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第5章
黒幕と突きつけられる真実(4)
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新島先輩が私の右肩の辺りを踏みつける。
目の前で私を捉える二つの猫目は、まるで殺傷するかのように私を見つめていた。
何で、こんなこと……。
「ねぇ、奏ちゃんが何であなたを捨てたのか、わかる?」
「何でって……」
突然、別れを告げられた理由ってことよね……?
それが、ずっとわからなかった。
新島先輩との関係を疑って、結局その真相もわからないまま。
何もかもがわからないままだから、私自身の気持ちがなかなか前に進めてないのも事実なのに……。
そんなことを聞かれたって、答えられるわけがない。
「奏ちゃんにとっても、あなたは愛すべき相手じゃなくて、恨むべき相手だって気づいたからよ」
「それって、どういう……」
「忘れたなんて、言わせないわよ」
「え……?」
「三年前、花町三丁目交差点で起こった事故のこと」
忘れるわけがない。
あの日からずっと、私はあのとき助けてくれたお兄さんに、少なからず罪悪感を感じながら生きてきたのだから。
「奏ちゃんから、聞いたのですか?」
私があの事故で命を救われた女の子だってこと。
「まぁ奏ちゃんも知ってたけど、あたしはもっと前からあなたのことを知ってたわよ」
「そうなんですか……?」
「あなた、本当に何も奏ちゃんに教えられてないのね」
新島先輩は、呆れたようにため息を吐き出す。
「あなたは、あのとき誰に助けてもらったのか、考えたことある?」
「誰に……」
知ってるようで、私はあのお兄さんのことを全然知らない。
助けてくれたお兄さんやご遺族について、頑なに何も話してくれなかったお父さんの姿が脳裏に過る。
私は、名前も顔も、それさえも知ることができなかったのだから。
「やっぱり。じゃあ、あたしが教えてあげる」
「知ってるんですか?」
「知ってるもなにも、あなたが事故を起こしたとき、あたしも見てたもの」
そして、新島先輩は容赦なく私に告げた。
「あのときあなたの代わりに亡くなったのは、あたしたちの同級生であり大切な幼なじみだった、奏ちゃんのお兄さんの、柳澤和真よ」
聞いた瞬間、背筋が凍った。
「え……」
とにかく目を見開いて、私は目の前に迫る新島先輩を見つめていた。
「……本当、許せない。和真を殺しておきながら、奏ちゃんにまでつけこんで、傷つけるなんて」
新島先輩の大きな猫目からポタポタと大粒の涙が落ちる。
「私は、そんなつもりじゃ……」
「言い訳なんていらないわよ! 奏ちゃんを傷つけて苦しめたのは、事実なんだから」
何も言い返せなかった。
思い返してみれば事故のことを話したとき、奏ちゃんは事故のことをよく知っていた。
元々あの近くに住んでいたんだと奏ちゃんから聞いていたことから、奏ちゃんが事故のことを知っていたことについて、私自身何の違和感も覚えていなかった。
あのとき、驚きと悲しみが入り交じったような表情を浮かべていた奏ちゃん。
奏ちゃんは、一体どんな気持ちで私の話を聞いていたの……?
「だからあなたがあのときの女だと気づいてながらも、あなたと付き合い続けてる奏ちゃんには、何回も言ったのに。あなたには関わるなって。興味本位で付き合い続けるのはやめろって」
「興味、本位……?」
「そうよ。むしろ、興味本位しかないでしょ、自分のお兄さんを殺した女と付き合うだなんて。まぁ、そんな奏ちゃんも、ようやく目が覚めたみたいだけどね」
「そんな……」
興味本位、否定するにもできないその言葉に、胸を深くえぐられるようだった。
奏ちゃん。
奏ちゃん……。
奏ちゃんの笑顔や優しい思い出が、頭の中を掠める。
奏ちゃんは今まで、何を思って私と一緒にいたの……?
全部知ってて、それでも私の隣にいて。
“好きだよ、花梨”
今でも鮮明に思い出せる、奏ちゃんの言葉でさえ、嘘だったのかも知れないってこと……?
目元が熱い。
奏ちゃんは、私のことを、私の過去を、受け入れてくれたわけじゃなかったって、ことなんだよね……?
