転生薬師は異世界を巡る(旧題:転生者は異世界を巡る)

山川イブキ(nobuyukisan)

文字の大きさ
140 / 231
5章 イズナバール迷宮編

204話 裏事情 後編

しおりを挟む
 剣舞ソードダンスのユアン、22歳。

 北方、ノルトラント大陸の南西部にあるウーノス村出身。
 ユアンが12歳の冬、父と狩りに出た際にゴブリンの集団と遭遇、父を殺され自分も死の危機に瀕した時、己の才能に目覚める。
 女神の加護にして両目に宿りし異能、先見フォーサイト
 周囲の、自身に向かってくる攻撃の軌道が見える・・・・・ようになったユアンはそこで、実に20体以上のゴブリンを討伐する。
 それ以後、ユアンが狩るのは獣から人里に下りてくる魔物へと代わり、周囲の農村やたまに来る行商人などから感謝された。
 やがてユアンの事がウーノス村を含む周辺地域を治める領主の耳にも届くと、ユアンに対して領主からの命令が下る。
 開拓中の土地に棲みついたオーガの集団、これを速やかに討伐するべし。成功のあかつきにはウーノス村への今後30年の徴税免除、そしてユアン個人には莫大な報酬を約束する、と──。
 ユアンはこの命令に対し、治癒魔法が使える者、そして自身が治療や補給に下がる時の為の援護部隊だけを連れ、オーガとの戦闘には単身であたった。
 そして、その時の戦闘を目の前で見たものは口々に、

「彼が剣を振るう度、オーガがその場に崩れ落ちる」
「オーガの攻撃を、まるでそれが分かっているかのように軽やかにかわしていた」
「オーガの群れの中、まるで演舞を披露しているみたいだった」

 多分に誇張はあっただろうが、それでもユアンは単身でオーガの集団を駆逐、見事使命を果たす。ユアン15歳の話である。
 報酬と、それに伴い領主の直轄地である中央に屋敷をあてがわれたユアンは、その後も領主の命に従い討伐隊を率いることもあれば、隣国からの招聘という形で他国の難儀にもその剣を振るった。
 いつしかユアンは「ソードダンサー」「辺境の勇者」などと呼ばれ、人々の賞賛と憧憬を浴びるようになる。
 しかし、全てが順調だと思われていた頃、それは終焉を迎える。
 いつしかユアンには、自分は選ばれた者だとの驕りが生まれ、それは態度にも顕著に表れ始める。
 商店の人達が感謝の気持ちとばかりにタダで振舞っていた商品を自分から勝手に持ち去り、街で黄色い声援を贈る女性を、恋人や配偶者の有無などお構いなしに屋敷に連れ込んだりと、まるでチンピラの如き所業に及んでいったが、それでも魔物から自分達を守ってくれている事実と、領主に対してだけは従順であったため大きな問題にはならなかった。
 だが、その関係が完全に崩壊するのは、北方大陸にある古代迷宮の攻略任務を受けた時である。
 当時19歳のユアンは、自分の恋人達・・・でもある仲間だけで構成されたパーティで迷宮に挑み、見事最深部の踏破に成功する。
 古代迷宮最深部の秘宝については国家の資産とするのが原則、現金報酬と引き換えに献上しなければならなかったのだが、ユアンはその不文律を破り、仲間と共に出奔する。
 当然追っ手は来るものの、その全てをことごとく退け、やがてその首に賞金が懸けられるが、それでもユアンを倒せる者はいなかった。
 逆に、ユアンは王宮に侵入すると、寝室で寝ている国王を脅して賞金を取り下げさせ、そのまま北方大陸ノルトラントを離れて中央大陸セントラルへと活動の場を移す。
 その後、各地で厄介な魔物を倒しては住民に感謝され、そして別の場所ではそれに倍する乱行をしでかし疎まれ、迷宮に潜れば全てを根こそぎ掻っ攫かっさらう。
 そして22歳になった現在、国の管理の及ばないここイズナバールを標的と定め、大陸を渡ってきたという訳である。


「なんというか……若いねえ」

 話を聞き終わったルディは呆れと共にソファに身を投げ出す。

「それにしてもよくそれだけ調べましたね、しかも先見フォーサイト、でしたか? 女神の加護まで」

 リオンの声に密偵は、

「カイラス殿下は人材を集める事に余念がなくてな、とうぜんあの男ユアンの事も調べつくしたさ。まあ、能力については数十年前の中央大陸に同様の能力を持った騎士がいたので苦労はしなかったが」
「………………………………」
「ジン? ──ジン!!」

 3人が会話をする中ジンだけが前のめりに座ったまま、眉間にシワを集めながら感情の爆発に耐えるように肩を震わし唇を噛む。

 グン──!!

