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2章 かぶき者
10 剛のもの
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「さあ、行こうか」
身支度を整えて、旅籠屋を出た。
宿代は、久松式部からもらえと夏目が主人に言っている。
景司はうつむいて、連行されるような覇気のない顔になっている。
旅籠屋から出すことには成功したが、戦いを阻止することはできなかった。
忍びが脅してきたということは、これから起こることも、想像がつく。
彼らが向かう先は、久松の屋敷だ。
「しけた面するな」
高木に小突かれる。
無力感に打ちひしがれていた。
今にも倒れそうなほど落ち込む景司を、肩に担ぐ。
もはや、抵抗する気力もない。
城下の北の出入り口である御門まで来た。
ここから北へ向けていけば、久松の別邸まで迷うことなくいけるだろう。
門には見張がいるから、景司たちの動向は把握されているに違いない。
気づかなかっただけで、もう最初から、見張られていたかもしれなかった。
「歩けるよ」
おろしてもらった。
もう逃げられないことはわかっている。
少し歩いたところで、笠をかぶった侍が、四人の前に膝をついた。
「伊織」
笠をあげて、顔を見せ、景司に笑いかける。
そして、三人に改めて頭を下げた。
「おひさしゅうございます」
「おお、伊織ではないか」
「元気だったか」
「やはり、鶴と共に来ておったのだな」
「はい」
「え? 知り合いだったの?」
驚いて、叫んでしまった。
「知らなかったのか。伊織は水野家にいたのだ。水野家が断絶してから、行方知れずだったが。・・・そういうことだったか」
「これから先は危険でございます」
「だろうな」
「伊賀者が待ち伏せしておりますゆえ、お気をつけて」
「そんな!」
愕然となる景司と違って、三人は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「そいつは楽しみだ」
「あの世のお頭に、いい土産話ができる」
「腕がなるぜ」
「伊織、だめだ。止めてよ!」
なんで止めないのか。
伊織は手に持っていた細長い袋を開けて、刀を取り出した。
「これをお使いください」
それは、鮮やかな朱鞘の大刀だった。
差し出されたそれを、渋々受け取る。
「こいつは、鶴の何なんだ」
相良が伊織に訊いた。
「それは・・・」
「伊織、やめろ!」
景司が阻止しようと声を荒げた。
「大切なお方でございます。このお方のためならば、喜んで命を捨てるでしょう」
「そうか。鶴がやりそうなことだ」
と目を細める。
「では、鶴の元へ、送り届ける」
「お待ちいたしておりまする」
伊織が道を開けた。
「私は、宿に行き、支払いを済ませてから、後を追います」
「頼んだ」
なんだかついていけない。
伊織を呆然と見送っていると、歩くようにうながされた。
「伊織は見かけによらず剛のものだ。見習えよ」
確かに、柔らかい見た目からは想像がつかないけれど、強いものを持っている。
歩きながら話してくれた。
「伊織は、あの美貌だからわかるだろうが、色小姓あがりだ。男どもが奪い合うほどに人気があり、伊織を手に入れようと、刃傷沙汰まで起こる始末だった」
美しい小姓を持っていれば、それがステータスになったのだ。
その仲裁に入ったのが、水野十郎左衛門だった。
水野は、争いの原因が伊織だと知ると、面前に引き据えた。
斬り合いになろうとしているのに、取りなしもせず、黙って見ているだけの伊織に腹を立てているようだった。
「お主が元凶だな。そこへなおれ。成敗してくれる」
と、刀を抜くと振り下ろした。
真っ二つになった骸を、誰もが想像するほどの凄まじい気迫だった。
が、伊織はまったく動じることなく、微動だにしなかった。
口元には、笑みさえ浮かんでいた。
鼻先に、ぴたりと切先が突きつけられていたのだ。
動けば、斬られていたかもしれない。
「ほう、いい度胸だ。気に入った」
伊織を奪い合い、斬り合おうとしていた武士たちに言った。
「お前らに、これほどの度胸があるか。ないであろう。この者はおれが預かる。欲しければ、おれを通せ。見合うだけの度胸がなければやらん」
「鶴も、あの場にいたかもしれんな」
それ以来、伊織は水野家の小姓となった。
「すごい・・・」
「伊織も、おれたちの同士だ。考えていることはわかっている」
「止めるわけがなかろうが」
「残念だったな」
頭を小突かれた。
