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5章 イズナバール迷宮編
205話 訪れた女性
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「ハーイいらっしゃ~い、今日も取れたての甘魚が美味しいよ♪」
「……そんな漁場があるなら教えてくれませんかねぇ、若さん」
翌日、昨日の事が何も無かったかのようにジンとルディは屋台を出していた。
周りの屋台連中も、よくある事の一つとしてわざわざ昨日の出来事には触れず商売に精を出している。
「あの……」
「いらっしゃい! オヤ、綺麗なお姉さん、見ない顔だね?」
「え? あの…………え?」
「昨日の乱暴な兄さんのお連れさんですね? あいにくソレは別人、昨日の子じゃありませんぜ?」
屋台の前でルディに戸惑う女性に対してジンがフォローを入れると、女性も合点がいったのかルディに向かって優しい表情を見せる。
純白の神官服に身を包んだ彼女は、シルバーブロンドのストレートヘアを腰まで伸ばし、風が吹くたびにサラサラと一本一本優雅に流れる。
中央大陸での生活で多少焼けはしたものの、日差しの弱いこの時期彼女の肌は同姓が羨むほど白く、まるで雪の精が人を模して現れたかのようである。
しかし、そんな彼女の表情は笑顔にもかかわらず愁いを帯びており、疲れたような眼差しは向かい合う相手の気分を陰へと誘おうとする。
それが逆にイイ! と一部の男性には力説されそうだが、少なくともジンは、女性の笑顔は陽だまりのような温かい方がいいと感じる男だった。
「そ、そうですか……あの! 昨日は申し訳ありませんでした……」
「2度も謝罪は不要ですよ。それに、あの手の輩はこういう事をやっていれば必ず出会う災害みたいなものですから」
「……そうですか」
言外に連れの男を腐したのだが、目の前の女性は気付いていないのかそれとも自覚があるのか、ジンの言葉をスルリと飲み込む。
「自己紹介がまだでしたね、私はリーゼ、彼──ユアンの幼馴染です」
リーゼ、どこかの女神様を想起させる名前に、ジンもルディも一瞬眉を反応させるが、すぐに元の表情に戻り、
「俺はジン、そしてコレが」
「ルディだよお姉さん、それとジン、ボクは一応雇い主なんだからもっと大切に扱ってよね!」
「俺とリオンの雇い主は若さんの御父上ですぜ? ああ、リオンってのはもう一人いる俺のコレですよ」
「ジン……そんな寝言を周囲に吹いてると後が怖いよ?」
リーゼに向かって笑顔で小指を立てるジンに、ルディが感情の無い声で釘を刺す。
「フフッ……あ、ごめんなさい、つい……フフフ」
笑顔の固まったジンを見たリーゼは、目の前のやり取りにようやく心からの笑顔を浮かべて可愛らしく笑う。
やがて、笑い終わったリーゼは目尻に浮かんだ涙を指で拭うと、少しだけ元気が出たような顔になり、
「あの、今日はお詫びの事もですが昨日頂いた、お魚の形をしたお菓子をみんなとても美味しかったって言ってて、それで買いに来たんです」
「そいつは嬉しいですね、それじゃチョイと──」
「──ジンさ~ん!」
ジンの言葉を遮るように向こうからエルが走ってくる。
ガシッ──!!