「────!?」

 リオンによって強引に引き倒されたジンは、そのまま膝枕に頭を乗せられると手で目隠しをされ、慰撫するように頭をポンポンとたたかれる。

「……リオン、何を?」
「それはこちらの台詞です、一体どうしたのですか?」
「──ジンにはそのユアンって男が許せないだろうねえ、自分が出来なかった事を成した男の先にあったものが堕落だなんて、はらわたが煮えくり返る話だよ」
「ジン……」

 力を持っていながら守る事が出来なかった敗者ジンと、犠牲は出たものの、手に入れた力によって全てを守りぬいた勝者ユアン、だというのにその勝者は欲に溺れて全てを台無しにしたという。
 幼い頃に夢想した優しく美しい世界、そこに土足で踏み込まれて汚物を塗りたくられたような、そんな最悪の気分を今ジンは味わっていた。
 …………………………。
 …………………………。
 時間にして3分ほどだろうか、ジンの頭を優しく撫で続けるリオンに向かって、

「……ありがとうリオン、助かった」
「どういたしまして、それでは起きてください」
「えー、このままでいいじゃん?」
「……まったく、後で若様にネタにされますよ?」

 おどけるジンにリオンは言い返すと、そのままジンの頭を優しく撫でる。

「……仲の良い事だな」
「羨ましいですか? 残念ですがコレはあげませんよ」
「………………………………」

 バチバチッ────!!

 リオンと密偵の視線が交錯する瞬間、電撃が走った……ような気がした。

(やったねシン! ついにモテ期到来だよ!!)
コレ・・扱いな上、どっちを選んでも人生の表街道を歩けそうに無いんだが?)
(やだなあ、思春期真っ盛りのDTでもあるまいし、多少の妥協は必要だよ?)
(社会の裏側に生きる人間と文字通りの人外を、多少とは呼ばねえよ)

 そんな同性同士の無言のやり取りが少しだけ続き、やがてジンが口を開く。

「で、帝国側としては扱いづらいうえ真っ向から相手にするのも厄介な相手を、俺の手で始末して欲しいのか?」
「そんなドラゴンの尾を踏むような事を口走るつもりは無いとも。聞かれた事に答えたまでだよ、ただそうだな、出来る事ならあの子は守って欲しい。帝国に力を貸すのがイヤだというのであれば別途報酬も用意しよう」
「……いらんよ、ガキのお守りで金を取ろうとは思わん」

 密偵は、現状において最強の手札を味方に引き入れることができ、内心小躍りしながらも決して表には出さず、

「感謝する」

 ただその一言のみを発する。
 話が終わった密偵は席を立ち、出口に向かって歩き出す。
 ──が、ドアの前で一旦止まると振り向いて、一枚の鳥の羽根を投げて寄越す。

「私は3つ隣の宿屋に部屋を取ってある、何かあればコチラに来てくれても構わんし、窓の外にこの羽根を差しておけば私から出向こう。貴様の来訪ならいつでも”どんな用事”でも歓迎するとも」
「……いやいや、ヘンに挑発するのはやめて、俺が後で折檻される──痛い痛いリオンさん、ギブギブ!!」

 太腿の感触と、頭蓋を締め付ける痛みの狭間に苦しみながらジンは訴える。

「ふむ……そういえば言い忘れていた。あの男、ユアンが国王を脅して大陸を離れた後の事なのだが、その国の王妃と王女が揃って懐妊したらしい」
「──────!!」
「だが、なぜかその事は伏せられ、秘密裏に堕胎したそうだ」
「…………貴重な情報ありがとよ」

 ────バタン。

 地獄の底から響いて来るかのようなジンの言葉を背に受け、密偵は部屋を後にする
 …………………………。
 …………………………。

「…………クソが!」

 毒づくジンに、

「で、ジン、どうするつもり? るの?」

 明日どこに出かけるのか、そのくらいの口調で話しかけるルディ──実際その程度の認識だが──に向かって、ジンはニヤリと口元だけを歪ませ、

「ハッ、まさか!? そんな簡単に終わらせる訳ねえだろ」
「だよね~♪」
「ジン……目立つのはイヤなのでは?」

 嗜めている様で、しかし止めるつもりの無いリオンの言葉にも、

「もちろん、目立つようなマネはしないぜ?」
「ハイハイ、程々にしてくださいね……」


「「フッフッフッフ……」」

 膝枕の体勢のままのジンとルディが、あーでもないこーでもないと作戦を練るのを聞きながら、次々と出される耳の腐りそうな提案にリオンはため息をつくと、せめてもの意思表示とばかりに、ジンのほっぺたをつねって遊んでいた──。
しおりを挟む
感想 497

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。