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5章 イズナバール迷宮編
182話 嵐の前
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死の湖イズナバール──バスカロン連山の麓に広がる湖。
豊かな水源によって周囲には緑が広がり、森には果樹や薬草など自然の恵みによって野生の獣が多く生息している。
反して魔物の類は生息しておらず、入念な準備さえしておけば一般の、冒険者のような荒事に慣れていない者であっても比較的危険の少ない場所でもある。
しかしそれもここ数年の話であり、それまでは人も獣も近付く事すら出来なかった場所だ。
邪竜の水飲み場──イズナバールが死の湖と呼ばれた理由である。
雷雲渦巻くバスカロン連山に長年住みつき周囲に恐怖と災厄を撒き散らしていた邪竜ヴリトラ。
それが何者かによって討伐され、人々やその他の生物に解放されたこの土地は穏やかな生態系を保ちながらも、なぜか魔物を寄せ付けない不思議な土地だった。
庶民や低ランク冒険者にとって、危険を考慮せずに生活の糧を得られるありがたい場所であったが、それを知った高ランク冒険者や周辺諸国、果ては別大陸の大国には別の可能性を連想させる。
東大陸を除く4大陸にある古代迷宮、なぜかその周辺には魔物が寄り付かない、その中は魔物の跳梁する魔境であるにもかかわらず、だ。
直ちに探索部隊が派遣され、間もなく湖付近の不自然に開けた平原の中心に、地下へと続く入り口が見つかった。
以降、それはイズナバール迷宮と呼ばれ、迷宮踏破を目標とする冒険者が各地より集まって来る──。
──────────────
──────────────
一仕事終えた後の一杯は格別だ──それがどんなに安酒だろうとも。
迷宮から帰還した旨を探索者ギルドの受付に報告し、そのまま受付カウンターと同じフロアに併設されているバーカウンターで酒とつまみを頼んで時間を潰す。
勝手知ったる一連の流れ、バーのマスターもノータイムで出してくれる。
これが出来るようになればここではベテラン、熟練探索者だと認められた証だ。
そう、俺たちは『探索者』、冒険者じゃあない。
冒険者の仕事がいわゆる萬屋なら探索者の仕事は迷宮に潜る事、もっとも、迷宮に関わる事なら何でもするのだから迷宮専門の萬屋ではあるのだが。
その証に建物の中には大きな掲示板がいくつか設置されており、そこには様々な依頼内容が書かれた木札、または羊皮紙が貼り付けられている。
素材の採集依頼、迷宮内の失せ物探し、配達依頼なんてものまで依頼は絶える事無く生まれる。だから他所では仕事にあぶれた新人冒険者でもここなら最低限、日々を暮らしていけるだけの稼ぎは期待できる。
そしてある程度の蓄えと力、自信をつけて一旗上げに行く奴等を何人も見送った。果たしてあの中で今も生きてるのは何割くらいだろう?
「──ジェリク、聞いてんのかい?」
「ん? ああ、聞いてなかった、何だって?」
「少しは済まなそうな態度をしなよ……明日はどうするんだい、他の連中の手前、連続で潜るのはいい顔されないよ?」
さっきの新人冒険者の事もあるようにここは人間の出入りが激しい。出て行く奴等にはハイさようならで済むが、入ってくる奴等はそうも行かない。
なんの準備もせずに迷宮に挑んで死なれるだけならまだしも、ここのルールを無視して好き勝手されても困るし、そんな連中がいつの間にかでかいコミュニティを作って古参の連中と衝突するのも馬鹿馬鹿しい。
だから俺たち探索者は、自分達の所属するグループ毎にここ探索者ギルドに見張り番を立てている。
右も左も分からない新人に、時に親切に、また、たまにいるハネっかえりに対しては腕っ節でもってここのルールを教え込む。
そして時にはこの先有望な新人をスカウトもする、それが見張り番だ。
俺達はどちらかというとその手の仕事があまり得意じゃない。
レベルや迷宮攻略の深度で言えば上から数えたほうが早いのだが、こと新人教育や勧誘などで上手くいった例が無い。
だからと言って他の連中ばかりに、直接の儲けにならない見張り番をさせ続けるのはさすがにマズイ。
「そうだな──」
ギィ──
