転生薬師は異世界を巡る(旧題:転生者は異世界を巡る)

山川イブキ(nobuyukisan)

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5章 イズナバール迷宮編

221話 会議・後編

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「ジンさん、教えてもらっていいですか?」
「今夜はグイグイ来ますねぇ……何ですかい、エル坊?」

 宴もたけなわ、甘味に群がっていた連中の興味も酒に移り、ほぼ無人となった甘味の屋台、お子様ズの為に久しぶりに酒まんじゅうとマドレーヌを作るジンに向かってエルが質問をしてくる。

「ルフトさんのさっきの演説ですけど、僕やジンさん達がコミュニティの傘下に入ると言っていました。いいんですか?」
目聡めざとい、イヤ、耳聡いですねえ……より正確を記すと、俺達はルフトさん個人の依頼を受けてコミュニティに協力するというスタンスになりますかな」
「……ルフトさんの発言力を強める為ですか?」

 少し考えるポーズをした後エルが出した答えにジンは、よしよしと頭を撫でながら、

「賢い子はお兄さん好きだけど、普段は隠しておかないと危険ですぜ? まあつまる所、コミュニティも一枚岩とは言えないってことですかねえ」

 「異種混合」、イズナバール迷宮の東に位置する国家ライゼンと関わりの深い探索者コミュニティ、彼等はその名の通り、代表である蜥蜴人リザードマンをはじめとした人間、亜人・獣人の混成集団である。
 多種多様な人種が集まっている分、種族特性による専門的な職業のメンバーも多い反面、生活習慣などの面で揉める事もある。

「まあ、そのなど・・って部分が問題でしてねえ……知ってますかい? ライゼンって国は、お隣にある「獣人連合国家」と長い間、仲が悪いんですよ」
「そうなんですか? 父や家庭教師からそんな話は──あっ!」
「……ホールに酒の匂いが充満してますからねえ、大人になったらその辺も鍛えた方がいいですかね」

 不用意な発言にフォローを入れながらジンは続ける。
 ライゼンと獣人連合国家は30年前、土地問題で開戦直前になるまで揉めた事があった。
 この2国の間には、それぞれの国境に重なるように広大な岩山地帯が両国の北部に在る。
 ゴツゴツとした岩肌のため草木はまばらにしか生えないが、山頂付近は万年雪に覆われるほどの山々が林立し、1年を通して流れ出る雪解け水は両国に、平等に恵みをもたらしていた。
 そんな中、100年ほど前に獣人連合側からライゼンに対してある打診があった。
 彼等の主張はこうだった。

「高所を好んで暮らす獣人がいる、彼らは我が国の民ではあるが彼の地にて住まう許可を頂きたい」

 領地として占有するつもりは無い、ただその地にて暮らしたいだけだという彼等の訴えに対し、ライゼン側は快く了承するも条件を出す。

「あそこを水源とする川では鉱石をよく見かける。独占するつもりは無いし、そちらの領地にかかる部分に対しては利益の分配もする。だから資源調査と採掘の許可、ならびに採掘の優先権を頂きたい」

 要は、地上と地下で優先的な立場を分け合おうというもので、協定の締結当初はお互い協力し合い、友好的な関係は続いた。
 歯車が狂い出したのはおよそ40年前、両国にとってその岩山が無くてはならない物になってきた頃である。
 岩山に暮らす獣人たちは山の獣や魔物を乱獲し始め、また、人口増加に伴い生活用水の使用量も増えてくる。
 ライゼン側も、発見した鉱山から資源を採掘する際に大量の水を使用するため、両国間にとって水源の確保が重要事項となってゆく。
 もちろん、高所を押さえる獣人側が有利なのは自明の理でライゼン側は堪えるしかなかったのだが、ここで生まれた誤解から事態は悪化しはじめる。
 たまたま獣人たちにとって住みよい環境を保っていたのがライゼンに近い方の土地だったため、川を流れる水量や素材目当ての魔物の数が目に見えて減る結果になり、それを作為的なものだと受け取ったライゼンは、鉱物資源の採掘を獣人連合側に集中させる。
 鉱山で大量に使用された後の水はとうてい清水とは呼べず、また、通年一定の量が確保できる水資源、狩猟調整さえすれば回復する魔物などとは違い、鉱物資源は回復することなどありえない。
 いくら鉱山使用料という名目で分け前を寄越そうが、いつか確実に消えてなくなる資源。それをライゼン側を温存し、多少の不便に目を瞑りながら獣人連合側を優先的に採掘するライゼンのやり方は、周辺住民に侵略行為と受け取られた。

 散発的な小競り合いが行われる中、両国の指導者達は何度も話し合いの機会を設け、互いに譲歩策を提案した。とはいえ、どちらの主張も、相手側が先に矛を収めろ、それ以上のものではなかったが。
 不毛な会議が繰り返される中、ついに決定的な事件が起きる。
 鉱山で作業していたライゼンの人間が全員死亡したのだ。
 死因は坑道内における粉塵爆発による事故死ではあるのだが、その原因を作ったのは、鉱山採掘に反対した地元住民が川をせき止めた事にあり、にもかかわらず採掘作業を強行したゆえの悲劇だった。
 定期的に坑道内に水を散布すれば防げた事故だが、ライゼン側は水を使えなくした獣人連合を責め、獣人連合側はそれでも採掘をやめなかったライゼン側の落ち度だと責める。
 国境付近が開戦前夜の如き緊張感に包まれると、事ここに至って互いのトップは焦り出し、会議の果てに和平案がまとまった。

