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リズ王女の引退コンサート その四

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 千人以上いたファンたちは、すでに全員、会場から逃げ出している。

 コンサート会場は、閑散としていた。

「――ええいっ! しょうがないっ!」

 意を決した声で叫ぶと同時に。

 バサッ! と勢いよくフードを脱ぎ捨てる!

 高々とフードが宙に舞い――その下から現われたのは、剣士とは思えぬほど、セクシーな肢体を包むビキニ鎧!

 汗に濡れた素肌が、キラキラと輝いている。

 しなやかに引き締まった肉体には、女性美と逞しさが、見事に調和していた。

「・・・・・よしっ」

 風の魔力を付与され、軽くなった身体を確かめるように。

 とんとんっ、と軽くステップしたあと――エレナは、だんっ! と勢いよく大地を蹴った!

「借りるわよっ!」

 ライザの落とした魔法剣を拾いあげ――と、そこに。
 ぬっ、と巨大な影が大地を覆う。気づいたエレナの身体が、とっさに華麗なバク転を決め、その直後!

 どがっ!

 たった今まで立っていた場所を、巨大な前足が踏み砕く!

「ふぅー。危なぁ・・・・・・」

 呟きつつ、エレナは、流れる汗をぬぐうと、

「ほらほら、鬼さん。こっちよ、こっちっ!」

 作戦でもあるのか、キメラの周囲をぐるぐると回りはじめる。

「グルルルル・・・・・・・・」

 コボルボとオーガ、八対の目が、ぎょろぎょろとエレナの姿を追いかけまわし――

「・・・・・・おおっとっ」

 わざとらしく声をあげ、エレナがバランス崩した瞬間。

「ギョアアアアアアア」

 鎌首もたげたオーガの頭部が、唸りをあげて喰らいついてくる!

 耳まで裂けた口には、鋭い歯がズラリと並び――その顎下めがけて、

 すざぁっ!

 噛みつきをかわしざま、エレナはスライディングして首下に潜り込むと、刺突に剣を構え、
「ハァァァッ!」

 がら空きの腹部に向かって飛び込んだ、その刹那!

 びじゅるるるっ!

 不意に腹部を突き破り、一本の隠し腕が伸びてくる!

「グロっ!?」

 思わず突っ込みつつ、慌ててしゃがみこむエレナ。

 粘液まみれの鋭い爪が、ポニーテールの毛先をかする。

 と、そこを。

 ばきっ!

 死角から襲ってきた尻尾が、エレナを弾き飛ばした!

「ぐっ!?」

 十メートルほど吹っ飛ばされたものの、なんとか受身を取って、素早く体勢を立て直す。

 コボルボとオーガ、四つの顔それぞれに、残忍な笑みが浮かぶ。

「ハァ・・・・・・ハァ・・・・・ハァ・・・・・・・」

 エレナは、口の端から滲む血を、ぺろりと舐めると、きっ、と闘志のこもった目で、キメラを睨み据え、

「こんな恥ずかしい格好で・・・・・・やられてたまるもんですかぁぁぁっ!」

 心の底から叫ぶと同時に、再び剣を構えて走り出す!
 
 すると、呪いのビキニ鎧が、赤い魔力光を帯び、さらに速度が加速する!

