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5章 イズナバール迷宮編
222話 思惑
「それで、良いのですか?」
「ん、なにが?」
「ジン、いえシンの事ですよ」
日付も変わった深夜、エルを背負い、酔い潰れて爆睡する護衛たちを大八車に積み重ねて器用に引くジンの後姿を眺めながら、リオンはルディにそう問いかける。
「あのまま済し崩しに、帝国に取り込ませるお積もりですか?」
最近エルは、宿屋にいる時以外に別行動をする姿を見ないほど、シンの側を離れない。
傍から見る分には微笑ましく映る光景だ。
迷宮探索が中心の町において、一見、屋台を構える仲良し3兄弟にも見えるその姿はどことなく安心感と郷愁を誘い、命のやり取りでささくれ立った探索者たちの心を解きほぐしている。もっとも、彼等にその自覚は無いが。
シンの方も「ジン」と身分を偽っているせいか、普段よりも他者が己の懐に飛び込んでくるのを拒まない傾向にある。人としては真っ当な生き方だが、いつものシンとはやはりどこかズレているとリオンは思う。
エルが、かの密偵から何かを吹き込まれた、はたまた自身の嗅覚がこの男の有益性を嗅ぎつけての行動かとも思いもしたが、それは流石にシンも気づくだろう。
となれば、このまま2人の関係がこのまま続けば、将来的には使徒であるシンと帝国の間に強固な信頼関係が出来上がるという事か?
「過去の件もありますから、そのような事になるとは考えにくいのですが……」
「それに関してはシンも、帝国をそのまま憎みきれない事情があるからね」
シンの故郷が失われる原因を作ったのは帝国側だが、火種を生み出したのは故郷が属した王国側だ。そしてシンの心を深く傷つけたのは、自身の驕り、そして仲間だと思っていた者達の悪意だ。
恨み言の2つや3つはあろうが、それを以って帝国滅ぶべし! と声高に叫べるほど、シンは感情のままに行動できるはずも無い。
「エル、あの子は言ってみれば、シンと帝国の関係が完全に断たれない為、ボクが用意した一種の保険みたいなものかな」
「エルディアス様が?」
「そうだよ、だからボクに見た目がよく似てるでしょ」
ただ憎むだけであれば、打開策を提示して融和を模索する方法もある。しかし、相手を憎む事が同時に自分を貶める事に繋がるとすれば、人は不都合な現実から目を背けるために関係そのものを断ち切る事もある。
エルダーにとって、シンがこの世界でどのように力を振るう事も許容するが、何もしなくなるという選択だけは避けたかった。故に帝国に対して最小限の干渉をした。
自分と同じ肌と髪の色をした帝国貴族の赤ん坊を、成長すると自分によく似た容姿になるよう調整し、将来シンが出会えばなんらかのリアクションが起こるだろう、そう踏んでの配慮……イタズラ心であった。
「そろそろどこかで引き合わせようと思っていたんだけど、まさかこの町で出逢う事になるとは流石のボクも予想して無かったよ。全く、どっちの引きが強いのやら」
「……シンに同情したくなりますね」
「なぁに、シンはあの子を可愛がってるし、エル自身もボクの干渉が影響してるのかシンにとても懐いている、このタイミングを作ってくれたあのお姫様には感謝だね」
神が只人に感謝の祈りを捧げる奇怪な光景を見ながらリオンは、自分たちの前を、熟睡するエルを背負ったまま歩くシンの、いつもより険の取れた雰囲気に優しい視線を送りながらも、このままでは色々と振り回される事になるであろう彼の将来に対して、
(シンの将来に幸あれかし)
そう思わずにはいられなかった。
そして、リオンはそうならない未来の可能性についても考えを巡らす。
「まさかヴァルナ様、神酒をシンに飲ませるおつもりなのですか……?」
そんなリオンの独り言を聞いたエルダーは、あえて何も言わなかった──。
──────────────
──────────────
今日はいつになくジンの屋台の前が盛況だった。
その理由は、
「エル坊も甘魚の作り方が上手くなりましたねえ、それにくらべてコッチは……」
熱気から来る汗を拭いながら甘魚を作るエルとそれを売るルディ、そしてその横で甘玉作りに悪戦苦闘するデイジーの姿が。
護衛対象そっちのけで酔い潰れた護衛たち5人娘(?)は、鬼面の誰かさんに散々嫌味と叱責を受け、罰代わりに31層以降の迷宮を、リオンの引率で日帰り特訓中だった。
エルの身分を考えれば最悪の場合、地位剥奪のうえ一族もろとも処刑台に上がってもおかしくない失態を考えればむしろ温情にも等しい処分の為、皆粛々と従った。
ただ、流石に全員まとめて迷宮に潜って、またエルをほったらかしにする訳にもいかない、なのでエルの側には1人づつ日替わりで侍る事になっている。
そして初日にあたる月曜日の罰当番はデイジーであった。
「型に生地を流し込んで焼くだけの仕事、それをここまで困難にこなす人を初めて見ましたよ、俺は」
「ううううるさい!! 今まで料理などした事が無いんだから仕方が無かろう!」
「甘玉を料理と呼ぶのは、世の料理人や奥様方に対する侮辱ですぜ……?」
