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4章 港湾都市アイラ編
140話 不意打ち
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──すっかり日も暮れたな、いやはや、忙しない一日だった。
『相変わらずシンは外道ですねえ』
「リオン、「邪道」士ニールセンだと何度言えば理解してくれるんだ?」
神様、何度訂正してもリオンさんが聞く耳を持ってくれません。
『……シン、あれは正邪の垣根を超えた、まさに外道な仕打ちだと思うのですが?』
「……相手も道を外れた悪党なんだし、いいんじゃないか?」
マイナスにマイナスをかけるとプラスになるの理論でイケませんかね?
『まあ私は構いませんけどね、解毒薬という救いも残していたみたいですし』
「何の話だ?」
『え?』
ああ、リオン、キミは脳筋だけど根は善良な子なんだね、ますます巨乳美女の姿が拝みたいよ……。
「あーこれはまいったー、アギア・ガザルの粉を混ぜる事に夢中になって肝心の解毒薬を入れるのをわすれてたー、このうっかりさんめー」
テヘペロ♪
『シン……』
まあなんだ、人間誰しもミスはするものだし、不幸な事故などというのはおかしな表現で、事故とはそもそもが不幸な訳であって……
『さすがに外道なのでは?』
否定はしないよ。
……それにしても、
「復讐、ねぇ……」
俺は、女頭目の服を引っぺがした時に拾ったロケットを弄る。
古びてはいるがモノはそれほど悪くない、開くと中にいくつか名前が彫られている所を見ると、家族との思い出の品というやつだろう、俺には関係無いが。
「復讐する側が憎悪の対象になってちゃ世話無いな」
──────────────
「土精よ、わが意のままに土塊よ動け、”粘土遊び”」
黒狼団の元アジトに戻ったシンは、紅炎の被害に遭わないよう土壁の魔法で作った壁を排除、奥にいた女性達の顔に安堵の表情が浮かぶ。
こんな場所にいつまでも居させる訳にはいかない、とはいえ夜に魔物の跋扈する森の中を歩かせる訳にもいかず、とりあえず被害の無い女頭目の部屋へと案内する。
途中、人型をした黒いナニカを見て「ヒッ」と悲鳴を上げる少女もいたが、
「キミ達を襲った悪党はもういない、そしてこれが悪党の末路だ」
シンの言葉で彼女達もこの惨劇を目に焼きつけ、何かを心に刻もうとしていた。
そんな彼女達でさえ、豪華な調度品と財宝に囲まれた部屋を見ると目を輝かせて歓声を上げていた。暗いままよりは前向きになってくれた分、シンとしても有難いのだが、この辺のたくましさは異世界だからか、はたまた女性ゆえのものか、元日本人男性のシンはフードの奥で小さく苦笑せざるをえなかった。
「とりあえずその中から使えそうな服を選んで着替えなさい、それと、厨房が使い物にならないんで申し訳ないが保存食と水で我慢してくれ。俺は「掃除」をして来るからゆっくりするといいよ」
それだけ告げるとシンは部屋を辞して洞窟内を回る。別に彼女達に気を使ったわけではない、彼の方こそがこの場に留まる事を放棄しただけの事だ。
大きな力を振るい、敵を殺す、傷を癒し、また命を救う、それだけの事が出来るシンにしかし、傷付いた女性の心を癒す言葉の一つも持ち合わせてはいなかった。
「戻ったよ、色々と済ませたか……な……?」
1時間ほど各所で死体を処理して部屋に戻ってきたシンは目の前の光景に言葉を失う。
食事を済ませた女性陣は、大量に用意しておいた水で身体もキレイに拭ったのだろう、土埃で汚れた顔は生気を取り戻した瞳も相まってスッキリとした表情を浮かべている。
それに関してはやはり女性なのだろう、いついかなる時にも身奇麗でいたいという気持ちは理解できる、だがしかし、5人の女性がそろいも揃ってナイトドレスに身を包んでいるのは何故なのか?
サイズが合わなくて微妙な感じになっている者もいれば、ピッタリどころか女頭目が着ていたような扇情的な物を選択している女性までいる始末。
とどめは、奥にあった物をわざわざ部屋の中心にまで引きずってきた天蓋付きの豪奢なベッド。5人がかりでコレをやった事を考えるとシンとしては労うべきなのだろうか?
