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『入れない家』の調査に行きます

『入れない家』の調査に行きます④

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 連想ゲームさながら、自分の腕が真っ黒な"何か"に食いちぎられる光景を想像しかけた刹那。
 すいと向けられた漆黒の双眸が、決意を瞬かせて私を捉えた。

「アンタのことは、俺が守る」

「!」

 言い切って、雅弥は再び押し入れの捜索をはじめた。
 微塵の疑いもない、確信的な自信。
 言葉にせずとも、"だから安心しろ"と、雅弥の意図は伝わってくるのだけど……。

(……なんだろう。この、違和感)

 妙に波立つ胸中の理由を知ろうと、私は胸に手をあてた。
 ほどなくして、気づく。
 悔しいんだ、私は。雅弥に"守る"と言われて。
 確かに私は"見える"ってだけで、祓うどころか、扉を開けるすべすらない。
 ワガママ言って家に上がらせてもらえただけの、ただの"か弱い"人間。

 ――守られるべき存在。
 それが、悔しい。

「……なら、私は」

 呟きに、雅弥の怪訝そうな目が向く。
 まっすぐに視線を捉えた私は、決心に両手を握りしめて、

「私は、雅弥を守る」

「…………は?」

「私、運動神経もけっこういいし、今だってそこそこ鍛えてて、腹筋に線入ってるんだから。あ、直接見てもらったほうが早い……」

「まて。やめろ服を捲りあげるな……っ!」

 風のような早さで距離を詰めた雅弥が、シャツの裾を握った私の両手を必死に抑え込む。

「恥じらい……は持ち合わせていなかったとしても、羞恥心くらいはあるだろう!?」

「べつに、見られて恥ずかしい腹筋じゃないもの。実際に根拠を見せたほうが、説得力も高まるでしょ? そんなに焦っちゃって……あ、もしかして、雅弥って筋肉に興奮するタイプの人だった?」

「違う! そういうことでは――ともかく服からその手を放せ……っ」

 あまりの形相にしぶしぶ裾を開放すると、雅弥はぐったりと頭を垂れて、

「本当……なんなんだアンタは……」

 ちょっと情けない声で呟いた。

「ねえ、話の続きしてもいい?」

「……そうだな。アンタの奇行が読めた試しはないが、今後のためにもアンタの思考パターンを知っておきたい」

 雅弥が私の手を解放して、手を退く。
 その指先が完全に地を指す前に、今度は私が両手で掬い上げた。
 手の内の指先が微かに強張る。私は構わず雅弥を見上げ、「だからね」と続けた。

「本当にヤバそうになったら、悪いけど、力づくでも雅弥をおぶって逃げるから。"祓い屋"としては屈辱でしょうけど、私だって、雅弥にはちゃんと雅弥として『忘れ傘』に帰ってほしい。二人で皆のところに戻るためにも――私が、雅弥を守る」

 私を見下ろす双眸が、これでもかと見開かれる。
 驚愕。それもそうよね。
 だって私は雅弥からすれば、ただ"見えるだけ"の人間なんだもの。

「馬鹿を言うな」か、「寝言は寝て言え」か。
 呆れられるのは覚悟の上。けれど、「ふざけるな」って。
 一番に向けられるのが嫌悪だったら……ちょっと、悲しい。

(でも、これは私の決定事項だから)

 どんな返答がこようと意志は曲げない。
 そんな意地を込めて、少しかさついた指先を強く握りしめる。
 と、雅弥は顔を伏せ、

「……アンタは、本当にわけがわからないな」

「へ?」

 顔が上がる。
 私に向けられたのは、どこか挑発めいた、当惑的な笑みだった。

「アンタのことだ。やると言ったらやるのだろう」

 なら、やってみせろ、と。
 そう告げる雅弥の声から、どこかうような響きを感じたのは、"受け入れてもらいたい"と望む私の錯覚だったのか。

 ぼんやりしていた私の両手から、するりと離れた指先。
 雅弥はすっかりいつも通りの無愛想顔で、部屋をぐるりと見渡した。

「ここには居なそうだな。奥を見てから、二階に上がってみるか」

「あ、うん!」

 歩みだした雅弥の背を追いかけ、再び廊下に出る。
 けれど私の思考は、先ほどの衝撃にとらわれたまま。

(雅弥って、笑えるんだ……)

