「うん、いいよ」

真朱マロ

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第四話 「綺麗だね」前編

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「綺麗だね」

 目をキラキラさせて、美菜はしゃがんでいる。
 手には線香花火。

「まぁな」
 俺はとりあえず、そう答えた。

 美菜とは対照的に、今ひとつテンションが上がらない。
 一緒に花火をしようと誘われたけど、まさか線香花火オンリーだとは。

 どこでこれだけ買い占めたんだ?
 海苔を入れてあったらしい缶に、線香花火が詰まっている。

 200本近くあるんじゃないか?
 まさか、夏休みの夜の海岸で、二人で線香花火をする羽目になるとは。
 小柄で可愛らしい美菜はいいけど、人並み以上に成長した俺がこんな小さな花火を持っていると、実に違和感がある。

 まぁ。
 あふれそうな線香花火なんて、意外ではあったけれど。
 美菜らしいと言えば、美菜らしい。

 キャーキャー走り回るよりも、こうやって肩を寄せ合ているのは悪くない。
 洗いたての美菜の髪は甘いシャンプーの香りがして、当たり前の潮の香りと混ざると、妙に落ち着かなくなる。
 ソワソワすると言えばいいのか……なんとも表現できない気分だ。

 いつもよりも距離が近く息を詰めているので、美菜を女だと必要以上に意識してしまう。
 まぁ、そんなふうに思っているのは俺だけだ。

 真剣なまなざしで、美菜は線香花火に夢中だった。
 いつもより、その横顔は大人びて見えた。
 息をそっとひそめたまま、光の球からチカチカと散る炎の雫を見つめている。
 フッと吹きぬけた風に、オレンジ色の炎の球がこぼれ落ちる。
 砂浜に落ちて、パッと弾けて消えた。

「あっ!」
 残念そうに美菜は声を上げた。
「仕方ないさ、風が強いからな」

 そう。
 海岸べりは風が強いので、線香花火には不向きだった。
 せめて美菜の家で、建物の陰に入れば別だろうけど。

「そうするか?」
 うながすと、美菜は首を横に振った。

「おじいちゃんもおばあちゃんも、花火は嫌いだから」
「そうなのか?」

 なら、俺の印象、悪くならないか?
 それでなくてもビジュアルで怖がられることが多いので、これ以上悪い印象を与えたくない。
 どうでもいい奴が勝手に怖がっているのは平気だが、美菜の保護者に怖がられるのは勘弁だった。
 俺のそんな心配を読み取ったように、平気だよ、と美菜は言った。

「一緒に星を見るって、言っておいたから」
「星?」

 俺は意外すぎて、驚いてしまった。
 花火の次は、星……?
 美菜の思考は、夏の連想ゲームみたいだ。

「流星群が来るって」
「ああ、なるほど」

 よけいな明かりが少ないので、星はよく見える。
 意外と穴場なのか、海岸は星の写真を取りにくる奴がわりといる。

 ふぅん、流星群ね。
 興味がないから、今日だとは知らなかった。
 それにしては、海岸に人が少ない。
 美菜は俺の疑問を先取りしたみたいに、サラッと言った。

「今日じゃなかったかもしれないけど、予行演習ってことにしといた」

 おい。
 時々、大胆なことをする。
 まぁ、それでじいさんたちが納得したなら、いいんだけどな。
 抜けているんだか、しっかりしているんだか、ちっともわからない。

「そのまま動かないでね」

 俺を風よけにするつもりらしい。
 上手くいかなかったのか、色々と体勢を変えていた。

 結局、俺と背中合わせになった。
 俺は線香花火に飽きてしまって、振りかえろうとしたら美菜に怒られた。

「もう! そのままがいいの」

 ハイハイ。
 ジッとしとけってことか。
 アッとか、うん、とか声を上げながら、美菜は一人で楽しんでいる。

 誘っておいて、放置だ。
 マイペースだな、相変わらず。

 しゃべると花火の炎が落ちてしまうと文句を言うので、話しかけることもできない。
 俺は空を見るぐらいしか、やることがなかった。

 スウッと夜空を光が駆け抜ける。
 流れ星だ。視力は良いので、俺はうろ覚えの星座を探した。

 今夜は、よく晴れている。
 月がないので、星が浮き上がって見えた。

 どのぐらいそうしていただろう?

 背中に、トン、とぬくもりがふれた。
 美菜の背中だとわかったけど、頼る調子でもたれかかるので動けない。

 静かだった。
 小さな背中が心地よくて、俺たちはしばらくそのままでいた。
 それでも、一つ流れ星が消えたのを見つけて、そっと声をかけた。

「花火は?」
「うん……」

 あいまいな美菜の答えに、まぁいいさと、俺は再び空を見た。
 こうやって、背中合わせも悪くない。

「星、綺麗だな」
「私、星は嫌い」

 意外すぎて、俺は耳を疑った。
 今、嫌いって言ったか?

 何を見ても子供みたいに純粋に喜ぶので、星を見たらそれこそ手を叩いてはしゃぐかと思った。
 少しのあいだ黙っていたけれど、美菜は俺の背中にグッと体重を全部かけた。
 俺に頼りながら、星空を見上げているのがわかる。

「星はね……嘘つきだから。通り過ぎる季節を忘れちゃうぐらい、ずっと前に死んでるかもしれないでしょう?」
 ポツン、と落ちるようで、その声は波の音にまぎれた。
「美菜……?」

 なんだか、今、不安になったぞ。
 不意に、背中からぬくもりが消えた。

 振り向くと、美菜がふわっと笑った。
 最後の一本だと、大切そうに線香花火を差し出した。

「一緒にしよ?」

 ああ、と俺はうなずくことしかできなかった。
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