「黙れ! キサマも料理の出来ない女に価値は無いなどと抜かす差別主義者か!?」
「……お仲間のどなたが吐いた暴言かは知りませんが、「出来なくてもしょうがない」という台詞は出来る人にだけ許される発言ですぜ? 本人が言ったらダメですよ」
甘い香りを漂わせる炭を手に、ただ焼くだけで何故こうなるのか、真剣な目つきで考察するジンを、耳まで顔を赤くしたデイジーがぐぬぬと睨み付ける。
そして、そんな事をしている片手間に焼き色も綺麗なな甘玉を焼き上げるジンの手際を見てさらにショックを受け、敗北感に打ちのめされている。
ただ、普段は厳つい鎧に身を固めるデイジーのフリル付きのエプロン姿に、物珍しげに集まった連中は楽しげな視線を送っている。
「ほらデイジーさん、作るほうで貢献出来ないんだったらせめて愛想ぐらい振りまいてくださいな。先日みたいに酔いと寝惚けで下着姿のまま歩き回れとは言いませんから」
おおおーー!
ジンの発言に周囲から野太い歓声が上がる。
「きっきっキサッ──!!」
「はい甘玉が中籠1つね、中籠以上はコッチの黒いのも付けるよ~」
「オイオイ、そんなもん食って腹壊したらどうすんだよ?」
「大丈夫、鑑定したけどただの炭でしたよ」
「それのどこが大丈夫なんだよ……」
「将来デイジーさんと所帯を持ったときはこれが基本ですぜ? 今のうちから練習しときなさいな」
そんな冗談交じりのやり取りで甘玉の販売と廃棄物の処分を同時に済ませたジンは……客がいなくなった後、当然の如くデイジーに張り倒された。
…………………………。
…………………………。
「ほらエル坊、あの人は何に見えますかい?」
「着ている服装からして魔道士です」
「正解。付け加えるなら、町中とはいえ背筋を伸ばして綺麗な姿勢で歩いてるでしょう? ああいう輩は学院などの機関で、礼儀作法もまとめて叩き込まれてるタイプの魔道士ですねえ。状況判断も仲間との連携もそつなくこなしますが、相手が予想外の行動に出ると混乱するタイプも多いから気をつけなさいな」
「キサマはエル様に何を教えているんだ……」
屋台が暇になる時間帯、ジンはエルと一緒に人間観察をし始める。ちなみにデイジーはルディの指導の元甘魚と甘玉の特訓中であり、成功率は現在2割強という状況だ。
ジンに突っ込みを入れるデイジーに「ノン!」とルディが、小枝を鞭代わりにして可愛らしい鬼教官ぶりを発揮している。
手の甲をペチンと叩かれ、思わずルディを睨むデイジーだが、主とよく似た顔を相手に怒鳴る事も出来ず、また、確実に成功率が上がっているため、ルディの料理指導を黙って受けている。
「何をと言われましても、観察眼を養っているだけですよ。そうですねえ……それじゃデイジーさん、エル坊も、あそこを歩いている男性をどう見ますか?」
「どうって……着ている物といい歩き方といい、一般人だろう?」
「ですよね、僕もそう思いますが」
「若さんは?」
「……この町って、いち通行人っているの?」
2人の回答にルディは疑問を口にする。
「若さんがまあ正解に近いかな、十中八九どこかの間諜でしょうね」
この町は人の住む町ではない。迷宮探索を目的とした探索者・冒険者達の前線基地だ、一般人などいようはずも無い。
また、探索者相手に商売をする人間達も、買出しに走ったり商品を物色したりとせわしなく走り回っている。間違っても無目的にブラブラとうろつく人間などここには存在しようが無い。
「まあ、あんな質の悪い密偵を使うのは周辺4国や帝国じゃあ考えられないでしょうね、となると恐らく……」
そこまで言って口を噤んだだジンは、笑顔を作りながら別方向から近付いてくる人影、その来訪に備える。
そして、
「あの──」
「おや、いらっしゃいリーゼさん、お久しぶりですね……お顔が優れないようですが何か?」
ジン達の屋台の前に来た女性は、ジンのその言葉に更に表情を曇らせた──。
「ん、なにが?」
「ジン、いえシンの事ですよ」
日付も変わった深夜、エルを背負い、酔い潰れて爆睡する護衛たちを大八車に積み重ねて器用に引くジンの後姿を眺めながら、リオンはルディにそう問いかける。
「あのまま済し崩しに、帝国に取り込ませるお積もりですか?」
最近エルは、宿屋にいる時以外に別行動をする姿を見ないほど、シンの側を離れない。
傍から見る分には微笑ましく映る光景だ。
迷宮探索が中心の町において、一見、屋台を構える仲良し3兄弟にも見えるその姿はどことなく安心感と郷愁を誘い、命のやり取りでささくれ立った探索者たちの心を解きほぐしている。もっとも、彼等にその自覚は無いが。
シンの方も「ジン」と身分を偽っているせいか、普段よりも他者が己の懐に飛び込んでくるのを拒まない傾向にある。人としては真っ当な生き方だが、いつものシンとはやはりどこかズレているとリオンは思う。
エルが、かの密偵から何かを吹き込まれた、はたまた自身の嗅覚がこの男の有益性を嗅ぎつけての行動かとも思いもしたが、それは流石にシンも気づくだろう。
となれば、このまま2人の関係がこのまま続けば、将来的には使徒であるシンと帝国の間に強固な信頼関係が出来上がるという事か?
