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初恋の部:愛莉
想定外の出来事2
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警察官は、話が終わるとすぐに帰っていった。
先輩はまだ眠っていたけど、私は榊さんを見上げた。
「すみません。私、飛行機をキャンセルしたり家族に連絡を入れたいんですけど……先輩のこの手、どうにかなりませんか?」
先程は引っ張っても無駄だったけれど、本当にどうにかしてほしかった。
「飛行機?」
榊さんは少し驚いたようで、その目が横に置いたままのトランクに向いた。
いい機会だったので、私は住所や電話番号、家族構成なども隠さずに全部伝える。
祖母の実家がドイツの片田舎にあるので、夏休みに行く予定だったのだ。
私以外の家族三世代と、去年から来日して留学している従兄は、とっくに祖母の実家でくつろいでいるはずだ。
私は学校の夏期講習と渡独予定日が重なってしまったから、一人だけ遅れてしまった。
まぁ、行けないだけならがっかりするだけなのだけど。
この身動きの取れない現状に、内心では私は焦っていた。
出航時間が迫っているから、急がないと渡航費用の払い戻しができなくなる。
なんたって国際便だ。
あら残念ですむような金額ではないのだ。
それよりももっと問題なのは、予定の飛行機に乗れないことを伝えないと、空港まで誰かが私を迎えに来てしまい無駄足になる。
そんなことを語っている間、榊さんはジッと私を見ていた。
私の口にしたことを丸ごと受け入れているようで、この部屋に入った時の冷たい眼差しが嘘のように穏やかな表情だった。
全部聞き終わると、さすがにそれは問題がありますねとつぶやいた。
先輩の指をほどこうとしたけどがっちり握っているので、榊さんは大きなため息をついた。
ひきはがすのをあきらめたのか私に向き直ると、ニコリと優しげな笑みをみせた。
なぜか、温度のある本当の微笑みだった。
飛行機のチケットを渡すように促され、言われるまま差し出すと榊さんは丁寧な仕草で受け取った。優しい物言いで迷惑をかけましたと口にする。
「冬真様ですが、当分離れそうにありません。こちらは私に任せてください。気になさらず、これを使ってご家族に連絡をどうぞ」
国際電話にも使っている仕事用の携帯だからとポケットからあたりまえに出されて、私は少し慌ててしまう。
「家族への国際電話ですよ? 本当に私用です。それに、私はなんとでもなりますし」
自分も携帯を持っているのだ。
病室内で使うことをためらっただけで、よく考えたらこの部屋には精密機械はなかった。
先程来た警察官も当たり前に使っていたので、他人の物を借りる必要はなかった。
オロオロしている私に、榊さんはさらに優しい眼差しになって丁寧に頭を下げた。
少しでも疑って申し訳なかったと謝罪を口して、携帯を私の手に握らせた。
「気にせずどうぞ。私は秘書的な仕事もしているので、手配のプロに任せてください。冬真様の日頃の悪行のせいで、貴女には本当に迷惑をかけてしまったようです」
自分の後始末もできず、通りすがりの人を巻き込むなんてと少し憤慨している。
なぜか先輩の取り巻きではないとわかってもらえたようだけど、私は恐縮してしまった。
「とんでもないです。それに、すみません。検査とか、私、部外者なのについて回って……」
そう、どうやっても先輩のこの手が離れなかったのだ。
医者も看護師もひきはがすのをあきらめて、レントゲンやMRIまで私はついて行くしかなかった。家族よりも先に問題はなさそうだと診察結果を聞いてしまい、妙な感じである。
「迷惑をかけてるのはこの人でしょう?」
本当にいい加減で我儘な子供なんだからとぼやく榊さんの口調は、どこか愛しげだった。
困った人だと嘆く声も優しい。
なんだ、と不意に私は理解してしまう。
この人は落ち着いて見えていたけど、かなり心配して実は動揺していたらしい。
