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5章 イズナバール迷宮編
246話 暴走
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グチュッ──!!
ヴリトラの拘束から逃れたシンは、しかし着地の衝撃でかろうじて形を残していた両足の骨まで砕け、地面に倒れこむように叩き付けられる。
「……っ、くぅぅ!!」
そこへ、
ドズン!! ドズンドズン──!!
怒り狂ったヴリトラがシンを踏み潰そうと、何度も何度もストンピングを繰り返す。
その姿は正に狂える巨獣、右腕を落とされ、左手の指を引き千切られ、更には竜宝珠を取り込むことで似非生命から完全体へと変わった邪竜の狂乱であった。
しかし、だからこそ──
(クソトカゲが……お前みたいな低脳に誰が負けてやるかよ!)
ヴリトラの足の下でシンは密かに闘志を燃やす。
シンの落ちた場所は大小様々な瓦礫の集まるすり鉢の底の様になっており、とりわけ砂塵が貯まっていた。その為ヴリトラの踏みつけはその威力がほぼ砂の層に吸収されてダメージの軽減になっている。
とはいえシンも無傷ではいられず、砕けた骨は内臓を傷付け、衝撃は全身を揺さぶり砕けた骨の破片が神経を刺激する。
やがて、ヴリトラはシンの様子を伺うために足を止め、巨大な両の翼をはためかせて砂塵を吹き飛ばす。そしてその直後──
グラッ!!
『ガアアアアアア!!』
叫び声と共にヴリトラの体が左によろけると、そこから飛び退くように黒い影がイズナバール迷宮最下層の床に降り立つ。
「調子の乗るなよ、ヴリトラ。俺とテメエの対戦成績は1対1だろうが!」
霊薬を飲んで完全回復したシンがヴリトラに向かって言い放つ。
その姿は、砂塵と小石に削がれて革鎧はズタボロ、しかしむき出しになった肉体はもとの小麦色の健康的な肌と黒髪に戻り、その皮膚の表面には幾つもの呪印が幾重にも重なっている。
刻まれた文様が意味するものは『暴虐』と『狂乱』、そして『暴走』──敵を滅ぼすため自壊する事も厭わずただ一度、破滅の一撃となるための呪い。
呪いを封じるため体内に取り込んだブライティアの竜宝珠が無い今、シンの体にはその呪印が浮き出ていた。
しかし──
「テメエは自分にかけた呪いを俺の身体に移したから聖竜王に戻ったくせに、これじゃあ詐欺じゃねえか」
目の前には今のシンと同様の呪いを己の肉体に施した邪竜の姿がある、しかもヴリトラは人間であるシンと違い、強靭な魔竜の肉体ゆえ自壊する事は無い。
あまりに不公平、シンは忌々しげに毒づいた。
『ほざけ、忌々しき虫けらが!!』
「ハッ──、かつてその虫けらの同類相手に手も足も出ず、尻尾を振って命乞いをしたマヌケなトカゲの昔話を聞いたことがあるわ、俺」
『──!! だあまあれえええええ!!』
ガギャアアアアアン!!
ヴリトラは指の無い左手でフロアの壁を殴りつけ、そのままガリガリと壁を抉りながらシンに向かって腕を振り上げる。
────ファン!!
しかしシンはそれを、それこそ目を疑うような速度で跳躍し、ヴリトラから距離をとる。
「つっ──!! つつつ……リオンに感謝しねえとな」
暴走状態のシンの身体は本来、殴れば拳と腕の骨が砕け、跳べば足の骨が砕ける、ただ一度の超常の威力を発揮するための代償だが、今のシンには最低限のストッパーとして、リオンがその力を宿した大地の魔竜の竜宝珠の欠片が眠っている。
その為シンの身体はかろうじて自壊する事を免れている、とはいえ、骨が砕けるのがヒビで抑えられる程度で、5度もその力を振るえば骨は砕け、全力を出せばやはりそれで終わりではあるが。
「霊薬さえあればどうとでも出来るがまあ、金のかかる超人だな……」
シンはヴリトラの死角に回り込むと呪文の詠唱を始める。
「其は時がもたらす力、水精よ、汝の雫は全てを穿つ! 土精よ、汝の砂塵は全てを削ぐ! 風精よ、汝の息吹は全てを蝕む! 3精よ、汝らは時の果てに全てを滅ぼす、殲滅魔法! ”移ろいゆく時の刃”」
キュウウウウウウウン────!!