「過去の件もありますから、そのような事になるとは考えにくいのですが……」
「それに関してはシンも、帝国をそのまま憎みきれない事情があるからね」
シンの故郷が失われる原因を作ったのは帝国側だが、火種を生み出したのは故郷が属した王国側だ。そしてシンの心を深く傷つけたのは、自身の驕り、そして仲間だと思っていた者達の悪意だ。
恨み言の2つや3つはあろうが、それを以って帝国滅ぶべし! と声高に叫べるほど、シンは感情のままに行動できるはずも無い。
「エル、あの子は言ってみれば、シンと帝国の関係が完全に断たれない為、ボクが用意した一種の保険みたいなものかな」
「エルディアス様が?」
「そうだよ、だからボクに見た目がよく似てるでしょ」
ただ憎むだけであれば、打開策を提示して融和を模索する方法もある。しかし、相手を憎む事が同時に自分を貶める事に繋がるとすれば、人は不都合な現実から目を背けるために関係そのものを断ち切る事もある。
エルダーにとって、シンがこの世界でどのように力を振るう事も許容するが、何もしなくなるという選択だけは避けたかった。故に帝国に対して最小限の干渉をした。
自分と同じ肌と髪の色をした帝国貴族の赤ん坊を、成長すると自分によく似た容姿になるよう調整し、将来シンが出会えばなんらかのリアクションが起こるだろう、そう踏んでの配慮……イタズラ心であった。
「そろそろどこかで引き合わせようと思っていたんだけど、まさかこの町で出逢う事になるとは流石のボクも予想して無かったよ。全く、どっちの引きが強いのやら」
「……シンに同情したくなりますね」
「なぁに、シンはあの子を可愛がってるし、エル自身もボクの干渉が影響してるのかシンにとても懐いている、このタイミングを作ってくれたあのお姫様には感謝だね」
神が只人に感謝の祈りを捧げる奇怪な光景を見ながらリオンは、自分たちの前を、熟睡するエルを背負ったまま歩くシンの、いつもより険の取れた雰囲気に優しい視線を送りながらも、このままでは色々と振り回される事になるであろう彼の将来に対して、
(シンの将来に幸あれかし)
そう思わずにはいられなかった。
そして、リオンはそうならない未来の可能性についても考えを巡らす。
「まさかヴァルナ様、神酒をシンに飲ませるおつもりなのですか……?」
そんなリオンの独り言を聞いたエルダーは、あえて何も言わなかった──。
──────────────
──────────────
今日はいつになくジンの屋台の前が盛況だった。
その理由は、
「エル坊も甘魚の作り方が上手くなりましたねえ、それにくらべてコッチは……」
熱気から来る汗を拭いながら甘魚を作るエルとそれを売るルディ、そしてその横で甘玉作りに悪戦苦闘するデイジーの姿が。
護衛対象そっちのけで酔い潰れた護衛たち5人娘(?)は、鬼面の誰かさんに散々嫌味と叱責を受け、罰代わりに31層以降の迷宮を、リオンの引率で日帰り特訓中だった。
エルの身分を考えれば最悪の場合、地位剥奪のうえ一族もろとも処刑台に上がってもおかしくない失態を考えればむしろ温情にも等しい処分の為、皆粛々と従った。
ただ、流石に全員まとめて迷宮に潜って、またエルをほったらかしにする訳にもいかない、なのでエルの側には1人づつ日替わりで侍る事になっている。
そして初日にあたる月曜日の罰当番はデイジーであった。
「型に生地を流し込んで焼くだけの仕事、それをここまで困難にこなす人を初めて見ましたよ、俺は」
「ううううるさい!! 今まで料理などした事が無いんだから仕方が無かろう!」
「甘玉を料理と呼ぶのは、世の料理人や奥様方に対する侮辱ですぜ……?」
「黙れ! キサマも料理の出来ない女に価値は無いなどと抜かす差別主義者か!?」
