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5章 イズナバール迷宮編
211話 夜営にて・前編
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ジン達は30層攻略者の『鍵』を使い、31層への直通回廊を降りる中、
「ジンか──今回は一緒に40層攻略を目指すそうだな」
「ああジェリクさん、お元気そうでなりよりです」
ジンとエル達の合計9人が集まっている所にジェリク率いる「穴熊」の面々が近付いてくる。
ここだけ男女比率のおかしな空間になっている為、後ろの男達があからさまにそわそわしているのだが、ジェリクだけは動じた風ではない。おそらく気にしてもしょうがないと達観しているのだろうが、側にいるマリーダが目を光らせているからかもしれない。
そんな中マリーダは、
「あら、ちっこいのが増えたわね、こっちの子もルディによく似て可愛らしいじゃない。ホラホラ、お姉さんとこおいで~♪」
「お姉……イエなにも!! とはいえマリーダさん、腰にそんな凶悪そうな物をブラ下げて手招きしても普通は──エル坊!?」
腰にトゲトゲの鞭を下げたマリーダに睨まれながらジンがボソボソと口答えをする中、エルはトコトコとマリーダの前まで近付いてゆき、
「はじめましてマリーダお姉さん、エルと申します」
既に背嚢を背負っているのでお辞儀が出来ない代わりに、首だけチョコンと倒して挨拶するエルに何やらスイッチが入ったらしく、マリーダはエルを背嚢ごと抱き上げ頬ずりをする。
「んあぁっ!!」
背後で何か聞こえたようだが、そんな事は誰も気にせず、
「やぁ~ん、この子カワイイ!! ねえジン、この子連れて帰っちゃダメ?」
「ダメ」
「なによ、ケチね」
「……俺がケチかはともかく、今の問いにダメじゃない選択肢がマリーダさんの頭にあることが驚きですよ。可愛い子供が欲しいならどうぞ、ジェリクさんにお願いして下さいな」
「アンタもバカねえ、ジェリクの種でこんな可愛い子が出来るはず無いじゃない」
会話に入れてもらう事すら出来ずにダメ出しされたジェリクが若干不機嫌になる中、マリーダはしきりに「ウチの子にならない?」と7割がた本気でエルを口説いてはいたが、流石に不穏な視線を送る集団に気がついたのかエルを地面に下ろすものの、しばらくは名残惜しそうにエルを目で追っていた。
「……マリーダ、お前ルディの時はそんな事しなかったと思うが?」
「アンタがいない時にしてたけど? まああの子は誰に似たのか初々しさに欠けてて物足りなかったけどさ」
そんなマリーダの呟きに、ジンとルディは揃って首を90度回答させ彼女の視線から逃げる。
「それでジン……ソレも連れて行く気か?」
「ご懸念はご尤もですけどね、エル坊が一緒だともれなくアチラが付いてきますので」
ジンが指差す方向には、6人の女性がエルを囲み、
「エル様、知らないオバサンに軽々に近付いてはいけません!」
「あぁん? お嬢ちゃん、アタシゃまだ30だけどねえ?」
「充分オバサンでは無い──か?」
「……デイジー、誰が充分オバサンだって?」
「ドロテア……いや、そうではなくてだな」
などと姦しい光景が広がっている。
ジェリクはその光景に若干の呆れと戦慄を覚え、ジンに近付き耳打ちする。
「おい、彼女達、登録の時は全員、レベル80前後で登録してたらしいんだが……」
「最低が92、最高が132ですよ。ルフトさん達でも勝ち目は薄いですぜ」
「どういう経緯であんなのに繋がりが出来るんだ、お前は?」
「俺に聞かれてもねえ……とりあえず、40層攻略にはありがたい戦力でしょ?」
ジンの言葉にジェリクは肩をすくめ、向こうで騒ぐ──なぜか羽交い絞めにされたデイジーの鎧を剥ぎ取り、インナー越しに胸を揉んでいる──マリーダに声をかけるとルフト達の元へと戻って行った。
ジェリクたちを見送りながらジンは周囲を見渡し、
「さて、どう対策するかねぇ」
「今のままだとマズイの?」