シンの掲げた掌から薄い水の膜が現れると、それは風を纏い高速の水流を生み出し、その流れに乗ってキラキラと煌く金剛石の欠片が一条の光を生み出す。
”移ろいゆく時の刃”──暴走状態にあるシンの全魔力が乗ったダイヤモンドカッターは、ヴリトラの首を両断せんと襲い掛かる!
キュアン──!!
金属同士が擦れあうような硬質な高音が鳴り響き、ヴリトラの頚椎を守る鱗がまるでバターのように切断された。
『────!?』
鱗の強度も魔法障壁も、そしてブライティアの斥力場さえも無視した攻撃に死の恐怖を覚えたヴリトラはその身を翻し、
バギン!!
さっきまでは痛みゆえに口を閉じる事を躊躇っていたものの、自我を手に入れた完全体は痛みを意志の力で抑え込み、棘だらけの鉄杭を上顎から突き出しながら口を閉じ、一瞬の溜めの後にシンに向かって魔法封じのブレスを吐きかける。
「ちっ──だけどなあ!!」
チ……チィン……キュウウウン──!!
ブレスに触れた刃の一部が霧散するが、続けざまに押し出される極薄の刃が中和されたブレスの穴を潜り抜け、中和と展開を断続的に繰り返しながらヴリトラの首に迫る。
──ブシャアア!!
『ギャアアアアアア!!』
クロノスブレードはヴリトラの首の肉に到達、しかし、
「くっ、魔力が……」
シンの魔力も底をつき、シンの殲滅魔法はヴリトラの首を3分の1ほど切断して消滅した。
とはいえヴリトラにとっても今の攻撃は致命傷と言っても差し支えなく、
『おの……れ……人間ふぜい……虫けらふ、ぜい……が』
「ハアッ──ハアッ──!! ……ありがてえな、最凶を謳う魔竜がただの人間に成す術なく負ける、さぞ見事な断末魔が聞けるだろうぜ!」
魔力が尽き、四つん這いになりながら荒い息をするシンは、それでもヴリトラを挑発するように嗤う。
そしてシンは魔力回復薬を口に含むと、今度は自ら崩落した床の底に飛び降り、
グジュッ……
「ほうら──よっ!!」
ブオン────ズバッ!!
『ぐううううううう!!』
ジンは地の底に横たわるヴリトラの右腕、その切断面に手を突っ込み両手で掴んで持ち上げ、それを振り回す!
ズバッ──ガギャン!!
鋼鉄も難なく切り裂くその爪はヴリトラの腹を切り裂き、太腿の大きな鱗を砕く。
『おのれ、おおのおれええええ!!』
己の爪によって肉体を切り裂かれる屈辱に、ヴリトラは怒りの咆哮を上げ、翼を羽ばたかせて宙に退避し、
スゥゥゥ──
傷付いた首を気にする事無く、最大級の炎の息吹をみまう為に身体を仰け反らせる。
シンは地の底で不適に笑うと、
「羽ばたいてくれてありがとよ……水精よ、漂う水気を我の手へ、”水球”」
羽ばたきによって魔法封じが拡散・無効化されたのを感じ取ったシンは、今度は暴走する魔力で膨大な量の水を発生させた。
────カッ!!
ゴオオオオオオオ!!
ジュオオオオオオ!!
崩落した空間一杯に満たされた水は、ヴリトラの吐く炎に触れた瞬間、ジュウジュウと音を立てながら水蒸気に変わり、周囲の空間を白く覆いつくす。
何の変哲も無いただの水──だからこそヴリトラは何も気にせず炎を吐き続けるが、やがてその無思慮の行動の報いを受けることになる。
閉鎖空間に突如現れた大量の水、それが蒸発を続ける事によって閉鎖空間である50層は大量の蒸気で埋め尽くされる。
むろん耐性能力が最高クラスのヴリトラの身体をたかだか蒸気如きが焼く事など出来はしないが、剥き出しの傷口まではその限りではない。しかして最大威力の炎の放出により発生した蒸気は200度を軽く超え、腕・腹・首の傷口をスチームオーブンにかけた様な状態へと誘う。
『ぎゃあああああ!!』
じくじくと傷口を燻され、たまらずブレスを止めて空中でのたまうヴリトラに向かって、
ザパァン────
エアライダーを翻しながら水中から飛び出したシンの両手には魔剣が握られており、そのまま大上段に構えたそれを、
「剣技、柳下ろし──!!」
ヴリトラの首筋に潜り込ませる。
ぞぶっ…………ズズズズズズズ──!!