「はいはいお帰りなさい。で、エル坊、探索者登録は無事済みましたかい?」
「ハイ、バッチリです!」
昨日の事で完全に懐かれたのか、エルはジンに抱きつくと満面の笑みを浮かべて返事をする。
ジンはそんなエルの頭をワシャワシャと乱暴に撫でると、
「……ところで、デイジーちゃんとかいう可愛らしい名前の人達はどこですかい?」
甘魚を作る手元はそのままに、ジンは首を伸ばして通りの向こうに視線を送るが、5人の護衛の姿はどこにも見えない。
「デイジー達ならリオンさんと一緒に迷宮に行きました」
「……………………はい?」
「安全確認だそうです」
つまり、エルが迷宮に潜る前にトラップやモンスターを予め把握しておきたいらしい。
……それと恐らくではあるが、迷宮内でリオンに戦闘の指南でも受けているのだろう。
そもそもエルの護衛である5人は、騎士団や宮廷魔道士などから集められた、精鋭と言えば聞こえはよいが、ジンから見れば寄せ集めだ。リオンも、「マニュアル通りの対人戦闘で面白みが無い」とこぼしていたことから、今頃は高レベルにもかかわらず上層フロアで四苦八苦している事だろう。
ジンは彼女達の為に労いの甘味でも用意しといてやろうなどと考えながら、
「リオンの戦い方なんぞ、参考になりますかねえ……」
しみじみと呟く。
そしてルディは、
「ジン、護衛ってなんだろうね……」
「さあね、子守もお守りも似たようなもんでしょ」
「僕はジンさんと一緒の方が楽しいですよ」
無邪気な笑顔を見せるエルを見てジンはその頭を優しく撫でる。
そんなジンをニヤニヤと見つめながら、
「おやぁ? 巨乳のお姉さんが大好きなジンらしくも無い態度だねえ?」
「若さん、人を年がら年中発情期みたいに言わんで下さいな。だがまあ……エル坊、早く大人になりなさい」
──そうすれば、こんな男に甘えるよりお姉さん達に甘える方がどれだけ素晴らしいか解るから──
そんな、頭を撫でる手に込められたジンの想いが通じたのか、
「…………ハイ!!」
やっぱり解っていないような笑顔で抱きついた。
そんなエルを面白そうに見つめるルディの笑顔が、なんとなく邪悪な感じだったのは気のせいでは無いかもしれない。
……そんな微笑ましいやり取りをリーゼは眩しそうに目を細めながら見つめ、
「羨ましいな…………」
「……どうかしましたかい?」
「いえ……ユアン、彼も昔はあんなでは無かったんです……」
ユアン、その名に反応したエルが初めてリーゼの顔をまともに見て、あの時の取り巻きの一人だと気付いて一瞬身体を強張らせるが、頭を撫でるジンの手が肩に置かれた事に気付いて落ち着きを取り戻す。
ユアンの過去を語り出したリーゼは、その事に気付く様子は無かった。
リーゼの昔話は密偵から聞いていたことと概ね一致していた。
その中で彼女側の視点から語られる内容では、ユアンがおかしくなり出したのは王都に呼ばれるようになってからだという。
寒い季節が長く続く北方大陸は作物の実りが悪く、農地拡大と緊急時の食糧確保は国是、と堂々と宣言する国があるほどである。
例年、収穫高の低さを嘆く隣国の依頼で、ユアンにかつてのオーガ討伐同様、農地の開拓予定地に蔓延る障害を排除せよとの命が下ったそうだ。
そして、部隊を引き連れて開拓予定地に乗り込んだユアンが見たものは──永くその地で生活を営む獣人の集落だった。
既に何度か討伐隊と戦闘を繰り返し多くの犠牲者が出ていた彼等は、ユアンの事も収奪者だと襲い掛かって来たが、ユアンの圧倒的な強さと、怪我人は出たものの決して彼等を殺さなかったユアンの優しさ、そして提案された問題解決の秘策によって事態は丸く収まった。
秘策──獣人たちはユアン経由で領主に移住許可を貰い、かつてユアンが暮らしていた村の近くの森へと移り住む。
ユアンのおかげで30年間、村の税は免除されているため、森で危険な狩りをして日々の稼ぎを増やす必要は無く、「誰かが住んでくれれば魔物も近寄らないだろう」などと笑って受け入れてくれた。
ユアンは部下達に口止めをし、隣国の国王には開拓予定地が空いた事のみを伝え、任務はつつがなく完了した。
しかし、その時からユアンの心の中にはどす黒い感情が生まれた。
開拓地が空になった──つまり獣人を皆殺しにしてきたと報告したにもかかわらず、国王は手を叩いて喜び、家臣達も安堵の表情と共にユアンを次々と労ったそうだ。
とくに種族間の差別も存在しない北方大陸で、獣人を皆殺しにした事をこれほどに喜ばれる、勇者だと持て囃す、一体勇者とは? 正義とは?