「あー、あのー……」
(つまりアレか? そういう意味でのアレなのか?)
思わぬ不意打ちに戸惑うシンに向かって、この中で一番年上であろう、フリル付きの高価なワンピースタイプのネグリジェを羽織った女性が話しかけてくる。とりあえずの問題は、全身を包むワンピースがスケスケで何も隠せていないところだろうか……。
「どこのどなたかは判りませんが、アイツらに攫われて売り飛ばされる所を助けられ、同時に私達に成り代わり復讐までしていただき有り難うございます」
「お気になさらずに、手前勝手な理由でした事です」
間違ってはいない、朝の清々しい気分を台無しにされた、ただそれだけの理由が発端の出来事である。
「何か御礼が出来ればよいのですが、当然の事ながら今の私達には貴方様に差し上げるものは「一つ」しかありません。どうぞ、私達のせめてもの感謝の気持ちです、いかようにもして下さいませ」
(やっぱりそうきたか!)
「イヤイヤイヤイヤイヤ──!!」
「……やはり、こんな汚れた身体ではお礼の価値も無いでしょうか?」
その言葉で残りの4人も悲しそうな表情を浮かべる、なぜかシンが悪者の立ち位置だ。
「そうじゃなくて! 今ここに至る境遇を考えれば私がここで貴方達に手を出すなんて考えられない話でしょう!?」
「アナタ様とアレとは全く違います! それに、私達を哀れんでくれるのでしたらむしろ、辛い出来事の終わりに救いと喜びがあったと、私達の心に刻んで欲しいのです」
(ダメだ、隙が無え!)
彼女達の言い分もある程度は理解できる。絶望からの脱出、そして自分達には出来ない復讐の代行、自分の物では無いとはいえ目の前の財宝の山、精神がある種の興奮状態に入っているのも関係しているのだろう、もちろん根底にはシンへの感謝の気持ちがあるのだろうが。
とはいえそれに流されるのはシンの気持ちが着いて来ない、そういうお仕事の女性とは問題ないが、「素人さんとその場限り、後腐れの無い関係」というのは好ましくないと考えるシンであった。
仕方が無いのでシンは普段使わない「奥の手」を使う。
スッ──
シンは懐から聖印を、しかもごく限られた神殿関係者にしか見せない特別な聖印を取り出す。
「これは? …………そんな、コレはっ!?」
どうやらこの女性はコレの意味を知っているらしい、だとすると神殿勤めかそれともかなり敬虔な信者なのだろうか。
シンはフードを取ると彼女達に向かって改めて名乗りを上げる。
「私は女神ティアリーゼの忠実なる僕にして「使徒」シンドゥラ、此度の件は我が女神の意思なれば、あなた達が何かを差し出すには及びません。むしろあなた達に降りかかる不幸を止められなかった事を、女神は心苦しく思っております」
大嘘である、天上の神は地上の一個人など一々斟酌したりなどしない、善悪の区別なく人間は全て神の愛し子なのだから。
ただ「使徒」の名と、そこから紡がれる言葉には大きな力が働く、少なくとも彼女達にとって、自分達の身を案じた女神がわざわざ代行者たる使徒を遣わしその身を救い出した、一生ものの誉れである。
そういった意味で、シンのとった行動は色々悪手であった。
なぜなら、
「使徒様! なればこそ私達のこの溢れる感謝の気持ち! この想いを貴方様に捧げとうございます!!」
『使徒様!!』
勇者の登場する物語の締めくくりは大抵、勇者とお姫様は最後に結ばれてめでたしめでたし、なのだから。
シンは色々諦めた──
まずは彼女達の身体に残ったままの傷を魔法で癒し──こうなるまで気が付かなかったシンは配慮が足りんと反省し、彼女達は使徒様の御力にさらにテンションが上がる──彼女達の負担が少なくなるようこっそりと媚薬の香を焚いたりし、結果──
チュン──チュン──
「…………太陽が黄色い」
──もちろん、性的な意味で
「使徒様、これからどうなさるのですか?」
朝食代わりの保存食を口にしながら一番年上の女性が話しかけてくる。
聞けば、やはり神殿関係者だったらしく、シンに対して実に恭しい態度である。
「あ、出来れば使徒様と呼ぶのは控えてもらえるかな、市井では「旅の薬師のシン」という事で世界を回っているものだから素性がばれるのは困るんだ」
「ですが……」
シンの言葉に他の女性も含め全員が顔を曇らせる、まあ有名人と知り合いになれば周りに話したくなるのは理解も出来る。
シンは言い方を変えた。
「……昨夜の事も、私が使徒だという事も、君達「だけ」が知っていればいい事だよ」
シンが彼女たち一人一人の頬を掌で優しく撫でながら囁くと
「「「「「ハ、ハイッ!!」」」」」
優しい微笑みの裏でシンは己を激しく罵った──
そんな時、
──────────!!