『があああああああああ!!』
剣身の長さから両断は無理と判断したシンは、傷口からそのまま剣筋を90度曲げてヴリトラの身体を喉元から縦に、開きにしようと剣を振るう!
そしてシンの斬撃はヴリトラの腹を、首から縦に両断していくが、
パキャン──!!
いかに魔剣といえど、暴走状態のシンの膂力とヴリトラの鱗、両者のせめぎ合いの矢面に立たされては流石に耐え切れず、剣身が砕け散る!
ズブシャアアア──!!
しかし、その代償に5メートル以上を切り裂いた胴からは大量の血が噴出され、ぐらりとバランスを崩して水面に激突したヴリトラの腹からはドクドクと血が流れ出し、水面を真紅に染め上げる。
「……どうだクソトカゲ、今度は……俺の勝ちだ!!」
両腕の骨が砕けたシンは残りカスの魔力を使って石の床に着地し、水面をたゆたうヴリトラに向かって言い放つ。
『このような狭い闘技場……限定された空間で多少……有利に戦えたから……とて、吠えるな……人間風情が……』
「吠えてるのはテメエの方だろ、負け犬……」
『さて、どうかな……』
──ピク!
「……なに?」
ヴリトラの言葉にシンは片眉を上げる。それはとても負け惜しみとは思えない、確固たる自信に溢れた宣言に聞こえた。
「その状態から逆転できるってのか?」
『我はそなたの中にいた、だからこそキサマの知る世の理も我の血肉となっておるという事よ……絶望するがよい、天上の女神に我は請う──』
「なっ!?」
シンは驚愕する──それは脆弱な者にのみ許された特権、強者を討つ為に編み出された弱者の叡智──それこそが魔道の技。
『──貴女の子に慈しみを、我が身を暫し巻き戻し賜え、”復元”』
カッ──────!!
階層を埋め尽くすほどの光の奔流の後、そこには──
『我こそは絶対無敵の王なり──』
無傷の肉体に四肢を供えた邪竜の姿があった。
ギリッ!!
歯を食いしばるシンの顔には怒りと焦り、そして絶望が浮かぶ。
『そう、その顔が見たかったのだ、我が宿敵よ──』
「ヴリトラあああああ!!」
戦いは振り出し──いや、最悪の状況が待っていた。
ヴリトラの拘束から逃れたシンは、しかし着地の衝撃でかろうじて形を残していた両足の骨まで砕け、地面に倒れこむように叩き付けられる。
「……っ、くぅぅ!!」
そこへ、
ドズン!! ドズンドズン──!!
怒り狂ったヴリトラがシンを踏み潰そうと、何度も何度もストンピングを繰り返す。
その姿は正に狂える巨獣、右腕を落とされ、左手の指を引き千切られ、更には竜宝珠を取り込むことで似非生命から完全体へと変わった邪竜の狂乱であった。
しかし、だからこそ──
(クソトカゲが……お前みたいな低脳に誰が負けてやるかよ!)
ヴリトラの足の下でシンは密かに闘志を燃やす。
シンの落ちた場所は大小様々な瓦礫の集まるすり鉢の底の様になっており、とりわけ砂塵が貯まっていた。その為ヴリトラの踏みつけはその威力がほぼ砂の層に吸収されてダメージの軽減になっている。
とはいえシンも無傷ではいられず、砕けた骨は内臓を傷付け、衝撃は全身を揺さぶり砕けた骨の破片が神経を刺激する。
やがて、ヴリトラはシンの様子を伺うために足を止め、巨大な両の翼をはためかせて砂塵を吹き飛ばす。そしてその直後──
グラッ!!
『ガアアアアアア!!』
叫び声と共にヴリトラの体が左によろけると、そこから飛び退くように黒い影がイズナバール迷宮最下層の床に降り立つ。
「調子の乗るなよ、ヴリトラ。俺とテメエの対戦成績は1対1だろうが!」
霊薬を飲んで完全回復したシンがヴリトラに向かって言い放つ。
その姿は、砂塵と小石に削がれて革鎧はズタボロ、しかしむき出しになった肉体はもとの小麦色の健康的な肌と黒髪に戻り、その皮膚の表面には幾つもの呪印が幾重にも重なっている。
刻まれた文様が意味するものは『暴虐』と『狂乱』、そして『暴走』──敵を滅ぼすため自壊する事も厭わずただ一度、破滅の一撃となるための呪い。
呪いを封じるため体内に取り込んだブライティアの竜宝珠が無い今、シンの体にはその呪印が浮き出ていた。
しかし──
「テメエは自分にかけた呪いを俺の身体に移したから聖竜王に戻ったくせに、これじゃあ詐欺じゃねえか」
目の前には今のシンと同様の呪いを己の肉体に施した邪竜の姿がある、しかもヴリトラは人間であるシンと違い、強靭な魔竜の肉体ゆえ自壊する事は無い。
あまりに不公平、シンは忌々しげに毒づいた。
『ほざけ、忌々しき虫けらが!!』
「ハッ──、かつてその虫けらの同類相手に手も足も出ず、尻尾を振って命乞いをしたマヌケなトカゲの昔話を聞いたことがあるわ、俺」
『──!! だあまあれえええええ!!』
ガギャアアアアアン!!
