文字の大きさ
大
中
小
159 / 231
5章 イズナバール迷宮編
223話 危惧
「リーゼさん、何か悩み事でも?」
屋台の前まで来ているのに注文もしないリーゼにジンが声をかけていると、
「……ルディ、あの女は誰だ?」
「ジンと親しそうに話してる女の人が気になる?」
「そういう事では無い!」
茶化すルディに声を荒げるデイジーだが、一見気弱そうに見える目の前の女性が、ともすれば自分と伍する強さの持ち主と察して警戒感を強める。
自分達の事を棚に上げる訳でも自慢する訳でもないが、この若さでデイジー達と同等という事は、彼女達と同等の訓練・教育を受けてきたか、それだけの修羅場を潜り抜けてきたか、それらを凌駕する才能に恵まれたかのどれかだ。
そんな人間がこの町にいるとは、幾ら滞在して日が浅いとはいえ、自分達の耳に入ってこないとは、そのことも踏まえてデイジーは自分が丸腰である事を悔やむ。
「ジンも名前を言ってたけど、あの人はリーゼさん、あのユアンの仲間の1人だよ」
「ユアンの!? キサマらがエル様を!!」
「きゃっ──!?」
ユアンの名を聞いて激昂するデイジーに驚くリーゼは、怒りに燃えるデイジーの瞳と「エル様」という単語に、彼女が何者であるかを察し、即座に頭を下げる。
「も、申し訳ありません。ユアンがエルちゃんにした事でしたら幾重にもお詫びを申し上げます、だから……申し訳ありません!!」
「デイジー、その事はもう終わったことだから!」
「デイジーお姉さん、どうどう……護衛が町中で騒動を起こしちゃダメでしょ」
ちびっこ2人に押さえ込まれたデイジーはそれでも鼻息を荒くしているが、自分が武装していない事とエルの意見・立場を考慮してようやく大人しくなる。
とはいえ、リーゼを睨み付けるデイジーの眼光が弱まる事はなかった。
「……ゴタゴタしてすみませんね。それで、本当にどうしたので?」
「いえ、原因を作ったのは私達ですから……あの、モーラとマーニーをどこかで見ませんでしたか?」
ピクリ──
その名前を聞いた瞬間、ジンは片眉を上げながら顔を顰める表情を作る。そのあからさまな表情の変化にリーゼは食い付く。
「ジンさん、何か知っているんですか!?」
「呼び捨てで構いませんよ、俺の方が年下ですからね。それと、知っている訳じゃありませんよ。先日あの2人には酷い目に遭わされましてね」
ジンは2週間以上前、例の2人にお詫びがしたいと騙されて食事に誘われた挙句、ある場所まで連れて行かれ人質にされそうになった事を語る。
男相手に~のくだりでギョッとする女性達と意味が判らなかったエルに対し、何故が良い笑顔を作るルディの頬をつねりながらジンは、からくもその場を逃げ出した事と、それ以降は迷宮に潜っていたので知らないと伝えると、
「それじゃあもう、20日近くも……」
「逃げ出す時に、リオンに言いつけてやるって捨て台詞を残して来たんで、それから俺の前には姿を見せてませんよ。一緒にいた「森羅万象」の連中もね」
「!! 森羅万象というコミュニティなんですね、一緒にいた人達と言うのは?」
「え、ええ、確かに一緒にいましたけど……何かあったんですか?」
訝しげな表情を浮かべるジンにリーゼは、2人の姿がジンが会ったという日以降行方がわからなくなっている事を話した。
2人は時々連れ立って出歩く事があるのでいつもの事、レベルも高いから心配するような事にはならないと思っていたが、ユアン達が迷宮から戻ってきても姿が見えない、宿にも戻った形跡が見られないと、今3人で探している最中なのだという。
「ジン君、もしもアナタの話した事が本当だったら……あ、ゴメンナサイ」
「謝らなくてもいいですよ。誰だって最悪の予想はしたくないですからね……ちょっと待ってて」
そう言ってジンは、出来上がった甘魚と甘玉をヒョイヒョイと籠に詰め、
「どうぞ、何事も無かったらお祝いの品という事で……もし最悪の事態だった場合、心を落ち着かせるのに甘い物や、平穏な日常を思い出させる物が必要かもしれないので」
「……ありがとうジン、あなたの話の通りなら、2人はジンに酷い事をしたはずなのに」
「実際の被害を被った訳じゃないんでね、いいから急いでお仲間と合流を」
「ええ、ありがとうジン!!」
そう言って屋台を後にするリーゼを見送るジンだったが、少しすると眉をひそめ、
「ったく、しょうがねえな……少しだけ出てくるんでデイジーさん、エル坊とルディの護衛、頼みますよ」
「あっ、おい!!」
そう言うが早いか、ジンはリーゼが立ち去った方向に向かって走り出す。
そして5分後──
「──ただいま戻りましたよ……どうしたんすか?」
ジンが見たものは、エルとルディを抱きしめたまま、出産したての野生の獣のように周囲を警戒しまくるデイジーの姿があった。
ジンはそんな彼女の様子に呆れながら、
