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4章 港湾都市アイラ編

154話 忙しくも平和な日々

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「──漁村総出でお迎えですねえ」
「そりゃまあ、予定より2日も遅れりゃあな」
「その程度のズレは漁ならよくある事でしょう?」
「そりゃオメエ、今までとは違う事するってんだからみんな不安にならあな。特にあの海域に行くって皆知ってるからよ」

 ガイランシャークの生息域の為に人が近寄らず、それ故豊富な海産資源がある、そこへ海産資源ではなく危険なサメの方を獲りに行く──謎な行動と言えなくも無い。
 往路に3日、漁に1日、復路に4日と8日予定の漁が、思わぬ荷物と船の損傷で帰りに6日を費やすこととなり、残った漁民達が心配していたところへやっと帰ってきたという訳である。

 ──しかし、

「……逃げましたね」
「まあ、そうなるわな……」

 船首に巨大な蟹の胴体が突き刺さった船を見た村人は、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
 航海中ずっと口から泡をブクブクとさせていたグレートオーシャンクラブだったが、今朝になってようやく息の根が止まり、実に新鮮な状態で陸揚げされる事になる。尤も、新鮮なコイツの身など硬くて食えはしないのだが。
 そんな蟹の甲羅の上にシンとサイモンが登り村人たちにアピールすると、ようやっと安全を確信し、今度は「あの化け物ガニ」を獲ってきたとテンション高めで出迎えてくるのだった。
 ……倒したのが船酔いでグロッキー状態のアリオスだと紹介すると皆、微妙な表情になっていたが……。
 ともあれ、当初の予定の「サメの歯」とついで・・・に獲ってきたヒレを運び出していると、

「オヤジ!!」
「おお、ナッシュか! どうでえ、キッチリ仕事は終わらして──てオメエ!?」

 大声を出すサイモンに驚き船員達が何事かと集まってくると、彼等もナッシュを見て同様に驚愕の声を上げる。

「アニキ!? え、どうなってんだ?」
「足が生えてる──!?」

 彼等が驚くのも無理は無く、ナッシュの失われたはずの左足が膝の下から生えていた。

「おう、それがな──」
「シン坊!! やっぱりアンタはアタシの自慢の弟だよ──!!」
「わぶっ!! ちょっと、カーシャ姉さん、色々違うだろ!!」
「細かい事はいいんだよ! それよりあんがとね! アンタがくれた薬を飲んだウチの人の足がホラ、生えてきたんだよ! 凄いよ、アンタはやっぱり天才だよ!!」

 カーシャの言葉とナッシュの姿を見て、あれがシンが用意した薬によるものだと理解した漁師達はたちまちシンの周りに群がり、

「おいシン! アニキの足が生えてるのって、アンタがやったのか?」
「そんな薬、ホントにあるのかよ? ってかまだ持ってるのか?」
「なあ、いくらするんだ? 俺等にも分けてくれよ!!」

 男達の食いつきは尋常ではなかった、それこそ入れ食いである。
 とはいえ無理も無い話で、漁師の仕事は危険な獲物を対峙するだけではなく、時には天候などとも戦わなければならない。
 海という逃げ場の無い戦場で手足を失う事も珍しくなく、そうなった猟師はよほどの事が無い限り遠海漁の船からは下ろされ、危険の比較的少ない近海漁に回される。
 当然実入りは以前のものより少なくなるため、漁師たちにとってそれは死刑宣告にも似た苦痛を味わう事になる。
 事実ナッシュも、アイラが始めた一連の政策によって収入の減った村の為、例の岩礁帯に漁に出て、部下を庇った時に手足の一部を失うハメになった。
 そのナッシュの足は今、シンが寄越したと言う薬によって生えている、漁師達は将来自分達の頭になる男の復活を喜び、また、その薬があれば今現在手足を失って困窮している仲間や、将来自分に降りかかるかもしれない不幸から抜け出せるかもしれないとシンに期待の目を向ける。

「とりあえずみなさん落ち着いて! ……カーシャ姉さん、はしゃぎすぎ!!」
「だってさ、だってさ……シン坊昔言ってたよね、「姉さんの腕はいつか俺が治す」って。結局それは叶わなかったけど、薬は完成させたんだね」
「……たまたま出来ただけだよ」
「素直じゃないのは変わらないねえ」

