機(はた)に咲く ~天保の京の町に、雪華よ舞え!

冬樹 まさ

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 鳥居を潜って北野天神の境内に足を踏み入れたらば、ほのかに甘い香りが流れてきた。

 長助、半次郎に佐世と三人並んで本殿を拝んでから出向いた梅苑では、紅梅白梅、蝋梅まで数えきれぬ種の梅の木々が蕾を開いている。春の日差しの下、灯りが点るように梅が花咲くさまを愛でて、遊山の老若男女の明るい声が飛び交っていた。
 ちょうど昼時で茶店の床几は客で埋め尽くされ、空きを見つけてやっと三人で座り込んだ。半次郎の払いで団子の串を一皿頼む。茶を啜りながら香ばしい団子に喰らいついた。絶妙な味わいの甘辛いたれが旨くて皿に伸びる手が止まらず、瞬く間に十本を三人で平らげた。

「もうお腹いっぱい、帯が苦しいわ」

 そう言って佐世は、汚れた口の端を懐紙で拭く。佐世が締めている黒繻子の帯は冨美屋で売れ筋の、裏が弁慶格子の昼夜帯だ。裾に桜が染められた鶸色の小袖によく映えて似合う。

「その帯は佐世ちゃんには地味やないか?」

 長助がそう言うのを、半次郎は慌てて遮る。

「いや、昼夜帯はちらと覗く裏地で洒落るもんや。奢侈禁止の御触れもあることやし、表は黒地が粋なんや」

「昼夜帯は無難で面白くないな。奢侈禁止やからこそ、新しい意匠を考えてみたらどうや? 金糸銀糸が使えんやったら珍しい柄を目を引く色調で織るんや。糸染めにも腕が揮えるしな」

「珍しい柄ねえ、蔵にある見本帳を引っ張り出さんとな」

「御所風やら季節の草花、縞や格子の類じゃつまらん。まだ見たことのない柄を作りだしたら売れるんやないか」

 佐世は目を丸くして、長助と半次郎の顔をちらちらと眺めて噴き出した。

「二人が商いの話しているやなんて、いい大人になったもんやな」

 帯を両手で押さえて笑い転げる佐世につられて、二人の若者もつい笑み崩れた。
 梅の梢では、メジロがさかんに囀りながら花を突ついている。佐世と夫婦になってからも、こうやって長助も一緒に遊びに出かけるのもいいと半次郎は薄青く晴れ渡る空を見上げた。

「戯作三昧は捨てがたいけど、ぼちぼち商いにも性根を入れて早く佐世ちゃんと一緒になれるように励まんとあかんな。長助にまで心配かけて悪いわ」

「ほな、半次郎の気が変わらんうちに、早う帰らんといかんな。おれも糸染めに戻らんと」

 染料が浸みついた手を三尺帯に差した木刀に添え、長助は勢いよく立ち上がった。鳥居に向かって引き返す勇ましい後ろ姿を、慌てて茶碗を盆に戻した半次郎と佐世が追いかける。

「そないに急がんでもええやろう、かなわんなあ」

半次郎は大股で歩みだし、その後ろを佐世が若竹色の襟巻に顔を埋めるようにして追いかけてくる。

「もっとゆっくり歩いてくれへん、長助はん、なあ」

 佐世は目を潤ませて切ない声をあげるが、長介は前を向いたまま歩みを止めない。
 鳥居前の撫牛に手を合わせる参拝客の横を擦り抜け、三人は相次いで参道に飛び出していった。                
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