君が奏でる部屋

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17 スウィートルーム

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 予定外にホテルのスウィートルームで休ませてもらえることになった。
 僕は、かおりが泣き止むまで肩を抱いて窓からの景色を見ていた。かおりが愛しくて愛しくて、言葉はいらなかった。

 かおりは泣きすぎて顔があげられなくなってしまっていた。……困ったな。まぁ、時間はあるけど。せっかく可愛いのに、そんなに目を腫らして赤くして……。

 かおりが時間をかけて、やっとのことで言葉を口にした。
「……ごめんなさい……先生、……素敵なスーツなのに、私今日……、ちょっとメイクしてあって、汚しちゃった……」
「そんなこと構わない。それよりデザート食べて笑って? まだだったでしょ?」

「……うん……」
「メイクしてたのか。すごく自然でわからなかった。でも、なんかいつもより可愛いって思ってた」

 かおりは恥ずかしそうに下を向き、でも嬉しそうな表情だった。もう大丈夫かな。

「かおり、海に行くのに着替え持ってきてるから、車から取ってきていい?」
「はい」


 僕は車から着替えを取ってきて、ラフな格好になり、スーツをクリーニングに出して、ベッドからかおりを見つめてゆっくりした。

 かおりはショコラのデザートを食べた後、部屋の奥のドレッサーの前でメイクをやり直した。長い髪をおろしただけのかおりの後ろ姿と、鏡に映るかおりの表情が見えた。かおりは、メイクの仕上げに唇に乗せるリップを筆に取ろうとした。

「かおり、それ僕にさせて。……おいで」

 ベッドから声をかけたら、かおりはリップと筆を持って、こちらにゆっくり歩いてきた。




 持ってきたものを両手で僕に手渡して、ベッドの端に座った。僕はベッドの中央に座っていたから、もっと近くに来るように手で促した。おずおずと近くに来ようとするも、ふかふかのベッドに長いスカートが邪魔をするのか、転びそうで可笑しい。

 リップをつけるために、手と顔を近づけたら、かおりは目を閉じた。少しずつ筆にリップを取り、少し顎を上に向かせて唇に乗せ、それを何回か繰り返した。筆でリップを取っている時は、かおりは目を開けて僕の手を見ていた。……そしてまた、僕の手をかおりの唇に近づけると、ゆっくり目を閉じていた。


 時折、窓の外を眩しがるように目をぎゅっと瞑るかおりは、これからの何かを、期待してくれているのだろうか。


「……できたよ」

 ゆっくり、眩しそうに目を開けたかおりの、ほんの少しだけひらいた、色のついた唇が艶っぽくて、僕は吸い寄せられるように自分の唇をあてた。ピアノを弾いてからのことは、何もかも予定外だ。自分の行動も制御できず、自分の唇も意志を持って勝手に動くようだった。かおりを抱きしめて、唇を離さず、舌を入れて、唇の中まで堪能した。
 長く通っているこのホテルのショコラの味は知っている。甘すぎない、苦味すら感じるほど大人っぽいテイストだ。食べたばかりのかおりの口の中はほろ苦く、それなのにとてつもなく甘かった。僕は子供の頃は別として、甘いものはそんなに口にしなかった。今、夢中でその甘さを味わっている自分に驚く。
 左手でかおりの腰を抱き、右手はかおりの頬をつかまえて離さなかった。ホテルのベッドという場所も相まって、僕は過去最高に興奮した。

 一年前、僕がかおりに初めてキスした後、かおりはそれ以来、唇に果物や甘いものが触れるとキスを思い出して、恥ずかしくて食べられなくなったということを思い出した。僕はあまり甘いものを食べないが、これからショコラを食べる度にこのキスを思い出すだろうと予感した。

 僕は広いベッドの中央に足を投げ出していた。かおりの膝を開いて僕の体に密着させて座らせ、かおりの手を持って僕の首にしがみつかせた。胸の感触が堪らない。かおりの頭を抱いて長い髪を弄ぶと、時折びくんとして、僕にすり寄るような瞬間もあった。このまま押し倒してしまいたくてどうしようもなかった。

 僕が自分本意にキスをしていたから、多分かおりは上手に息を吸えていなかった。ほんの少し唇を離した途端の吐息や、すり泣くようなかわいい声も堪らなかった。

 かおりはいやがるような素振りはなかったが、これだけでも刺激が強すぎただろう。男の本能をむき出しにして怖がらせたくない。まだ不安にさせたくない。かおりがどこまでわかっているのか確かめてからにしてやりたい。


 少し前まで、かおりにどうやって甘えてもらうか考えあぐねていたのに。今、ホテルの部屋のベッドで僕にすがるように体を傾け、吐息も隠さず、おそらく必死で僕のキスを受けるかおりの色っぽさに、僕は大満足だった。

 キスだけなのに、一気に大人にしてしまったようなかおりの変化への驚きと、自分がかおりを少女から女にしたという征服感と背徳感があった。

 かおりはマリア様の学校に通っているし、キスより先は結婚するまでしないと約束してあった。それは、僕が自分自身に言い聞かせた約束でもある。

 部屋を借りている時間いっぱい、かおりの長い髪を指にからませてはすいて、唇を重ねた。

 

 ほんの数日前、かおりの部屋で深夜に顎をすくった4回目のキスは未遂だったが、もうこれで数えられなくなった。


















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