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12、遠い世界
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王宮の舞踏会は、これまで参加した夜会より当然規模が大きく、身分の高い人間が大勢参加する。
準備も前日から大掛かりなものとなった。
(朝からお風呂……)
昨夜も念入りに身体中磨かれ、パックやらとろみのあるクリームを全身にたっぷりと塗りたくられ、痛いと思うほどのマッサージを施されたのに、次の日もまたセシリアは湯に浸からされ、同じ工程を受けねばならなかった。
おかげで出かける夕刻には、すでに疲れていた。
(どうせならお昼頃から始めて、夕食の時間にお開きにすればいいのに)
貴族という生き物は夜が大好きらしい。
日の出と共に起き出し、昼間たっぷりと活動していたセシリアからすれば、実にもったいない時間の使い方に思えた。
(昨日緊張しすぎてあまり眠れなかったから、何だかぼうっとする……)
「セシリア。恐らく王太子とヨランダがこちらに気づいたら、挨拶しに来るだろう」
王宮へ向かう馬車の中でクライヴが流れを説明してくれる。
セシリアは従姉のヨランダの顔を思い浮かべ、王太子の顔を知らないことに気づいた。
「王太子殿下は、どのような方でしょうか」
「髪は金髪で、少し巻き毛だ。瞳は緑で……笑顔をいつも浮かべていらっしゃるな。性格は……そうだな、基本は真面目な方だ」
セシリアは真剣に王太子の特徴を頭の中に詰め込んでいたが、ふと重大な間違いを犯してしまったと真っ青になった。
(ヨランダ様を奪った方の男性についてクライヴ様の口から言わせてしまった!)
無神経に尋ねてしまったことを謝ろうとしたが、ちょうどクライヴが馬車の外を見て、そろそろ着くことを告げたのでセシリアは機会を失ってしまった。
◆
(建物すごい……人が多い……)
クライヴの腕に手を添えながら入場したセシリアは目を白黒させた。今まで訪れた夜会の屋敷よりも壮大な景色が広がっており、驚くなと言う方が無理である。
「セシリア。上ばかり見ていると転ぶぞ」
「あっ、ごめんなさい! つい珍しくて……」
「ふふっ。まるで初めて王宮へ訪れたご令嬢のようね」
セシリアの呟きを拾ったのは、以前夜会で知り合ったばかりの女性だった。セシリアは自分に微笑んで返された言葉をそのまま受け取っていいか迷った。
「魔女の力を借りてお城へ来たお姫様の反応ってこんな感じなのかしら」
それはこの国の者なら誰でも知っている物語だ。みすぼらしい平民の娘が魔女を助けたお礼に魔法でお姫様にしてもらい、お城の舞踏会で王子様と出会うのだ。その後魔法が解けて平民に戻るものの、最後は王子様と幸せになる話だった。
「あの時は魔法が解けても王子様がお姫様を探し出してくれたけれど……現実はそう上手くいくのかしらね」
セシリアは針でちくちくと刺されている気分になった。
この女性は平民の娘とセシリアの境遇を重ねて、物語のようにセシリアが貴族世界で上手くやっていけるはずがないと遠回しに伝えているのだ。
(なんだか、すごく嫌な感じ……)
「ね、公爵様はどう思いますか?」
女性は流し目でクライヴを見やり、答えを求める。
「さぁ。架空の話だから、私には何とも……。だが王子は責任ある立場だ。女性と結婚すると決めたのならば、最期まで添い遂げようとするのではないですか」
クライヴの返答に女性はふぅんといった顔をした。あまりお気に召さなかったのだろうか。
「公爵様は責任感のある方なのですね。そのような方と結婚できて、夫人は幸せ者ですね」
「……ありがとうございます」
それ以外に返す言葉が見つからず、とりあえず微笑と共にそう言えば、女性は冷笑とも言える笑みを返して他の客のところへ行ってしまった。
「あの……あれで、よかったのでしょうか」
「ただの雑談だ。気にする必要はない」
それにしては、妙に刺々しい感じがした。
(……ひょっとして、クライヴ様とお近づきになりたかったのかも)
貴族に愛人がいるのは当たり前だとよく聞く。野暮ったい妻よりも自分の方が魅力的だと示して、裏でこっそり遊ばないか……と誘うつもりだったのかもしれない。
(貴族世界って怖い……)
「それより、きみはどう思う?」
「えっ?」
「先ほどの話、平民の娘は王子と上手くやっていけると思うか?」
じっと目を見つめながら問われ、セシリアは困惑する。
(どうしてそんなこと聞くの?)
