【本編完結済】神子は二度、姿を現す

江多之折

文字の大きさ
4 / 45
1章【始まりと記憶】

3.心から笑えた瞬間

しおりを挟む


この環境を変える必要がある。安心して野放しに出来るくらいの信頼を得る必要がある。
信頼を得るには、相手に取り入るべきだと一切の抵抗をせず、口答えもせず、積極的に公務に協力する姿勢を見せ続けるしかない。
相変わらず大した事の無い疲労を癒しに来ている国王が、胡乱な目でこちらを見ていた。

「随分と従順になったものだ」
「…痛いのは、嫌ですから。」

国王が殴ったという経緯は都合のいい理由付けになった。
暴力を恐れて従う。そう思わせれば不自然じゃない。

「ふ、最初から殴っておけば良かったな。…いや、神の使いともあろう神子に手を上げてしまったのは畏れ多い事をした。」



───神なんて信じていないくせに。



俺の顎に手をかけて、上を向かせる国王の目は加虐的に輝いている。恐れる俺を見るのはさぞ愉しいことだろう。

「…私はあまりにも反抗的でした。もし殴られるでなく斬られていたらと思うと、とても怖かったのです。」

こちらから目を伏せて視線を外し、国王自ら斬りつけた司祭の事を匂わすとニヤリと口元を歪めて満足気に部屋を去って行った。

「神子様、公務のお時間です。」
「…わかってる」

何にも逆らわない。公務も嫌がらず、無心で力を使い続ける。

一切の油断をせず、目的に向かって動く事こそが希望に繋がるんだと自分に言い聞かせて日々を消化した。




「神子様、今日も公務お疲れ様です」
「ありがとう王子。今日も話を聞かせて欲しい」

国王と通じている王子の相手も蔑ろにしない。全てが信用に繋がるから。

態度を軟化させた俺に、驚きながらも嬉しそうに笑みを浮かべて俺の座る長椅子の対面に座り、今日あったことを話す王子に相槌を打つ。

「…神子様、その……やはりお名前は、教えて貰えないのですか?」
「……前の世界の名前は、捨てたんだ。神子であり、それ以上もそれ以下もない。」
「そう、ですか……私の名前は」
「知ってる。知ってるけれど、これは神子である存在としての線引き。俺は誰の名前も呼ばない。」
「………わかりました。」

従順に、信用を得るために。

それでも決して、これだけは。お前らの世界の人間に名前を呼ばせたりしない。呼びたくもない。


ひたすら従順に過ごせば、公務中の拘束が徐々に減っていった。そうしているうちに公務中の猿轡も外された。外れたところで公務中に言葉を発することは無かったが。

他所の世界の貴族なんて欠片も興味がわかない。

──日々を消化する中で、王子は変わらず日参し、国王も日々の疲れを癒しに来る。

部屋から出ることもなく、何を求めることもない。
信頼されるには相応の時間がかかるものだと、元の世界で習ったから。






「…窓の外を…開けなくてもいいので、窓の外を見てもいいですか?」

始めは騎士に囲まれながら見る外の景色。

やはり中世のようだ。庭園と、高い高い城壁が見える。危ないからと言われれば素直に従い、娯楽のない部屋での楽しみと称して頻繁に外を眺めた。

ゆっくりと信用を得る。そうして次第に騎士の数は減り、俺との距離も開いていく。

「神子様、今日は庭園で今年一番に咲いた花を摘んできました。」
「ありがとう王子。…うん、いい香りだ。
「気に入ってくれました?」

外をよく眺めると知った王子が、最近は毎日一輪ずつ花を持ってきていた。
ぱっと花開くような笑顔で俺の反応を喜ぶ。

「真っ赤な花は、神子様の白い肌に映えますね。」
「そうかな。」

元々、弓道部なのもあって日焼けはあまりしてなかったが。ここに来て公務以外で出歩くことも無い日々に、肌は白く、筋肉は落ちて細くなった。
王子の話から推測するに、花が散り、また咲くくらいには月が巡っている…ここに来て、半年くらいか。
意識をすると鼻ガツンとしてしまう。

(駄目だ。悲しむな。コイツらに感情を見せてやるのも勿体ない)

少しの感情だって分けてやらないんだと背筋に力を入れ直した
俺のそんな心情なんて知らない王子はにこにことしながらしばらく話し、不意に思い出した!と手を叩いて見せた。

「神子様にプレゼントを用意したのでした。取ってきてもいいですか?」
「いいよ。どうせ公務も終わって暇だから」
「すぐに戻りますね!」

早足で部屋を辞した王子の背中を見送り、花の香りを嗅いでいると、この時間には珍しく国王が部屋に入ってきた。

「神子、癒しを。………なんだこの臭いは」
「この、花の香りです」
「私は好まない香りだ。」

珍しく、国王の顔が不快に歪む。

「申し訳ございません、すぐ換気しますね。」

足早に窓に向かい、自ら換気をする。
何気なく外に目を向けて、また国王に目線を移した。


「……この世界に、季節はあるのですか?」
「ほう、珍しく興味を示したな。」
「先程、王子が今年最初の花を摘んできたとおっしゃったので。……本当に、良い景色ですね。」