「別に不味くは無いですぜ? ただ、後々の事を考えて手段は講じておくのは当然のことなんでね」
ジンは異空間バッグから小物をいくつか取り出すと、上等な革の小袋に入れてルディに手渡す。
「これは?」
「なに、エサの仕込みですよ」
そう言って笑うジンの顔は、少しだけ楽しそうだった。
──────────────
──────────────
ジン達がイズナバール迷宮に潜って2日目、34層への通路を前に「異種混合」とジン達は夜営をしている。
ちなみに、女性メンバーの多いジン達は他のパーティにとって「毒」とのことで、少し離れた所にテントを張っているのは妥当と言えるか。
そんな中、ルフト達コミュニティの中心メンバーと、イズナバール迷宮の東にある「ライゼン」から迷宮攻略に呼ばれた精鋭部隊であるゲンマやシュナ達が食事を取りながら会議を開いていた。
その内容は、
「で、マリーダ、接触してみた感触はどうだった?」
「そうだね、多分アタリだよ」
「そうか……なぜ帝国がイズナバール迷宮なんかに興味を……」
蜥蜴人のルフトは、『シャー』とでも聞こえてきそうなほどに口を開け、盛大なため息を一つつく。
今年に入ってからイズナバール迷宮の周辺は慌しい、「韋駄天」というポーター専門のコミュニティが発足することで、各コミュニティが続々30層を攻略してゆき、周辺各国は急遽迷宮周辺の領土問題への解決方法を、話し合いからより単純で合理的な手段へと切り替えた。
──イズナバール迷宮の最深部を攻略したパーティ、コミュニティを擁する国が領有権を主張できる──と。
最深部に辿り着くことの出来ない国家が迷宮を所持する、その無意味さをついた強引な手段ではあるが、兎にも角にも周辺4国はそれで合意を果たす。
しかし、そこに誤算が生まれる。
ジン、リオン、ルディの、最近になって迷宮を囲むように作られた町、リトルフィンガーにやってきた得体の知れない新人探索者たち。
当初はどこかのボンボンが護衛をつれて物見遊山の旅にきたものだと思われていた。
しかし、蓋を開ければあれよあれよと恐ろしいスピードで迷宮を攻略し始める。ついには30層も突破してしまった。
折りしも、迷宮攻略に本腰を入れた4国の精鋭部隊が、支援メンバーを引き連れて到着した時期である。
幸か不幸か、そういったタイミングというのは往々に重なるもので、ルディと呼ばれる少年が、探索者登録時に「エルディ」と名乗った事が彼等に知られてしまう。
エルディ、いやエルディ○○=ブレイバード、悪名轟く帝国第2皇子の影に埋もれて聞こえて来ないが、各国の情報筋では最近かの第2皇子の子が護衛を連れ、お忍びで国元を離れたという情報を掴んでおり、それとルディを混同する動きが、国の紐付きである4つのコミュニティの中で見られていた。
そして混迷は混乱へと変わる。「迷宮荒らし」ユアンと、同時期にこの町にやってきたエル達である。
競争相手になるであろうユアン達はともかく、エル達の存在はあまりに読めなかった。
到着初日、エルはユアンに因縁をつけられ、それをジンが身を挺して守ったという。それだけを聞けばジンの人柄を表すエピソードで終わるかもしれないが、あいにくジンにはルディという、パッと見、エルによく似た少年が護衛対象として存在した。
これを偶然と呼ぶには彼等は疑い深すぎた。
噂によれば、エルの護衛たちはその日、別行動でリオンと立会いをし、まさかの敗北を喫したそうである。
その後、探索者登録をした彼女達は何故か、リオンと共に迷宮に潜ったという。お互いルディとエルをジンに押し付けて。
ここまで来て、彼等が偶然ここで出会ったなどと考えるような人間が情報部にいれば、軍学校で一から勉強し直して来いと怒鳴られるだろう。そしてそんな人間はここにはいなかった。
帝国の皇族が少数の護衛だけを連れてイズナバール迷宮にやって来た──それも2組に分かれて。
明らかに騎士と思われる女性に率いられたパーティと、それを1人で圧倒した女戦士、はたして本物の皇族はどっちに守られている?
