買われた平民娘は公爵様の甘い檻に囚われる

りつ

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22、捕まえる

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 強引に行為に及んだことで、セシリアとの間にぎくしゃくした雰囲気が生まれる。

 セシリアは内心腹を立てているのだろうが、怒りをぶつけてくることはなく、ただクライヴと顔を合わせることが気まずそうで、目を逸らし、いつも少ない口数がさらに減ってしまった。

 このままではまずい……と内心焦りながらも、クライヴは具体的な解決策を見つけられずに頭を悩ませていた。

 しかし、ある日を境に、セシリアの表情や纏う雰囲気が変わった。顔色が以前よりも明るく、生き生きとしているのだ。

 本人はメイドたちにいろいろと気遣ってもらえたおかげだと言ったが、彼女たちは特別なことは何もしていないと言う。

「この頃はお部屋で読書などしてゆっくり過ごされていますから、気持ちに余裕が生まれたのかもしれません」

 本当だろうか、とクライヴは少し疑う気持ちがあったが、ずっと部屋で過ごしている以上、そう考えるしかなかった。

 本を読んでいるのならば、もっと彼女の好みに合うような本を用意させようか。

 ちょうど屋敷を貸してくれた領主へ会いに行く用事もあったので、クライヴは簡単に事情を説明して図書室の本を数冊貸してくれないかと頼んでみることにした。

 領主は快く承諾してくれて、どんな本がいいか尋ね、よかったら今度セシリアを連れてきて、彼女に選ばせてみてはどうかと提案してくれたので、厚意に甘えることにした。

(少しは、喜んでくれるだろうか)

 領主の館から帰る途中。ひとまず行動を起こしたことで、クライヴはここ数日の鬱屈とした気持ちが少しだけ晴れた気分であった。あとはセシリアが本当に満足してくれたら文句なしだ。

 どんな本が好きか、この機会に知っておきたい。思えば、自分は彼女のことについて何も知らなかった。

 他人を詮索することははしたないし、夫婦だからといって全てを把握するのは窮屈だろうと考えていたが、セシリアはクライヴの妻であるし、知らなすぎるのも問題だ。

(そうだ。私は今まで興味がなさすぎたんだ)

 いや、それも違うなと否定する。

 知りたいが、どうやって距離を詰めればいいかわからなかった。

 彼女は元は平民として暮らしており住む世界が違っていた。考え方や価値観だって違う。

 無意識のうちにそう線引きして、相手の内側へ踏み込むことを躊躇していた。

 でも、今はもう我慢できない。

(私はセシリアのことを――)

 その時、クライヴの視界に見慣れた姿が映り込んだ。

(あれは……)

「すまない。悪いが止めてくれ」

 クライヴは御者にここからは散策も兼ねて歩いて帰ると告げ、先に屋敷へ戻らせた。

 一人になり、彼は先ほど見かけた人物のいる方角へ足を向ける。

 自分の妻を見間違えるはずがなかった。おさげにした少女のような後ろ姿は、セシリアだ。

 この時間はいつも部屋で読書をしているはずの彼女がなぜこんな場所にいるのか。走って急いでいる様子は、どこか目的地があるように見えた。

(まさか、ハンスにこっそり会いに行っているのか)

 頭をよぎった可能性に、クライヴは一瞬かっとなるも、すぐに真相を確かめねばとセシリアを追いかける。

 雑木林が続き、やがて開けた場所が見えてくる。あそこを逢瀬の場にしていたのか。一体いつからこんなことを始めていたのか。だからあんなに機嫌が良くなったのか。

 腹の底にどろりとした感情が渦巻いている。怒りでもあるし、嫉妬だ。ふとした瞬間にどうにかなってしまいそうなのに、やけに冷静で、それでもやはり残酷なことをしてしまいそうな自分がいる。

 もし、セシリアがハンスと抱き合っていたら、自分が見たこともない表情をして、彼に微笑んでいたら――

 しかし、視界が開けた場所で見えた光景は、クライヴが想像していたものと全く違っていた。

 ハンスはいなかった。セシリアだけで、裸になって泉で泳いでいた。

 なぜ裸になってまで、とか、誰かに見られる可能性もあるのに迂闊すぎる、など――そんなことを思う前に頭の中は真っ白になり、クライヴは目を奪われた。

 まるで人魚のように泳ぐセシリアの姿に、そのきらきらと輝く表情に、目が離せず、魅入られたようにその場に立ち尽くす。

 泉から上がって微笑む姿は、まるで神話に登場する水の妖精のように見えた。

 本来クライヴとは全く違う種族で別世界に属しているのに、偶然、運命の悪戯とも言える確率でこの場に姿を現し、自分に見つかってしまった。

 神話などに出てくる人間は可憐な妖精を見つけた時、どうするのだろう。

(私は――)

「どうしてここに……」

 クライヴは逃げようとする妖精セシリアを捕まえ、自分の腕の中に閉じ込めていた。

 誰にも見せたくなかった。自分だけの秘密にしておきたかった。

「クライヴ様」

 彼女の声も、表情も、すべて――

(私だけのものだ)

 獣のように青空の下でセシリアを抱き、涙に濡れた彼女の瞳を見つめながらそう確信する。

 その後もセシリアが泉で泳ぎ続けることを許したのは、妻の望みを叶えてやりたいという気持ちもあったが、クライヴ自身が見たかったからである。

 貴族や平民という身分を脱ぎ捨て、ありのままの姿で微笑む少女の姿を。

 見ているうちに途中でいつも自制がきかず、吸い寄せられるようにセシリアのもとへ行き、腕の中に抱きしめていた。

 誰かに見られる可能性――泉の近くには誰も寄せ付けぬよう、密かに使用人たちに命じていたが、それでも光り輝く陽光の下で交接するのは緊張感を生み、欲望を煽った。

 セシリアも同じなのか、夜に抱く時よりも乱れて、クライヴのものをきつく締めつけて離さない。

(あぁ、セシリア……)

 言語化できない感情がクライヴの胸に溢れ、セシリアとこの想いを分かち合いたい、一つになりたいと、彼女と共に何度も高みに昇り、深い充足感に満たされた。

「クライヴさま……」

 自分を呼ぶ声が、ひどく愛おしい。

 離れがたくて肌を触れ合わせたまま、クライヴはもっとセシリアの声が聴きたくて、また彼女のことを知りたくて、それまで訊けなかったことを尋ねていた。

 セシリアは初めて、自分の気持ちを打ち明けてくれた。そしてクライヴが思っていたより、ずっと不安と心配で押しつぶされそうだったことを知る。

 セシリアは本当に別世界に来たような毎日を送っていたのだ。しかも彼女の意思ではない。その境遇は理不尽とも言え、小さな身体で受け止めるにはさぞ辛かっただろうと今更ながら憐れむ。

(だが……)

 同時に愛おしいという気持ちも生まれた。彼女は慣れない環境の中必死に努力して、自分のもとへ嫁いできてくれた。

「ありがとう、セシリア。――愛している」

 もっと早く感謝の言葉を伝えるべきだった。

 続けた告白は彼女への想いが溢れた結果、自然と言葉にしていたものだった。


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