「チッ……」
「使徒──いえ、シン様?」
唇を引き締め鋭い眼光をあさっての方向に向けるシンに戸惑う彼女らが声をかける。
「ああ、大丈夫だよ。ここに来る途中、大きな荷物をある場所に隠しておいたんだが、どうやら誰かが見つけたらしい、ちょっと行ってくるよ」
「あの……もしかして、生き残りでしょうか?」
不安げな顔を見せる彼女たちにシンは努めて優しい表情を作り、
「その可能性は低いだろうけど、それならむしろ好都合、キミ達は心配しないでここで待っていなさい……そうだな、どうせならそこの財宝の中で気に欲しい物があれば見繕っておきなさい。私には必要の無いものだからキミ達の物にすればいい」
酷い目にあったせめてもの償いとして、その程度のことは許されてしかるべきだろう。金銭で心の傷が癒されるとは思えないが、無いよりはあった方がいい。
「土精よ、行く手を遮る壁を成せ、”土壁”」
安全の為に入り口に壁を造るとシンは、マッド・ビーの素材を隠している洞窟付近へ転移魔法で一気に飛ぶ、そしてそこには予想通り何がしかの武装集団が集っていた。
シンは身を潜め聞き耳を立てると、
「──おい、このマヌケな布切れはどうする?」
「布切れ? 悪い、俺、文字読めねえんだわ♪ 何か書いてあるのか?」
「ああ、なんでも見つけたアナタに差し上げますとか、まあそんな事だな」
「おやまあ……」
どうやら新手のお客さんのようだ。
見たところ、誰も彼もが革鎧を基本とした画一した装備を身につけている、おそらく山岳や森の中での戦闘を想定した野戦部隊と見られる。
その中において全身を金属鎧で固めた隊長と思しき人物が良くも悪くも目立ちはするが、こんな所に着てくる以上、消音対策のされた魔道具の可能性は高い、だとすれば国家ないしは大都市圏から派遣された部隊と見るべきか。
とはいえ彼等の不穏当な発言は残念なことに聞き逃せない、冗談でも言っていい事と悪い事がある、持ち主の居ない所での軽口の類ではあろうが、残念ながらその持ち主はここにいるのだ。
こんな物騒な発言を、たった一人が、武装した集団の口から聞かされたら一体どんな気持ちになるのだろう……?
「精神的慰謝料のおかわりと行くかな……」
むろん冗談である、そう、彼らと同様に半分くらいは冗談のつもりの軽口である。
なので、
「お前達、軽口はその辺にしておけ、俺達は先を急ぐん──」
「へえ、新手の盗賊団はクズのくせに物分かりがいいんだな、そんなに早く地獄に行きたいのか?」
シンは易々と隊長らしき人物の背後を取る、なるほど、隊を取り仕切る長とはいえ、目の前のお宝を前にしては気もそぞろになるらしい、こうも簡単に背後を取られるようでは彼の将来はあまり明るく無いかもしれない。
まあそんな事はシンには関係が無い、とはいえ彼らには少しばかりキツめのお仕置きが必要だ。
むろん命を奪うような事はしない、ただしペナルティは充分に受けてもらうとしよう。
「な……」
「さて、覚悟はいいかな、盗人の皆さん?」
シンの顔には楽しそうな色が浮かんでいた。
──曰く、「女性の扱いよりよっぽど単純でやり易い」そうだ。
『相変わらずシンは外道ですねえ』
「リオン、「邪道」士ニールセンだと何度言えば理解してくれるんだ?」
神様、何度訂正してもリオンさんが聞く耳を持ってくれません。
『……シン、あれは正邪の垣根を超えた、まさに外道な仕打ちだと思うのですが?』
「……相手も道を外れた悪党なんだし、いいんじゃないか?」
マイナスにマイナスをかけるとプラスになるの理論でイケませんかね?
