「うん、いいよ」

真朱マロ

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第五話 「綺麗だね」後編

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 さっき、絶対に変だった。
 上手く言葉が浮かばない。

 こんな時、何をいえばいいんだ?
 俺の戸惑いなんて、美菜はまったくわかってないみたいだった。

「そのまま、持っててね」

 美菜が線香花火を風から守るように手をかざす。
 あいかわらずだ。
 そんな小さな手で、海岸沿いの風を防ぎきれる訳がない。

 ほら、と俺は炎が落ちないよう慎重に、光が弾けている花火を美菜に渡した。
 俺はそっと花火に手のひらをかざした。

 海辺の風にも負けず、ぬくもりを放ちながら瞬いていた。
 小さな炎の花びらが、いくつも散った。

 かすかに、火薬の匂いが鼻腔をくすぐる。
 二人して息をひそめて、パチパチと弾ける光を見つめていた。

 線香花火をじっくり見つめるなんて、生まれて初めてかもしれない。
 暖かなオレンジ色の炎が、白い美菜の顔をほのかに浮き上がらせる。
 はかなくて頼りないけれど、俺は素直に綺麗だと思った。
 美菜と二人でいるせいかもしれないけれど、胸の鼓動がやけに早くなる。

「いいなぁ~隼人君の手は大きいね」
 小さな花火を見つめながら、うっとりと美菜はそんなつぶやきをもらす。

「そんなの、当たり前だろ」
 だいたい、俺は他の奴より大きく育ってしまった。

「手が大きいと、幸せがいっぱいつかめそうだもん」
「そうか?」

 それなりに、困ることもあるけどな。
 服は探せばあるけど、手袋や靴のサイズを探すのは大変なのだ。
 確かに、こうやって線香花火の炎を守るには、充分だけど。
 手が大きいと幸せだねぇと、美菜はポツンと呟いた。

「今だって、ちゃんと守れる……」

 そんなふうにつぶやいて、はじける線香花火の炎の球を見つめる美菜の瞳は、今まで見たことがないぐらいかげっていた。
 かける言葉に迷っている俺の気持ちなんてまるで無視して、美菜はパッと顔を上げた。
 俺に向けられたのは、いつもの笑顔だった。

「綺麗だね」

 ああ、と俺はうなずくことしかできなかった。
 ニコニコと笑っている美菜に、何も言えない。

 なにかあったのか? 

 問いかけたいのに、言葉がうまく出ない。
 ヒョイと美菜は立ち上がった。

 花火の炎が、燃え尽きたのだ。
 いつになくテキパキと片づけをすすめ、海苔の缶に線香花火の燃えカスを詰めている小さな背中を見つめた。

 よし! と美菜は振りかえった。
 俺の顔を不思議そうに見つめる。

「どうかしたの?」
「いや、別に」

 うん、とあどけなく美菜は笑った。

「コーヒー飲んで帰る?」
「いいのか?」

 いつもより、少し遅い時間なのだが。
 そう思っていたら、美菜は恐ろしいことを口にした。

「うん、コーヒーゼリーも作ったから……」
「いらない」

 即答する。
 何度言っても、デザートを出すのをやめてくれない。
 まぁ、最後は美菜の涙目に負けてしまい、食べてしまう俺も俺だが。

 感想?
 聞かれても、甘い、としか言いようがなかった。
 基本的に、甘い物が大嫌いな俺の意見なんて、絶対に参考にならないぞ。

 いい加減、あきらめてくれ。
 そう言っても、通じないのは何故だろう?

「甘くないよ? コーヒーゼリーだもん」
「甘いって」
「新作なんだよ?」
「デザートは、どこまでいってもデザートだ」

 ひど~い、なんて美菜は笑った。
 でもきっと、俺の前にはコーヒーゼリーが置かれるに違いない。

 ああ、もう。
 隼人君は全部食べてくれるから、なんて美菜は幸せそうに笑うのだろう。
 結局、その笑顔を見たいから、最後に負けてしまう俺もどうかしている。

 海岸を歩いて、喫茶店に入る直前。
 美菜は、海を見た。
 夜の中に居てもわかるぐらい、遠い眼をしていた。

「綺麗だね」

 ポツンと言い残して、スウッと店の中に入った。
 俺はなぜか、すぐには追いかけられなかった。
 一人取り残されて、海を見た。

 満天の星と、打ち寄せる波。
 他には何もない。

 ただ。
 いつもよりずっと透明で、海が透き通って見えた。
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