「せっかくの予定を台無しにしてしまいましたね。だから、私に任せてください。今回のことも、冬真様が自分の不始末を片づけられないクソガキだっただけですから」
品のある物腰に不似合いな台詞だった。
あんまり正直な口調だったので、思わず吹き出してしまった。
私を残して病室を出ようとしたけど、ふと榊さんは振り返った。
「ああ、そうそう。もし、顔を合わせた事がないのなら、初顔を装ってください。とにかく節操なくて手癖が悪いんですよ。甘い顔を見せずに、遠慮なくぶん殴ればいいですから」
貴女の弁護を優先しますと笑われた。
どこか本気だったので、私は肩をすくめるしかなかった。
「そんなことは……いつも華やかな人たちと一緒だから、私なんて気にも止めませんよ」
冒険もしないし、無茶もしないし、典型的な真面目で融通のきかない優等生タイプである。
先輩の取り巻きとは正反対だった。
綺麗な人はいいなぁと思うけれど、私の日常は主婦に似ている。
両親が共働きで弟がまだ小さいので手伝いが必須だから、日常生活に追われてしまう。
中一と小五と小三年と来年入学予定の弟は、そろって元気が良すぎて怪獣じみているし。
おまけに祖父が剣道の道場を持っているので、部活に入っていないのに毎日が鍛錬の繰り返し。
そう。
自分で言うのもなんだが流行から遠く離れているし、化粧もしないし、髪も染めていないし、オシャレに気を使える生活ではない。
自分自身の日常を振り返ると、少し哀しくなった。
チラッと視線を向けると、先輩は浅い寝息をたてていた。
動きやすくて清潔な服装ならそれでいいと思っていたけど、こうやって華麗な先輩の側にいると落ち着かない。
気を失っていても、華のある人だから。
出来れば眠っている間にここを立ち去りたいのに、ガッチリとつかまれた右手が痛かった。
あの取り巻きの華麗な女性たちと比べられたら嫌だなぁ。
私の心の声が聞こえたように、一緒にいても好きだと限らないと榊さんはつぶやいた。
先輩を見つめる榊さんの眼差しは優しいのに、とても寂しそうだった。
「その華やかな、いつもはべらせている人たちのこと、冬真様は大嫌いなんですよね。非常に我儘で寂しがり屋なので、とりあえず目の前の隙間を埋めるのに必要で……ただのバカです」
どういう意味か、私にはよくわからなかった。
いつも数人の女性が側にいたのに、大嫌い?
嫌いな人たちと、あれほど親密に関われるものだろうか?
私の沈黙をどう受け取ったのか、ふわっと榊さんは微笑んだ。
小さく「忘れてください」と榊さんは言って、それから先輩のことをお願いされた。
「失礼しました。私は手配のために少し離れますが、このどうしようもない人に付き添ってもらえますか? いつ気がついてもおかしくありませんから、一人にする訳にはいかないんです」
「はい。どうせ、離れないし」
先輩がつかんだままの右手を持ちあげると、軽くうなずいて榊さんは出て行った。
私は先輩の綺麗な寝顔に見惚れたけど、すぐに正気に返って祖母の実家へと電話をかけた。
あたりまえだけど、私が飛行機に乗っていると帰省中の祖母は信じていた。
想定外の事件に巻き込まれたことを伝えると、ひどく驚いていた。
私は事情を説明して、傷害事件の犯人の目撃者になったのでしばらく動けないことや、次の夏季講習日を考えると今回はドイツにはけないことを伝えると、非常に残念がった。
確かに、家族全員がそろってドイツに行けることなんて、本当に数年に一度しかないことだから私自身も残念だった。
だけど、仕方ないねと二人して笑いあった。
他の家族の様子を聞いたら、両親や弟たちはすっかりくつろいで、従兄のジェイクと観光に出ているそうだ。
日本で生まれてドイツに渡り家具職人の祖母の実家を継いだ伯父が、祖母と入れ替わるように出てきた。事件という単語に、過敏に反応しているようだった。
一人で大丈夫か? とか、ジェイクを今すぐそっちに向かわせよう! とか、今から自分が日本に行くから! とか、心配症そのままの口調でまくしたてる。
まるで幼い子供を相手にしているような言葉の数々に、大丈夫だと私は笑うしかなかった。
ありがたいなぁとは思うけれど、それほど大げさな状況ではない。