それからユアンは、勇者である自分はどこまでが許されるのか、何をすれば罰せられるのか、それを確かめようとした。
しかし、誰もユアンを咎めようとはしなかった──。
──彼は勇者なんだ、私達を守ってくれた凄い人なんだ、だから──
そんな人々の声を聞き続けたユアンは、
──そうか、俺は何をしてもいいんだ──
いつかその機会を伺っていたユアンは、古代迷宮の攻略任務を受けた際に暴走した。
里の一件を恩義に感じて仲間になった狐獣人のモーラや、庶民の、しかも若い女性という事で、魔道士の実力がありながら不遇な扱いを受けていたリシェンヌなど、ユアンを慕って着いてきてくれた仲間を伴って迷宮を攻略、そこで手に入れた秘宝を国に渡さず出奔した。
差し向けられた追っ手の悉くを退けたユアンは、自分達の首に賞金がかけられた事を知ると逆に国王を脅し、北方大陸を捨てて新天地に羽根を広げたという──。
「──ユアンの事を許して欲しいとは言いません。ただ、彼が受けた苦しみも解って欲しいんです……」
リーゼの顔には苦渋、そして悔恨が浮かんでいた。
スッ──
そんなリーゼの頭にジンの手が乗せられ、エルの時のように優しく撫でる。
それはまるで、懺悔を求める迷い子に赦しを与えるかのように。
「──貴女の悲しみはわかりましたよ、一番近い所にいながら何も出来ないもどかしさ、辛かったでしょう……よく頑張りましたね」
「──────!!」
思いがけないジンの言葉にリーゼは、ポロポロと涙をこぼしながら何度も頷く。
ジンはそんなリーゼの涙を綺麗なハンカチで拭ってあげると、
「可愛いお顔が台無しですよ……ほら、落ち込んだときには甘い物」
ジンはリーゼに甘魚と、出来立ての甘玉を一かご渡す。
「甘魚10個で大銀貨2枚、こっちの甘玉はおまけで差し上げます。リーゼさんだけの特別ですから、他に言っちゃダメですよ?」
「ハイ……あ、ハンカチ」
「ああ、そのまま差し上げますよ。辛い事があったらそれでも見て思い出してください……モチロン、ここに来てくれると俺も嬉しいですけどね♪」
「あ…………あの、失礼します」
顔を真っ赤にしたリーゼはそのまま逃げるようにジンの元から離れ、すぐに人影に紛れてしまった。
………………………………。
………………………………。
「ふぅ、ヤレヤレ…………一体なんですかい?」
ジンの質問に、
「…………何でもありません」
「ジン……全身の震えが止まらないからボクを抱きしめて暖めてくれない?」
「なんとも恐ろしい事を言わんで下さいな」
「ジンさん……もしかしてああいう女性が好みなのですか?」
「……エル坊、冗談でも言っていい事と悪い事がありますぜ」
エルの質問にジンは、心の底からイヤそうに顔を歪め、吐き捨てるように言った──
「──ああいう女が一番たちが悪い、自覚が無いだけ余計に、な」
「……そんな漁場があるなら教えてくれませんかねぇ、若さん」
翌日、昨日の事が何も無かったかのようにジンとルディは屋台を出していた。
周りの屋台連中も、よくある事の一つとしてわざわざ昨日の出来事には触れず商売に精を出している。
「あの……」
「いらっしゃい! オヤ、綺麗なお姉さん、見ない顔だね?」
「え? あの…………え?」
「昨日の乱暴な兄さんのお連れさんですね? あいにくソレは別人、昨日の子じゃありませんぜ?」
屋台の前でルディに戸惑う女性に対してジンがフォローを入れると、女性も合点がいったのかルディに向かって優しい表情を見せる。
純白の神官服に身を包んだ彼女は、シルバーブロンドのストレートヘアを腰まで伸ばし、風が吹くたびにサラサラと一本一本優雅に流れる。
中央大陸での生活で多少焼けはしたものの、日差しの弱いこの時期彼女の肌は同姓が羨むほど白く、まるで雪の精が人を模して現れたかのようである。
しかし、そんな彼女の表情は笑顔にもかかわらず愁いを帯びており、疲れたような眼差しは向かい合う相手の気分を陰へと誘おうとする。
それが逆にイイ! と一部の男性には力説されそうだが、少なくともジンは、女性の笑顔は陽だまりのような温かい方がいいと感じる男だった。
「そ、そうですか……あの! 昨日は申し訳ありませんでした……」
「2度も謝罪は不要ですよ。それに、あの手の輩はこういう事をやっていれば必ず出会う災害みたいなものですから」
「……そうですか」
言外に連れの男を腐したのだが、目の前の女性は気付いていないのかそれとも自覚があるのか、ジンの言葉をスルリと飲み込む。
「自己紹介がまだでしたね、私はリーゼ、彼──ユアンの幼馴染です」
リーゼ、どこかの女神様を想起させる名前に、ジンもルディも一瞬眉を反応させるが、すぐに元の表情に戻り、
「俺はジン、そしてコレが」
「ルディだよお姉さん、それとジン、ボクは一応雇い主なんだからもっと大切に扱ってよね!」
「俺とリオンの雇い主は若さんの御父上ですぜ? ああ、リオンってのはもう一人いる俺のコレですよ」
「ジン……そんな寝言を周囲に吹いてると後が怖いよ?」
リーゼに向かって笑顔で小指を立てるジンに、ルディが感情の無い声で釘を刺す。
「フフッ……あ、ごめんなさい、つい……フフフ」
笑顔の固まったジンを見たリーゼは、目の前のやり取りにようやく心からの笑顔を浮かべて可愛らしく笑う。
やがて、笑い終わったリーゼは目尻に浮かんだ涙を指で拭うと、少しだけ元気が出たような顔になり、
「あの、今日はお詫びの事もですが昨日頂いた、お魚の形をしたお菓子をみんなとても美味しかったって言ってて、それで買いに来たんです」
「そいつは嬉しいですね、それじゃチョイと──」
「──ジンさ~ん!」
ジンの言葉を遮るように向こうからエルが走ってくる。
ガシッ──!!