「だから単身での護衛ってのは、威圧感を振りまくんじゃなく、周りの注意を引かない事に重点を置くべきだと言ってるじゃないですか……」
「……生憎そんな器用な真似は出来ないのでな、第一オンナの尻を追いかけて行ったヤツの言葉に耳を貸す気は無い」
「別に尻を追っかけた訳じゃないんですがね……それに、どうせなら撫でる尻はデイジーさんの方が好みですよ、胸はリーゼさんに軍配が上がりますけど」
「なっ、バ、バカモノ!! キサマは一体何を!?」
顔を真っ赤にして抗議するデイジーを無視して屋台を再開するジンに向かって、
「で、何しに行ったの?」
「なに、ちょっと話し合いにね」
「話し合いねえ……それにしても鬼畜だねえ、あんな作り手の顔が浮かびそうなお土産まで渡して」
「心外な、辛い目にあった時は甘い物が一番でしょうが」
ルディの言葉にジンは肩をすくめながら、甘魚の型に生地を流しこむと、デイジーを鎮めていたエルも作業に参加しだす。
ジンとエルが甘魚を作り、ルディがデイジーの特訓をするという平穏が戻る中、
(で、あの子だけでも何とかしたいって気持ちかな、シンとしては)
(どうしてもって訳じゃないけどな。連中の間に波風を立たせて、さあ向こうはどうする? ってな話だよ)
仮にモーラとマーニーの状況が予想通りだったとして、2人の前にあんな物を差し出せば彼女達がどういう態度に出るか、その場にいなくても予想は付く。
加えて2人がジンに語って聞かせたユアンのリーゼに対する執着、そこにジンの屋台からの差し入れなど持ち込んだら……。
(鬼畜だよね~♪)
(言葉のチョイスと乗せる感情に齟齬がありすぎないか? ともあれ、喧嘩を売ってきたのは向こうだ、せいぜい恥を晒してもらうさ)
(真っ向からねじ伏せるんじゃなくて相手を貶めるスタイル、嫌いじゃないよ♪)
(……褒められた気がしねえな。まあ、他の連中は朱に交わって赤くなっちまってるが、リーゼは染まるというよりアイツに寄りかかってるだけだ。そこから抜ける気持ちにさえなればやり直しは出来るんだろうが、な……)
(希望的観測ってのは、だいたいその方向には進まない物だよ?)
(……わかってるよ)
エルに向ける優しい表情の裏で、ジンの心は曇天模様だった……。
その日はそれ以降、穏やかな一日だったが──
「ジン、さっきのは私の胸が小さいという意味か!?」
「だから、お尻はデイジーさんの方を褒めたじゃないですか!」
「キサマ、いつのまに見たと言うのだぁ!?」
「だから、酔っ払って下着を脱ぎだ──ごふぅ!!」
「それ以上言うなああああ」
……平穏な一日だった。
そして──
「オイ! 良い度胸してんじゃねえかこのクソガキがよお!!」
「……なんの話ですか、いきなり?」
リーゼの来店から2日後、ジンの目の前に災厄が現れた。
屋台の前まで来ているのに注文もしないリーゼにジンが声をかけていると、
「……ルディ、あの女は誰だ?」
「ジンと親しそうに話してる女の人が気になる?」
「そういう事では無い!」
茶化すルディに声を荒げるデイジーだが、一見気弱そうに見える目の前の女性が、ともすれば自分と伍する強さの持ち主と察して警戒感を強める。
自分達の事を棚に上げる訳でも自慢する訳でもないが、この若さでデイジー達と同等という事は、彼女達と同等の訓練・教育を受けてきたか、それだけの修羅場を潜り抜けてきたか、それらを凌駕する才能に恵まれたかのどれかだ。
そんな人間がこの町にいるとは、幾ら滞在して日が浅いとはいえ、自分達の耳に入ってこないとは、そのことも踏まえてデイジーは自分が丸腰である事を悔やむ。
「ジンも名前を言ってたけど、あの人はリーゼさん、あのユアンの仲間の1人だよ」
「ユアンの!? キサマらがエル様を!!」
「きゃっ──!?」
ユアンの名を聞いて激昂するデイジーに驚くリーゼは、怒りに燃えるデイジーの瞳と「エル様」という単語に、彼女が何者であるかを察し、即座に頭を下げる。
「も、申し訳ありません。ユアンがエルちゃんにした事でしたら幾重にもお詫びを申し上げます、だから……申し訳ありません!!」
「デイジー、その事はもう終わったことだから!」
「デイジーお姉さん、どうどう……護衛が町中で騒動を起こしちゃダメでしょ」
ちびっこ2人に押さえ込まれたデイジーはそれでも鼻息を荒くしているが、自分が武装していない事とエルの意見・立場を考慮してようやく大人しくなる。
とはいえ、リーゼを睨み付けるデイジーの眼光が弱まる事はなかった。
「……ゴタゴタしてすみませんね。それで、本当にどうしたので?」
「いえ、原因を作ったのは私達ですから……あの、モーラとマーニーをどこかで見ませんでしたか?」
ピクリ──
その名前を聞いた瞬間、ジンは片眉を上げながら顔を顰める表情を作る。そのあからさまな表情の変化にリーゼは食い付く。