「わたしは……」
「クライヴ。ここにいたのか」
答えに窮していると、快活な声が耳に届き、辺りが騒めくのがわかった。
見れば他の男性客と違い、儀式用の軍服を纏った男性――巻き毛の金髪にエメラルドのような瞳から、もしかしてと一気に緊張が走る。隣の令嬢の顔を見て、確信に変わった。
「これは王太子殿下」
クライヴが恭しい態度で礼をとったので、セシリアも慌てて腰を折り、敬意を示した。
「そんな堅苦しい挨拶はよしてくれ。それより、よく来てくれた。そちらは奥方だろう?」
「はい。妻のセシリアです」
クライヴに促され、セシリアがおずおずと挨拶する。王太子はまだ二十歳そこそこの若者らしく、落ち着いた雰囲気のクライヴと並ぶと、陽気な表情も相まってずいぶんと砕けた感じがした。
「そうか、きみがセシリアか……。やはり従妹だから、ヨランダと少し似ているね。どう?」
最後の問いかけは、彼の隣の最愛の人に問いかけられた。
「まぁ、そうですか? 自分ではよくわかりませんの。両親はあまり似ていないと言っていましたし、あなたもそう思うでしょう?」
艶やかな笑みと共にそう言われ、セシリアはこくこくと頷いた。
「は、はい。ヨランダ様の方がずっとお美しく、わたしなど足元にも及びません」
ヨランダに対して失礼である。
全否定するセシリアに、王太子は少し苦笑いした。
「そんなに否定せずとも……。あなたもクライヴの妻となったのだから、もっと自信を持つべきだと思うよ。そうでないと、彼に恥をかかせてしまうからね」
やんわりと自分の態度を注意され、セシリアは恥ずかしくなった。
「申し訳ございません。これからは、気を付けます」
あまりにも落ち込んだ様子で謝られ、王太子は気まずそうな顔をして、困ったようにヨランダと顔を見合わせた。
「セシリア。あなたにはいろいろと迷惑をかけてしまったと思っているの。少しずつ、ゆっくりと学んでいけばいいのよ。困ったことがあったら、クライヴに頼ればいいわ。彼、少し近寄り難くて、怒っているようにも見えるけれど、本当はとても優しい人だから。あなたのこともきっと気にかけてくれるはずよ」
「そう、ですわね」
「そうよ。私とクライヴの関係もね、気にしないで大丈夫だから。元婚約者と言っても、親同士が決めてしまった婚約だから、そんなにお互い特別な感情があったわけではないの」
「ヨランダが初めて恋をした相手は、私なのだろう?」
「殿下。私は今、真面目に話しているのですよ。……でも、そういうことだから、セシリア。クライヴとのこと、誤解しないでね」
ヨランダは自分を慰め、励ますつもりでそう言ってくれた。……そう思いたいが、彼女の自分を見る目が憐れんでいて、隣の王太子も同じ目をしていて、セシリアは辱められたような気持ちになった。
(ううん。こんなふうに思っちゃいけない)
セシリアはぎゅうっと拳を握りしめ、顔を上げた。
「……お気遣いいただき、ありがとうございます。ヨランダ様は本当にお優しい方ですね。さすが王太子殿下に選ばれた方ですわ 」
ささくれ立った気持ちに無理矢理蓋をして、目を細め、口の端を吊り上げ、精いっぱい微笑んでみせる。
「それぞれ得難い魅力のあるお二人がこうして一緒になられるなんて……それこそ物語のようで、運命的ですね。憧れますわ」
『いいですか、セシリア。腹を立てた時にそれをそのまま表に出すことは品がありません。ぐっと堪えて、あえて微笑を浮かべる者こそ、真の勝者の姿なのです』
言葉にすれば立派であるが、実際は惨めなものだ。
イライザが教えてくれた言葉は、どんなに屈辱な思いを味わっても耐えろと言っているのだから。何とも酷なことを命じている。