「はいはいお帰りなさい。で、エル坊、探索者登録は無事済みましたかい?」
「ハイ、バッチリです!」
昨日の事で完全に懐かれたのか、エルはジンに抱きつくと満面の笑みを浮かべて返事をする。
ジンはそんなエルの頭をワシャワシャと乱暴に撫でると、
「……ところで、デイジーちゃんとかいう可愛らしい名前の人達はどこですかい?」
甘魚を作る手元はそのままに、ジンは首を伸ばして通りの向こうに視線を送るが、5人の護衛の姿はどこにも見えない。
「デイジー達ならリオンさんと一緒に迷宮に行きました」
「……………………はい?」
「安全確認だそうです」
つまり、エルが迷宮に潜る前にトラップやモンスターを予め把握しておきたいらしい。
……それと恐らくではあるが、迷宮内でリオンに戦闘の指南でも受けているのだろう。
そもそもエルの護衛である5人は、騎士団や宮廷魔道士などから集められた、精鋭と言えば聞こえはよいが、ジンから見れば寄せ集めだ。リオンも、「マニュアル通りの対人戦闘で面白みが無い」とこぼしていたことから、今頃は高レベルにもかかわらず上層フロアで四苦八苦している事だろう。
ジンは彼女達の為に労いの甘味でも用意しといてやろうなどと考えながら、
「リオンの戦い方なんぞ、参考になりますかねえ……」
しみじみと呟く。
そしてルディは、
「ジン、護衛ってなんだろうね……」
「さあね、子守もお守りも似たようなもんでしょ」
「僕はジンさんと一緒の方が楽しいですよ」
無邪気な笑顔を見せるエルを見てジンはその頭を優しく撫でる。
そんなジンをニヤニヤと見つめながら、
「おやぁ? 巨乳のお姉さんが大好きなジンらしくも無い態度だねえ?」
「若さん、人を年がら年中発情期みたいに言わんで下さいな。だがまあ……エル坊、早く大人になりなさい」
──そうすれば、こんな男に甘えるよりお姉さん達に甘える方がどれだけ素晴らしいか解るから──
そんな、頭を撫でる手に込められたジンの想いが通じたのか、
「…………ハイ!!」
やっぱり解っていないような笑顔で抱きついた。
そんなエルを面白そうに見つめるルディの笑顔が、なんとなく邪悪な感じだったのは気のせいでは無いかもしれない。
……そんな微笑ましいやり取りをリーゼは眩しそうに目を細めながら見つめ、
「羨ましいな…………」
「……どうかしましたかい?」
「いえ……ユアン、彼も昔はあんなでは無かったんです……」
ユアン、その名に反応したエルが初めてリーゼの顔をまともに見て、あの時の取り巻きの一人だと気付いて一瞬身体を強張らせるが、頭を撫でるジンの手が肩に置かれた事に気付いて落ち着きを取り戻す。
ユアンの過去を語り出したリーゼは、その事に気付く様子は無かった。
リーゼの昔話は密偵から聞いていたことと概ね一致していた。
その中で彼女側の視点から語られる内容では、ユアンがおかしくなり出したのは王都に呼ばれるようになってからだという。
寒い季節が長く続く北方大陸は作物の実りが悪く、農地拡大と緊急時の食糧確保は国是、と堂々と宣言する国があるほどである。
例年、収穫高の低さを嘆く隣国の依頼で、ユアンにかつてのオーガ討伐同様、農地の開拓予定地に蔓延る障害を排除せよとの命が下ったそうだ。
そして、部隊を引き連れて開拓予定地に乗り込んだユアンが見たものは──永くその地で生活を営む獣人の集落だった。
既に何度か討伐隊と戦闘を繰り返し多くの犠牲者が出ていた彼等は、ユアンの事も収奪者だと襲い掛かって来たが、ユアンの圧倒的な強さと、怪我人は出たものの決して彼等を殺さなかったユアンの優しさ、そして提案された問題解決の秘策によって事態は丸く収まった。
秘策──獣人たちはユアン経由で領主に移住許可を貰い、かつてユアンが暮らしていた村の近くの森へと移り住む。