「ジンさん、何か知っているんですか!?」
「呼び捨てで構いませんよ、俺の方が年下ですからね。それと、知っている訳じゃありませんよ。先日あの2人には酷い目に遭わされましてね」
ジンは2週間以上前、例の2人にお詫びがしたいと騙されて食事に誘われた挙句、ある場所まで連れて行かれ人質にされそうになった事を語る。
男相手に~のくだりでギョッとする女性達と意味が判らなかったエルに対し、何故が良い笑顔を作るルディの頬をつねりながらジンは、からくもその場を逃げ出した事と、それ以降は迷宮に潜っていたので知らないと伝えると、
「それじゃあもう、20日近くも……」
「逃げ出す時に、リオンに言いつけてやるって捨て台詞を残して来たんで、それから俺の前には姿を見せてませんよ。一緒にいた「森羅万象」の連中もね」
「!! 森羅万象というコミュニティなんですね、一緒にいた人達と言うのは?」
「え、ええ、確かに一緒にいましたけど……何かあったんですか?」
訝しげな表情を浮かべるジンにリーゼは、2人の姿がジンが会ったという日以降行方がわからなくなっている事を話した。
2人は時々連れ立って出歩く事があるのでいつもの事、レベルも高いから心配するような事にはならないと思っていたが、ユアン達が迷宮から戻ってきても姿が見えない、宿にも戻った形跡が見られないと、今3人で探している最中なのだという。
「ジン君、もしもアナタの話した事が本当だったら……あ、ゴメンナサイ」
「謝らなくてもいいですよ。誰だって最悪の予想はしたくないですからね……ちょっと待ってて」
そう言ってジンは、出来上がった甘魚と甘玉をヒョイヒョイと籠に詰め、
「どうぞ、何事も無かったらお祝いの品という事で……もし最悪の事態だった場合、心を落ち着かせるのに甘い物や、平穏な日常を思い出させる物が必要かもしれないので」
「……ありがとうジン、あなたの話の通りなら、2人はジンに酷い事をしたはずなのに」
「実際の被害を被った訳じゃないんでね、いいから急いでお仲間と合流を」
「ええ、ありがとうジン!!」
そう言って屋台を後にするリーゼを見送るジンだったが、少しすると眉をひそめ、
「ったく、しょうがねえな……少しだけ出てくるんでデイジーさん、エル坊とルディの護衛、頼みますよ」
「あっ、おい!!」
そう言うが早いか、ジンはリーゼが立ち去った方向に向かって走り出す。
そして5分後──
「──ただいま戻りましたよ……どうしたんすか?」
ジンが見たものは、エルとルディを抱きしめたまま、出産したての野生の獣のように周囲を警戒しまくるデイジーの姿があった。
ジンはそんな彼女の様子に呆れながら、
「だから単身での護衛ってのは、威圧感を振りまくんじゃなく、周りの注意を引かない事に重点を置くべきだと言ってるじゃないですか……」
「……生憎そんな器用な真似は出来ないのでな、第一オンナの尻を追いかけて行ったヤツの言葉に耳を貸す気は無い」
「別に尻を追っかけた訳じゃないんですがね……それに、どうせなら撫でる尻はデイジーさんの方が好みですよ、胸はリーゼさんに軍配が上がりますけど」
「なっ、バ、バカモノ!! キサマは一体何を!?」
顔を真っ赤にして抗議するデイジーを無視して屋台を再開するジンに向かって、
「で、何しに行ったの?」
「なに、ちょっと話し合いにね」
「話し合いねえ……それにしても鬼畜だねえ、あんな作り手の顔が浮かびそうなお土産まで渡して」
「心外な、辛い目にあった時は甘い物が一番でしょうが」
ルディの言葉にジンは肩をすくめながら、甘魚の型に生地を流しこむと、デイジーを鎮めていたエルも作業に参加しだす。
ジンとエルが甘魚を作り、ルディがデイジーの特訓をするという平穏が戻る中、
(で、あの子だけでも何とかしたいって気持ちかな、シンとしては)
(どうしてもって訳じゃないけどな。連中の間に波風を立たせて、さあ向こうはどうする? ってな話だよ)
仮にモーラとマーニーの状況が予想通りだったとして、2人の前にあんな物を差し出せば彼女達がどういう態度に出るか、その場にいなくても予想は付く。
加えて2人がジンに語って聞かせたユアンのリーゼに対する執着、そこにジンの屋台からの差し入れなど持ち込んだら……。
(鬼畜だよね~♪)
(言葉のチョイスと乗せる感情に齟齬がありすぎないか? ともあれ、喧嘩を売ってきたのは向こうだ、せいぜい恥を晒してもらうさ)
(真っ向からねじ伏せるんじゃなくて相手を貶めるスタイル、嫌いじゃないよ♪)
(……褒められた気がしねえな。まあ、他の連中は朱に交わって赤くなっちまってるが、リーゼは染まるというよりアイツに寄りかかってるだけだ。そこから抜ける気持ちにさえなればやり直しは出来るんだろうが、な……)
(希望的観測ってのは、だいたいその方向には進まない物だよ?)