そんな事を考えていると、ギルドの扉を開ける音が俺の耳に飛び込んできた。
それぞれのグループの見張り番は何の気なしに視線を巡らせ──彼等の目に緊張の色が浮かぶ。
どうやら、こんな夕暮れ時に新人のお出ましらしい。
興味の湧いた俺も扉の方に顔を向け──その瞬間、硬直する。
新品の革と金属らしき複合鎧に身を包み、その上に防寒具を着込んだ男が足音も小さくトストスと床を歩く。なるほど、一応の実力はありそうだ。
問題は次に現れたヤツだ。
先頭の男よりも上背のある、扉と比べれば身長は185㎝前後か、兜のせいで更に大きく見える黒と金のド派手な全身鎧をつけた戦士だが、どうやら胸甲を見る限り女のようだ。
ガシャンガシャンと無造作に床を踏み鳴らす。まるでド素人のような足さばきのはずなのに、ここにいる全員が一斉に襲い掛かっても勝てそうにない気配がその全身から漂っている。
先頭の男と同じ毛皮のマント、それに鎧の隙間からは見るからに凶悪な星球武器が覗き、敵対した時にアレが自分に向かってくるかと思うと、おいそれと声をかけるのは憚られる。
そして最後、これはこれで異質だ。
何の変哲も無い、どこにでもいる少年──いや、見れば上等な衣服と先の2人とは数ランク上の上等なマント、輝く金髪と白皙の美少年。
それらから導かれる答えは──どこかの貴族のボンボンが護衛連れで物見遊山に迷宮探査に来た、このあたりか。
そこまで珍しい事でも無い。しきたりに縛られた貴族が自由に生きる冒険者という立場に憧れる、若い時には誰しも罹るはしかのようなものだ。
そんな貴族の子弟が同じ世代の友人に自慢するため、手っ取り早く冒険者気分を味わえる迷宮探索に冒険者を雇って乗り込んでくる事は、よくあるとまでは言わないが定期的にあることだ、風物詩と言ってもよい。
俺たち迷宮探索を本業をする連中とはハナから目的の違う、とはいえ護衛に雇われる連中は結構な実力者であるため、上手く立ち回って一緒に潜る事など出来れば、手に入る素材の分配などでオイシイ思いも出来る。
そう、上手く立ち回ればの話だ──俺には到底出来そうにない。
「相当できそうだね……ジェリク、あんたより強そうだよ」
「やめてくれマリーダ、万が一聞こえでもしたらどうすんだ。みんなも相手にするなよ、あんなヤバそうなヤツの勧誘は得意な連中に任せとけばいいんだ」
その証拠に、
ドゴンッ──!!
「────!!」
男がカウンターで探索者登録をしている間、全身鎧の女に声をかけた3人組の一人が建物の反対側まで吹っ飛んだ。
ああアイツらか、しょっちゅう女の探索者と揉め事を起こす連中だ。マリーダもアイツらと揉めた事は一度や二度じゃない。
「テメエ! 先輩が親切にここでの流儀を教えてやろうってのに──」
女は残った2人のアゴ、脳天をそれぞれ掴むと、それぞれ持ち上げて入り口まで歩くとそのまま外へ投げ捨てる。
──────────。
「若様、お騒がせしました」
「いいね、やはり冒険者、いやここは探索者ギルドだったね。新参者と年季くらいしか誇る事の出来ない雑魚との衝突♪ これぞ冒険のだいごっ──!!」
ゴン!
「ハイハイ若さん、浮かれるのも大概にしてくだせえよ」
「痛いじゃないか、シン!」
「……いい加減憶えてくださいな。俺はジン、そんでこっちはリオン、覚えてくんなきゃまたゲンコツですぜ?」
「ジン……若様に無闇に手を挙げるなと何度も言ってるでしょう?」
「はいはい、分かってますよ」
『………………………………』
目の前の出来事に俺をはじめ、この場にいる全員、声を出せずにいる。
あの3人組は素行はともかく実力は中の上、基本レベルも80前後の粒揃いだ。
それを事も無げに一瞬で排除するだけでなく、まるでそれが当たり前のような残り2人の態度、あの程度は気にするほどの事ではないという事か?
「……ありゃあヤバイね」
「ああ──下手に関わるんじゃねえぞ、お前らもだ」
卓を囲むパーティメンバーに釘を刺すと俺は3人に背を向け、無関心を決め込む。
……だというのに、
「──ああスミマセン、新人探索者として先輩方に色々話を聞きたいんだけど、いいですかね?」
どうして例の3人組は、よりにもよって俺達に声をかけるのか──。
「……あいにく卓にはこれ以上イスを並べる余裕がないんだ」
「ああ、それなら──リオン」
ゴドン──!!
