転生薬師は異世界を巡る(旧題:転生者は異世界を巡る)

山川イブキ(nobuyukisan)

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5章 イズナバール迷宮編

214話 40層

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 38層、幅・高さ共に6メートル程の長い回廊を抜け、視線の先に30メートル四方の広場を見つけたルフトからの怒号が響く。

「前方にバジリスク、数7つ! レベル100未満、それか石化の対抗スキル・手段を持たない奴は下がれ!!」


バジリスク Bランクモンスター
 8本足の巨大トカゲ。
 外見はワニのものであったりカメレオンでもあったり様々ではあるが、その全てに共通するのは8本足である事と邪眼による石化能力。視線を合わせるとその影響を受ける。
 視線を合わせなければ邪眼の影響は受けないが、牙や尻尾の先にも部分石化の能力が備わっているため油断は禁物。
 基本レベル100以上の者であれば通常のバジリスク・コカトリス辺りの石化には抵抗が可能、逆に言えば100未満の者では石化する可能性がつきまとう。
 その為バジリスク・コカトリスはBランク指定となっているが、純粋な戦闘能力はCランクの中程度。
 活動中のバジリスクの血を浴びると高確率で石化耐性を身につける事が出来る。


 ルフトの号令に、ルフトとゲンマのパーティ、そしてサビーナを除いたエルの護衛とリオン、そしてなぜかリオンに首根っこを掴まれてふてくされるジンが隊列の前方に集結する。

「なんで俺が……基本レベル63なのに……」
「ジンは対抗手段を幾らでも持っているのだから当然でしょう?」

 ジンは腰のポーチから3つの首飾りを取り出し、1つを自分の首にかけ、残りの2つをルディとエルに投げて寄越す。

「その首飾りは状態異常を無効化してくれる代わりに、着けてる間は少しずつ魔力を消費します、魔力回復薬ポーション片手に大人しくしてなさいよ」
「「は~い」」
「ジン、そんな物があるならサビーナにも貸さんか!!」
「魔力を消費するって言ってるのに、サビーナさんは魔道士でしょ? ……んじゃこっちのポーションをどうぞ、10分間は石化耐性が付きますから」

 その言葉でジェリク以下、その場の全員がジンの周りに殺到した。
 10分とはいえバジリスクと戦闘ができる、そんな石化耐性を手に入れるチャンスを逃すような謙虚な輩は探索者などしていない。目の前の魔物さいなんお宝スキルに見えている連中は、今ならジンの号令の元、3べん回ってワンでもニャーでも叫びそうだった。
 金貨3枚と少しふっかけはしたものの、中堅どころの彼等にとって、それで貴重な能力が手に入るのであればはした金でしかない、全員が購入した。
 そして1人で2つも3つも買っていったのは上にいる待機組のものだろうか。
 やがて突入準備が整うと、ルフトの号令で広場に突入する。

「そんじゃジェリクさん達は俺に付いて来て下さい。俺が足止めするんで攻撃は皆さんにお任せしますよ!」

 そう言って円形盾ラウンドシールドを手にしたジンが、バジリスクの中でも一番対処が面倒そうなカメレオンタイプの個体に向かい、広場の壁に沿って迂回しながら距離を詰める。

「お、おい、ジン!?」

 その姿を巨大な目で捉えながらも石化の影響を受けないジンに、カメレオンタイプは喉を膨らませ、獲物を捕らえようとその長い舌を延ばす!

「おっと♪」

 ジンは延びてくる舌を腰を捻ってかわすがその瞬間、

 ドウンッ──!!

 広場の壁を揺るがす轟音と共に、外壁にへばりついたトリモチの様な舌が縮む反動を利用し、バジリスクはその巨大な身体を壁際に一気に引き寄せる。

「うわっとと……おおう!?」

 弾丸のように迫る敵を転がりながら回避したジンは、今度はそこから反動を付けて跳んでくるバジリスクの体当たりを正面から喰らう事になる。
 ──が、

「ハイ、捕まえた♪」

 ガゴン──ジャラララ!!

 バジリスクの体当たりを受け止めた円形盾ラウンドシールドの中心がへこむと、その隙間から飛び出した鉤付きのワイヤーロープが12本、バジリスクの首に刺さって頭を拘束する。
 ジンは腰のポーチから剛力剤を取り出し服用、倍加した筋力で暴れるバジリスクを押さえ込むと、ジェリク達を呼び寄せる。

「ほら、こいつを仕留めるのは──っと、お任せしますぜ!」

 ジンの言葉にジェリクのパーティメンバーをはじめとした10数名が殺到すると、長い舌とスピードが特徴のカメレオンタイプは、自慢の武器を早々に奪われ、剛力剤の効果が切れる頃には押さえつける必要も無いほどに衰弱し、多少の反撃は受けたものの、メンバーに大した被害も無く、バジリスクはその場に骸を晒す事になった。