 そっぽを向くシンの頭をグリグリと乱暴に撫でながらカーシャは目じりに涙を浮かべながらシンを抱きしめる、悲劇に見舞われ、そして時が経っても変わらなかった幼馴染の根っこの部分を再確認でき、カーシャの心は喜びで満たされていた。
 その後、金貨1枚と言う効能からすれば激安なものの、貧乏漁村では結構なお値段の薬はそれでも購入者が殺到し、村の中は色々フィーバーしている。
 そんな彼等を村長が一喝し、各種作業が再開する。
 男衆は全ての荷を下ろした後、総出で巨大蟹の撤去&解体作業にとりかかり女性陣はシンの指導の下、サメの歯から必要部分だけを抜き出し加工を施す。
 そして出来上がった「歯の卵」は「保存液」で満たした瓶の中へ入れ封をする、これでおよそ使用期限が2年程の、大人の歯5本分に相当する歯の卵が完成した。
 最初の値段設定は金貨50枚、元々プライドの高い金持ち貴族相手の商売なので値段設定に問題は無い。どのみち後続組が真似する様になれば値段は下がっていくのでご祝儀価格と言っても良い。
 フカヒレは一度茹でた後、柔らかくなった皮をこそぎ落としてから天日に干す。
 こちらは乾燥に2ヶ月くらいかかりそうなのでシンが最後まで面倒を見ることは出来ない、なのでシンはカーシャを中心とした奥様方に託す事に。美容と健康にいいと言ったら全員目をギラつかせていた事には、さしものシンも後ずさりしサイモンに笑われていた。
 そして解体したグレートオーシャンクラブ、こちらは甲羅に関してはアリオスに頼んで直接シーラッド防衛隊に購入を呼びかける事に。
 あまり安く買い叩くようであればタラスト商会に持ち込むと言伝を頼むと、アリオスは意気揚々と一旦村を離れた。同僚に武勇伝でも聞かせるつもりなのか、後姿が自信に満ち溢れていた。

 ──シンのあずかり知らぬ事ではあるが、魔剣ニルヴァーナと加速剤の併用による高速戦闘は、一時的とはいえ使用者の脳にかなりの負荷を与え、また身体に効果的な肉体の運用を刻みこむ為、剣術スキルが上昇しやすくなる副次効果があるのだが、シンには効果が薄いためそれに気付かず、アリオスが剣術のスキルレベルが上昇した事を喜んでいるのをAランクモンスターを倒して浮かれていると勘違いしていたとしても責められなかった──

 そして残った蟹肉であるが、こちらはシンが独占する事に。
 漁民たちはアレが食べられた物では無いという認識だしまた、あれの味を覚えて無謀な真似をやらかすバカが出てこられても敵わない。そのためグレートオーシャンクラブの身はシンが全て頂き、こっそり転移魔法で隠れ家に戻り、作業を行うことにしたという。

 慌しくも充実した日々が流れる中、肘から先も徐々に取り戻しつつあるナッシュが、一人ポツンと浜辺で太陽を眺めているシンに話しかける。

「それにしても本当にいいのか? このサメヒレ・・・・といい甲羅といい、執政官に話を通さなくても」

 台の上に並べられ、潮風に吹かれながら日差しを浴び、乾燥を続けるフカヒレに目を向けながらナッシュが懸念を伝えるが、

「執政官との取り決めは「歯の卵」を港湾都市アイラの新しい特産品として内外に流通させる、それだけですからね。それに言われたんでしょ? 「自分達で仕事を見つけろ」って、言われた通り自分達で金儲けの種を見つけたんだから文句も無いでしょ」

 そう言って意地悪く笑うシンに、ナッシュは苦笑しながら感謝の言葉を告げる。

「カーシャの縁者と言う事もあって色々としてくれたんだろう? ありがとよ」
「……アイツらに大見得切った手前、協力してくれる人がいなけりゃ俺が恥をかく所だったんでね、オマケって事ですよ」
「……そうか、だったらカーシャに感謝しないとな、俺もオヤジもこの話に乗ったのは、カーシャが強く勧めて来たから、だからな」
「海の男が二人して女一人に言い包められたんですか? 他人には話せませんねえ」

 カラカラと笑うシンにナッシュも笑顔を返すと、

「女房を蔑ろにする漁師は長生き出来んよ、俺等が無事に漁から帰ってこられるのは女房が陸で海の精霊にお祈りしてるおかげだからな」
「そうでしたね……」

 シンは子供の頃、大人達から海に生きる者の心得として教えられた言葉を思い出していた。
 今では顔も思い出せない男達の、耳に残った声、頭に残った言葉、しかし今のシンには必要が無くなった教え──。

「………………………………」
「──そういえばシン、そろそろアイラに戻るんだったか?」
「外国に高く売りつけるためには多少の肩書きと保障が必要なんでね。その辺の雑事、それにその・・新しい商品を売り出すための販路も開拓する必要があるでしょうから、ちょっと知り合いと酒でも飲んできますよ」
「何から何まで世話になる──」
「…………この程度じゃお礼にもなりませんよ」
「何か言ったか?」
「いえ何も、それではチョット出かけてきますよ、朗報をお待ち下さい」

 シンはそういい残すと、アイラへと戻る。
 ──そして数日後、嬉しそうに手揉みする商人と一緒に帰ってくるのだった。
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