転生薬師は異世界を巡る(旧題:転生者は異世界を巡る)

山川イブキ(nobuyukisan)

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5章 イズナバール迷宮編

234話 ルフト

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「ゲギョッ!!」

 ザスッ──!!

 40層で手に入れた三叉槍を水平に突き出すと、自分に向かって飛び掛って来た生まれたてのグラトニーの子供は、口に突き入れられた穂先を尻から出し、お手本のような串刺しの姿を俺に見せる。

 クルン────フォン!!

 ブチャアッ!!

 そして槍を90度捻り、剣に付いた血糊を払うように槍を振りぬく。
 遠心力で外へと離される子蛙グラトニーは逆向きにも付いている三叉の刃で縦に両断され地面に叩きつけられる──しまった、せっかくの肉が……。

「……ウム」

 新しい武器を体に馴染ませるため、地上では幾度と無く振り回し型をなぞりはしたが、やはり実践に勝るものはない、小物とはいえ敵の身体を貫き命を奪う、この通過儀礼なくして武器との一体感は手に入ることは無い。
 オーガの上半身が短槍の様に扱っていたこの槍──標準的なトライデントと違い、方天戟のように後方にも剣身が伸び、全てが刃となっている──は、人間族には不釣合いな大きさだが蜥蜴人リザードマンである俺には実に丁度よいサイズだ。
 そもそも蜥蜴人おれたちに釣り合う槍を作ってくれる職人は少ない、獣人種で槍を好んで使う種族は少いからだ。
 そこへゆくとこの槍は、まるで俺の為にあつらえた様にしっくりと馴染む。
 蜥蜴人の中でも大柄の部類に入る260センチの身体とのバランス、握りこむ柄の太さ、構えた時に太い尻尾が存在する我等の、他の種族とは違う重心の位置まで考慮された重量バランス、全てが素晴らしい。
 この槍は我が将来の相棒となるだろう、この出会いをくれたイズナバール迷宮には感謝しか無いな。

「ゲゴオッ!!」
「遅い──むっ?」

 左から飛び掛る子蛙に向かって背面からの逆薙ぎを仕掛けるが、

 グニュウ

 刃は通らず子蛙は「グエエ」と潰れた鳴き声を上げながら弾き飛ばされる。そして

「キャアアアアアア!!」

 ……すまぬシュナ殿……イヤ、本当にすまない。
 なるほど、剣では分が悪いとはこういう事か、表面を覆うの油が斬撃の効果を弱めるため、矢や槍のような武器で先ず傷を作り、そこから傷口を広げなければなかなか倒せんと言う訳だな。
 ならば俺の槍が一番の適任という事か、ジンが散々俺にむかって体力を温存しろと言っていた訳が理解できた。

「ジンよ! アレはどう戦えばいいのだ!?」
「ルフトさんが体験したとおり、アレを相手に斬撃は有効じゃありません。いや、体重が軽い分子蛙には通用しないかと。ただ、サイズが小さいのでそいつ等は他のメンバーに任せてルフトさんは文字通り一番槍をあのデカブツにお願いします」
「それだけで勝てるのか?」
「一度キズをつける事が出来ればその傷口を広げる事は難しくありません。なのでルフトさんはとにかく傷口を増やしてください、傷口を広げる役はゲンマさん達に任せます」

 ふむ、なんとも的確な助言だな……。

「それから、表面の油は切り傷を塞ぐ効果があるので攻撃は間をおかないように!」
「詳しいな!」
「詳しくなんかありませんよ、ソイツにあったのはこれで3度目です。出来れば2度とゴメンですけどね!!」

 ジンよ、その若さでAランクモンスター、しかもこんな珍しい相手に今まで2度遭遇しているというのはどんな人生なのだ……?
 普段なら上手く誤魔化すところを真正直に答えている、よほどコイツが生理的に嫌いなのだろう、見るからに美味しそうな相手なのだが……シュナ殿や他の女性陣も悲鳴を上げている所を見ると、人間族はカエルが怖いのだろうか? そんな話は聞いた事無いが。
 まあよい、

「了解した! ゲンマ殿、穴は俺が開けるので広げるのはそちらにお任せする。オルバもガリュウも頼んだぞ!!」
「「応──!!」」

 俺はゲンマ殿と、パーティメンバーの剣士と斧使いを率いて親のグラトニーに突撃を敢行する。
 ──その時、俺の身体の表面に当たっていた毒の霧スティールミストの感触が消えた。
 グラトニーの周囲に強風と言うほどではないが風が渦巻いているのを見ると、誰かが風属性の魔法を唱えてくれたのだろう、ありがたい。

「参る──!!」

 正面から突っ込む俺に向かってグラトニーがその大口を開け、舌を伸ばしてくる。

 ビョウ──!!

 俺は右に倒れこむように身体を倒し、巨大な舌を回避する。
 回避行動のおかげで50度以上傾いた今の体勢、そのまま地面に倒れこみ、回転しながら再び起き上がるというのが普通だが、あいにく蜥蜴人の俺はその普通をする必要は無い。
 太い尻尾を3本目の足として扱い、右足と同時に踏ん張らせて傾いた身体を戻す。
 長い舌を口内に戻したグラトニー、再度同じ攻撃をしようにもアレにはどうしても溜め・・が必要になる、俺は、舌を戻した反動で仰け反り無防備に晒された白い腹に三叉槍を突き入れた!!

