きみと最初で最後の奇妙な共同生活

美和優希

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10.本当の気持ち

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「おいおい、せめてボール持ったらドリブルくらいしろよな」

「えー、しょうがないなぁ……」


 あんまり気は進まないけれど、健太郎のためにするって決めたからにはその通りにしたい。

 ボールを地面に向けてつくと、ダムダムと乾いたドリブル音が静かな公園内に響く。


「ほら、走れ!」

「はいはい」


 走る速度を上げるにしたがって、ダムダムとボールをつく音も加速する。


「そこで止まって、斜め四十五度の角度で、思いっきりシュートしろ」

「えぇっ!?」


 そんな無茶な、と内心思った。

 斜め四十五度で投げろと言われてその通りに投げられたら、私の体育の成績はもっといいはずだ。

 健太郎ってバスケは上手かったけど、もしかして指示するのはあまり上手くないんじゃ……。


 心の中で文句を言ったところで、時間は待ってはくれない。


 健太郎に指示されたものに近い動きを心がけて、その場で構えてシュートを放つ。


 やっぱり今日も健太郎とシンクロしてる部分があるようで、いつもはぎこちなくなるシュートの型が、自分でも綺麗にできたのを感じた。


 だけど、ボールはゴールの縁に当たり、惜しくも跳ね返って他のところへ飛んでいってしまった。


「あーあ。もう少し踏み出したら入っただろうな、今の」


「無茶言わないでよ。私にしては、これでもかなり上出来でしょ?」


 失敗したとはいえ、惜しい段階まで出来たのは、きっと健太郎が私の中にいるからだ。

 私の実力から考えたら、絶対にこれ以上のものなんてないのに。


「そうか。まぁ言われてみればそうだな。でも、やっぱりすげぇ気持ちいいな。もっかい挑戦してみろよ!」


 トクンと胸が苦しくなる。

 健太郎のバスケの試合を見に行ったとき、試合後に健太郎が『バスケって、すげぇ気持ちいいな』って言ってた姿を思い出してしまったから。


 健太郎は、本当にバスケが好きだったんだと思う。

 それなのに、もう二度と健太郎自身の身体で、健太郎はバスケを楽しむことができないんだ。

 そう思うと、また涙があふれそうになる。


 だけど私の身体を通してでも、健太郎がバスケを少しでも楽しめるのなら。生きてた頃のような、健太郎の明るい声を聞くことができるのなら。

 私はいくらでもシュートを打ちたいと思った。


 シュートが決まらなくても、健太郎がこうして私の身体を通してでも、一分一秒でも長くバスケを楽しめるならいいと思った。

 きっと健太郎が今、私を通して感じることのできる全てが奇跡だから。


 私と健太郎の今の状態も、いつまで続くかわからない。

 突然健太郎が私の中にいたように、突然健太郎はいなくなってしまうかもしれない。


 だから、もしも“その時”が来たときに。

 健太郎が少しでも、この瞬間を心から愛しく思えるように。

 健太郎が少しでも、この世界が大好きだったと思えるように。


 私は健太郎の代わりに地を蹴って、何度もボールを宙へ放った。


「──っしゃあ! ナイス、千夏!」


 何度目かわからないシュートで、ようやくボールは自分が投げたとは思えないくらいに綺麗な弧を描いてゴールのネットに吸い込まれた。


 このときの健太郎の声は、私の中に来てから一番楽しそうで嬉しそうな声だった。


 夕暮れどきだったオレンジ色の空はもうすでに薄暗くなっていて、一番星がキラキラと私たちを見下ろしていた。


 このとき見た一番星を、私はきっと一生忘れないと思う。
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