被害者の先輩のことも簡単に説明し、ちゃんとした弁護士がついているからと言い含める。
伯父さんは不服そうだったけれど、結局は納得してくれた。
ドイツは気軽に行き来できる距離ではないし、私も子供ではない。
もう高校生なのだから、旅行の期間ぐらい一人で何とかなるはずだから。
離れていてもアイリーンを愛しているよと恥かしげもなく口にする伯父さんに、ありがとうと答えながらも照れてしまった。
私の名前は愛莉だけど、身内にはアイリーンと呼ばれている。
アイリーンは当たり前に耳に馴染むけれど、何度聞いても愛してるは慣れない。
伯父さんに付き合っていると話が長くなりそうなので、とにかくまた連絡を入れるからと電話を切った。
よく考えたら、少なくともこの一週間は一人きりだ。
そのことに気がついて、私は驚いた。
一人になれるなんて、生れて初めてかもしれない。
いつも嵐のように騒々しい大家族なので、ものすごく貴重な自由時間だった。
せっかくだから飛行機のキャンセル料で一人の時間を満喫してもいいし、いつも自宅が戦場みたいなので静かな環境で勉強できる。
こんなこと、もう二度とないだろう。
気持ちが浮き立ったけれど、ふと右手に視線を落とす。
つかまれたままで痛いけれど、この手が離れない限り私は動けない。
どうしてこんなに、必死につかんでいるのだろう?
まるで、どこにもいかないでほしいとすがるようだった。
診察室の中は静かだった。
榊さんは帰ってこないし、看護師さんも来なかった。
私は何もすることがないので、ただ、冬真先輩の顔を見つめていた。
頭と肩に包帯が巻かれている。
痛々しい状態でも、驚くほど綺麗な顔立ちだ。
華奢なように見えて、広い胸や背中だったな。
かばわれた時の息のつまる感じを思い出して、一人で照れてしまった。
弟を抱き締めることはあっても、身内以外の誰かに抱きしめられたのは初めてだから。
自分のことはほっておいて、とっさに赤の他人の私をかばうなんて、かなりすごいことだ。
本当は、優しい人かもしれない。
ロクな噂を聞かなかっただけに、見直してしまった。
先輩はまだ眠っていたけど、私は榊さんを見上げた。
「すみません。私、飛行機をキャンセルしたり家族に連絡を入れたいんですけど……先輩のこの手、どうにかなりませんか?」
先程は引っ張っても無駄だったけれど、本当にどうにかしてほしかった。
「飛行機?」
榊さんは少し驚いたようで、その目が横に置いたままのトランクに向いた。
いい機会だったので、私は住所や電話番号、家族構成なども隠さずに全部伝える。
祖母の実家がドイツの片田舎にあるので、夏休みに行く予定だったのだ。
私以外の家族三世代と、去年から来日して留学している従兄は、とっくに祖母の実家でくつろいでいるはずだ。
私は学校の夏期講習と渡独予定日が重なってしまったから、一人だけ遅れてしまった。
まぁ、行けないだけならがっかりするだけなのだけど。
この身動きの取れない現状に、内心では私は焦っていた。
出航時間が迫っているから、急がないと渡航費用の払い戻しができなくなる。
なんたって国際便だ。
あら残念ですむような金額ではないのだ。
それよりももっと問題なのは、予定の飛行機に乗れないことを伝えないと、空港まで誰かが私を迎えに来てしまい無駄足になる。
そんなことを語っている間、榊さんはジッと私を見ていた。
私の口にしたことを丸ごと受け入れているようで、この部屋に入った時の冷たい眼差しが嘘のように穏やかな表情だった。
全部聞き終わると、さすがにそれは問題がありますねとつぶやいた。
先輩の指をほどこうとしたけどがっちり握っているので、榊さんは大きなため息をついた。
ひきはがすのをあきらめたのか私に向き直ると、ニコリと優しげな笑みをみせた。
なぜか、温度のある本当の微笑みだった。
飛行機のチケットを渡すように促され、言われるまま差し出すと榊さんは丁寧な仕草で受け取った。優しい物言いで迷惑をかけましたと口にする。
「冬真様ですが、当分離れそうにありません。こちらは私に任せてください。気になさらず、これを使ってご家族に連絡をどうぞ」
