【完結】隠れ刀 花ふぶき

かじや みの

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2話 花ふぶきの謎

三 天女の刀(二) 

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「江ノ島に渡るの?」
「いや・・・」
「そろそろ教えてよ。何がわかったの?」
「まずは富士山だ。そして、海」
 江ノ島には渡らずに、海岸沿いを鎌倉の方に戻っていく。
 時々振り返り、雲をかぶった富士山を見ながら、辺りを見回している。
「わかった。相州で富士山の見える場所なんだろ?しかも海沿いだ。拵には波が描かれてた。・・・でもそんなの、見えるとこぐらいいくらでもあるよ」
 荘次郎がお手上げだと言うように空を見上げた。
「新兄の相州伝だから相州なんて、簡単すぎない? 誰にでもわかるじゃん?」
「だが、これが相州伝だと知っているのは、ごくわずかだろ?」
「そっか」
「家宝を集めて見ないことにはわからないことだ」
「面白いね。・・・そこからどうやって絞り込むの?」
「お前もちっとは考えろよ」
「いいじゃんか。新兄がわかったんだから。・・・そういう荘兄はどうなんだよ」
 横目で荘次郎を見る。
「わかってたらもうとっくに話してるよ」
「なんだあ。同じじゃん」
 と笑って荘次郎を押した。
 砂地に足を取られてよろめいた。
「何すんだよっ」
 押し返そうとする荘次郎から、洋三郎が素早く逃げ出す。
「砂浜気持ちいいーー!」
 波打ち際まで走っていく洋三郎を、荘次郎が追いかけていく。


「新兄、ひどいんだよ荘兄が・・・」
 二人とも砂にまみれ、海に入ったのか水に濡れている。
 新一郎が笑い出した。
「まるで子供だな。恥ずかしくないのか」
 と言いながらも、子供に返って遊ぶのも悪くないと思っていた。
 そんな刻を兄弟で持てたことが嬉しくて、それだけで、旅に出てよかったと思う。

「洋三郎、鍔を見せてくれ」
 もう日没が近くなっている。
 逆光になって、島も山も暗くなってきた。
「はい」
 洋三郎が取り出した鍔を三人で頭を突き合わせて見た。
「島だ! 山もある。この飛び出た山は富士山だね」
 江戸でも見ているのに、全く頭に入っていなかった。
 むしろ、花と波の印象が強かった。
 鍔の上の方に花。下に波で、真ん中にうっすらと、島のようなものと、山が描かれていた。
 しかも刀を通す穴に、島と山が分断されているのだ。
「この波のように見えているのは、実は波ではなくて、天女の羽衣だと思うんだ」
「羽衣?」
 二人が声を揃えた。
「じゃあ、おれのこれも・・・」
 そう言って、荘次郎が小柄と笄を取り出した。
「羽衣か・・・確かに、そう見えなくもない」
「覚えているか? はばきに彫られていたのは、琵琶を抱えた天女だった。・・・歩きながら話そう」
「どこへ行くの?」
「さっき、土地の人に場所を聞いておいた」
 歩き出した新一郎の後を、砂を叩き落としながらついていく。

「そして、そこに描かれている花は、桜ではなくて、龍を表している」
「龍?」
「ちょっと、全然わからないんだけど・・・」
「五頭龍の伝説だよ。頭が五つある龍だ。花はいくつある?」
「あ!五つだ。たまたまじゃないの?」
「こっちも花は五つ・・・」
「確かに、たまたまかもしれない。でも確かめてみる価値はある。ここからどうやって花ふぶきまでたどり着くか、わからないけどな」
「なぜ龍だとわかったの?」
「単純かもしれないが、相州伝の鍔と目貫が龍なんだ。どこにでもありそうな普通の龍だけどな。こいつが龍で、花ふぶきが江ノ島の天女、弁天で対になっているんじゃないのかな」
「なるほど!」
「どこでそんな話を知ったんだ?五頭龍なんて知ってたの?」
「実は・・・さちが話していたことがあって・・・」

 さちの言葉を再現すると、
「友達のおよしちゃんがね、夫婦約束を交わしている・・・名前は忘れたけど、その人と江ノ島詣に行って来たんだって。ねえねえ知ってた? 江ノ島の弁天さまって龍と夫婦なんだって。頭が五つある龍だそうよ。その龍が弁天さまに一目惚れして夫婦になろうって言ったんだって。でも悪い龍だったから弁天さまは断った。それでも龍は諦めずに人々に尽くすようになって、とうとう結ばれたんだって。いい話ね。その話を聞いたおよしちゃんたちは、江ノ島で愛を誓い合ったそうよ。・・・いいわねえ。・・・あたしも行きたいわ」

「それで、新兄はなんて言ったの?」
 洋三郎が身を乗り出すように聞いた。
「ああ・・・行きたいなら行って来ればいいって」
「・・・」
 荘次郎が額を押さえた。
「怒られたでしょ」
「ああ、怒られた」
「だから新兄は・・・」
 荘次郎が慌てて洋三郎の口を塞いだ。
「あわわ、あわわわ・・・(なんで気が付かないの!それって完全に告白みたいなもんじゃん。さちさんは新兄と一緒に行きたいのに)」

「着いたぞ。ここは龍口と言う所らしい。龍を祀る神社だ」
 洋三郎は、荘次郎の腕をとっ払って怒鳴った。
「なんでこんな時刻に神社って・・・。明日でいいじゃないか!」
「何怒ってるんだ? まずは土地の神様にご挨拶するのが道理じゃないか」


 その時、拝殿の方から、手拭いを姉さんかぶりにした質素な身なりの女とすれ違った。
 お参りの帰りなのだろう。農家か職人の女房のようである。
「もし」
 声をかけられて、三人は振り返った。
 お互いの顔がわからないほど、まだ暗くはない。
 女は目を見開いて、三人を見比べていた。
 みるみる涙が溢れて、頬を伝っていく。
「え?・・・だれ・・・?」
 手で口元を覆って崩れるように膝をついた。
「よくぞ・・・ここまで、たどり着いてくれました」
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