「……お仲間のどなたが吐いた暴言かは知りませんが、「出来なくてもしょうがない」という台詞は出来る人にだけ許される発言ですぜ? 本人が言ったらダメですよ」
甘い香りを漂わせる炭を手に、ただ焼くだけで何故こうなるのか、真剣な目つきで考察するジンを、耳まで顔を赤くしたデイジーがぐぬぬと睨み付ける。
そして、そんな事をしている片手間に焼き色も綺麗なな甘玉を焼き上げるジンの手際を見てさらにショックを受け、敗北感に打ちのめされている。
ただ、普段は厳つい鎧に身を固めるデイジーのフリル付きのエプロン姿に、物珍しげに集まった連中は楽しげな視線を送っている。
「ほらデイジーさん、作るほうで貢献出来ないんだったらせめて愛想ぐらい振りまいてくださいな。先日みたいに酔いと寝惚けで下着姿のまま歩き回れとは言いませんから」
おおおーー!
ジンの発言に周囲から野太い歓声が上がる。
「きっきっキサッ──!!」
「はい甘玉が中籠1つね、中籠以上はコッチの黒いのも付けるよ~」
「オイオイ、そんなもん食って腹壊したらどうすんだよ?」
「大丈夫、鑑定したけどただの炭でしたよ」
「それのどこが大丈夫なんだよ……」
「将来デイジーさんと所帯を持ったときはこれが基本ですぜ? 今のうちから練習しときなさいな」
そんな冗談交じりのやり取りで甘玉の販売と廃棄物の処分を同時に済ませたジンは……客がいなくなった後、当然の如くデイジーに張り倒された。
…………………………。
…………………………。
「ほらエル坊、あの人は何に見えますかい?」
「着ている服装からして魔道士です」
「正解。付け加えるなら、町中とはいえ背筋を伸ばして綺麗な姿勢で歩いてるでしょう? ああいう輩は学院などの機関で、礼儀作法もまとめて叩き込まれてるタイプの魔道士ですねえ。状況判断も仲間との連携もそつなくこなしますが、相手が予想外の行動に出ると混乱するタイプも多いから気をつけなさいな」
「キサマはエル様に何を教えているんだ……」
屋台が暇になる時間帯、ジンはエルと一緒に人間観察をし始める。ちなみにデイジーはルディの指導の元甘魚と甘玉の特訓中であり、成功率は現在2割強という状況だ。
ジンに突っ込みを入れるデイジーに「ノン!」とルディが、小枝を鞭代わりにして可愛らしい鬼教官ぶりを発揮している。
手の甲をペチンと叩かれ、思わずルディを睨むデイジーだが、主とよく似た顔を相手に怒鳴る事も出来ず、また、確実に成功率が上がっているため、ルディの料理指導を黙って受けている。
「何をと言われましても、観察眼を養っているだけですよ。そうですねえ……それじゃデイジーさん、エル坊も、あそこを歩いている男性をどう見ますか?」
「どうって……着ている物といい歩き方といい、一般人だろう?」
「ですよね、僕もそう思いますが」
「若さんは?」
「……この町って、いち通行人っているの?」
2人の回答にルディは疑問を口にする。
「若さんがまあ正解に近いかな、十中八九どこかの間諜でしょうね」
この町は人の住む町ではない。迷宮探索を目的とした探索者・冒険者達の前線基地だ、一般人などいようはずも無い。
また、探索者相手に商売をする人間達も、買出しに走ったり商品を物色したりとせわしなく走り回っている。間違っても無目的にブラブラとうろつく人間などここには存在しようが無い。
「まあ、あんな質の悪い密偵を使うのは周辺4国や帝国じゃあ考えられないでしょうね、となると恐らく……」
そこまで言って口を噤んだだジンは、笑顔を作りながら別方向から近付いてくる人影、その来訪に備える。
そして、
「あの──」
「おや、いらっしゃいリーゼさん、お久しぶりですね……お顔が優れないようですが何か?」
ジン達の屋台の前に来た女性は、ジンのその言葉に更に表情を曇らせた──。
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