だがセシリアは他に切り抜け方を知らなかったし、自分を下げてヨランダを上げることにも何の抵抗もなかった。貴族の誇りなどは未だ微塵も持ち合わせていなかったが、くだらない矜持を捨てて自身を守る平民としての覚悟は健在だ。
「まぁ、セシリア」
「ははっ、そこまで言ってもらえると悪い気はしない。私はこの国で一番の幸せ者だ。私たちが一番、似合いの夫婦となるはずだ」
「もう、殿下まで……」
ヨランダが満更でもなさそうな顔をして、王太子も照れ臭そうに笑みを零した。
セシリアの言葉で、二人は上機嫌になってくれた。間違いではなかったのだ。
「そろそろ、国王陛下が挨拶をする頃です。殿下もお言葉をかける段取りになっているとお聞きしました。一度戻られてはどうですか」
しかしクライヴのどこか冷ややかにも聞こえる口調に、セシリアはまたいらぬことを言ってしまったと後悔した。
(元婚約者の前で、お二人がとてもお似合いだと褒めてしまった)
ヨランダは何でもないと言っていたが、クライヴは王太子の手前否定できなかった可能性がある。
そのことに気づかず二人の仲を褒めるなんて……しかもよりによって自分の妻が言うのだから……不快な気持ちになっていてもおかしくない。
(どうしよう)
セシリアがじわじわと追いつめられていく中、王太子とヨランダはクライヴの勧めに従い、戻ることを決めた。
「ではまた後ほど。いや、もしかすると会えないかもしれないから、今言っておこう。今宵は存分に楽しんでいってくれ」
「クライヴ。セシリアのこと、大切にしてあげてね。いろいろ大変かもしれないけれど、セシリアはわたくしの大事な従妹なのだから」
言いたいことを言い終えた二人は、それじゃあと周囲の視線を集めながら国王たちのいる方へ戻っていった。
セシリアはクライヴに何を言われるかびくびくして待っていたが、彼は何も言わず、気まずい沈黙が落ちそうになったところで彼の知り合いが話しかけてきて、そのまま国王の挨拶へ移っていった。
その後音楽も流れ始めて、まず王太子とヨランダが踊り始めたところで他の招待客も各々ステップを踏み始めた。
セシリアもクライヴに誘われて踊っていたのだが――
「あっ、ごめんなさい!」
練習では難なく踊ることができていたのに、ヨランダたちとのやり取りで心が乱れたからか、拍子をとるのがずれて、クライヴに身体をぶつけてしまう。
「ごめんなさい、クライヴ様……」
「気にするな」
彼はそう言ってくれたが、セシリアは泣きそうな気持ちになった。
自分たちのやり取りを見てくすくすと笑う周りの人々にさらに罪悪感が増す。これまで頑張って練習した日々が全て無駄になってしまった。練習に付き合ってくれた使用人にも申し訳ない。クライヴにも――
「無理に踊る必要はない。向こうで休んでいよう」
「……はい」
これ以上恥をかかせるわけにもいかず、セシリアは大人しく壁際に寄った。
中央で踊るヨランダと王太子の姿が自然と目に留まり、その完璧さに目を奪われる。
それはセシリアだけではない。周囲もヨランダの美しさを褒め称え、常日頃の立ち振る舞いもいかに優美か、我が事のように語り合っている。
(ヨランダ様こそ、本物のご令嬢なんだわ)
セシリアは今の自分と比べてしまい、ひどく惨めな気持ちになった。
自分はどうしたって彼らと同じ世界には行けない。
準備も前日から大掛かりなものとなった。
(朝からお風呂……)
昨夜も念入りに身体中磨かれ、パックやらとろみのあるクリームを全身にたっぷりと塗りたくられ、痛いと思うほどのマッサージを施されたのに、次の日もまたセシリアは湯に浸からされ、同じ工程を受けねばならなかった。
おかげで出かける夕刻には、すでに疲れていた。
(どうせならお昼頃から始めて、夕食の時間にお開きにすればいいのに)