ヴリトラは指の無い左手でフロアの壁を殴りつけ、そのままガリガリと壁を抉りながらシンに向かって腕を振り上げる。
────ファン!!
しかしシンはそれを、それこそ目を疑うような速度で跳躍し、ヴリトラから距離をとる。
「つっ──!! つつつ……リオンに感謝しねえとな」
暴走状態のシンの身体は本来、殴れば拳と腕の骨が砕け、跳べば足の骨が砕ける、ただ一度の超常の威力を発揮するための代償だが、今のシンには最低限のストッパーとして、リオンがその力を宿した大地の魔竜の竜宝珠の欠片が眠っている。
その為シンの身体はかろうじて自壊する事を免れている、とはいえ、骨が砕けるのがヒビで抑えられる程度で、5度もその力を振るえば骨は砕け、全力を出せばやはりそれで終わりではあるが。
「霊薬さえあればどうとでも出来るがまあ、金のかかる超人だな……」
シンはヴリトラの死角に回り込むと呪文の詠唱を始める。
「其は時がもたらす力、水精よ、汝の雫は全てを穿つ! 土精よ、汝の砂塵は全てを削ぐ! 風精よ、汝の息吹は全てを蝕む! 3精よ、汝らは時の果てに全てを滅ぼす、殲滅魔法! ”移ろいゆく時の刃”」
キュウウウウウウウン────!!
シンの掲げた掌から薄い水の膜が現れると、それは風を纏い高速の水流を生み出し、その流れに乗ってキラキラと煌く金剛石の欠片が一条の光を生み出す。
”移ろいゆく時の刃”──暴走状態にあるシンの全魔力が乗ったダイヤモンドカッターは、ヴリトラの首を両断せんと襲い掛かる!
キュアン──!!
金属同士が擦れあうような硬質な高音が鳴り響き、ヴリトラの頚椎を守る鱗がまるでバターのように切断された。
『────!?』
鱗の強度も魔法障壁も、そしてブライティアの斥力場さえも無視した攻撃に死の恐怖を覚えたヴリトラはその身を翻し、
バギン!!
さっきまでは痛みゆえに口を閉じる事を躊躇っていたものの、自我を手に入れた完全体は痛みを意志の力で抑え込み、棘だらけの鉄杭を上顎から突き出しながら口を閉じ、一瞬の溜めの後にシンに向かって魔法封じのブレスを吐きかける。
「ちっ──だけどなあ!!」
チ……チィン……キュウウウン──!!
ブレスに触れた刃の一部が霧散するが、続けざまに押し出される極薄の刃が中和されたブレスの穴を潜り抜け、中和と展開を断続的に繰り返しながらヴリトラの首に迫る。
──ブシャアア!!
『ギャアアアアアア!!』
クロノスブレードはヴリトラの首の肉に到達、しかし、
「くっ、魔力が……」
シンの魔力も底をつき、シンの殲滅魔法はヴリトラの首を3分の1ほど切断して消滅した。
とはいえヴリトラにとっても今の攻撃は致命傷と言っても差し支えなく、
『おの……れ……人間ふぜい……虫けらふ、ぜい……が』
「ハアッ──ハアッ──!! ……ありがてえな、最凶を謳う魔竜がただの人間に成す術なく負ける、さぞ見事な断末魔が聞けるだろうぜ!」
魔力が尽き、四つん這いになりながら荒い息をするシンは、それでもヴリトラを挑発するように嗤う。
そしてシンは魔力回復薬を口に含むと、今度は自ら崩落した床の底に飛び降り、
グジュッ……
「ほうら──よっ!!」
ブオン────ズバッ!!
『ぐううううううう!!』
ジンは地の底に横たわるヴリトラの右腕、その切断面に手を突っ込み両手で掴んで持ち上げ、それを振り回す!