目的が読めない、それとも皇族をダシに混乱を呼ぶこと自体が目的か、であるならば2人ともが偽者であるとも考えられる。
「目的なんざ、イズナバールの所有権しかねえじゃん」
「相変わらずゲンマはバカね、そんな意味の無い事してどうするのよ?」
「ハァ? 古代迷宮を支配下に置く事のどこが意味が無いってんだよ!?」
「場所よ──」
イズナバール迷宮が存在する湖周辺ならびにバスカロン連山は東方大陸の南西部に存在する、そこは海からは遠く、向かおうとすれば陸路しか選択肢は無い。
当然、中央大陸を支配する帝国がそこを所有するとなれば周辺4国のみならず、エステラ大陸に存在する大小各国の反発と緊張を生んでしまう。
そうなれば帝国は飛び地になってしまった領土を守護するために軍を派遣・駐屯、そしてそれを維持するための物資は現地で合法的に入手するか、農地を増やして自給するか、長い陸路を使って大陸から運び込むか、となる。
維持にかかる費用と各国の心象、偶発的に起こる事故や衝突による混乱と紛争、いくら古代迷宮とはいえリスクとリターンのバランスが取れない。
「いくら帝国が、しかもあの強欲者の第2皇子がバカでもさすがにイズナバールを欲しがったりはしないわよ」
「……じゃあなんであのガキはこんな所に来てんだよ」
「アタシに分かる訳無いじゃない……それ以前に、あの人たちが本当に帝国の人間かも分からないでしょ」
「──シュナ殿、その意見はなにか根拠があっての言葉だろうか?」
シュナの言葉にルフトが興味を示す。あの連中が帝国の人間だというのはここ最近、4つのコミュニティの間では定説になっている。
ルフト達「異種混合」を除いた「死山血河」「乾坤一擲」「千変万化」の3つのコミュニティは彼等の動きに注視し、そのせいでルフト達は帝国と何らかの協定を結んでいるのではないかとの疑念をもたれてもいる。なにせ、「異種混合」はコミュニティの成り立ちからして曰く付きなのだから。
「根拠って言うか……あのジンって人よ」
「シュナ、前もおかしな事言ってたよな、どこかで見たことあるって」
「見た事があるんじゃなくて、見た気がするのよ……」
「……どこが違うんだよ」
「まあまあゲンマ殿、シュナ殿はライゼンの戦巫女、もしや託宣の類で記憶にあるのでは?」
──────────。
会話は一時そこで途切れ、沈黙が彼等を支配する。
その沈黙を破るようにジェリクが口を開き、
「だが、マリーダは当たりだと見当をつけたみたいだが?」
「そうだね、ルディは違ったけどエル、少なくともあの子はそうだよ。それに、周りの連中は明らかに帝国の香りをプンプンさせていたし、ここで無関係なんて言われちゃアタシの立つ瀬が無いねぇ」
「ゴメンなさい、マリーダさん……」
苦笑するマリーダにシュナは頭を下げる。
「となると話は振り出しに戻るんだが──」
「──そもそも、その2つを一緒にして考えるから混乱するんじゃないですかねえ」
「──────!!」
背後から唐突に聞こえてきた声に、彼等はみな武器に手をかけ、視線だけを声の方に送る、そこには──
「ジン!!」
「はい、おこんばんは」
酒場で相席をお願いするような気さくさで声をかけてくるジンの姿があった。
「ジンか──今回は一緒に40層攻略を目指すそうだな」
「ああジェリクさん、お元気そうでなりよりです」
ジンとエル達の合計9人が集まっている所にジェリク率いる「穴熊」の面々が近付いてくる。
ここだけ男女比率のおかしな空間になっている為、後ろの男達があからさまにそわそわしているのだが、ジェリクだけは動じた風ではない。おそらく気にしてもしょうがないと達観しているのだろうが、側にいるマリーダが目を光らせているからかもしれない。