力自慢が集うギルドの為、テーブルに使用する木材も硬くて頑丈、その為とんでもなく重い……それをリオンと呼ばれた全身鎧の女はまるでトレイを持ち運ぶかのように片手で持ち上げ、俺達が囲むテーブルにくっ付ける。
『………………』
「話、聞かせて貰えますかね」
「ああ……何でも聞いてくれ」
女神様、どうか俺達に救いの手を──。
豊かな水源によって周囲には緑が広がり、森には果樹や薬草など自然の恵みによって野生の獣が多く生息している。
反して魔物の類は生息しておらず、入念な準備さえしておけば一般の、冒険者のような荒事に慣れていない者であっても比較的危険の少ない場所でもある。
しかしそれもここ数年の話であり、それまでは人も獣も近付く事すら出来なかった場所だ。
邪竜の水飲み場──イズナバールが死の湖と呼ばれた理由である。
雷雲渦巻くバスカロン連山に長年住みつき周囲に恐怖と災厄を撒き散らしていた邪竜ヴリトラ。
それが何者かによって討伐され、人々やその他の生物に解放されたこの土地は穏やかな生態系を保ちながらも、なぜか魔物を寄せ付けない不思議な土地だった。
庶民や低ランク冒険者にとって、危険を考慮せずに生活の糧を得られるありがたい場所であったが、それを知った高ランク冒険者や周辺諸国、果ては別大陸の大国には別の可能性を連想させる。
東大陸を除く4大陸にある古代迷宮、なぜかその周辺には魔物が寄り付かない、その中は魔物の跳梁する魔境であるにもかかわらず、だ。
直ちに探索部隊が派遣され、間もなく湖付近の不自然に開けた平原の中心に、地下へと続く入り口が見つかった。
以降、それはイズナバール迷宮と呼ばれ、迷宮踏破を目標とする冒険者が各地より集まって来る──。
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一仕事終えた後の一杯は格別だ──それがどんなに安酒だろうとも。
迷宮から帰還した旨を探索者ギルドの受付に報告し、そのまま受付カウンターと同じフロアに併設されているバーカウンターで酒とつまみを頼んで時間を潰す。
勝手知ったる一連の流れ、バーのマスターもノータイムで出してくれる。
これが出来るようになればここではベテラン、熟練探索者だと認められた証だ。
そう、俺たちは『探索者』、冒険者じゃあない。
冒険者の仕事がいわゆる萬屋なら探索者の仕事は迷宮に潜る事、もっとも、迷宮に関わる事なら何でもするのだから迷宮専門の萬屋ではあるのだが。
その証に建物の中には大きな掲示板がいくつか設置されており、そこには様々な依頼内容が書かれた木札、または羊皮紙が貼り付けられている。
素材の採集依頼、迷宮内の失せ物探し、配達依頼なんてものまで依頼は絶える事無く生まれる。だから他所では仕事にあぶれた新人冒険者でもここなら最低限、日々を暮らしていけるだけの稼ぎは期待できる。
そしてある程度の蓄えと力、自信をつけて一旗上げに行く奴等を何人も見送った。果たしてあの中で今も生きてるのは何割くらいだろう?
「──ジェリク、聞いてんのかい?」
「ん? ああ、聞いてなかった、何だって?」
「少しは済まなそうな態度をしなよ……明日はどうするんだい、他の連中の手前、連続で潜るのはいい顔されないよ?」
さっきの新人冒険者の事もあるようにここは人間の出入りが激しい。出て行く奴等にはハイさようならで済むが、入ってくる奴等はそうも行かない。
なんの準備もせずに迷宮に挑んで死なれるだけならまだしも、ここのルールを無視して好き勝手されても困るし、そんな連中がいつの間にかでかいコミュニティを作って古参の連中と衝突するのも馬鹿馬鹿しい。
だから俺たち探索者は、自分達の所属するグループ毎にここ探索者ギルドに見張り番を立てている。
右も左も分からない新人に、時に親切に、また、たまにいるハネっかえりに対しては腕っ節でもってここのルールを教え込む。
そして時にはこの先有望な新人をスカウトもする、それが見張り番だ。
俺達はどちらかというとその手の仕事があまり得意じゃない。
レベルや迷宮攻略の深度で言えば上から数えたほうが早いのだが、こと新人教育や勧誘などで上手くいった例が無い。
だからと言って他の連中ばかりに、直接の儲けにならない見張り番をさせ続けるのはさすがにマズイ。
「そうだな──」
ギィ──
そんな事を考えていると、ギルドの扉を開ける音が俺の耳に飛び込んできた。
それぞれのグループの見張り番は何の気なしに視線を巡らせ──彼等の目に緊張の色が浮かぶ。
どうやら、こんな夕暮れ時に新人のお出ましらしい。