そして、ここから林に向かって伸びる一本道にさしかかった。
伊賀者が待ち伏せているとしたら、この先だ。
身支度を整えて、旅籠屋を出た。
宿代は、久松式部からもらえと夏目が主人に言っている。
景司はうつむいて、連行されるような覇気のない顔になっている。
旅籠屋から出すことには成功したが、戦いを阻止することはできなかった。
忍びが脅してきたということは、これから起こることも、想像がつく。
彼らが向かう先は、久松の屋敷だ。
「しけた面するな」
高木に小突かれる。
無力感に打ちひしがれていた。
今にも倒れそうなほど落ち込む景司を、肩に担ぐ。
もはや、抵抗する気力もない。
城下の北の出入り口である御門まで来た。
ここから北へ向けていけば、久松の別邸まで迷うことなくいけるだろう。
門には見張がいるから、景司たちの動向は把握されているに違いない。
気づかなかっただけで、もう最初から、見張られていたかもしれなかった。
「歩けるよ」
おろしてもらった。
もう逃げられないことはわかっている。
少し歩いたところで、笠をかぶった侍が、四人の前に膝をついた。
「伊織」
笠をあげて、顔を見せ、景司に笑いかける。
そして、三人に改めて頭を下げた。
「おひさしゅうございます」
「おお、伊織ではないか」
「元気だったか」
「やはり、鶴と共に来ておったのだな」
「はい」
「え? 知り合いだったの?」
驚いて、叫んでしまった。
「知らなかったのか。伊織は水野家にいたのだ。水野家が断絶してから、行方知れずだったが。・・・そういうことだったか」
「これから先は危険でございます」
「だろうな」
「伊賀者が待ち伏せしておりますゆえ、お気をつけて」
「そんな!」
愕然となる景司と違って、三人は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「そいつは楽しみだ」
「あの世のお頭に、いい土産話ができる」
「腕がなるぜ」
「伊織、だめだ。止めてよ!」
なんで止めないのか。
伊織は手に持っていた細長い袋を開けて、刀を取り出した。
「これをお使いください」
それは、鮮やかな朱鞘の大刀だった。
差し出されたそれを、渋々受け取る。
「こいつは、鶴の何なんだ」
相良が伊織に訊いた。
「それは・・・」
「伊織、やめろ!」
景司が阻止しようと声を荒げた。
「大切なお方でございます。このお方のためならば、喜んで命を捨てるでしょう」
「そうか。鶴がやりそうなことだ」
と目を細める。
「では、鶴の元へ、送り届ける」
「お待ちいたしておりまする」
伊織が道を開けた。
「私は、宿に行き、支払いを済ませてから、後を追います」
「頼んだ」
なんだかついていけない。
伊織を呆然と見送っていると、歩くようにうながされた。
「伊織は見かけによらず剛のものだ。見習えよ」
確かに、柔らかい見た目からは想像がつかないけれど、強いものを持っている。
歩きながら話してくれた。
「伊織は、あの美貌だからわかるだろうが、色小姓あがりだ。男どもが奪い合うほどに人気があり、伊織を手に入れようと、刃傷沙汰まで起こる始末だった」
美しい小姓を持っていれば、それがステータスになったのだ。
その仲裁に入ったのが、水野十郎左衛門だった。
水野は、争いの原因が伊織だと知ると、面前に引き据えた。
斬り合いになろうとしているのに、取りなしもせず、黙って見ているだけの伊織に腹を立てているようだった。
「お主が元凶だな。そこへなおれ。成敗してくれる」
と、刀を抜くと振り下ろした。
真っ二つになった骸を、誰もが想像するほどの凄まじい気迫だった。
が、伊織はまったく動じることなく、微動だにしなかった。
口元には、笑みさえ浮かんでいた。
鼻先に、ぴたりと切先が突きつけられていたのだ。
動けば、斬られていたかもしれない。
「ほう、いい度胸だ。気に入った」
伊織を奪い合い、斬り合おうとしていた武士たちに言った。
「お前らに、これほどの度胸があるか。ないであろう。この者はおれが預かる。欲しければ、おれを通せ。見合うだけの度胸がなければやらん」
「鶴も、あの場にいたかもしれんな」
それ以来、伊織は水野家の小姓となった。
「すごい・・・」
「伊織も、おれたちの同士だ。考えていることはわかっている」
「止めるわけがなかろうが」
「残念だったな」
頭を小突かれた。
そして、ここから林に向かって伸びる一本道にさしかかった。
伊賀者が待ち伏せているとしたら、この先だ。
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