプラスになるの理論でイケませんかね?
『まあ私は構いませんけどね、解毒薬という救いも残していたみたいですし』
「何の話だ?」
『え?』
ああ、リオン、キミは脳筋だけど根は善良な子なんだね、ますます巨乳美女の姿が拝みたいよ……。
「あーこれはまいったー、アギア・ガザルの粉を混ぜる事に夢中になって肝心の解毒薬を入れるのをわすれてたー、このうっかりさんめー」
テヘペロ♪
『シン……』
まあなんだ、人間誰しもミスはするものだし、不幸な事故などというのはおかしな表現で、事故とはそもそもが不幸な訳であって……
『さすがに外道なのでは?』
否定はしないよ。
……それにしても、
「復讐、ねぇ……」
俺は、女頭目の服を引っぺがした時に拾ったロケットを弄る。
古びてはいるがモノはそれほど悪くない、開くと中にいくつか名前が彫られている所を見ると、家族との思い出の品というやつだろう、俺には関係無いが。
「復讐する側が憎悪の対象になってちゃ世話無いな」
──────────────
「土精よ、わが意のままに土塊よ動け、”粘土遊び”」
黒狼団の元アジトに戻ったシンは、紅炎の被害に遭わないよう土壁の魔法で作った壁を排除、奥にいた女性達の顔に安堵の表情が浮かぶ。
こんな場所にいつまでも居させる訳にはいかない、とはいえ夜に魔物の跋扈する森の中を歩かせる訳にもいかず、とりあえず被害の無い女頭目の部屋へと案内する。
途中、人型をした黒いナニカを見て「ヒッ」と悲鳴を上げる少女もいたが、
「キミ達を襲った悪党はもういない、そしてこれが悪党の末路だ」
シンの言葉で彼女達もこの惨劇を目に焼きつけ、何かを心に刻もうとしていた。
そんな彼女達でさえ、豪華な調度品と財宝に囲まれた部屋を見ると目を輝かせて歓声を上げていた。暗いままよりは前向きになってくれた分、シンとしても有難いのだが、この辺のたくましさは異世界だからか、はたまた女性ゆえのものか、元日本人男性のシンはフードの奥で小さく苦笑せざるをえなかった。
「とりあえずその中から使えそうな服を選んで着替えなさい、それと、厨房が使い物にならないんで申し訳ないが保存食と水で我慢してくれ。俺は「掃除」をして来るからゆっくりするといいよ」
それだけ告げるとシンは部屋を辞して洞窟内を回る。別に彼女達に気を使ったわけではない、彼の方こそがこの場に留まる事を放棄しただけの事だ。
大きな力を振るい、敵を殺す、傷を癒し、また命を救う、それだけの事が出来るシンにしかし、傷付いた女性の心を癒す言葉の一つも持ち合わせてはいなかった。
「戻ったよ、色々と済ませたか……な……?」
1時間ほど各所で死体を処理して部屋に戻ってきたシンは目の前の光景に言葉を失う。
食事を済ませた女性陣は、大量に用意しておいた水で身体もキレイに拭ったのだろう、土埃で汚れた顔は生気を取り戻した瞳も相まってスッキリとした表情を浮かべている。
それに関してはやはり女性なのだろう、いついかなる時にも身奇麗でいたいという気持ちは理解できる、だがしかし、5人の女性がそろいも揃ってナイトドレスに身を包んでいるのは何故なのか?
サイズが合わなくて微妙な感じになっている者もいれば、ピッタリどころか女頭目が着ていたような扇情的な物を選択している女性までいる始末。
とどめは、奥にあった物をわざわざ部屋の中心にまで引きずってきた天蓋付きの豪奢なベッド。5人がかりでコレをやった事を考えるとシンとしては労うべきなのだろうか?
「あー、あのー……」
(つまりアレか? そういう意味でのアレなのか?)
思わぬ不意打ちに戸惑うシンに向かって、この中で一番年上であろう、フリル付きの高価なワンピースタイプのネグリジェを羽織った女性が話しかけてくる。とりあえずの問題は、全身を包むワンピースがスケスケで何も隠せていないところだろうか……。
「どこのどなたかは判りませんが、アイツらに攫われて売り飛ばされる所を助けられ、同時に私達に成り代わり復讐までしていただき有り難うございます」
「お気になさらずに、手前勝手な理由でした事です」
間違ってはいない、朝の清々しい気分を台無しにされた、ただそれだけの理由が発端の出来事である。
「何か御礼が出来ればよいのですが、当然の事ながら今の私達には貴方様に差し上げるものは「一つ」しかありません。どうぞ、私達のせめてもの感謝の気持ちです、いかようにもして下さいませ」
(やっぱりそうきたか!)