貴族という生き物は夜が大好きらしい。
日の出と共に起き出し、昼間たっぷりと活動していたセシリアからすれば、実にもったいない時間の使い方に思えた。
(昨日緊張しすぎてあまり眠れなかったから、何だかぼうっとする……)
「セシリア。恐らく王太子とヨランダがこちらに気づいたら、挨拶しに来るだろう」
王宮へ向かう馬車の中でクライヴが流れを説明してくれる。
セシリアは従姉のヨランダの顔を思い浮かべ、王太子の顔を知らないことに気づいた。
「王太子殿下は、どのような方でしょうか」
「髪は金髪で、少し巻き毛だ。瞳は緑で……笑顔をいつも浮かべていらっしゃるな。性格は……そうだな、基本は真面目な方だ」
セシリアは真剣に王太子の特徴を頭の中に詰め込んでいたが、ふと重大な間違いを犯してしまったと真っ青になった。
(ヨランダ様を奪った方の男性についてクライヴ様の口から言わせてしまった!)
無神経に尋ねてしまったことを謝ろうとしたが、ちょうどクライヴが馬車の外を見て、そろそろ着くことを告げたのでセシリアは機会を失ってしまった。
◆
(建物すごい……人が多い……)
クライヴの腕に手を添えながら入場したセシリアは目を白黒させた。今まで訪れた夜会の屋敷よりも壮大な景色が広がっており、驚くなと言う方が無理である。
「セシリア。上ばかり見ていると転ぶぞ」
「あっ、ごめんなさい! つい珍しくて……」
「ふふっ。まるで初めて王宮へ訪れたご令嬢のようね」
セシリアの呟きを拾ったのは、以前夜会で知り合ったばかりの女性だった。セシリアは自分に微笑んで返された言葉をそのまま受け取っていいか迷った。
「魔女の力を借りてお城へ来たお姫様の反応ってこんな感じなのかしら」
それはこの国の者なら誰でも知っている物語だ。みすぼらしい平民の娘が魔女を助けたお礼に魔法でお姫様にしてもらい、お城の舞踏会で王子様と出会うのだ。その後魔法が解けて平民に戻るものの、最後は王子様と幸せになる話だった。
「あの時は魔法が解けても王子様がお姫様を探し出してくれたけれど……現実はそう上手くいくのかしらね」
セシリアは針でちくちくと刺されている気分になった。
この女性は平民の娘とセシリアの境遇を重ねて、物語のようにセシリアが貴族世界で上手くやっていけるはずがないと遠回しに伝えているのだ。
(なんだか、すごく嫌な感じ……)
「ね、公爵様はどう思いますか?」
女性は流し目でクライヴを見やり、答えを求める。
「さぁ。架空の話だから、私には何とも……。だが王子は責任ある立場だ。女性と結婚すると決めたのならば、最期まで添い遂げようとするのではないですか」
クライヴの返答に女性はふぅんといった顔をした。あまりお気に召さなかったのだろうか。
「公爵様は責任感のある方なのですね。そのような方と結婚できて、夫人は幸せ者ですね」
「……ありがとうございます」
それ以外に返す言葉が見つからず、とりあえず微笑と共にそう言えば、女性は冷笑とも言える笑みを返して他の客のところへ行ってしまった。
「あの……あれで、よかったのでしょうか」
「ただの雑談だ。気にする必要はない」
それにしては、妙に刺々しい感じがした。
(……ひょっとして、クライヴ様とお近づきになりたかったのかも)
貴族に愛人がいるのは当たり前だとよく聞く。野暮ったい妻よりも自分の方が魅力的だと示して、裏でこっそり遊ばないか……と誘うつもりだったのかもしれない。
(貴族世界って怖い……)
「それより、きみはどう思う?」
「えっ?」
「先ほどの話、平民の娘は王子と上手くやっていけると思うか?」
じっと目を見つめながら問われ、セシリアは困惑する。
(どうしてそんなこと聞くの?)
