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氷の舞
舞くらべ
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「逃げるの? 雪也」
呼び止めたのは、蔦吉だった。
「勝負はどう? あんたとあたしの一騎打ち。どうかしら、左京さま」
「そうだな。舞くらべでもしたらどうか」
「舞くらべ・・・」
「これは見ものだぞ」
雪也は背筋が凍った。
深川で一番の芸者に敵うはずがない。
蔦吉は、舞よし、姿よし、男前の気風よしのすべてが完璧と言っていいほどの芸者だ。
「そんな・・・恐れ多いことにございます」
振り返ると、畳に手をつき頭を下げた。
「どうかご勘弁を」
「逃げるの? 雪也」
もう一度、蔦吉が言う。
「舞は”辰巳”にしましょう。同じものを舞うの。違いがよくわかって面白いでしょ」
勝手に決めて、艶然と微笑んだ。
「辰巳・・・」
雪也は愕然とする。
難しい舞で、年季の入った巧者の芸者だけが舞うことができる粋なものだった。
(勝てるわけがない)
雪也は舞ったことがない。
と言うより、舞わせてもらえない。
なので、まだ稽古もしていなかった。
それがわかっていて恥をかかせるつもりなのだ。
「やめるかえ?」
「・・・」
言葉を失った雪也に、芸者たちの嘲笑が浴びせられる。
「負けたらどうする」
と左京大夫が言った。
「そうねえ。土下座だけでは面白くないわねえ」
「負けた方が、裸になれ」
左京大夫の言葉に、おお、と一同が手を叩く。
手拍子が鳴り止まない。
勝敗は決まったも同然だ。
これは新人芸者への嫌がらせ。いじめだ。
誰も止めようという者はいない。
「さあ、雪也。用意はいい? かわいそうだから、あたしが先に舞ってあげる」
よっ、蔦吉! 待ってました。と声がかかる。
取り巻きの侍が立って、お座敷の戸をすべて開け放った。
「舞くらべだ! 蔦吉と雪也の一騎討ちだぞ!」
「見なきゃ損だぜ!」
と叫ぶ。
すると、他のお座敷の戸が開いて、何事かと人が集まってきた。
吉次が慌てて駆けつけた。
「雪也。遅いと思ったら、どういうこと? 蔦吉、なんの真似だい」
「吉次姐さん、悪いけど、これは、あたしと雪也の勝負なの。邪魔しないでくださる?」
そうだそうだと周りが囃し立てる。
もう、後には引けない。
蔦吉は、すっと立つと、雪也の目の前を通って、下座まで下がった。
三味線方、囃し方が呼ばれて、支度が整う。
吉次は舌打ちするが、雪也を待っていた旦那が姿を見せ、面白そうじゃないかと見物にまわったために、仕方なく下がった。
心配そうな叔母の様子を目の端にとめて、雪也は覚悟を決めた。
三味線が鳴り出し、蔦吉の舞が始まった。
深川芸者の心意気と、艶っぽさの両方を同時に出さなければならない。
男前な芸者の大胆な動きと、繊細な粋。蔦吉が考える最高の芸者の姿を、舞を通して知らしめる。
(すごい・・・綺麗)
堂々たる舞姿に、雪也は見惚れた。
手、足、腰の動きの一つ一つが粋だった。
華がある。
この人は本物だ、と思った。
(これが、蔦吉姐さん)
周りが見えなくなり、この後、自分が舞うことも忘れるほどに夢中になった。
音楽と、舞を目に焼き付ける。
蔦吉の舞をみようと、人だかりができていた。
終わると、さすが蔦吉、と感嘆の拍手と称賛の嵐になった。
「さすがだな、蔦吉」
左京大夫も眩しそうに見て、誉めている。
「本当に・・・」
雪也が思わず呟く。その興奮した顔を眺められていることに気づいていなかった。
「さあ、どうぞ。あなたの辰巳を見せてごらんなさい」
雪也は立つと、蔦吉と交代した。
舞えるかどうか、わからない。
だが、舞いたいという気持ちはあった。
(私にとっての、辰巳・・・)
芸者の粋とは。
三味線が鳴り出した。
さっき見た、蔦吉の動きを再現する。
「なに?」
場がざわついた。
雪也が辰巳を舞ったことがないのを知る者は、驚きを隠せない。
初めは、寸分違わず、同じ動きをする。
