【完結】蟠龍に抱かれて眠れ〜美貌のご落胤に転生?家老に溺愛されてお家騒動に巻き込まれる〜

かじや みの

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1章 嵐

6 嵐が来る

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 特筆するようなひどい事もなく、半月ほどが過ぎた。

 体も心も回復して、景三郎の日常が大体把握できたと思う。

 藩校での過ごし方にも慣れてきた。

 父上との親子関係も良好だ。

 この時代は、親の言うことは絶対だと思うのだが、今まで短い間だけど、理不尽だと思ったことはない。

 怒鳴られたことも、叱られたこともない。
 本当に穏やかな父だった。

 もちろん、景三郎ではないことは言っていない。
 どう言えばいいのかもわからないし、信じてももらえないに決まっている。

 別人だと気づかれているだろうか。

 夜、話があると呼ばれて、部屋まで行った。

 このところの父上は、ひどく疲れているように見える。

 景司が見ても、どこか思い詰めているような、うつろな目をしているときがある。

 将司なら愚痴を言うところでも、こっちの父は、訊いても話してくれないだろう。

 武士の鏡とは、こういう人のことを言うのではないかと、我が父ながら思っている。
 弱音を吐かないし、人を悪く言うこともない。
 尊敬できる父だった。

 今日は、愚痴でも聞かせてくれるのだろうか。
 そのほうが嬉しいものなんだけどな。

 親子といえども、タメ口はない。

 景司は黙って正座し、兵衛介の言葉を待つ。

「景三郎」
「はい」
「そなたには、謝らねばならん」
「・・・」
 何をいうのかと、顔をじっと見つめた。

「なかなか元服させてやれなくてすまない」
 景三郎は、まだ元服をしていない。
 もうとっくに、元服をしていい年なのだが、事情があるのか、遅れていた。

 だから、月代を剃らずに、髷を結っていないのだ。
 かといって、子供のような髷でもなく、そのせいでかえって目立っているとも言えた。

「どうしたものか、私の決心も、つかなくてな」
 と寂しげに笑う。

「景三郎は、どう生きたいと思っておる? 存念を聞いておきたい」
「・・・」
 どう生きたいか?
 考えたこともない。
 この世界に慣れるのに必死で、どんな生き方があるのかさえも、まだわかっていないのだ。

 父上のような、立派な武士になりたいと言えばいいのだろうか。

「それは・・・今はわかりません」
 正直に答えた。

「そうか。わからぬか」
 父は、穏やかに笑ったが、ふと遠くを見る目つきになる。

「何か、あったのでしょうか」
 景司は、心配になって思わず訊いた。

 それには答えず、父は言った。
「お前なら、きっと、これからどんなことが起こっても、大丈夫だ。強い子だ。己の生きたいように生きればよい。・・・わかったな」
「・・・」