「わたしは……」
「クライヴ。ここにいたのか」
答えに窮していると、快活な声が耳に届き、辺りが騒めくのがわかった。
見れば他の男性客と違い、儀式用の軍服を纏った男性――巻き毛の金髪にエメラルドのような瞳から、もしかしてと一気に緊張が走る。隣の令嬢の顔を見て、確信に変わった。
「これは王太子殿下」
クライヴが恭しい態度で礼をとったので、セシリアも慌てて腰を折り、敬意を示した。
「そんな堅苦しい挨拶はよしてくれ。それより、よく来てくれた。そちらは奥方だろう?」
「はい。妻のセシリアです」
クライヴに促され、セシリアがおずおずと挨拶する。王太子はまだ二十歳そこそこの若者らしく、落ち着いた雰囲気のクライヴと並ぶと、陽気な表情も相まってずいぶんと砕けた感じがした。
「そうか、きみがセシリアか……。やはり従妹だから、ヨランダと少し似ているね。どう?」
最後の問いかけは、彼の隣の最愛の人に問いかけられた。
「まぁ、そうですか? 自分ではよくわかりませんの。両親はあまり似ていないと言っていましたし、あなたもそう思うでしょう?」
艶やかな笑みと共にそう言われ、セシリアはこくこくと頷いた。
「は、はい。ヨランダ様の方がずっとお美しく、わたしなど足元にも及びません」
ヨランダに対して失礼である。
全否定するセシリアに、王太子は少し苦笑いした。
「そんなに否定せずとも……。あなたもクライヴの妻となったのだから、もっと自信を持つべきだと思うよ。そうでないと、彼に恥をかかせてしまうからね」
やんわりと自分の態度を注意され、セシリアは恥ずかしくなった。
「申し訳ございません。これからは、気を付けます」
あまりにも落ち込んだ様子で謝られ、王太子は気まずそうな顔をして、困ったようにヨランダと顔を見合わせた。
「セシリア。あなたにはいろいろと迷惑をかけてしまったと思っているの。少しずつ、ゆっくりと学んでいけばいいのよ。困ったことがあったら、クライヴに頼ればいいわ。彼、少し近寄り難くて、怒っているようにも見えるけれど、本当はとても優しい人だから。あなたのこともきっと気にかけてくれるはずよ」
「そう、ですわね」
「そうよ。私とクライヴの関係もね、気にしないで大丈夫だから。元婚約者と言っても、親同士が決めてしまった婚約だから、そんなにお互い特別な感情があったわけではないの」
「ヨランダが初めて恋をした相手は、私なのだろう?」
「殿下。私は今、真面目に話しているのですよ。……でも、そういうことだから、セシリア。クライヴとのこと、誤解しないでね」
ヨランダは自分を慰め、励ますつもりでそう言ってくれた。……そう思いたいが、彼女の自分を見る目が憐れんでいて、隣の王太子も同じ目をしていて、セシリアは辱められたような気持ちになった。
(ううん。こんなふうに思っちゃいけない)
セシリアはぎゅうっと拳を握りしめ、顔を上げた。
「……お気遣いいただき、ありがとうございます。ヨランダ様は本当にお優しい方ですね。さすが王太子殿下に選ばれた方ですわ 」
ささくれ立った気持ちに無理矢理蓋をして、目を細め、口の端を吊り上げ、精いっぱい微笑んでみせる。
「それぞれ得難い魅力のあるお二人がこうして一緒になられるなんて……それこそ物語のようで、運命的ですね。憧れますわ」
『いいですか、セシリア。腹を立てた時にそれをそのまま表に出すことは品がありません。ぐっと堪えて、あえて微笑を浮かべる者こそ、真の勝者の姿なのです』