 一体、二体と、キメラを囲むように残像が増えていき、

「グ、グルアァ!?」

 頭部のオーガと胴体のコボルボの口から、戸惑いの声があがった。

 その隙を逃さず、エレナの斬撃が、鋼の鱗を切り裂いた。

「グオァァァァァッ!」

 怒りの咆哮とともに、キメラの振り回す攻撃は、しかし、エレナの残像を素通りするだけ。

 一瞬も休むことなく、エレナの剣が、頭部や翼、胴体から四本の足まで。次々と切り裂いていき――

「ぜぇ・・・・・・ぜぇ・・・・・・・ぜぇ・・・・・・」

 ようやくエレナが立ち止まったのは、二分ほど経ってからだった。

 肉体の限界を越えたスピードを続けたせいで、汗まみれの全身は、小さく痙攣している。

 と、次の瞬間。

 ズズズぅぅぅぅーー――ン 

 轟音を響かせて、キメラの巨体が床に崩れ落ちた。

 ・・・・・・ううむ。すげー。
 これなら、俺が今、唱えてる呪文もいらないかも。

 エレナは両膝に手をつき、肩を大きく上下させつつ、

「さ、さすがにこれなら・・・・・・」

 荒い呼吸の合間に呟くエレナの目が、しかし、驚きに見開く。

 化け物キメラの目が、ギョロリ、と再び開いたのだ。

「グルアアアアアアッ!」

 獰猛な雄たけび上げて、巨躯を起こすと、

 ばきっ! べきべきっ! 

 椅子を噛み砕き、尻尾で壁を吹き飛ばし、目につくものを片っ端から破壊しはじめる。

 ――まずいな。どう見ても、暴走しちゃってるだろ、あれ。

「な、なんてタフな奴・・・・・・」

 悔しげに呟くエレナの顔に、ハッと焦りの色が浮かぶ。 

 よだれを撒き散らしながら、狂ったドラゴンキメラが、出口に向かって殺到したのだ!

「いけないっ! 今のあいつが外に出たら・・・・・・っ!」

 疲労困憊ながらも、よろよろと駆け出しかけて。出口の前に立ってる人影――俺の姿に気づくと、

「――レイっ!? 
 なにボーッと突っ立ってんの、そんなとこでっ!
 ・・・・・・って、まさかアイツ」

 焦りの滲む声で叫んだ、ちょうどその時。

「う・・・・・・うぅぅーんっ。
 ふあぁぁ、よく寝たぁ。やっぱ天才に、睡眠は不可欠よねー」

 たわけた寝言をぬかしつつ、むっくり起き上がったのはビアンカだった。
 
 エレナは、キッ、とそちらを睨むと、

「さっさとあの化け物止めなさいっ! 早く早く早くっ!」

 キメラ娘の襟首ひっつかみ、かっくんかっくん揺さぶりまくる。

「うわわわわっ!?
 な、何をする乱暴者めっ!」

「あんたが言うなっ!
 さっさとしないと、暴走キメラの足元に放り捨てるわよっ!」

「・・・・・・ちぇ。
 しょうがないわね・・・・・・ほらっ」

 ふてくされた声で言うと、ビアンカは、しぶしぶキメラ制御の呪文を唱える。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 しばしの沈黙。しかし――

 ばきっ! どぐっ! べきっ!

 キメラの破壊活動は、全く止まる気配もない。

「ちょっと! ぜんっぜん効果ないじゃないっ!」

「あれー? おかしいなぁ・・・・・・」

 ビアンカは両腕組んで唸ったあと、やおら、パチン、と指を鳴らし、

「――あっ。そっか。
 ドラゴン語で封印の呪文を仕込んだけど、頭がオーガだから意味なかったわ。てへっ」
「『てへっ』じゃなぁぁぁぁいっ!」

 どばきっ!

