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3話 立花家の危機
一 黒幕現る(四)
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「これは・・・」
仙次が、紙に書き出した三人の名前を見て、言葉を失っている。
「主計どのがあげた、花ふぶきに関心のある者たちだ。実際に手を下した者がこの中にいるかどうかはわからない。一人ずつあたるしかないな」
「まだいるって言ってたぞ」
「そんなに?」
「この中にいなかったとしても、これだけで十分だろう。調べるうちに向こうから何か言ってくる」
「親分誰か知っているの?」
洋三郎が声をかけた。
仙次の驚き方が尋常ではなかった。
「そんな・・・信じられない」
兄弟には、この三人が何者なのかさっぱりわからなかった。
武家にも、政にもまったく関心がないのだ。
岡っ引きとして同心の下で働く仙次は、政にも明るいのだろうか。
「お奉行さまが、・・・そんな」
「お奉行って?」
「おい、まさか!」
「南町奉行、土岐甲斐守さま・・・」
「えええっ!!」
洋三郎が大きな声を出した。
「だから、牧の旦那が・・・」
「そういうことか」
「まさか、お奉行さまが人攫いじゃないよね」
「そんなことはないと思いたいけど」
「牧の旦那、締めあげようか」
「そうだ、何か知っていることがあるかもな」
「二人ともやめろ。それはあり得ない。町奉行がそんなことはしない」
新一郎は言い切った。
「新さん・・・」
筆をとり、土岐甲斐と書かれた下に、町奉行と書き、縦線で消した。
「後の二人は、知ってる?」
「いえ、あとは・・・」
と仙次が首を振る。
「どうやって調べる?」
「やっぱり牧の旦那に聞くしかないよ。今度のことだって、報告してあるんでしょ?」
「そうです」
仙次が頷く。
こちらの状況をよくわかっているのだ。
「それはそうなんだが・・・」
新一郎が躊躇う。
「旦那にだけ頼るのもどうかと思うんだ」
「確かにそうだよな。癪だし」
荘次郎も同意した。
洋三郎も頷いた。
「旦那に当たるのは最後の手段にしよう。おれが心当たりを当たってみる」
新一郎が言い、考え込む表情になった。
ここは大名の屋敷だろうか、旗本だろうか。
庭に面した静かな部屋だった。
波蕗と二人、閉じ込められているわけではないが、見張りが常にいて監視されている。
「ここはどこ?」
と、見張の女に聞いても何ひとつ答えない。
「けち!」
悪態をつくが、無表情のままだ。
「能面!」
外の喧騒がまったく聞こえない、こんな静かな場所、一人だったら気が狂いそうだ、とさちは思った。
もう四日ほど経ち、何もすることもなく、もうイライラしている。
いつまでもつかわからない。
「波蕗ちゃん、大丈夫?」
何か喋ってないと落ち着かない。
「はい。大丈夫です。おねえさまと一緒ですから」
波蕗は出されたお茶を啜って笑っている。
意外に肝が据わっているようだった。
さすが三兄弟の妹だ。
「兄さまたちがきっと来てくださいます」
初めは、波蕗がしくしく泣いて、さちが慰めるという図を思い描いていたのだが、慰められているのはこちらの方だった。
「あたしたち人質なのよ。そんなのんびりさせてくれるとは思えないけど・・・」
「そのときは、そのときです」
「まあ、それもそうだわね」
今イライラして、いざという時にぐったりと疲れていては動きが鈍る。
新一郎たちの足手纏いにだけはなりたくなかった。
見張ではない人が近づいてくる気配がして、二人は顔を見合わせた。
いよいよ来たのか。
さすがに表情がかたくなる。
「変わりないか」
見張に問う男の声。
忍びやかな足音がする。
粗暴さがなく、この屋敷に似合う、育ちの良い殿様なのか。
波蕗を庇うように膝立ちになる。
「姫君たち、ご機嫌いかがかな?ここの暮らしに慣れてくれるといいのだが」
人攫いとは思えないような、柔らかく穏やかな声だった。
やはり殿様なのか、身なりも上等なものだった。
若い。
新一郎と変わらないくらいに見える。
なんとなく脂ぎったおじさまを想像していたさちは、面食らった。
「へえ。かわいいねえ」
にっと笑った。
「手荒な真似をしてすまなかったね。もう少しの辛抱だからね」