 初めてみた。
 うん……笑うとちょっと、いつもより幼く見えるかも。

(って、ぼやっとしてたらダメダメ! 今はいつ何が現れるかわからないんだから、集中しなきゃ)

 守ると宣言したのだから、絶対に、なにがなんでも二人で無事に帰ってみせる!
 両手で頬を叩いて気合を入れなおした私は、雅弥の生温い視線を受け流しつつ途中でトイレを覗いて、それから廊下奥の浴室へと向かった。

「……せめて、私にも気配がわかればなあ」

 風呂場の扉を開ける雅弥の背後。洗濯機の蓋を上げながら呟くと、

「一度分かるようになってしまうと、望まずとも"感じる"ようになる。アンタが思っているよりも面倒だぞ」

「うーん、でもやっぱり少しくらい戦力になりたいというか。高倉さんの"念"が見えた時は、嫌な感じがしたんだけどなあ……」

「それはおそらく、あの"念"の標的がアンタだったからだろう。のっぺらぼうの時もそうだが、特定の個人に何かしらの執着が向けられている場合と、こちらから意図的に気配を察知するのではワケが違う」

「へえー、なんか複雑なのね」

 そう返した途端。
 ――リン、と。どこか遠くから聞こえた、軽やかな鈴の音。
 私は顔を跳ね上げ、

「! 雅弥いまの……っ」

「なんだ?」

「鈴のおと! 聞こえなかった――って、玄関に鈴なんてついてたっけ?」

「あ、おいっ!」

 呼ばれるようにして、私は廊下を覗き込む。
 瞬間、息をのんだ。
 二階へと通ずる階段横。玄関の上り口に、小学生くらいの男の子が立っている。

 灰色の髪と、同じ色の瞳。くすんだ白いシャツは華奢な身体をさらに頼りなげにしていて、灰褐色のハーフパンツからは、骨ばった膝小僧が見え隠れしている。
 私を見つめる少年は、くしゃりと今にも泣き出しそうに顔を歪めて、

「……出ていって」

「!」

「……ここは、僕が守らないと」

 幼く澄んだ声に気を取られていた刹那、

「……出たな」

「! 雅弥っ」

 風呂場から引き揚げてきた雅弥が、廊下に踏み出て、鞘から"薄紫"を引き抜いた。
 少年の頬が強張る。それでも彼は怯えの浮かんだ瞳に決意をみなぎらせ、

「この家から、出て行って……っ」

「っ! 逃がすか……っ!」

 階段を駆けあがっていく少年を、雅弥が追いかける。
 私もその背を追うようにして駆け出し、

「雅弥っ! なんかあの子、ワケありっぽくない!?」

 階段下から叫ぶも、駆けのぼっていく背は振り返りもせず、

「だとしても、俺は"祓い屋"だ。俺は俺の仕事をする……っ! アンタはそこにいろ!」

(――ダメ)

 このまま雅弥を先に行かせたら、あの子はきっと、そのまま斬られてしまう。

(――それじゃダメ!)

 直感に、私も階段の手すりをつかんだ。

「私もそっち行く!」

 叫びながら駆け上がる。
 先に上り切った雅弥が驚いたようにして振り返り「アンタはまた……っ」とちょっと怒ったような顔をした。

「だってあの子、絶対になにか理由が――」

 その時だった。
 バンッ! ととどろいた、階上の扉が開いたような音。
 同時に顔を跳ね向けた雅弥が、

「止まれっ!」

 焦った声に足を止める。
 刹那、嵐の雨音に似た打撃音が響き渡り、階上からバラバラとガラス状の粒子が転げ落ちてきた。

「え、え、なに!?」

 腰を折り、代わる代わる私の足を叩くそれを手にとると、

「……ビー玉?」

 ううん、それだけじゃない。
 よく見ると、透明なおはじきも混じっている。

(そういえば、お祖母ちゃんの家にも、綺麗なガラス製のおはじきがあったなあ)

 宝石のようなそれをジャムの瓶に詰めて、太陽の光に透かす。
 そうすると、光が色を躍らせて、美しいおとぎの国に迷いこんだような気分に――。
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