国際電話にも使っている仕事用の携帯だからとポケットからあたりまえに出されて、私は少し慌ててしまう。
「家族への国際電話ですよ? 本当に私用です。それに、私はなんとでもなりますし」
自分も携帯を持っているのだ。
病室内で使うことをためらっただけで、よく考えたらこの部屋には精密機械はなかった。
先程来た警察官も当たり前に使っていたので、他人の物を借りる必要はなかった。
オロオロしている私に、榊さんはさらに優しい眼差しになって丁寧に頭を下げた。
少しでも疑って申し訳なかったと謝罪を口して、携帯を私の手に握らせた。
「気にせずどうぞ。私は秘書的な仕事もしているので、手配のプロに任せてください。冬真様の日頃の悪行のせいで、貴女には本当に迷惑をかけてしまったようです」
自分の後始末もできず、通りすがりの人を巻き込むなんてと少し憤慨している。
なぜか先輩の取り巻きではないとわかってもらえたようだけど、私は恐縮してしまった。
「とんでもないです。それに、すみません。検査とか、私、部外者なのについて回って……」
そう、どうやっても先輩のこの手が離れなかったのだ。
医者も看護師もひきはがすのをあきらめて、レントゲンやMRIまで私はついて行くしかなかった。家族よりも先に問題はなさそうだと診察結果を聞いてしまい、妙な感じである。
「迷惑をかけてるのはこの人でしょう?」
本当にいい加減で我儘な子供なんだからとぼやく榊さんの口調は、どこか愛しげだった。
困った人だと嘆く声も優しい。
なんだ、と不意に私は理解してしまう。
この人は落ち着いて見えていたけど、かなり心配して実は動揺していたらしい。
「せっかくの予定を台無しにしてしまいましたね。だから、私に任せてください。今回のことも、冬真様が自分の不始末を片づけられないクソガキだっただけですから」
品のある物腰に不似合いな台詞だった。
あんまり正直な口調だったので、思わず吹き出してしまった。
私を残して病室を出ようとしたけど、ふと榊さんは振り返った。
「ああ、そうそう。もし、顔を合わせた事がないのなら、初顔を装ってください。とにかく節操なくて手癖が悪いんですよ。甘い顔を見せずに、遠慮なくぶん殴ればいいですから」
貴女の弁護を優先しますと笑われた。
どこか本気だったので、私は肩をすくめるしかなかった。
「そんなことは……いつも華やかな人たちと一緒だから、私なんて気にも止めませんよ」
冒険もしないし、無茶もしないし、典型的な真面目で融通のきかない優等生タイプである。
先輩の取り巻きとは正反対だった。
綺麗な人はいいなぁと思うけれど、私の日常は主婦に似ている。
両親が共働きで弟がまだ小さいので手伝いが必須だから、日常生活に追われてしまう。
中一と小五と小三年と来年入学予定の弟は、そろって元気が良すぎて怪獣じみているし。
おまけに祖父が剣道の道場を持っているので、部活に入っていないのに毎日が鍛錬の繰り返し。
そう。
自分で言うのもなんだが流行から遠く離れているし、化粧もしないし、髪も染めていないし、オシャレに気を使える生活ではない。
自分自身の日常を振り返ると、少し哀しくなった。
チラッと視線を向けると、先輩は浅い寝息をたてていた。
動きやすくて清潔な服装ならそれでいいと思っていたけど、こうやって華麗な先輩の側にいると落ち着かない。
気を失っていても、華のある人だから。
出来れば眠っている間にここを立ち去りたいのに、ガッチリとつかまれた右手が痛かった。
あの取り巻きの華麗な女性たちと比べられたら嫌だなぁ。
私の心の声が聞こえたように、一緒にいても好きだと限らないと榊さんはつぶやいた。
先輩を見つめる榊さんの眼差しは優しいのに、とても寂しそうだった。
「その華やかな、いつもはべらせている人たちのこと、冬真様は大嫌いなんですよね。非常に我儘で寂しがり屋なので、とりあえず目の前の隙間を埋めるのに必要で……ただのバカです」
どういう意味か、私にはよくわからなかった。
いつも数人の女性が側にいたのに、大嫌い?