 ゾブ────ザシュ!!

「ゲゴオオオオオ!!」

 左右の返し部分を含めて1メートル近くある穂先を中ほどまで埋めると、柄を広く持ってそのまま押し切る様に槍を水平にずらし、傷口を広げる。
 そして、悲鳴を上げるグラトニーから飛び退くように離れると、そこへ後ろから突っ込んで来た3人が傷口へ向かって殺到する。

「────!?」

 目の前に信じられない光景が映る。
 横方向に圧し開いたおかげで2メートル近く裂けた傷口が、ゲンマ殿たちが着く頃には1メートルまで傷口が小さくなっている。
 ジンが言っていたのはコレか、だとしても速過ぎるだろう?
 改めてAランクモンスターの異常性に驚愕した俺は、不用意にもヤツから視線を外してしまうという致命的なミスを犯してしまった。
 その報いか、俺の目の前には大きな舌が迫ってくる。今からでは、そしてこの姿勢では到底避けられない。

「ク──」

 ここまでか? 俺はここで終わるのか!?

 ────バチン!!

「──────?」

 その瞬間が来ることを予想し目を閉じていた俺は、何時まで経っても届かない攻撃に目を開けると、

「不用意ですよ」

 キマイラ戦で見せた狼牙棒を手にしたリオンが、それを舌に巻きつかせる事で、寸での所で俺を救う。
 リオンはそこから起用に狼牙棒を振り回し、巻きつけた舌を更にきつく巻きつけ、

「これで舌は封じました。緩めるために力を抜こうにも腹部の激痛がそれを許さないでしょう、今のうちに早く」
「感謝する!!」

 俺はグラトニーの斜め後ろに回りこむと、その場で腰を落とし槍の穂先を下げる。
 アレの回復力を考えれば新たに傷を作っても意味は無い、3人は前面の傷口を広げてはいるが、斬撃でついた傷は直りが早い、イヤ、3人の技量が高いからこそ傷口が綺麗で、その分治りも早いのだろう。高ランク冒険者でしか太刀打ちできない敵が、高ランクゆえの技の冴えがあだになるとは笑えぬ話だ。
 ならばいっそ、回復不能の一撃をもってヤツを仕留めてくれる!!

 グッ──

 膝を落とし、尻尾をバネのように縮めながら石畳に付け、

(狙うはキサマの脳!)

 俺は下半身のバネをフルに使い、ヤツの後頭部を目がけて矢のように跳び上がる!!

 グリン──

 しかしグラトニーは、俺の殺気に反応したのか腹の痛みを堪えながら、それでも俺に向き直る──

「──甘い」

 キサマの向きなど関係無い、俺の飛び込む方向にソレがあるのなら、万難を排して突き進むのみ!

「──槍技、渦旋撃!!」

 ゴウッ──!!

 俺の手元に風が集まると、風は槍の柄とそれを握る俺の手の間に滑り込み、その竜巻の如き勢いで槍を回転させる。
 握りから離れていながらそれでも槍を握る感触は存在する、そんな不思議な感覚と共にグラトニーの目玉──その先の脳天──に向かって槍を突き出すと、槍の一撃を防ごうとグラトニーは目を閉じ、油で覆われた滑る皮膚で対抗してくる。
 ──が、

「そんな薄い膜、ものの役に立つ物か!」

 腹部や背中とは違い、目を覆う皮膚の厚さごときでは槍どころか斬撃すら防げまい。

 ザシュウウウ!!

 グラトニーのまぶたは俺の槍が触れた瞬間周囲に千切れ飛び、硬い眼球も俺の渾身の一撃を防ぐ事かなわず──

「グエエエエエエエエ!!」

 回転する穂先が脳をズタズタに引き裂いた瞬間、グラトニーは一際大きな声で哭き、仰け反るように身体を倒して絶命した。

「──ふぅ、なかなかたぎる戦いだったな」
「お見事でした──」

 リオンはそれだけ告げるとジンの元へ歩み寄る。
 ジンとリオン、あの態度を見れば2人はどう考えてもつがいか恋中にしか見えないのだが……どうにも違和感がある、なによりジンはリオンそっちのけで他の雌とよく話をしているし……。

「……ジン、先程あなたはまた私をあんなの・・・・と同列に見ましたね?」
「マジサーセン、リオンさん!!」

 リオンは片手でジンの頭を掴んで持ち上げると、そのまま頭を締め付けている。
 ……ジン、怒らせるような何をしたというのだ?
 そういえばジンよ、2度と会いたくないと言っていたお前の願いは叶わないと思うぞ。なにせ、戻る時にも出くわすだろうし、もう一度通るときにも待ち構えているはずだからな。

 まあ俺はその都度、コレを食べる事が出来るから嬉しいのだが……。

「そういえばジン、コレは食えるのか?」
「──食べられますよ、見た目はアレですけど味は旨味が強いから姿さえ思い出さなければ……イタタタタタ、リオンさんギブギブ!!」

 そうか、美味いのか。それは何よりだ──。
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