悪いお姫様は飼っていた犬に飼われる

りつ

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最悪な再会

 なぜ、彼がここに。

 驚いて言葉が出ないロゼリアを凝視していた元婚約者フェランテの瞳に涙が浮かぶ。

「よかった。生きていたんだな!」

 彼に抱きしめられて、ロゼリアはますます訳が分からない。

 離してともがき、フェランテの胸を押しやろうとするも、彼の力は強かった。

「どうしてあなたがここにいるの? いえ、それはいいわ。わたし、ラヴィニアとルキーノという双子の子どもを探しに来て――」
「彼らは無事だ」

 ロゼリアがフェランテの顔を見ると、彼は本当だと言うように深く頷いた。

「……ラヴィニアたちを攫ったのも、あなたたちなの?」
「……きみを助けるためには、仕方がなかったんだ」
「わたしを……?」
「そうだ。修道院にいたきみをクラウディオ・バルトリが拉致したと聞いた時、生きた心地がしなかった」

 本当に無事でよかった、取り戻せてよかったと安堵の表情を浮かべるフェランテに、ロゼリアは激しい違和感を抱く。

 だってそうだろう。彼は今までひどく自分を嫌っていた。軽蔑していたのだから。

「わたしを取り戻して、王家を復活させることを考えているの?」

 フェランテの背後には彼の仲間と思われる人間がいた。何人か見覚えがある。国王や王太子のやり方が気に食わず、歯向かって遠ざけられた貴族たちだ。腐ったヴェストリス国にも、まともな人間はいたのだ。

 今彼らがここに集まっているということは、やはりヴェストリス国の今の状況を何とかしたいと考えているのだろう。

 フェランテはそのために王女であった自分を利用するつもりなのだ。

 そう言われた方がよほど納得できたのに。

「ここにいる者たちはそうだが……僕はただ、きみを救い出したかった」
「なぜ?」

 静かに自分から距離を置くロゼリアにフェランテは傷ついた顔をするが、自覚はあったようで申し訳なさそうな、後悔の滲んだ声で言った。

「ロゼリア、すまなかった。僕は今まできみのことを誤解していた。きみがヴェストリス国の……あの腐った王家をどうにかしようと画策していたことを……知らなかったんだ」
「わたしがわざと悪女として振る舞っていたと言いたいの?」
「そうだ。自分を貶めて、周りの者を助けようとしていたのだろう?」
「あなたはその事実を誰から得たの?」
「それは……」
「情報源はクラウディオではなくて?」

 勘で言っただけだったが、沈黙するということは、どうやら当たっているらしい。

(クラウディオはわたしの名誉を挽回すると言っていた。それを聞いて、間違いに気づいたということ?)

 ロゼリアは何だか滑稽に思えた。

 嫌いなクラウディオからの情報でロゼリアが悪女ではなかったと気づき、クラウディオの元から攫ってきたのだから。彼が可愛がっている、まだ子どもであるラヴィニアとルキーノのことも。

「フェランテ。あなたのわたしに対する認識は、何一つ間違っていなくてよ」

『きみのことをみな魔女と言う。僕も、今はそう思う』

 かつて彼が言い放った言葉は今でもはっきりと覚えている。

「いや、違う。きみは本当は――」
「あなたが迎えに行くべき相手は、わたしではなく、シルヴァーナでしょう」

 異母妹の名前を挙げれば、フェランテは動揺し、顔を背けた。

 ロゼリアはひょっとして愛する女に重荷を背負合わせたくないから、だから代わりにロゼリアを担ぎ上げようとしているのではないかと期待したが、フェランテの返答はその期待を見事に裏切るものであった。

「僕は間違っていたんだ。本当に気にかける相手はきみだったと……シルヴァーナは恵まれた環境で、きみこそ、僕が手を差し伸べる相手だったんだ」

(今さら、何を言っているの)

 ロゼリアは失笑しそうになった。

 そして激しい怒りも覚えた。

「シルヴァーナはあなたをずっと待っているわ。あなたが今胸に抱いているのはただの罪悪感。自分自身のために、わたしをどうにかしたいだけ。悪いことは言わないから、今すぐにでもシルヴァーナのもとへ行きなさい」
「それはできません。王女殿下」