そんな中マリーダは、
「あら、ちっこいのが増えたわね、こっちの子もルディによく似て可愛らしいじゃない。ホラホラ、お姉さんとこおいで~♪」
「お姉……イエなにも!! とはいえマリーダさん、腰にそんな凶悪そうな物をブラ下げて手招きしても普通は──エル坊!?」
腰にトゲトゲの鞭を下げたマリーダに睨まれながらジンがボソボソと口答えをする中、エルはトコトコとマリーダの前まで近付いてゆき、
「はじめましてマリーダお姉さん、エルと申します」
既に背嚢を背負っているのでお辞儀が出来ない代わりに、首だけチョコンと倒して挨拶するエルに何やらスイッチが入ったらしく、マリーダはエルを背嚢ごと抱き上げ頬ずりをする。
「んあぁっ!!」
背後で何か聞こえたようだが、そんな事は誰も気にせず、
「やぁ~ん、この子カワイイ!! ねえジン、この子連れて帰っちゃダメ?」
「ダメ」
「なによ、ケチね」
「……俺がケチかはともかく、今の問いにダメじゃない選択肢がマリーダさんの頭にあることが驚きですよ。可愛い子供が欲しいならどうぞ、ジェリクさんにお願いして下さいな」
「アンタもバカねえ、ジェリクの種でこんな可愛い子が出来るはず無いじゃない」
会話に入れてもらう事すら出来ずにダメ出しされたジェリクが若干不機嫌になる中、マリーダはしきりに「ウチの子にならない?」と7割がた本気でエルを口説いてはいたが、流石に不穏な視線を送る集団に気がついたのかエルを地面に下ろすものの、しばらくは名残惜しそうにエルを目で追っていた。
「……マリーダ、お前ルディの時はそんな事しなかったと思うが?」
「アンタがいない時にしてたけど? まああの子は誰に似たのか初々しさに欠けてて物足りなかったけどさ」
そんなマリーダの呟きに、ジンとルディは揃って首を90度回答させ彼女の視線から逃げる。
「それでジン……ソレも連れて行く気か?」
「ご懸念はご尤もですけどね、エル坊が一緒だともれなくアチラが付いてきますので」
ジンが指差す方向には、6人の女性がエルを囲み、
「エル様、知らないオバサンに軽々に近付いてはいけません!」
「あぁん? お嬢ちゃん、アタシゃまだ30だけどねえ?」
「充分オバサンでは無い──か?」
「……デイジー、誰が充分オバサンだって?」
「ドロテア……いや、そうではなくてだな」
などと姦しい光景が広がっている。
ジェリクはその光景に若干の呆れと戦慄を覚え、ジンに近付き耳打ちする。
「おい、彼女達、登録の時は全員、レベル80前後で登録してたらしいんだが……」
「最低が92、最高が132ですよ。ルフトさん達でも勝ち目は薄いですぜ」
「どういう経緯であんなのに繋がりが出来るんだ、お前は?」
「俺に聞かれてもねえ……とりあえず、40層攻略にはありがたい戦力でしょ?」
ジンの言葉にジェリクは肩をすくめ、向こうで騒ぐ──なぜか羽交い絞めにされたデイジーの鎧を剥ぎ取り、インナー越しに胸を揉んでいる──マリーダに声をかけるとルフト達の元へと戻って行った。
ジェリクたちを見送りながらジンは周囲を見渡し、
「さて、どう対策するかねぇ」
「今のままだとマズイの?」
「別に不味くは無いですぜ? ただ、後々の事を考えて手段は講じておくのは当然のことなんでね」
ジンは異空間バッグから小物をいくつか取り出すと、上等な革の小袋に入れてルディに手渡す。
「これは?」
「なに、エサの仕込みですよ」
そう言って笑うジンの顔は、少しだけ楽しそうだった。
──────────────
──────────────