興味の湧いた俺も扉の方に顔を向け──その瞬間、硬直する。
新品の革と金属らしき複合鎧に身を包み、その上に防寒具を着込んだ男が足音も小さくトストスと床を歩く。なるほど、一応の実力はありそうだ。
問題は次に現れたヤツだ。
先頭の男よりも上背のある、扉と比べれば身長は185㎝前後か、兜のせいで更に大きく見える黒と金のド派手な全身鎧をつけた戦士だが、どうやら胸甲を見る限り女のようだ。
ガシャンガシャンと無造作に床を踏み鳴らす。まるでド素人のような足さばきのはずなのに、ここにいる全員が一斉に襲い掛かっても勝てそうにない気配がその全身から漂っている。
先頭の男と同じ毛皮のマント、それに鎧の隙間からは見るからに凶悪な星球武器が覗き、敵対した時にアレが自分に向かってくるかと思うと、おいそれと声をかけるのは憚られる。
そして最後、これはこれで異質だ。
何の変哲も無い、どこにでもいる少年──いや、見れば上等な衣服と先の2人とは数ランク上の上等なマント、輝く金髪と白皙の美少年。
それらから導かれる答えは──どこかの貴族のボンボンが護衛連れで物見遊山に迷宮探査に来た、このあたりか。
そこまで珍しい事でも無い。しきたりに縛られた貴族が自由に生きる冒険者という立場に憧れる、若い時には誰しも罹るはしかのようなものだ。
そんな貴族の子弟が同じ世代の友人に自慢するため、手っ取り早く冒険者気分を味わえる迷宮探索に冒険者を雇って乗り込んでくる事は、よくあるとまでは言わないが定期的にあることだ、風物詩と言ってもよい。
俺たち迷宮探索を本業をする連中とはハナから目的の違う、とはいえ護衛に雇われる連中は結構な実力者であるため、上手く立ち回って一緒に潜る事など出来れば、手に入る素材の分配などでオイシイ思いも出来る。
そう、上手く立ち回ればの話だ──俺には到底出来そうにない。
「相当できそうだね……ジェリク、あんたより強そうだよ」
「やめてくれマリーダ、万が一聞こえでもしたらどうすんだ。みんなも相手にするなよ、あんなヤバそうなヤツの勧誘は得意な連中に任せとけばいいんだ」
その証拠に、
ドゴンッ──!!
「────!!」
男がカウンターで探索者登録をしている間、全身鎧の女に声をかけた3人組の一人が建物の反対側まで吹っ飛んだ。
ああアイツらか、しょっちゅう女の探索者と揉め事を起こす連中だ。マリーダもアイツらと揉めた事は一度や二度じゃない。
「テメエ! 先輩が親切にここでの流儀を教えてやろうってのに──」
女は残った2人のアゴ、脳天をそれぞれ掴むと、それぞれ持ち上げて入り口まで歩くとそのまま外へ投げ捨てる。
──────────。
「若様、お騒がせしました」
「いいね、やはり冒険者、いやここは探索者ギルドだったね。新参者と年季くらいしか誇る事の出来ない雑魚との衝突♪ これぞ冒険のだいごっ──!!」
ゴン!
「ハイハイ若さん、浮かれるのも大概にしてくだせえよ」
「痛いじゃないか、シン!」
「……いい加減憶えてくださいな。俺はジン、そんでこっちはリオン、覚えてくんなきゃまたゲンコツですぜ?」
「ジン……若様に無闇に手を挙げるなと何度も言ってるでしょう?」
「はいはい、分かってますよ」
『………………………………』
目の前の出来事に俺をはじめ、この場にいる全員、声を出せずにいる。
あの3人組は素行はともかく実力は中の上、基本レベルも80前後の粒揃いだ。
それを事も無げに一瞬で排除するだけでなく、まるでそれが当たり前のような残り2人の態度、あの程度は気にするほどの事ではないという事か?
「……ありゃあヤバイね」
「ああ──下手に関わるんじゃねえぞ、お前らもだ」
卓を囲むパーティメンバーに釘を刺すと俺は3人に背を向け、無関心を決め込む。
……だというのに、
「──ああスミマセン、新人探索者として先輩方に色々話を聞きたいんだけど、いいですかね?」
どうして例の3人組は、よりにもよって俺達に声をかけるのか──。
「……あいにく卓にはこれ以上イスを並べる余裕がないんだ」
「ああ、それなら──リオン」
ゴドン──!!
力自慢が集うギルドの為、テーブルに使用する木材も硬くて頑丈、その為とんでもなく重い……それをリオンと呼ばれた全身鎧の女はまるでトレイを持ち運ぶかのように片手で持ち上げ、俺達が囲むテーブルにくっ付ける。
『………………』
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女神様、どうか俺達に救いの手を──。
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