嫌いな人たちと、あれほど親密に関われるものだろうか?
私の沈黙をどう受け取ったのか、ふわっと榊さんは微笑んだ。
小さく「忘れてください」と榊さんは言って、それから先輩のことをお願いされた。
「失礼しました。私は手配のために少し離れますが、このどうしようもない人に付き添ってもらえますか? いつ気がついてもおかしくありませんから、一人にする訳にはいかないんです」
「はい。どうせ、離れないし」
先輩がつかんだままの右手を持ちあげると、軽くうなずいて榊さんは出て行った。
私は先輩の綺麗な寝顔に見惚れたけど、すぐに正気に返って祖母の実家へと電話をかけた。
あたりまえだけど、私が飛行機に乗っていると帰省中の祖母は信じていた。
想定外の事件に巻き込まれたことを伝えると、ひどく驚いていた。
私は事情を説明して、傷害事件の犯人の目撃者になったのでしばらく動けないことや、次の夏季講習日を考えると今回はドイツにはけないことを伝えると、非常に残念がった。
確かに、家族全員がそろってドイツに行けることなんて、本当に数年に一度しかないことだから私自身も残念だった。
だけど、仕方ないねと二人して笑いあった。
他の家族の様子を聞いたら、両親や弟たちはすっかりくつろいで、従兄のジェイクと観光に出ているそうだ。
日本で生まれてドイツに渡り家具職人の祖母の実家を継いだ伯父が、祖母と入れ替わるように出てきた。事件という単語に、過敏に反応しているようだった。
一人で大丈夫か? とか、ジェイクを今すぐそっちに向かわせよう! とか、今から自分が日本に行くから! とか、心配症そのままの口調でまくしたてる。
まるで幼い子供を相手にしているような言葉の数々に、大丈夫だと私は笑うしかなかった。
ありがたいなぁとは思うけれど、それほど大げさな状況ではない。
被害者の先輩のことも簡単に説明し、ちゃんとした弁護士がついているからと言い含める。
伯父さんは不服そうだったけれど、結局は納得してくれた。
ドイツは気軽に行き来できる距離ではないし、私も子供ではない。
もう高校生なのだから、旅行の期間ぐらい一人で何とかなるはずだから。
離れていてもアイリーンを愛しているよと恥かしげもなく口にする伯父さんに、ありがとうと答えながらも照れてしまった。
私の名前は愛莉だけど、身内にはアイリーンと呼ばれている。
アイリーンは当たり前に耳に馴染むけれど、何度聞いても愛してるは慣れない。
伯父さんに付き合っていると話が長くなりそうなので、とにかくまた連絡を入れるからと電話を切った。
よく考えたら、少なくともこの一週間は一人きりだ。
そのことに気がついて、私は驚いた。
一人になれるなんて、生れて初めてかもしれない。
いつも嵐のように騒々しい大家族なので、ものすごく貴重な自由時間だった。
せっかくだから飛行機のキャンセル料で一人の時間を満喫してもいいし、いつも自宅が戦場みたいなので静かな環境で勉強できる。
こんなこと、もう二度とないだろう。
気持ちが浮き立ったけれど、ふと右手に視線を落とす。
つかまれたままで痛いけれど、この手が離れない限り私は動けない。
どうしてこんなに、必死につかんでいるのだろう?
まるで、どこにもいかないでほしいとすがるようだった。
診察室の中は静かだった。
榊さんは帰ってこないし、看護師さんも来なかった。
私は何もすることがないので、ただ、冬真先輩の顔を見つめていた。
頭と肩に包帯が巻かれている。
痛々しい状態でも、驚くほど綺麗な顔立ちだ。
華奢なように見えて、広い胸や背中だったな。
かばわれた時の息のつまる感じを思い出して、一人で照れてしまった。
弟を抱き締めることはあっても、身内以外の誰かに抱きしめられたのは初めてだから。
自分のことはほっておいて、とっさに赤の他人の私をかばうなんて、かなりすごいことだ。
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