(……わかってるよ)
エルに向ける優しい表情の裏で、ジンの心は曇天模様だった……。
その日はそれ以降、穏やかな一日だったが──
「ジン、さっきのは私の胸が小さいという意味か!?」
「だから、お尻はデイジーさんの方を褒めたじゃないですか!」
「キサマ、いつのまに見たと言うのだぁ!?」
「だから、酔っ払って下着を脱ぎだ──ごふぅ!!」
「それ以上言うなああああ」
……平穏な一日だった。
そして──
「オイ! 良い度胸してんじゃねえかこのクソガキがよお!!」
「……なんの話ですか、いきなり?」
リーゼの来店から2日後、ジンの目の前に災厄が現れた。
感想 497
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
「子を産めない妻はいらない」と離縁されたので、七人の孤児がいる辺境伯家に嫁ぎます~なぜか全員に懐かれました
ゆぷしろん「子を産めない妻はいらない」
七年尽くした夫にそう告げられ、伯爵夫人アメリアは若い愛人にすべてを奪われた。
手元に残ったのは、わずかな生活費と母の形見だけ。居場所を失った彼女のもとへ届いたのは、北の辺境伯グレンからの求婚状だった。
そこに記されていたのは、前夫が一度も見ようとしなかったアメリアの功績。求められたのは跡継ぎを産む妻ではなく、戦争で荒れた領地と屋敷を共に守る伴侶だった。
だが、嫁ぎ先で待っていたのは、親を失い心に傷を抱えた七人の孤児たち。
反発する少年、言葉を閉ざした幼子、飢えを恐れる少女。アメリアは叱るのではなく、一人ずつ寄り添っていく。
やがて子どもたちは彼女を「かあさま」と呼び始める。
そんな幸せを取り戻しかけたある日、彼女を捨てた前夫が再び現れて――。
「お姉様の刺繍は素人ね」と笑った義妹の婚礼衣装——裏地を見た女官十二人が、一斉に針を置いた
歩人(あゆと)「お姉様の刺繍は、素人の手習いに見えますわね」――王太子妃となる異母妹アデリーナは、王宮女官たちの前で姉ローゼを笑った。翌週の婚礼の朝。式典装の最終確認のため、十二人の女官が衣装の裏地を検めた瞬間――一人、また一人と、針を置いた。裏地に縫い込まれていたのは、女官たちが十二年間ずっと探していた一筆の銀糸。即位式の絹外套、二人の王女の婚礼ドレス、亡き王太后の弔意の喪服。王家儀礼衣装のすべての裏地に、同じ手で、同じ糸で、同じ銀の花が縫い込まれていた。「アデリーナ様、これは――あなた様の手では、ございません」縫い手は、ずっと一人だった。それを十二年間、誰の名でも呼べなかっただけのこと。
真の皇帝は俺です ~面倒だから幼なじみに帝位を任せていたら、婚約者に捨てられました。正体を明かしたら全員後悔してももう遅い~
由香皇帝の仕事が面倒だったレインは、信頼する幼なじみアレクシスに表向きの皇帝を任せ、自身は陰から帝国を支えていた。
だがある日、婚約者エミリアは「権力も将来性もない」と彼を見限り婚約破棄を宣言する。
しかし彼女は知らなかった。
帝国を動かしていた真の支配者が誰なのかを。
これは全てを持ちながら隠していた男と、見るべきものを見失った者たちの後悔の物語。
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。