『まあ私は構いませんけどね、解毒薬という救いも残していたみたいですし』
「何の話だ?」
『え?』
ああ、リオン、キミは脳筋だけど根は善良な子なんだね、ますます巨乳美女の姿が拝みたいよ……。
「あーこれはまいったー、アギア・ガザルの粉を混ぜる事に夢中になって肝心の解毒薬を入れるのをわすれてたー、このうっかりさんめー」
テヘペロ♪
『シン……』
まあなんだ、人間誰しもミスはするものだし、不幸な事故などというのはおかしな表現で、事故とはそもそもが不幸な訳であって……
『さすがに外道なのでは?』
否定はしないよ。
……それにしても、
「復讐、ねぇ……」
俺は、女頭目の服を引っぺがした時に拾ったロケットを弄る。
古びてはいるがモノはそれほど悪くない、開くと中にいくつか名前が彫られている所を見ると、家族との思い出の品というやつだろう、俺には関係無いが。
「復讐する側が憎悪の対象になってちゃ世話無いな」
──────────────
「土精よ、わが意のままに土塊よ動け、”粘土遊び”」
黒狼団の元アジトに戻ったシンは、紅炎の被害に遭わないよう土壁の魔法で作った壁を排除、奥にいた女性達の顔に安堵の表情が浮かぶ。
こんな場所にいつまでも居させる訳にはいかない、とはいえ夜に魔物の跋扈する森の中を歩かせる訳にもいかず、とりあえず被害の無い女頭目の部屋へと案内する。
途中、人型をした黒いナニカを見て「ヒッ」と悲鳴を上げる少女もいたが、
「キミ達を襲った悪党はもういない、そしてこれが悪党の末路だ」
シンの言葉で彼女達もこの惨劇を目に焼きつけ、何かを心に刻もうとしていた。
そんな彼女達でさえ、豪華な調度品と財宝に囲まれた部屋を見ると目を輝かせて歓声を上げていた。暗いままよりは前向きになってくれた分、シンとしても有難いのだが、この辺のたくましさは異世界だからか、はたまた女性ゆえのものか、元日本人男性のシンはフードの奥で小さく苦笑せざるをえなかった。
「とりあえずその中から使えそうな服を選んで着替えなさい、それと、厨房が使い物にならないんで申し訳ないが保存食と水で我慢してくれ。俺は「掃除」をして来るからゆっくりするといいよ」
それだけ告げるとシンは部屋を辞して洞窟内を回る。別に彼女達に気を使ったわけではない、彼の方こそがこの場に留まる事を放棄しただけの事だ。
大きな力を振るい、敵を殺す、傷を癒し、また命を救う、それだけの事が出来るシンにしかし、傷付いた女性の心を癒す言葉の一つも持ち合わせてはいなかった。
「戻ったよ、色々と済ませたか……な……?」
1時間ほど各所で死体を処理して部屋に戻ってきたシンは目の前の光景に言葉を失う。
食事を済ませた女性陣は、大量に用意しておいた水で身体もキレイに拭ったのだろう、土埃で汚れた顔は生気を取り戻した瞳も相まってスッキリとした表情を浮かべている。
それに関してはやはり女性なのだろう、いついかなる時にも身奇麗でいたいという気持ちは理解できる、だがしかし、5人の女性がそろいも揃ってナイトドレスに身を包んでいるのは何故なのか?