だが、同じにはならない。
次第に少しずつ、振りが違ってきて、似てはいるが、まったく違うものになっていく。
しっとりと舞ったかと思えば、お座敷をいっぱいに使って賑やかに、次は愛しい人との逢瀬を楽しむように艶やかに。
三味線が、雪也の動きに合わせて、旋律を変えていく。
同じ曲とは思えない。
その場、その時の情景が浮かぶかのような雪也の動きに、皆の目が離せなくなる。
普段は、ゆったりと情感を歌うような感じの舞がほとんどで、笑みもないが、今、雪也の顔には、舞う情景に合わせて笑みも浮かぶ。
流し目で、お客を誘う仕草も見せる。
雪也の考える芸者とは、一期一会。
その場でしか作ることのできない刻を、客と共に、演出するもの。
一人一人に目を止めて、違った色を見せる。
冷たいと思われていた雪也の舞は、熱く、熱を帯て、元の場所に戻ると、ゆったりと辰巳の舞に戻った。
これは辰巳ではないと言う者がいる一方で、雪也の舞に心酔する者もいて、評価は分かれているようだった。
だが、拍手は長く続き、甲乙つけ難いという声が多かった。
「なるほど。納得がいったわ。駆け出しがどうしてこれほど人気があるのか不思議だったのよ」
蔦吉が、何度もうなずいた。
そして、帯揚げをほどき、帯を前に回してほどき始めた。
「姐さん!」
「どうやらあたしの負けだ。約束通り、裸になりましょう」
「そんな!」
「ねえ、左京さま」
「お前が負けたと思うなら、そうするがいい」
左京大夫も止めない。
たくさんの見物人がいる前で、するすると迷いなく、紐を解き、着物を肩から落とした。
惚れ惚れする裸身が露わになった。
堂々と、裸を晒し、笑みさえ浮かべている。
感嘆の声が漏れ、よっ、蔦吉、日本一!の声もとんだ。
「姐さん、やめてください!」
雪也は、畳に落としたままの蔦吉の着物を拾って、後ろから、抱きしめるような形で着せかけた。
「だめです!」
「なんだい、この子は」
蔦吉が笑っている。
雪也は、着物で、蔦吉の体を隠し、そのまま抱きついている。
「姐さんは負けてません」
「何言ってんだい。これで、あたしの客が増えるんだよ」
蔦吉はそう言いながらも、邪険に振り払いはしなかった。
仲のよい姉妹のように見えた。
呼び止めたのは、蔦吉だった。
「勝負はどう? あんたとあたしの一騎打ち。どうかしら、左京さま」
「そうだな。舞くらべでもしたらどうか」
「舞くらべ・・・」
「これは見ものだぞ」
雪也は背筋が凍った。
深川で一番の芸者に敵うはずがない。
蔦吉は、舞よし、姿よし、男前の気風よしのすべてが完璧と言っていいほどの芸者だ。
「そんな・・・恐れ多いことにございます」
振り返ると、畳に手をつき頭を下げた。
「どうかご勘弁を」
「逃げるの? 雪也」
もう一度、蔦吉が言う。
「舞は”辰巳”にしましょう。同じものを舞うの。違いがよくわかって面白いでしょ」
勝手に決めて、艶然と微笑んだ。
「辰巳・・・」
雪也は愕然とする。
難しい舞で、年季の入った巧者の芸者だけが舞うことができる粋なものだった。
(勝てるわけがない)
雪也は舞ったことがない。
と言うより、舞わせてもらえない。
なので、まだ稽古もしていなかった。
それがわかっていて恥をかかせるつもりなのだ。
「やめるかえ?」
「・・・」
言葉を失った雪也に、芸者たちの嘲笑が浴びせられる。
「負けたらどうする」
と左京大夫が言った。
「そうねえ。土下座だけでは面白くないわねえ」
「負けた方が、裸になれ」
左京大夫の言葉に、おお、と一同が手を叩く。
手拍子が鳴り止まない。
勝敗は決まったも同然だ。
これは新人芸者への嫌がらせ。いじめだ。
誰も止めようという者はいない。
「さあ、雪也。用意はいい? かわいそうだから、あたしが先に舞ってあげる」
よっ、蔦吉! 待ってました。と声がかかる。
取り巻きの侍が立って、お座敷の戸をすべて開け放った。
「舞くらべだ! 蔦吉と雪也の一騎討ちだぞ!」
「見なきゃ損だぜ!」
と叫ぶ。
すると、他のお座敷の戸が開いて、何事かと人が集まってきた。
吉次が慌てて駆けつけた。