換気を待つ為に窓辺に座り、再び景色を愛でると王もこの世界の気候を説明し始めた。どうでもいい情報に興味深そうな反応を返す作業にも慣れたものだ。

───部屋の外からパタパタと足音が聞こえる。

「お待たせしましたっ………父上、いらっしゃったのですか」
「アレクシスか。王族たるものそのように廊下を走っては…」


───王子が部屋に駆けつけたことにより、騎士達や国王からの意識が逸れた。

…………あぁ、今だ。やっと来た。この一瞬を待ち侘びていた。



次の瞬間にこちらに注意を向けたが、もう遅い。
俺は最初から最後までこの瞬間だけを狙ってたんだ。ざまあみろ。




「お前らの思い通りになんかしてやらねぇよ、ばーか」




この世界に来てから、初めて心からの笑顔を出して窓の外へと倒れた。

僅かに残った恐怖心が身体の落ちる感覚に怖気付くが、それ以上に喜びが勝った。

もう死んでもいい。死んで、次の人生でもいい。俺を帰してくれ。世界に、帰してくれ。元の世界へ────


思考は途中で途切れて、終わった。

───そうして。俺の一生は幕を閉じた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

黒獅子の愛でる花

なこ
BL
レノアール伯爵家次男のサフィアは、伯爵家の中でもとりわけ浮いた存在だ。 中性的で神秘的なその美しさには、誰しもが息を呑んだ。 深い碧眼はどこか憂いを帯びており、見る者を惑わすと言う。 サフィアは密かに、幼馴染の侯爵家三男リヒトと将来を誓い合っていた。 しかし、その誓いを信じて疑うこともなかったサフィアとは裏腹に、リヒトは公爵家へ婿入りしてしまう。 毎日のように愛を囁き続けてきたリヒトの裏切り行為に、サフィアは困惑する。  そんなある日、複雑な想いを抱えて過ごすサフィアの元に、幼い王太子の世話係を打診する知らせが届く。 王太子は、黒獅子と呼ばれ、前国王を王座から引きずり降ろした現王と、その幼馴染である王妃との一人息子だ。 王妃は現在、病で療養中だという。 幼い王太子と、黒獅子の王、王妃の住まう王城で、サフィアはこれまで知ることのなかった様々な感情と直面する。 サフィアと黒獅子の王ライは、二人を取り巻く愛憎の渦に巻き込まれながらも、密かにゆっくりと心を通わせていくが…

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

残念でした。悪役令嬢です【BL】

渡辺 佐倉
BL
転生ものBL この世界には前世の記憶を持った人間がたまにいる。 主人公の蒼士もその一人だ。 日々愛を囁いてくる男も同じ前世の記憶があるらしい。 だけど……。 同じ記憶があると言っても蒼士の前世は悪役令嬢だった。 エブリスタにも同じ内容で掲載中です。

姉の聖女召喚に巻き込まれた無能で不要な弟ですが、ほんものの聖女はどうやら僕らしいです。気付いた時には二人の皇子に完全包囲されていました

彩矢
BL
20年ほど昔に書いたお話しです。いろいろと拙いですが、あたたかく見守っていただければ幸いです。 姉の聖女召喚に巻き込まれたサク。無実の罪を着せられ処刑される寸前第4王子、アルドリック殿下に助け出さる。臣籍降下したアルドリック殿下とともに不毛の辺境の地へと旅立つサク。奇跡をおこし、隣国の第2皇子、セドリック殿下から突然プロポーズされる。

声だけカワイイ俺と標の塔の主様

鷹椋
BL
※第2部準備中。  クールで男前な見た目に反し、透き通るような美しい女声をもつ子爵子息クラヴィス。前世を思い出し、冷遇される環境からどうにか逃げだした彼だったが、成り行きで性別を偽り大の男嫌いだという引きこもり凄腕魔法使いアルベルトの使用人として働くことに。 訳あって視力が弱い状態のアルベルトはクラヴィスが男だと気づかない。むしろその美声を気に入られ朗読係として重宝される。 そうして『メイドのリズ』として順調に仕事をこなしていたところ、今度は『無口な剣士クラヴィス』としても、彼と深く関わることになってしまって――

拝啓お父様。私は野良魔王を拾いました。ちゃんとお世話するので飼ってよいでしょうか?

ミクリ21
BL
ある日、ルーゼンは野良魔王を拾った。 ルーゼンはある理由から、領地で家族とは離れて暮らしているのだ。 そして、父親に手紙で野良魔王を飼っていいかを伺うのだった。

何故か転生?したらしいので【この子】を幸せにしたい。

くらげ
ファンタジー
俺、 鷹中 結糸(たかなか ゆいと) は…36歳 独身のどこにでも居る普通のサラリーマンの筈だった。 しかし…ある日、会社終わりに事故に合ったらしく…目が覚めたら細く小さい少年に転生?憑依?していた! しかも…【この子】は、どうやら家族からも、国からも、嫌われているようで……!? よし!じゃあ!冒険者になって自由にスローライフ目指して生きようと思った矢先…何故か色々な事に巻き込まれてしまい……?! 「これ…スローライフ目指せるのか?」 この物語は、【この子】と俺が…この異世界で幸せスローライフを目指して奮闘する物語!

処理中です...