 エレナのゲンコツが、ビアンカのどたまを直撃した。

「お、同じところを・・・・・・きゅう。」

 またも気を失うビアンカはほっといて。エレナは、口に両手をあてて、

「こらーっ!
 ヘタレのくせに無理しないで、さっさと逃げなさいっ!」

 ・・・・・・ヘタレゆーなっ。 

 すでに呪文詠唱に入っているので、心の中でツッコミながら、俺は精神の集中を高めていく。

 今、唱えているのは、マイヤース家に代々伝わる秘伝の呪文。なのだが――

 スペルが長すぎるせいで、失敗作扱いされてる不憫な奥義だった。

 しかし、エレナたちがキメラを引きつけてくれたおかげで。

 役立たずの烙印を押された魔法も、ようやく日の目を見そうである。

 そう思っている間にも、狂えるキメラが地響き立てて、こちらに向かって突進してくる。

 ――ふっ。
 ドラゴンキメラなど、今の俺には、でかい的にすぎないぜっ。

 自信満々、キメラに向かって杖を構え――

「ギョアアアアアアアッ!」

 血走りまくった怪物の目と、まともに目が合う。俺を喰う気まんまんの、獰猛な視線だった。

 ・・・・・・や、やっぱ逃げよっかな。
 エレナのお言葉に甘えて。

 一瞬、マジでそう思ったものの――足がすくんで動かないっ!

 そのうちに。
 ちりちりと前髪が逆立ち、身体に魔力が満ちてくる。

 ・・・・・・はぁ、やるっきゃないか。

 杖の先に生まれた青い光球が、バチバチと音を立て――

 大きく開いたキメラの顎が、みるみる大きくなり、視界いっぱいになったその瞬間!

「竜斬魔風っ!」

 俺は呪文を解き放つ! それと同時に、

「うわわわわっ!?」

 術の反動で、二メートルほど後ろに吹っ飛ばされる。そして――

「ぐおあああああああ!?」

 凄まじい炸裂音に続いて響き渡ったのは、キメラの断末魔の雄たけびだった。

 魔力の竜巻が、キメラの巨体を包みこみ、空高く巻き上げ――やがて唐突に消え去ったあと。

 バラバラの肉片が、次々に地上に落下してくる。

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ・・・・・・。
 我ながら、エグい呪文だね、これは」

 大きく肩で息をしながら、俺は、しみじみつぶやくと、

「――あ、あれれ・・・・・?」

 思わずその場にへたりこむ。と、そこに、

「やるじゃないっ。
 ヘタレのくせに、珍しく根性見せちゃって!」

「ふっ。これも私が時間を稼いだおかげ――つまり実質、私がキメラを倒したようなものね」

 罵倒つきで誉めるエレナと、図々しいセリフをほざくライザ。二人の女剣士が駆け寄ってきて――

「ちぇっ。、たまには素直に誉めてくれ・・・・・・って、ぶううぅぅうっ!?」

 よろよろ顔を上げた俺は、思わず盛大に吹き出す。

 二人とも、胸のふくらみが剥き出しになっていたのだ!

 呪いの副作用のせいだろう、エレナのビキニ鎧は上にずれまくり、ライザの鎧の胸当ては吹き飛んでしまっている。

 ごくりっ、と生唾を飲み込む俺。

 八十八はあるだろう。エレナの乳房は、ツンと上をむいて、なめらかに張りつめている。

 普段、ビキニで隠れている乳肌は、新雪のような白さ。日焼けとのコントラストが、健康的なのにエッチだった。

 一方、ライザの胸は、長身のわりに小ぶりなものの、形は美しく、お椀型にふくらんでいる。

 しかも、激戦の興奮で気づかないのだろう。二人とも、真っ裸のおっぱいを全く隠してない。

 激しい息遣いにあわせて、四つのふくらみが、ユサユサと上下に弾んでいる。

「・・・・・・どうしたのよ、いきなり?」

 きょとん、とするエレナから、俺は、気まずげに視線をそらし、赤くなった頬をかきつつ、
「あー。その・・・・・・
 今のうちに謝っとく。ほんっっとにすまん」

「? いきなり何言って・・・・・・ああぁあっ!?」

 ハッ、としたエレナが視線を下ろした途端、ぴきっ! と身体が硬直する。

「なに大声出してるのよ、エレ・・・・・・」

 つられて下を見たライザも、瞬時に固まり。

 やがて、二人は同時に、ゆっくりと顔をあげ――

『レェイィィィィィィィィィィィィィ!』

「どひいいいいいっ!」

 バーサク状態になった二人の怒声と、俺の悲鳴が、壊れた競技場に響いたのだった。
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