サイズが合わなくて微妙な感じになっている者もいれば、ピッタリどころか女頭目が着ていたような扇情的な物を選択している女性までいる始末。
とどめは、奥にあった物をわざわざ部屋の中心にまで引きずってきた天蓋付きの豪奢なベッド。5人がかりでコレをやった事を考えるとシンとしては労うべきなのだろうか?
「あー、あのー……」
(つまりアレか? そういう意味でのアレなのか?)
思わぬ不意打ちに戸惑うシンに向かって、この中で一番年上であろう、フリル付きの高価なワンピースタイプのネグリジェを羽織った女性が話しかけてくる。とりあえずの問題は、全身を包むワンピースがスケスケで何も隠せていないところだろうか……。
「どこのどなたかは判りませんが、アイツらに攫われて売り飛ばされる所を助けられ、同時に私達に成り代わり復讐までしていただき有り難うございます」
「お気になさらずに、手前勝手な理由でした事です」
間違ってはいない、朝の清々しい気分を台無しにされた、ただそれだけの理由が発端の出来事である。
「何か御礼が出来ればよいのですが、当然の事ながら今の私達には貴方様に差し上げるものは「一つ」しかありません。どうぞ、私達のせめてもの感謝の気持ちです、いかようにもして下さいませ」
(やっぱりそうきたか!)
「イヤイヤイヤイヤイヤ──!!」
「……やはり、こんな汚れた身体ではお礼の価値も無いでしょうか?」
その言葉で残りの4人も悲しそうな表情を浮かべる、なぜかシンが悪者の立ち位置だ。
「そうじゃなくて! 今ここに至る境遇を考えれば私がここで貴方達に手を出すなんて考えられない話でしょう!?」
「アナタ様とアレとは全く違います! それに、私達を哀れんでくれるのでしたらむしろ、辛い出来事の終わりに救いと喜びがあったと、私達の心に刻んで欲しいのです」
(ダメだ、隙が無え!)
彼女達の言い分もある程度は理解できる。絶望からの脱出、そして自分達には出来ない復讐の代行、自分の物では無いとはいえ目の前の財宝の山、精神がある種の興奮状態に入っているのも関係しているのだろう、もちろん根底にはシンへの感謝の気持ちがあるのだろうが。
とはいえそれに流されるのはシンの気持ちが着いて来ない、そういうお仕事の女性とは問題ないが、「素人さんとその場限り、後腐れの無い関係」というのは好ましくないと考えるシンであった。
仕方が無いのでシンは普段使わない「奥の手」を使う。
スッ──
シンは懐から聖印を、しかもごく限られた神殿関係者にしか見せない特別な聖印を取り出す。
「これは? …………そんな、コレはっ!?」
どうやらこの女性はコレの意味を知っているらしい、だとすると神殿勤めかそれともかなり敬虔な信者なのだろうか。
シンはフードを取ると彼女達に向かって改めて名乗りを上げる。
「私は女神ティアリーゼの忠実なる僕にして「使徒」シンドゥラ、此度の件は我が女神の意思なれば、あなた達が何かを差し出すには及びません。むしろあなた達に降りかかる不幸を止められなかった事を、女神は心苦しく思っております」
大嘘である、天上の神は地上の一個人など一々斟酌したりなどしない、善悪の区別なく人間は全て神の愛し子なのだから。
ただ「使徒」の名と、そこから紡がれる言葉には大きな力が働く、少なくとも彼女達にとって、自分達の身を案じた女神がわざわざ代行者たる使徒を遣わしその身を救い出した、一生ものの誉れである。
そういった意味で、シンのとった行動は色々悪手であった。
なぜなら、
「使徒様! なればこそ私達のこの溢れる感謝の気持ち! この想いを貴方様に捧げとうございます!!」
『使徒様!!』
勇者の登場する物語の締めくくりは大抵、勇者とお姫様は最後に結ばれてめでたしめでたし、なのだから。
シンは色々諦めた──
まずは彼女達の身体に残ったままの傷を魔法で癒し──こうなるまで気が付かなかったシンは配慮が足りんと反省し、彼女達は使徒様の御力にさらにテンションが上がる──彼女達の負担が少なくなるようこっそりと媚薬の香を焚いたりし、結果──
チュン──チュン──
「…………太陽が黄色い」
──もちろん、性的な意味で
「使徒様、これからどうなさるのですか?」
朝食代わりの保存食を口にしながら一番年上の女性が話しかけてくる。
聞けば、やはり神殿関係者だったらしく、シンに対して実に恭しい態度である。
「あ、出来れば使徒様と呼ぶのは控えてもらえるかな、市井では「旅の薬師のシン」という事で世界を回っているものだから素性がばれるのは困るんだ」
「ですが……」
シンの言葉に他の女性も含め全員が顔を曇らせる、まあ有名人と知り合いになれば周りに話したくなるのは理解も出来る。
シンは言い方を変えた。
「……昨夜の事も、私が使徒だという事も、君達「だけ」が知っていればいい事だよ」
シンが彼女たち一人一人の頬を掌で優しく撫でながら囁くと
「「「「「ハ、ハイッ!!」」」」」
優しい微笑みの裏でシンは己を激しく罵った──
そんな時、
──────────!!