ジン達がイズナバール迷宮に潜って2日目、34層への通路を前に「異種混合」とジン達は夜営をしている。
ちなみに、女性メンバーの多いジン達は他のパーティにとって「毒」とのことで、少し離れた所にテントを張っているのは妥当と言えるか。
そんな中、ルフト達コミュニティの中心メンバーと、イズナバール迷宮の東にある「ライゼン」から迷宮攻略に呼ばれた精鋭部隊であるゲンマやシュナ達が食事を取りながら会議を開いていた。
その内容は、
「で、マリーダ、接触してみた感触はどうだった?」
「そうだね、多分アタリだよ」
「そうか……なぜ帝国がイズナバール迷宮なんかに興味を……」
蜥蜴人のルフトは、『シャー』とでも聞こえてきそうなほどに口を開け、盛大なため息を一つつく。
今年に入ってからイズナバール迷宮の周辺は慌しい、「韋駄天」というポーター専門のコミュニティが発足することで、各コミュニティが続々30層を攻略してゆき、周辺各国は急遽迷宮周辺の領土問題への解決方法を、話し合いからより単純で合理的な手段へと切り替えた。
──イズナバール迷宮の最深部を攻略したパーティ、コミュニティを擁する国が領有権を主張できる──と。
最深部に辿り着くことの出来ない国家が迷宮を所持する、その無意味さをついた強引な手段ではあるが、兎にも角にも周辺4国はそれで合意を果たす。
しかし、そこに誤算が生まれる。
ジン、リオン、ルディの、最近になって迷宮を囲むように作られた町、リトルフィンガーにやってきた得体の知れない新人探索者たち。
当初はどこかのボンボンが護衛をつれて物見遊山の旅にきたものだと思われていた。
しかし、蓋を開ければあれよあれよと恐ろしいスピードで迷宮を攻略し始める。ついには30層も突破してしまった。
折りしも、迷宮攻略に本腰を入れた4国の精鋭部隊が、支援メンバーを引き連れて到着した時期である。
幸か不幸か、そういったタイミングというのは往々に重なるもので、ルディと呼ばれる少年が、探索者登録時に「エルディ」と名乗った事が彼等に知られてしまう。
エルディ、いやエルディ○○=ブレイバード、悪名轟く帝国第2皇子の影に埋もれて聞こえて来ないが、各国の情報筋では最近かの第2皇子の子が護衛を連れ、お忍びで国元を離れたという情報を掴んでおり、それとルディを混同する動きが、国の紐付きである4つのコミュニティの中で見られていた。
そして混迷は混乱へと変わる。「迷宮荒らし」ユアンと、同時期にこの町にやってきたエル達である。
競争相手になるであろうユアン達はともかく、エル達の存在はあまりに読めなかった。
到着初日、エルはユアンに因縁をつけられ、それをジンが身を挺して守ったという。それだけを聞けばジンの人柄を表すエピソードで終わるかもしれないが、あいにくジンにはルディという、パッと見、エルによく似た少年が護衛対象として存在した。
これを偶然と呼ぶには彼等は疑い深すぎた。
噂によれば、エルの護衛たちはその日、別行動でリオンと立会いをし、まさかの敗北を喫したそうである。
その後、探索者登録をした彼女達は何故か、リオンと共に迷宮に潜ったという。お互いルディとエルをジンに押し付けて。
ここまで来て、彼等が偶然ここで出会ったなどと考えるような人間が情報部にいれば、軍学校で一から勉強し直して来いと怒鳴られるだろう。そしてそんな人間はここにはいなかった。
帝国の皇族が少数の護衛だけを連れてイズナバール迷宮にやって来た──それも2組に分かれて。
明らかに騎士と思われる女性に率いられたパーティと、それを1人で圧倒した女戦士、はたして本物の皇族はどっちに守られている?