 フェランテではなく、それまでずっと二人のやり取りを見ていたヴェストリスの貴族たちが声を上げる。

 立ち上がった一人の、頬骨の目立つ男性――ロゼリアとも面識のあった、ベルモンド侯爵が代表するように告げた。

「あなたにはもう一度、ヴェストリス国に君臨していただきます」
「女王なれと? 心配せずとも、レオーネ側は王を立ててくれるそうよ」
「お飾りでは意味がないのです。我々の意思で王を立てるべきかと。そして、その王配も、ヴェストリスの者でなければならない。おっしゃる意味はわかるでしょう? レオーネや周りの国々の操り人形になるような者は王に相応しくない」
「わたくしならば、そうはならないと? 残念ね。わたくしは喜んで彼らの人形になるつもりよ」

 ベルモンド侯爵は嘲笑するロゼリアをじっと見つめ、わかっていますと淡々と告げた。

「ですから、ヴェストリス人の王配が必要なのです。あなたが人形になっても、あなたを裏で支え続ける人形師がいれば、何の問題もない」

 ロゼリアは微笑んだ。

「どちらにしても、わたくしは人形であるしかないのね」
「あなた様が我が国のために戦ってくださるのならば、私たちも誠心誠意お仕えする所存でございます」

 今まで見下していた王女に果たして忠誠心など湧くものだろうか。

「ロゼリア。どうか女王になってくれないだろうか。……きみが許してくれるのならば、今度こそ僕はきみを支えたい」
「あなたが王配になると? 正気?」
「ああ」

 フェランテは真剣な表情で肯定する。彼の熱意に反して、ロゼリアは白けた気持ちになっていた。

 今まで心の奥底に抑え込んで、気づかぬ振りをしていたフェランテへ醜い感情をぶつけたくなる。

(気づこうとも、しなかったくせに)

『城へ来たばかり頃の俺が違和感を覚えたように、長く仕えていた彼女たちも、貴女の言動に何か思うところがあったはずだ』

 そう言ってくれたクラウディオやイルダたちよりも、フェランテとの付き合いは長い。

 でも、フェランテは何も気づかなかった。自分に何ら関心がなかったのだから当然だ。

(彼は、悪くない)

 そうなるよう振る舞った。そしてシルヴァーナを選んでくれることを望んでいた。

 それで終わりだ。

「……わたしはあなただけは絶対に選ばない」

 ロゼリアの本音にフェランテは傷ついた顔をする。ベルモンド侯爵はならばと口を挟む。

「フェランテが嫌ならば、他の人間を選んでもらいます」
「もう少し冷静になられたらどう? 本当に上手く事が運ぶとでも思っているの?」
「密かに集めた仲間がまだおります。……あなた様を崇拝している者もいる」

 崇拝という言葉にドキリとする。

(まさか……)

「あなた様がかつて飼っていた犬……保護されていた者たちですよ」

 ロゼリアはショックを受けた。自分が守っていた相手がこんな形で自分を支持するとは思っていなかったのだ。

「そんな……彼らは、レオーネ国の庇護下にあって、もうわたしに関わることなく、静かな暮らしを選んで……」
「レオーネ国が斡旋した仕事に就く道を選び、密かに我々の活動にも加わったのです。あなた様を助けるためならば、ヴェストリス王にも剣を向ける覚悟です」
「馬鹿なことを。そんなことをすれば、ヴェストリスはますます不利な立場に置かれるとわからないの」

 彼らが本当にヴェストリス国の――王家の再建を願うならば、今は屈辱を耐え忍んで大人しく従うべきだ。

 そして他国の信頼を得たうえで、王家の存在を主張していけばいい。周りが敵だらけの状態では、将来絶対に孤立する。それではヴェストリス国の未来は暗いままだ。

 ロゼリアがそう伝えても、彼らの意思は変わらなかった。

「あなたが上手くレオーネの王……今はまだ王太子の方と交渉する道もあります」

(この頑固者)

 どんな提案をされても、ロゼリアには成功する未来が見えなかった。

「王太子はそんな甘い考えの持ち主ではなくてよ。捕えられて処刑される運命しか見えないわ」

 ロゼリアが切り捨てるように言えば、彼らは黙り込んだ。

 これ以上議論しても時間の無駄だと、ロゼリアは彼らの横を通り、ラヴィニアとルキーノがいないか調べようとする。

「ではせめて、ヴェストリスの子を孕んでほしい」

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