「チッ……」
「使徒──いえ、シン様?」
唇を引き締め鋭い眼光をあさっての方向に向けるシンに戸惑う彼女らが声をかける。
「ああ、大丈夫だよ。ここに来る途中、大きな荷物をある場所に隠しておいたんだが、どうやら誰かが見つけたらしい、ちょっと行ってくるよ」
「あの……もしかして、生き残りでしょうか?」
不安げな顔を見せる彼女たちにシンは努めて優しい表情を作り、
「その可能性は低いだろうけど、それならむしろ好都合、キミ達は心配しないでここで待っていなさい……そうだな、どうせならそこの財宝の中で気に欲しい物があれば見繕っておきなさい。私には必要の無いものだからキミ達の物にすればいい」
酷い目にあったせめてもの償いとして、その程度のことは許されてしかるべきだろう。金銭で心の傷が癒されるとは思えないが、無いよりはあった方がいい。
「土精よ、行く手を遮る壁を成せ、”土壁”」
安全の為に入り口に壁を造るとシンは、マッド・ビーの素材を隠している洞窟付近へ転移魔法で一気に飛ぶ、そしてそこには予想通り何がしかの武装集団が集っていた。
シンは身を潜め聞き耳を立てると、
「──おい、このマヌケな布切れはどうする?」
「布切れ? 悪い、俺、文字読めねえんだわ♪ 何か書いてあるのか?」
「ああ、なんでも見つけたアナタに差し上げますとか、まあそんな事だな」
「おやまあ……」
どうやら新手のお客さんのようだ。
見たところ、誰も彼もが革鎧を基本とした画一した装備を身につけている、おそらく山岳や森の中での戦闘を想定した野戦部隊と見られる。
その中において全身を金属鎧で固めた隊長と思しき人物が良くも悪くも目立ちはするが、こんな所に着てくる以上、消音対策のされた魔道具の可能性は高い、だとすれば国家ないしは大都市圏から派遣された部隊と見るべきか。
とはいえ彼等の不穏当な発言は残念なことに聞き逃せない、冗談でも言っていい事と悪い事がある、持ち主の居ない所での軽口の類ではあろうが、残念ながらその持ち主はここにいるのだ。
こんな物騒な発言を、たった一人が、武装した集団の口から聞かされたら一体どんな気持ちになるのだろう……?
「精神的慰謝料のおかわりと行くかな……」
むろん冗談である、そう、彼らと同様に半分くらいは冗談のつもりの軽口である。
なので、
「お前達、軽口はその辺にしておけ、俺達は先を急ぐん──」
「へえ、新手の盗賊団はクズのくせに物分かりがいいんだな、そんなに早く地獄に行きたいのか?」
シンは易々と隊長らしき人物の背後を取る、なるほど、隊を取り仕切る長とはいえ、目の前のお宝を前にしては気もそぞろになるらしい、こうも簡単に背後を取られるようでは彼の将来はあまり明るく無いかもしれない。
まあそんな事はシンには関係が無い、とはいえ彼らには少しばかりキツめのお仕置きが必要だ。
むろん命を奪うような事はしない、ただしペナルティは充分に受けてもらうとしよう。
「な……」
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