「イヤイヤイヤイヤイヤ──!!」
「……やはり、こんな汚れた身体ではお礼の価値も無いでしょうか?」
その言葉で残りの4人も悲しそうな表情を浮かべる、なぜかシンが悪者の立ち位置だ。
「そうじゃなくて! 今ここに至る境遇を考えれば私がここで貴方達に手を出すなんて考えられない話でしょう!?」
「アナタ様とアレとは全く違います! それに、私達を哀れんでくれるのでしたらむしろ、辛い出来事の終わりに救いと喜びがあったと、私達の心に刻んで欲しいのです」
(ダメだ、隙が無え!)
彼女達の言い分もある程度は理解できる。絶望からの脱出、そして自分達には出来ない復讐の代行、自分の物では無いとはいえ目の前の財宝の山、精神がある種の興奮状態に入っているのも関係しているのだろう、もちろん根底にはシンへの感謝の気持ちがあるのだろうが。
とはいえそれに流されるのはシンの気持ちが着いて来ない、そういうお仕事の女性とは問題ないが、「素人さんとその場限り、後腐れの無い関係」というのは好ましくないと考えるシンであった。
仕方が無いのでシンは普段使わない「奥の手」を使う。
スッ──
シンは懐から聖印を、しかもごく限られた神殿関係者にしか見せない特別な聖印を取り出す。
「これは? …………そんな、コレはっ!?」
どうやらこの女性はコレの意味を知っているらしい、だとすると神殿勤めかそれともかなり敬虔な信者なのだろうか。
シンはフードを取ると彼女達に向かって改めて名乗りを上げる。
「私は女神ティアリーゼの忠実なる僕にして「使徒」シンドゥラ、此度の件は我が女神の意思なれば、あなた達が何かを差し出すには及びません。むしろあなた達に降りかかる不幸を止められなかった事を、女神は心苦しく思っております」
大嘘である、天上の神は地上の一個人など一々斟酌したりなどしない、善悪の区別なく人間は全て神の愛し子なのだから。
ただ「使徒」の名と、そこから紡がれる言葉には大きな力が働く、少なくとも彼女達にとって、自分達の身を案じた女神がわざわざ代行者たる使徒を遣わしその身を救い出した、一生ものの誉れである。
そういった意味で、シンのとった行動は色々悪手であった。
なぜなら、
「使徒様! なればこそ私達のこの溢れる感謝の気持ち! この想いを貴方様に捧げとうございます!!」
『使徒様!!』
勇者の登場する物語の締めくくりは大抵、勇者とお姫様は最後に結ばれてめでたしめでたし、なのだから。
シンは色々諦めた──
まずは彼女達の身体に残ったままの傷を魔法で癒し──こうなるまで気が付かなかったシンは配慮が足りんと反省し、彼女達は使徒様の御力にさらにテンションが上がる──彼女達の負担が少なくなるようこっそりと媚薬の香を焚いたりし、結果──
チュン──チュン──
「…………太陽が黄色い」
──もちろん、性的な意味で
「使徒様、これからどうなさるのですか?」
朝食代わりの保存食を口にしながら一番年上の女性が話しかけてくる。
聞けば、やはり神殿関係者だったらしく、シンに対して実に恭しい態度である。
「あ、出来れば使徒様と呼ぶのは控えてもらえるかな、市井では「旅の薬師のシン」という事で世界を回っているものだから素性がばれるのは困るんだ」
「ですが……」
シンの言葉に他の女性も含め全員が顔を曇らせる、まあ有名人と知り合いになれば周りに話したくなるのは理解も出来る。
シンは言い方を変えた。
「……昨夜の事も、私が使徒だという事も、君達「だけ」が知っていればいい事だよ」
シンが彼女たち一人一人の頬を掌で優しく撫でながら囁くと
「「「「「ハ、ハイッ!!」」」」」
優しい微笑みの裏でシンは己を激しく罵った──
そんな時、
──────────!!
「チッ……」
「使徒──いえ、シン様?」
唇を引き締め鋭い眼光をあさっての方向に向けるシンに戸惑う彼女らが声をかける。
「ああ、大丈夫だよ。ここに来る途中、大きな荷物をある場所に隠しておいたんだが、どうやら誰かが見つけたらしい、ちょっと行ってくるよ」
「あの……もしかして、生き残りでしょうか?」
不安げな顔を見せる彼女たちにシンは努めて優しい表情を作り、
「その可能性は低いだろうけど、それならむしろ好都合、キミ達は心配しないでここで待っていなさい……そうだな、どうせならそこの財宝の中で気に欲しい物があれば見繕っておきなさい。私には必要の無いものだからキミ達の物にすればいい」
酷い目にあったせめてもの償いとして、その程度のことは許されてしかるべきだろう。金銭で心の傷が癒されるとは思えないが、無いよりはあった方がいい。
「土精よ、行く手を遮る壁を成せ、”土壁”」
安全の為に入り口に壁を造るとシンは、マッド・ビーの素材を隠している洞窟付近へ転移魔法で一気に飛ぶ、そしてそこには予想通り何がしかの武装集団が集っていた。
シンは身を潜め聞き耳を立てると、
「──おい、このマヌケな布切れはどうする?」
「布切れ? 悪い、俺、文字読めねえんだわ♪ 何か書いてあるのか?」
「ああ、なんでも見つけたアナタに差し上げますとか、まあそんな事だな」
「おやまあ……」
どうやら新手のお客さんのようだ。
見たところ、誰も彼もが革鎧を基本とした画一した装備を身につけている、おそらく山岳や森の中での戦闘を想定した野戦部隊と見られる。
その中において全身を金属鎧で固めた隊長と思しき人物が良くも悪くも目立ちはするが、こんな所に着てくる以上、消音対策のされた魔道具の可能性は高い、だとすれば国家ないしは大都市圏から派遣された部隊と見るべきか。
とはいえ彼等の不穏当な発言は残念なことに聞き逃せない、冗談でも言っていい事と悪い事がある、持ち主の居ない所での軽口の類ではあろうが、残念ながらその持ち主はここにいるのだ。
こんな物騒な発言を、たった一人が、武装した集団の口から聞かされたら一体どんな気持ちになるのだろう……?