ユアンのおかげで30年間、村の税は免除されているため、森で危険な狩りをして日々の稼ぎを増やす必要は無く、「誰かが住んでくれれば魔物も近寄らないだろう」などと笑って受け入れてくれた。
ユアンは部下達に口止めをし、隣国の国王には開拓予定地が空いた事のみを伝え、任務はつつがなく完了した。
しかし、その時からユアンの心の中にはどす黒い感情が生まれた。
開拓地が空になった──つまり獣人を皆殺しにしてきたと報告したにもかかわらず、国王は手を叩いて喜び、家臣達も安堵の表情と共にユアンを次々と労ったそうだ。
とくに種族間の差別も存在しない北方大陸で、獣人を皆殺しにした事をこれほどに喜ばれる、勇者だと持て囃す、一体勇者とは? 正義とは?
それからユアンは、勇者である自分はどこまでが許されるのか、何をすれば罰せられるのか、それを確かめようとした。
しかし、誰もユアンを咎めようとはしなかった──。
──彼は勇者なんだ、私達を守ってくれた凄い人なんだ、だから──
そんな人々の声を聞き続けたユアンは、
──そうか、俺は何をしてもいいんだ──
いつかその機会を伺っていたユアンは、古代迷宮の攻略任務を受けた際に暴走した。
里の一件を恩義に感じて仲間になった狐獣人のモーラや、庶民の、しかも若い女性という事で、魔道士の実力がありながら不遇な扱いを受けていたリシェンヌなど、ユアンを慕って着いてきてくれた仲間を伴って迷宮を攻略、そこで手に入れた秘宝を国に渡さず出奔した。
差し向けられた追っ手の悉くを退けたユアンは、自分達の首に賞金がかけられた事を知ると逆に国王を脅し、北方大陸を捨てて新天地に羽根を広げたという──。
「──ユアンの事を許して欲しいとは言いません。ただ、彼が受けた苦しみも解って欲しいんです……」
リーゼの顔には苦渋、そして悔恨が浮かんでいた。
スッ──
そんなリーゼの頭にジンの手が乗せられ、エルの時のように優しく撫でる。
それはまるで、懺悔を求める迷い子に赦しを与えるかのように。
「──貴女の悲しみはわかりましたよ、一番近い所にいながら何も出来ないもどかしさ、辛かったでしょう……よく頑張りましたね」
「──────!!」
思いがけないジンの言葉にリーゼは、ポロポロと涙をこぼしながら何度も頷く。
ジンはそんなリーゼの涙を綺麗なハンカチで拭ってあげると、
「可愛いお顔が台無しですよ……ほら、落ち込んだときには甘い物」
ジンはリーゼに甘魚と、出来立ての甘玉を一かご渡す。
「甘魚10個で大銀貨2枚、こっちの甘玉はおまけで差し上げます。リーゼさんだけの特別ですから、他に言っちゃダメですよ?」
「ハイ……あ、ハンカチ」
「ああ、そのまま差し上げますよ。辛い事があったらそれでも見て思い出してください……モチロン、ここに来てくれると俺も嬉しいですけどね♪」
「あ…………あの、失礼します」
顔を真っ赤にしたリーゼはそのまま逃げるようにジンの元から離れ、すぐに人影に紛れてしまった。
………………………………。
………………………………。
「ふぅ、ヤレヤレ…………一体なんですかい?」
ジンの質問に、
「…………何でもありません」
「ジン……全身の震えが止まらないからボクを抱きしめて暖めてくれない?」
「なんとも恐ろしい事を言わんで下さいな」
「ジンさん……もしかしてああいう女性が好みなのですか?」
「……エル坊、冗談でも言っていい事と悪い事がありますぜ」
エルの質問にジンは、心の底からイヤそうに顔を歪め、吐き捨てるように言った──
「──ああいう女が一番たちが悪い、自覚が無いだけ余計に、な」
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