だが、見下ろした目は笑っていなかった。
さちの背中に冷たいものが伝い落ちた。
仙次が、紙に書き出した三人の名前を見て、言葉を失っている。
「主計どのがあげた、花ふぶきに関心のある者たちだ。実際に手を下した者がこの中にいるかどうかはわからない。一人ずつあたるしかないな」
「まだいるって言ってたぞ」
「そんなに?」
「この中にいなかったとしても、これだけで十分だろう。調べるうちに向こうから何か言ってくる」
「親分誰か知っているの?」
洋三郎が声をかけた。
仙次の驚き方が尋常ではなかった。
「そんな・・・信じられない」
兄弟には、この三人が何者なのかさっぱりわからなかった。
武家にも、政にもまったく関心がないのだ。
岡っ引きとして同心の下で働く仙次は、政にも明るいのだろうか。
「お奉行さまが、・・・そんな」
「お奉行って?」
「おい、まさか!」
「南町奉行、土岐甲斐守さま・・・」
「えええっ!!」
洋三郎が大きな声を出した。
「だから、牧の旦那が・・・」
「そういうことか」
「まさか、お奉行さまが人攫いじゃないよね」
「そんなことはないと思いたいけど」
「牧の旦那、締めあげようか」
「そうだ、何か知っていることがあるかもな」
「二人ともやめろ。それはあり得ない。町奉行がそんなことはしない」
新一郎は言い切った。
「新さん・・・」
筆をとり、土岐甲斐と書かれた下に、町奉行と書き、縦線で消した。
「後の二人は、知ってる?」
「いえ、あとは・・・」
と仙次が首を振る。
「どうやって調べる?」
「やっぱり牧の旦那に聞くしかないよ。今度のことだって、報告してあるんでしょ?」
「そうです」
仙次が頷く。
こちらの状況をよくわかっているのだ。
「それはそうなんだが・・・」
新一郎が躊躇う。
「旦那にだけ頼るのもどうかと思うんだ」
「確かにそうだよな。癪だし」
荘次郎も同意した。
洋三郎も頷いた。
「旦那に当たるのは最後の手段にしよう。おれが心当たりを当たってみる」
新一郎が言い、考え込む表情になった。
ここは大名の屋敷だろうか、旗本だろうか。
庭に面した静かな部屋だった。
波蕗と二人、閉じ込められているわけではないが、見張りが常にいて監視されている。
「ここはどこ?」
と、見張の女に聞いても何ひとつ答えない。
「けち!」
悪態をつくが、無表情のままだ。
「能面!」
外の喧騒がまったく聞こえない、こんな静かな場所、一人だったら気が狂いそうだ、とさちは思った。
もう四日ほど経ち、何もすることもなく、もうイライラしている。
いつまでもつかわからない。
「波蕗ちゃん、大丈夫?」
何か喋ってないと落ち着かない。
「はい。大丈夫です。おねえさまと一緒ですから」
波蕗は出されたお茶を啜って笑っている。
意外に肝が据わっているようだった。
さすが三兄弟の妹だ。
「兄さまたちがきっと来てくださいます」
初めは、波蕗がしくしく泣いて、さちが慰めるという図を思い描いていたのだが、慰められているのはこちらの方だった。
「あたしたち人質なのよ。そんなのんびりさせてくれるとは思えないけど・・・」
「そのときは、そのときです」
「まあ、それもそうだわね」
今イライラして、いざという時にぐったりと疲れていては動きが鈍る。
新一郎たちの足手纏いにだけはなりたくなかった。
見張ではない人が近づいてくる気配がして、二人は顔を見合わせた。
いよいよ来たのか。
さすがに表情がかたくなる。
「変わりないか」
見張に問う男の声。
忍びやかな足音がする。
粗暴さがなく、この屋敷に似合う、育ちの良い殿様なのか。
波蕗を庇うように膝立ちになる。
「姫君たち、ご機嫌いかがかな?ここの暮らしに慣れてくれるといいのだが」
人攫いとは思えないような、柔らかく穏やかな声だった。
やはり殿様なのか、身なりも上等なものだった。
若い。
新一郎と変わらないくらいに見える。
なんとなく脂ぎったおじさまを想像していたさちは、面食らった。
「へえ。かわいいねえ」
にっと笑った。
「手荒な真似をしてすまなかったね。もう少しの辛抱だからね」
だが、見下ろした目は笑っていなかった。
さちの背中に冷たいものが伝い落ちた。
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