「精神的慰謝料のおかわりと行くかな……」
むろん冗談である、そう、彼らと同様に半分くらいは冗談のつもりの軽口である。
なので、
「お前達、軽口はその辺にしておけ、俺達は先を急ぐん──」
「へえ、新手の盗賊団はクズのくせに物分かりがいいんだな、そんなに早く地獄に行きたいのか?」
シンは易々と隊長らしき人物の背後を取る、なるほど、隊を取り仕切る長とはいえ、目の前のお宝を前にしては気もそぞろになるらしい、こうも簡単に背後を取られるようでは彼の将来はあまり明るく無いかもしれない。
まあそんな事はシンには関係が無い、とはいえ彼らには少しばかりキツめのお仕置きが必要だ。
むろん命を奪うような事はしない、ただしペナルティは充分に受けてもらうとしよう。
「な……」
「さて、覚悟はいいかな、盗人の皆さん?」
シンの顔には楽しそうな色が浮かんでいた。
──曰く、「女性の扱いよりよっぽど単純でやり易い」そうだ。
感想 497
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
「子を産めない妻はいらない」と離縁されたので、七人の孤児がいる辺境伯家に嫁ぎます~なぜか全員に懐かれました
ゆぷしろん「子を産めない妻はいらない」
七年尽くした夫にそう告げられ、伯爵夫人アメリアは若い愛人にすべてを奪われた。
手元に残ったのは、わずかな生活費と母の形見だけ。居場所を失った彼女のもとへ届いたのは、北の辺境伯グレンからの求婚状だった。
そこに記されていたのは、前夫が一度も見ようとしなかったアメリアの功績。求められたのは跡継ぎを産む妻ではなく、戦争で荒れた領地と屋敷を共に守る伴侶だった。
だが、嫁ぎ先で待っていたのは、親を失い心に傷を抱えた七人の孤児たち。
反発する少年、言葉を閉ざした幼子、飢えを恐れる少女。アメリアは叱るのではなく、一人ずつ寄り添っていく。
やがて子どもたちは彼女を「かあさま」と呼び始める。
そんな幸せを取り戻しかけたある日、彼女を捨てた前夫が再び現れて――。
「お姉様の刺繍は素人ね」と笑った義妹の婚礼衣装——裏地を見た女官十二人が、一斉に針を置いた
歩人(あゆと)「お姉様の刺繍は、素人の手習いに見えますわね」――王太子妃となる異母妹アデリーナは、王宮女官たちの前で姉ローゼを笑った。翌週の婚礼の朝。式典装の最終確認のため、十二人の女官が衣装の裏地を検めた瞬間――一人、また一人と、針を置いた。裏地に縫い込まれていたのは、女官たちが十二年間ずっと探していた一筆の銀糸。即位式の絹外套、二人の王女の婚礼ドレス、亡き王太后の弔意の喪服。王家儀礼衣装のすべての裏地に、同じ手で、同じ糸で、同じ銀の花が縫い込まれていた。「アデリーナ様、これは――あなた様の手では、ございません」縫い手は、ずっと一人だった。それを十二年間、誰の名でも呼べなかっただけのこと。
真の皇帝は俺です ~面倒だから幼なじみに帝位を任せていたら、婚約者に捨てられました。正体を明かしたら全員後悔してももう遅い~
由香皇帝の仕事が面倒だったレインは、信頼する幼なじみアレクシスに表向きの皇帝を任せ、自身は陰から帝国を支えていた。
だがある日、婚約者エミリアは「権力も将来性もない」と彼を見限り婚約破棄を宣言する。
しかし彼女は知らなかった。
帝国を動かしていた真の支配者が誰なのかを。
これは全てを持ちながら隠していた男と、見るべきものを見失った者たちの後悔の物語。
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。