言葉にすれば立派であるが、実際は惨めなものだ。
イライザが教えてくれた言葉は、どんなに屈辱な思いを味わっても耐えろと言っているのだから。何とも酷なことを命じている。
だがセシリアは他に切り抜け方を知らなかったし、自分を下げてヨランダを上げることにも何の抵抗もなかった。貴族の誇りなどは未だ微塵も持ち合わせていなかったが、くだらない矜持を捨てて自身を守る平民としての覚悟は健在だ。
「まぁ、セシリア」
「ははっ、そこまで言ってもらえると悪い気はしない。私はこの国で一番の幸せ者だ。私たちが一番、似合いの夫婦となるはずだ」
「もう、殿下まで……」
ヨランダが満更でもなさそうな顔をして、王太子も照れ臭そうに笑みを零した。
セシリアの言葉で、二人は上機嫌になってくれた。間違いではなかったのだ。
「そろそろ、国王陛下が挨拶をする頃です。殿下もお言葉をかける段取りになっているとお聞きしました。一度戻られてはどうですか」
しかしクライヴのどこか冷ややかにも聞こえる口調に、セシリアはまたいらぬことを言ってしまったと後悔した。
(元婚約者の前で、お二人がとてもお似合いだと褒めてしまった)
ヨランダは何でもないと言っていたが、クライヴは王太子の手前否定できなかった可能性がある。
そのことに気づかず二人の仲を褒めるなんて……しかもよりによって自分の妻が言うのだから……不快な気持ちになっていてもおかしくない。
(どうしよう)
セシリアがじわじわと追いつめられていく中、王太子とヨランダはクライヴの勧めに従い、戻ることを決めた。
「ではまた後ほど。いや、もしかすると会えないかもしれないから、今言っておこう。今宵は存分に楽しんでいってくれ」
「クライヴ。セシリアのこと、大切にしてあげてね。いろいろ大変かもしれないけれど、セシリアはわたくしの大事な従妹なのだから」
言いたいことを言い終えた二人は、それじゃあと周囲の視線を集めながら国王たちのいる方へ戻っていった。
セシリアはクライヴに何を言われるかびくびくして待っていたが、彼は何も言わず、気まずい沈黙が落ちそうになったところで彼の知り合いが話しかけてきて、そのまま国王の挨拶へ移っていった。
その後音楽も流れ始めて、まず王太子とヨランダが踊り始めたところで他の招待客も各々ステップを踏み始めた。
セシリアもクライヴに誘われて踊っていたのだが――
「あっ、ごめんなさい!」
練習では難なく踊ることができていたのに、ヨランダたちとのやり取りで心が乱れたからか、拍子をとるのがずれて、クライヴに身体をぶつけてしまう。
「ごめんなさい、クライヴ様……」
「気にするな」
彼はそう言ってくれたが、セシリアは泣きそうな気持ちになった。
自分たちのやり取りを見てくすくすと笑う周りの人々にさらに罪悪感が増す。これまで頑張って練習した日々が全て無駄になってしまった。練習に付き合ってくれた使用人にも申し訳ない。クライヴにも――
「無理に踊る必要はない。向こうで休んでいよう」
「……はい」
これ以上恥をかかせるわけにもいかず、セシリアは大人しく壁際に寄った。
中央で踊るヨランダと王太子の姿が自然と目に留まり、その完璧さに目を奪われる。
それはセシリアだけではない。周囲もヨランダの美しさを褒め称え、常日頃の立ち振る舞いもいかに優美か、我が事のように語り合っている。
(ヨランダ様こそ、本物のご令嬢なんだわ)
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