涙で滲む視界の中、新島先輩は私の肩を踏みつけたままカバンからさらに何かを取り出し、次の瞬間には横たわる私の上に馬乗りになってきた。
薄暗いこの倉庫内を照らす蛍光灯の光で、キラリと反射した銀色の先端が、私の目の前に突きつけられる。
それが、鋭利な小型のナイフだということに気づくのに、大して時間はかからなかった。
目の前で私を捉える二つの猫目は、まるで殺傷するかのように私を見つめていた。
何で、こんなこと……。
「ねぇ、奏ちゃんが何であなたを捨てたのか、わかる?」
「何でって……」
突然、別れを告げられた理由ってことよね……?
それが、ずっとわからなかった。
新島先輩との関係を疑って、結局その真相もわからないまま。
何もかもがわからないままだから、私自身の気持ちがなかなか前に進めてないのも事実なのに……。
そんなことを聞かれたって、答えられるわけがない。
「奏ちゃんにとっても、あなたは愛すべき相手じゃなくて、恨むべき相手だって気づいたからよ」
「それって、どういう……」
「忘れたなんて、言わせないわよ」
「え……?」
「三年前、花町三丁目交差点で起こった事故のこと」
忘れるわけがない。
あの日からずっと、私はあのとき助けてくれたお兄さんに、少なからず罪悪感を感じながら生きてきたのだから。
「奏ちゃんから、聞いたのですか?」
私があの事故で命を救われた女の子だってこと。
「まぁ奏ちゃんも知ってたけど、あたしはもっと前からあなたのことを知ってたわよ」
「そうなんですか……?」
「あなた、本当に何も奏ちゃんに教えられてないのね」
新島先輩は、呆れたようにため息を吐き出す。
「あなたは、あのとき誰に助けてもらったのか、考えたことある?」
「誰に……」
知ってるようで、私はあのお兄さんのことを全然知らない。
助けてくれたお兄さんやご遺族について、頑なに何も話してくれなかったお父さんの姿が脳裏に過る。
私は、名前も顔も、それさえも知ることができなかったのだから。
「やっぱり。じゃあ、あたしが教えてあげる」
「知ってるんですか?」
「知ってるもなにも、あなたが事故を起こしたとき、あたしも見てたもの」
そして、新島先輩は容赦なく私に告げた。
「あのときあなたの代わりに亡くなったのは、あたしたちの同級生であり大切な幼なじみだった、奏ちゃんのお兄さんの、柳澤和真よ」
聞いた瞬間、背筋が凍った。
「え……」
とにかく目を見開いて、私は目の前に迫る新島先輩を見つめていた。
「……本当、許せない。和真を殺しておきながら、奏ちゃんにまでつけこんで、傷つけるなんて」
新島先輩の大きな猫目からポタポタと大粒の涙が落ちる。
「私は、そんなつもりじゃ……」
「言い訳なんていらないわよ! 奏ちゃんを傷つけて苦しめたのは、事実なんだから」
何も言い返せなかった。
思い返してみれば事故のことを話したとき、奏ちゃんは事故のことをよく知っていた。
元々あの近くに住んでいたんだと奏ちゃんから聞いていたことから、奏ちゃんが事故のことを知っていたことについて、私自身何の違和感も覚えていなかった。
あのとき、驚きと悲しみが入り交じったような表情を浮かべていた奏ちゃん。
奏ちゃんは、一体どんな気持ちで私の話を聞いていたの……?
「だからあなたがあのときの女だと気づいてながらも、あなたと付き合い続けてる奏ちゃんには、何回も言ったのに。あなたには関わるなって。興味本位で付き合い続けるのはやめろって」
「興味、本位……?」
「そうよ。むしろ、興味本位しかないでしょ、自分のお兄さんを殺した女と付き合うだなんて。まぁ、そんな奏ちゃんも、ようやく目が覚めたみたいだけどね」
「そんな……」
興味本位、否定するにもできないその言葉に、胸を深くえぐられるようだった。
奏ちゃん。
奏ちゃん……。
奏ちゃんの笑顔や優しい思い出が、頭の中を掠める。
奏ちゃんは今まで、何を思って私と一緒にいたの……?
全部知ってて、それでも私の隣にいて。
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目元が熱い。
奏ちゃんは、私のことを、私の過去を、受け入れてくれたわけじゃなかったって、ことなんだよね……?
涙で滲む視界の中、新島先輩は私の肩を踏みつけたままカバンからさらに何かを取り出し、次の瞬間には横たわる私の上に馬乗りになってきた。
薄暗いこの倉庫内を照らす蛍光灯の光で、キラリと反射した銀色の先端が、私の目の前に突きつけられる。
それが、鋭利な小型のナイフだということに気づくのに、大して時間はかからなかった。
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