「雪也。遅いと思ったら、どういうこと? 蔦吉、なんの真似だい」
「吉次姐さん、悪いけど、これは、あたしと雪也の勝負なの。邪魔しないでくださる?」
そうだそうだと周りが囃し立てる。
もう、後には引けない。
蔦吉は、すっと立つと、雪也の目の前を通って、下座まで下がった。
三味線方、囃し方が呼ばれて、支度が整う。
吉次は舌打ちするが、雪也を待っていた旦那が姿を見せ、面白そうじゃないかと見物にまわったために、仕方なく下がった。
心配そうな叔母の様子を目の端にとめて、雪也は覚悟を決めた。
三味線が鳴り出し、蔦吉の舞が始まった。
深川芸者の心意気と、艶っぽさの両方を同時に出さなければならない。
男前な芸者の大胆な動きと、繊細な粋。蔦吉が考える最高の芸者の姿を、舞を通して知らしめる。
(すごい・・・綺麗)
堂々たる舞姿に、雪也は見惚れた。
手、足、腰の動きの一つ一つが粋だった。
華がある。
この人は本物だ、と思った。
(これが、蔦吉姐さん)
周りが見えなくなり、この後、自分が舞うことも忘れるほどに夢中になった。
音楽と、舞を目に焼き付ける。
蔦吉の舞をみようと、人だかりができていた。
終わると、さすが蔦吉、と感嘆の拍手と称賛の嵐になった。
「さすがだな、蔦吉」
左京大夫も眩しそうに見て、誉めている。
「本当に・・・」
雪也が思わず呟く。その興奮した顔を眺められていることに気づいていなかった。
「さあ、どうぞ。あなたの辰巳を見せてごらんなさい」
雪也は立つと、蔦吉と交代した。
舞えるかどうか、わからない。
だが、舞いたいという気持ちはあった。
(私にとっての、辰巳・・・)
芸者の粋とは。
三味線が鳴り出した。
さっき見た、蔦吉の動きを再現する。
「なに?」
場がざわついた。
雪也が辰巳を舞ったことがないのを知る者は、驚きを隠せない。
初めは、寸分違わず、同じ動きをする。
だが、同じにはならない。
次第に少しずつ、振りが違ってきて、似てはいるが、まったく違うものになっていく。
しっとりと舞ったかと思えば、お座敷をいっぱいに使って賑やかに、次は愛しい人との逢瀬を楽しむように艶やかに。
三味線が、雪也の動きに合わせて、旋律を変えていく。
同じ曲とは思えない。
その場、その時の情景が浮かぶかのような雪也の動きに、皆の目が離せなくなる。
普段は、ゆったりと情感を歌うような感じの舞がほとんどで、笑みもないが、今、雪也の顔には、舞う情景に合わせて笑みも浮かぶ。
流し目で、お客を誘う仕草も見せる。
雪也の考える芸者とは、一期一会。
その場でしか作ることのできない刻を、客と共に、演出するもの。
一人一人に目を止めて、違った色を見せる。
冷たいと思われていた雪也の舞は、熱く、熱を帯て、元の場所に戻ると、ゆったりと辰巳の舞に戻った。
これは辰巳ではないと言う者がいる一方で、雪也の舞に心酔する者もいて、評価は分かれているようだった。
だが、拍手は長く続き、甲乙つけ難いという声が多かった。
「なるほど。納得がいったわ。駆け出しがどうしてこれほど人気があるのか不思議だったのよ」
蔦吉が、何度もうなずいた。
そして、帯揚げをほどき、帯を前に回してほどき始めた。
「姐さん!」
「どうやらあたしの負けだ。約束通り、裸になりましょう」
「そんな!」
「ねえ、左京さま」
「お前が負けたと思うなら、そうするがいい」
左京大夫も止めない。
たくさんの見物人がいる前で、するすると迷いなく、紐を解き、着物を肩から落とした。
惚れ惚れする裸身が露わになった。
堂々と、裸を晒し、笑みさえ浮かべている。
感嘆の声が漏れ、よっ、蔦吉、日本一!の声もとんだ。
「姐さん、やめてください!」
雪也は、畳に落としたままの蔦吉の着物を拾って、後ろから、抱きしめるような形で着せかけた。
「だめです!」
「なんだい、この子は」
蔦吉が笑っている。
雪也は、着物で、蔦吉の体を隠し、そのまま抱きついている。
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