 急に何を言い出すのだろう。
 まるで、遺言のような・・・。

「誰の言うことも聞くことはない。すべて己が決めるのだ。よいな」

 この時代に、そんなことができるのだろうか。

「案ずることはない。お前ならできる」
「父上・・・」

 父には、何が起こるのか、わかっているかもしれない。

「はい。お言葉に甘えて、好きに生きます」

 怖さを感じながらも、そう答えていた。

 父がうなずいて、ほっとしたように笑った。

 翌朝、いつものように出仕する父を見送ったが、夜になっても、夜中になっても帰ってこなかった。

 そして、次の日になって、城からの使者が片瀬家を訪れた。

 その使者は、信じられないことを言った。

 兵衛介は切腹して果てた。
 片瀬家はお取り潰しとなったゆえ、早々に屋敷を明け渡すように、と。

「加平次。これはどういうことなんだ?」

 使者が帰ったあと、力が抜けて座り込んでしまった加平次に訊いた。

 何を言っていたのか、飲み込めない。

 口上だけではなく、書付も置いて行っが、達筆の文字が踊っているだけで、わからない。

「若さま・・・」
 加平次は、涙を流すだけで、言葉が出ないようだった。

 父上が、死んだ?
 なんでだ!
 どうしてこんなことに・・・。

 何かがある。何かが。

 父上が罪人なんだろうか。
 それとも殺されたんだろうか。

 目の前に遺骸もないのに、信じろというのか。

 震えが止まらなくなった。
 何もわからないことが、とてつもなく怖かった。

 もっとちゃんと聞いておくべきだったと悔やんだ。

「ちょっと行ってくる」
「どちらに?」
「吉村さまのところへ」
 右京の父親である、筆頭家老のところだ。
 きっと何かを知っている。
 部屋住みの右京に聞いても、おそらくわからないだろうが、藩のトップなら確実だ。

「おやめなさいまし。若が行っても、騒ぎになるだけです。下手をすれば、お咎めを受けてしまいます」
「でも、こんなに何もわからないんじゃ、どうしていいかわからない」
「ここは、このじいにお任せくだされ。まずはここを出なければなりません」
 と、涙を拭いてよろよろと立ち上がった。

「ここを出て、どこへ行くの?」
「とりあえずは、じいの里へ。荷物をまとめましょう。お殿さまからも言いつかっております。何かあったときは、なるべく早く、身を隠すようにと。若さまも手伝ってください」

 その時、雨がざっと降り出してきた。

「じいは、何か知っているの?」
「いいえ。ですが、このままじっとしていても、らちがあきませんからな。お殿さまはもう帰ってきません」

 加平次がキッパリと言った。

 風が吹いて、屋敷の戸をガタガタと揺らした。

「今夜は嵐になるやもしれませんな。急ぎましょう」

 どうしてみんな、何も教えてくれないのだろう。

 景司は、釈然としない気持ちのまま、荷物をまとめるために、のろのろと動き出した。
 確かに、じっとしていても仕方がない。

「では、若さま、じいは里へ行って、ことの次第を話し、若さまをお迎えする支度をしてまいります。今夜は戻れないと思いますが、くれぐれも短慮はなりませんぞ」
「わかった。じいも道中気をつけて」

 加平次は、わずかな荷物を背中にくくりつけ、みのをつけた。

 武士って、ミニマリストだな。
 荷物をまとめていて、その少なさに驚いた。
 だから、すぐにやることもなくなった。

 雨戸も閉められた暗い屋敷に一人残された景司は、不安に押しつぶされそうだった。

 強烈にもとの世界に帰りたくなる。

「お父さん・・・」

 父上がいなくて、どうやって暮らしていくのだろう。
 あまりにも急すぎる。

 寂しすぎる。

 もう藩校にも行けない。
 道場にも。

 誰も知らないところで、また一からやり直しだ。

 膝を抱えたまま動けなかった。
 涙が止まらない。

 風が次第に激しくなり、ごうごうと音を立てている。

 ーー己の生きたいように生きれば良い。

 そう、言ったよね。

 景司は顔をあげた。

 もうあたりは暗くなっている。

「行かなきゃ」

 吉村さまのところへ。
 このまま、ここを離れられない。
 父の死を、嘆くだけで、何もしないなんてありえない。

 景司は、何も持たずに飛び出した。
 一瞬で全身に雨を浴びて、ずぶ濡れになる。

 かまわずに歩き出す。

 屋敷を出てしまったら、もう、城の門の内側には入れない。
 今じゃないとダメなんだ。

 嵐のせいで、誰も外を歩いていない。
 見つからないのは好都合だった。

 藩校はまだ入り口だ。
 家老の屋敷は、お城にもっとも近いところにある。
 まだ遠い。

 不意に路地から人が飛び出してきて、ぶつかりそうになった。

 笠に蓑を着て、慌てているようだった。
 避けた拍子に、強風が吹き、景司の体がふらついた。

「すまん、大丈夫か」
 腕を掴まれて、顔をあげると、笠の下の顔が見えた。

「景三郎!」
 右京が目を見張っていた。
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