ズバッ──ガギャン!!
鋼鉄も難なく切り裂くその爪はヴリトラの腹を切り裂き、太腿の大きな鱗を砕く。
『おのれ、おおのおれええええ!!』
己の爪によって肉体を切り裂かれる屈辱に、ヴリトラは怒りの咆哮を上げ、翼を羽ばたかせて宙に退避し、
スゥゥゥ──
傷付いた首を気にする事無く、最大級の炎の息吹をみまう為に身体を仰け反らせる。
シンは地の底で不適に笑うと、
「羽ばたいてくれてありがとよ……水精よ、漂う水気を我の手へ、”水球”」
羽ばたきによって魔法封じが拡散・無効化されたのを感じ取ったシンは、今度は暴走する魔力で膨大な量の水を発生させた。
────カッ!!
ゴオオオオオオオ!!
ジュオオオオオオ!!
崩落した空間一杯に満たされた水は、ヴリトラの吐く炎に触れた瞬間、ジュウジュウと音を立てながら水蒸気に変わり、周囲の空間を白く覆いつくす。
何の変哲も無いただの水──だからこそヴリトラは何も気にせず炎を吐き続けるが、やがてその無思慮の行動の報いを受けることになる。
閉鎖空間に突如現れた大量の水、それが蒸発を続ける事によって閉鎖空間である50層は大量の蒸気で埋め尽くされる。
むろん耐性能力が最高クラスのヴリトラの身体をたかだか蒸気如きが焼く事など出来はしないが、剥き出しの傷口まではその限りではない。しかして最大威力の炎の放出により発生した蒸気は200度を軽く超え、腕・腹・首の傷口をスチームオーブンにかけた様な状態へと誘う。
『ぎゃあああああ!!』
じくじくと傷口を燻され、たまらずブレスを止めて空中でのたまうヴリトラに向かって、
ザパァン────
エアライダーを翻しながら水中から飛び出したシンの両手には魔剣が握られており、そのまま大上段に構えたそれを、
「剣技、柳下ろし──!!」
ヴリトラの首筋に潜り込ませる。
ぞぶっ…………ズズズズズズズ──!!
『があああああああああ!!』
剣身の長さから両断は無理と判断したシンは、傷口からそのまま剣筋を90度曲げてヴリトラの身体を喉元から縦に、開きにしようと剣を振るう!
そしてシンの斬撃はヴリトラの腹を、首から縦に両断していくが、
パキャン──!!
いかに魔剣といえど、暴走状態のシンの膂力とヴリトラの鱗、両者のせめぎ合いの矢面に立たされては流石に耐え切れず、剣身が砕け散る!
ズブシャアアア──!!
しかし、その代償に5メートル以上を切り裂いた胴からは大量の血が噴出され、ぐらりとバランスを崩して水面に激突したヴリトラの腹からはドクドクと血が流れ出し、水面を真紅に染め上げる。
「……どうだクソトカゲ、今度は……俺の勝ちだ!!」
両腕の骨が砕けたシンは残りカスの魔力を使って石の床に着地し、水面をたゆたうヴリトラに向かって言い放つ。
『このような狭い闘技場……限定された空間で多少……有利に戦えたから……とて、吠えるな……人間風情が……』
「吠えてるのはテメエの方だろ、負け犬……」
『さて、どうかな……』
──ピク!
「……なに?」
ヴリトラの言葉にシンは片眉を上げる。それはとても負け惜しみとは思えない、確固たる自信に溢れた宣言に聞こえた。
「その状態から逆転できるってのか?」
『我はそなたの中にいた、だからこそキサマの知る世の理も我の血肉となっておるという事よ……絶望するがよい、天上の女神に我は請う──』
「なっ!?」
シンは驚愕する──それは脆弱な者にのみ許された特権、強者を討つ為に編み出された弱者の叡智──それこそが魔道の技。
『──貴女の子に慈しみを、我が身を暫し巻き戻し賜え、”復元”』
カッ──────!!
階層を埋め尽くすほどの光の奔流の後、そこには──
『我こそは絶対無敵の王なり──』
無傷の肉体に四肢を供えた邪竜の姿があった。
ギリッ!!
歯を食いしばるシンの顔には怒りと焦り、そして絶望が浮かぶ。
『そう、その顔が見たかったのだ、我が宿敵よ──』
「ヴリトラあああああ!!」
戦いは振り出し──いや、最悪の状況が待っていた。
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