目的が読めない、それとも皇族をダシに混乱を呼ぶこと自体が目的か、であるならば2人ともが偽者であるとも考えられる。
「目的なんざ、イズナバールの所有権しかねえじゃん」
「相変わらずゲンマはバカね、そんな意味の無い事してどうするのよ?」
「ハァ? 古代迷宮を支配下に置く事のどこが意味が無いってんだよ!?」
「場所よ──」
イズナバール迷宮が存在する湖周辺ならびにバスカロン連山は東方大陸の南西部に存在する、そこは海からは遠く、向かおうとすれば陸路しか選択肢は無い。
当然、中央大陸を支配する帝国がそこを所有するとなれば周辺4国のみならず、エステラ大陸に存在する大小各国の反発と緊張を生んでしまう。
そうなれば帝国は飛び地になってしまった領土を守護するために軍を派遣・駐屯、そしてそれを維持するための物資は現地で合法的に入手するか、農地を増やして自給するか、長い陸路を使って大陸から運び込むか、となる。
維持にかかる費用と各国の心象、偶発的に起こる事故や衝突による混乱と紛争、いくら古代迷宮とはいえリスクとリターンのバランスが取れない。
「いくら帝国が、しかもあの強欲者の第2皇子がバカでもさすがにイズナバールを欲しがったりはしないわよ」
「……じゃあなんであのガキはこんな所に来てんだよ」
「アタシに分かる訳無いじゃない……それ以前に、あの人たちが本当に帝国の人間かも分からないでしょ」
「──シュナ殿、その意見はなにか根拠があっての言葉だろうか?」
シュナの言葉にルフトが興味を示す。あの連中が帝国の人間だというのはここ最近、4つのコミュニティの間では定説になっている。
ルフト達「異種混合」を除いた「死山血河」「乾坤一擲」「千変万化」の3つのコミュニティは彼等の動きに注視し、そのせいでルフト達は帝国と何らかの協定を結んでいるのではないかとの疑念をもたれてもいる。なにせ、「異種混合」はコミュニティの成り立ちからして曰く付きなのだから。
「根拠って言うか……あのジンって人よ」
「シュナ、前もおかしな事言ってたよな、どこかで見たことあるって」
「見た事があるんじゃなくて、見た気がするのよ……」
「……どこが違うんだよ」
「まあまあゲンマ殿、シュナ殿はライゼンの戦巫女、もしや託宣の類で記憶にあるのでは?」
──────────。
会話は一時そこで途切れ、沈黙が彼等を支配する。
その沈黙を破るようにジェリクが口を開き、
「だが、マリーダは当たりだと見当をつけたみたいだが?」
「そうだね、ルディは違ったけどエル、少なくともあの子はそうだよ。それに、周りの連中は明らかに帝国の香りをプンプンさせていたし、ここで無関係なんて言われちゃアタシの立つ瀬が無いねぇ」
「ゴメンなさい、マリーダさん……」
苦笑するマリーダにシュナは頭を下げる。
「となると話は振り出しに戻るんだが──」
「──そもそも、その2つを一緒にして考えるから混乱するんじゃないですかねえ」
「──────!!」
背後から唐突に聞こえてきた声に、彼等はみな武器に手をかけ、視線だけを声の方に送る、そこには──
「ジン!!」
「はい、おこんばんは」
酒場で相席をお願いするような気さくさで声をかけてくるジンの姿があった。
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