「ふぅ、ジンのおかげで楽に勝てたな……やっぱり強いじゃねえか」
剛力剤コイツのおかげですよ。まあその分、副作用は付きもんですがね」

 2本・・の空瓶を指で挟み、ブラブラと揺らしながらアハハと力なくジンは笑う。

「副作用?」
「ええ、こいつは1分間だけ筋力を2倍にしてくれるんですが、2本以上連続で飲むと翌日は筋肉痛で歩くのもやっとなんですよ」

 笑いながら話すジンに、ジェリクは渋い表情を浮かべる。
 迷宮内でろくに動くことが出来ない、とんでもなくリスキーな代償なうえ、ここは迷宮攻略の最前線とも言うべき38層、死の匂いが一番強く香る場所である。
 にもかかわらず、弱々しくとはいえ笑えるジンの胆力にジェリクは、自分より1回り以上年下の目の前の男に驚嘆せずにはいられない。

(こういうヤツが、選ばれる・・・・人間なんだろうな)

 30を過ぎ、肉体の衰えはまだ来ないが自分の限界がどの辺だというのは理解しているつもりだった。
 それでも、マリーダと一緒に探索者を引退する前にもう一花、そう考えてイズナバール迷宮へ来たジェリクだったが、目の前の男の姿に自分との違いを見せ付けられた気がした。

「……まあ、いい踏ん切りになったな」
「なんですかい?」
「いいや、ジンに助けられたって事だ」
「?」

 意味が判らないと首を捻るジンの横で笑うジェリクの表情は、寂しくもあり、何かを吹っ切った清々しいものであった。
 ──翌日、生まれたての小鹿みたいな醜態を晒すジンに、ゲンマをはじめコミュニティのメンバー、さらにはデイジー達も一緒に笑っていたが、そんなジンを背負ったリオンが後方に下がった為、39層の前半は地獄の一言だったらしい。


──────────────
──────────────


 ──40層、ボスエリア──

「40層はキマイラのようですね」
「キマイラだねぇ」
「いやいやいや……」


キマイラ Aランクモンスター
 複数の魔物が交じり合った異形の魔物。主に切り立った崖と洞窟を構える山岳部に少数の個体が生息する。
 一般的には体高3メートルの巨大な獅子の姿を主体として、肩口から黒山羊の頭部が生え、蛇の姿をした尾を持つ姿をしている。
 元来キマイラとは、キマイラ受容体レセプターを体内に取り込んだ魔物が、互いに受容体を持つ魔物を捕食することで魔物同士の因子が融合、肉体を変質させる事で生み出される為、その姿に定型的なものは無い。前述の姿が一般的といわれる所以ゆえんは、キマイラ受容体がこの世界に存在する地域と、レオンロード・ブラックゴート・エビルマンバがたまたま同地域を生息域としているためである。
 融合した魔物の能力がそのまま力となるため一概にAランク相当の強さとは限らない。
 Aランクモンスターの指定は、レオンロード・ブラックゴート・エビルマンバの融合個体における脅威度である。


「色々と無理があるだろ! 見ろ周りを! 全員口をあけて固まってんじゃねえか!!」

 感慨深そうに呟くリオンとルディに向かってジンが声を荒げる。
 しかし、

「見ての通りの融合個体キメラですが?」
「……重要なのはそこじゃないだろ」

 こめかみを指で押えるジンが指摘したのは40層、円形闘技場のような広場で来訪者を待ち構える2体のキマイラ。
 1体目は、全長15メートルほどのワニ型のバジリスクを素体とし、その背中からは2本の大剣を手にしたレッドオーガの巨体、そして尻尾は二股に分かれ、フォレストバイパーがそれぞれ威嚇をしている。
 そして2体目、こちらも中間部分はレッドオーガの肉体に2振りの槍を携えていはいるが、頭はニワトリ・・・・、そして基礎となる胴体は巨大な女郎蜘蛛。

「どうしてこうなった……」
「38層でバジリスクがいたんだし、コカトリスがいてもおかしくないさ」
「おかしいのはそこじゃねえよ! どんな手順を踏んだらああなるんだよ!?」
「それは迷宮生物ラビュリンタスに聞いてよ」

 頭を抱えるジンと、悲壮感漂うジェリク達、その中においてゲンマだけはやる気に満ちている。

「おう、やっと剣同士の戦いが出来るぜ!」

 そんな、鼻息の荒いゲンマの後ろでシュナのため息が聞こえる。
 そして鼻息が荒いのは彼だけではなく、

「ジン、見てください! クモです、お宝ですよ!♪」

 およそ5メートルほどの巨大な腹部が宝の山スパイダーシルクにしか見えないリオンは、ゲンマ以上に嬉しそうだった。
 どうやら、標的がかぶることは無さそうである。
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