 ・ライゼンは、自国の領土以外の鉱山開発する際は獣人連合の許可、および共同開発とする事
 ・獣人連合は、ライゼンに流れる川の水源地域への入植禁止、および自国の領土以外では危険回避以外の目的で獣・魔物を狩る事を禁止

 互いが不便を感じる形の条約を結ぶことで、不満の矛先を自国の指導者に向ける形にし、なんとか戦争になる事だけは避けた、それが30年前の出来事である。

「まあ両方とも、やいのやいのと騒いでいたのは国境付近の当事者連中ばかりで、大半の国民は戦争なんかゴメンだと思っていたのが良かったんでしょうね」
「30年前の事がまだ尾を引いているんですか?」
「──人間も獣人も、30年くらいじゃ怒りも怨みも火種はなかなか消えないからな」
「おやジェリクさん。マリーダさんのお使いですかい?」

 ジン達の前に酒盃を片手にジェリクが現れ、エルの疑問に答える。

「いや、酒の不味くなりそうな話が聞こえたんで寄ってみただけだが、久しぶりに酒まんじゅうは食べたいところだな」
「ハイどうぞ、アツアツだよ♪」

 ルディに手渡された酒まんじゅうにかぶりつきながら酒を飲むジェリクに、ジンが講義をねだる。

「ジェリクさんは獣人さん達に含むところは無いので?」
「はっ! いざとなったら背中を預けるような相手を信用できないヤツはここじゃ長生き出来ねえな」

 この町で何年も剣を振るい、色んな種族と交流してきたジェリクの言葉には経験からくる説得力があり、そして同時に、それが出来なかった者達が今どうしているのか、実に分かり易かった。

「なるほどねえ……それじゃあゲンマさん達はどうなんでしょうね」
「さあな、偉いさんからご指名で派遣されてきた連中だ。何を言い含められてきてるか分かったもんじゃねえ」

 実力は申し分ないし信用もしたい、しかし背中を預けるにはまだ足りない、ジェリクの渋い表情が彼の気持ちを物語っていた。

「だからジンさん達をルフトさん側に引き込む形にしたんですか? 信用できる味方を増やすために」
「それだけじゃねえんだがな……実はライゼンと獣人連合では今回の件で協定が結ばれてるんだ」

 ジェリクがコミュニティ「異種混合」結成の裏側を暴露する。
 今回の迷宮踏破によりバスカロン連山とイズナバール周辺の領有権をライゼンが手に入れた場合、新たに水源を手に入れるライゼンは獣人連合側の制限を解除するのだという。
 つまり、獣人側は岩山地帯の何所に住んでも良いし、生活用水も狩りも好きに行うことが出来る。
 それと同時に、イズナバールから水を引くための大規模灌漑かんがい工事に、労働力として大量の獣人を雇い入れることの密約も行われている。

「つまり、その時に獣人連合の勢力が弱いと、本当に役に立ったのかといちゃもんを付けられる可能性があるんですよ。なにせライゼン側は「筆頭剣士」と「戦巫女」を投入してますからね」

 ここでヘタに獣人連合側からも戦力を出せば、3国から横槍が入る。かといってこのままいけば迷宮踏破の功績を彼等に掻っ攫われてしまう。獣人連合側はお膳立てに使われたようなものだ。
 だからこそ、ルフト達獣人側には彼等以外の戦力が必要になる、迷宮踏破を担える、そしてどの勢力にも属さない戦力が。

「それにしても、ジェリクさんはそれでいいんですかい? ライゼンの人間でしょうに」
「それこそわざわざ口に出す事じゃねえな。城の奥でコソコソ企んでる連中と背中を預ける仲間、どっちの肩を持つんだって話だろ?」
「イイ男ですねえ、マリーダさんが惚れるのも頷けますよ」
「ばっ!! バカな事言ってんじゃねえよ!!」

 酒だけではない赤みがさしたジェリクにジンが、追加の酒まんじゅうとマドレーヌを渡すと、そのままジェリクは逃げるように屋台の前から去って行った。

「──とまあ、ここの事情はこんな所ですかね。今後の事も考えればここはルフトさんに力を貸すのが正解に一番近いんじゃないかと思うんですよ」

 ジンはそう締めくくるとエルの頭をポンポンと叩き、

「悪巧みのお勉強はこんなもんでいいですかい?」
「……政治のお話じゃないんですか?」
「知らないんですかいエル坊、政治ってのは悪巧みそのものなんですよ」
「えええっ!?」
「ジン、子供に身もフタも無い事教えちゃダメでしょ。エルも、この性根の真っ黒いお兄さんの言葉は話半分に聞いておきなよ?」
「う、うん!!」
「ヒドイ言われ様ですねえ」
「酷いのは貴方ですよジン、子供に何を教えているんですか……」
「リオンもかよ……」

 折角ためになる話をしたのにと、ひとり腐るジンだった──
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