偽りの妃と影の帝は後宮で密談をする

かじや みの

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偽りの姫、後宮へ向かう

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 近衛家の牛車が動き出した。

 行き先は、やんごとなき帝が住まう御所。

 日にち、時刻、吉方、すべて陰陽師に占ってもらってある。

 それが今日、丑の刻。
 今の時刻だ。

 指示通りに支度を整えて牛車に乗り込み、出発したのだった。

 何一つもれなく完璧に。
 間違いがあっては、のちのち災いのもととなる。
 何かがあったときに、あのときのあれが悪かったのだということのないように。

「ふわぁ~~~あ」
 姫が盛大なあくびをした。
「なんでこんな夜中なんだよ」
 姫にしては、声が太く、口調も乱暴だ。

「仕方がありません。陰陽師の言うことは、絶対です」
 答える声は、淡々としているが、紛れもなく女性のものだった。

 牛車の中は暗くて、顔ははっきり見えない。
 お互いの影が判別できるくらいだ。
 牛飼い童が持つ松明の灯りがあるおかげで、闇の中ではなかったが。

「ま、目立たないからいいけどさ」
 姫はもう一つ大きなあくびをした。

 他は完璧でも、最大の間違いがここで起きている。

 十二単の中身は、姫ではない。
 入内するはずの夕姫の兄、近衛雅朝まさともだった。

 このくそ重たい衣装のおかげで、男だろうが体の線が目立たない。
 顔も、兄妹で似ていると言われているから、ぱっと見はそれほど違和感がないだろう。
 しかも、今は夜中。
 疑われることはないはずだった。
 ないと思いたい。

 後宮に入るまでが第一関門。
 ここを突破すれば、あとは、婚礼の儀式が最難関。

 そこが最大の山場で、乗り越えれば、帝との二人きりの対面のときが訪れる。

 目的を達成するまでは、気を抜くところはなく、緊張を強いられる。

「珠、ついたら起こしてね」

 それでも、のろのろと進む牛車に揺られるのは眠くて、とうとう脇息に突っ伏すようにして、眠ってしまった。



 出発の一刻前。

「まるで姉妹ですわ」
 夕姫の十二単を雅朝に着せかけて、侍女のたまが目を細めた。

 雅朝と共に牛車に乗る、夕姫付きの信頼できる侍女だ。

 この身代わりは、夕姫の協力が欠かせないが、できた妹姫は快く引き受けてくれた。

「本当ね。似合っていますわ、兄上さま」
 夕姫が楽しそうに笑った。
 おっとりした見た目だが、度胸は男にも負けない妹だ。

 両親には、ちゃんと夕姫が挨拶をした。
 その後、兄妹は入れ替わって、雅朝が牛車に乗る手筈だ。

「雅朝はどこに行ったのかしら。こんな大事な時に」
「まったくだ」
 ため息をつく両親に、夕姫は、
「兄上は近頃、ご執心の姫ができたようですよ。妹のことよりもそちらの方が大事なようですわ」
 と、意味ありげに微笑する。
 兄の不在の理由を匂わせて、雅朝がいなくても騒ぎにならないようにさらりと布石を打った。

 夕姫が入内することになったのは、宮中で行われた花見の宴で、帝に見そめられたからで、その後も一年ほどかけて歌のやり取りを重ねて愛を育んできた。

 近衛家の本家は、関白も出すほどの家柄だが、雅朝の家は、一族とはいえ、中程度の家だ。
 帝との縁は、そうそう持てるものではない。

 宴に出席できたのも、人数集めに駆り出されたからで、帝の目に止まったのは奇跡的なことだった。

 妃になりたいと言い出したのは夕姫で、親の意向ではなかったために、皆が驚いた。
 はっきり言って、身分違いなのだ。

 だが幸いにして帝には、まだ皇子がいないため、身分に関わらず、気に入った姫を後宮に入れる方針のようで、夕姫入内の件は思ったよりもすんなりと決まった。

 本人が望んだ婚姻なのに、身代わりを承知するなんて、あり得ないことなのだが、兄の事情を理解してくれ、支度を手伝ってくれている。

「言うな」

 雅朝は、不機嫌そうに唇を尖らせる。

 妹のふりをして女装するなど、やりたいわけじゃない。

「お上にお話を聞いたら、すぐに戻るから。せっかくの儀式なのに、ごめんな」
「ううん。儀式なんて、疲れるだけだからいいのよ。かえって助かります」
 と、さらりと言ってのける。
 貴族たちの、好奇な視線にさらされるのはいいものではないだろう。

「お気をつけて。お上にくれぐれもよしなに」
「ああ、よろしく言っとくよ」

 雅朝は、夕姫と視線の高さを合わせて、背の高さを体に覚えさせた。
 曲げた膝は、袴の下で見えることはない。

 今まで育ててくれた家を後にするのに、素早く牛車に乗り込んだ。

 夕姫は、その後、こっそり屋敷を抜け出して、珠の実家に身を寄せることになっている。
 雅朝の従者、乙丸が万事心得て付き従ってくれる。

「夕、本当にごめん」
 車の中で、手を合わせた。

 こうでもしなければ、雅朝が帝と会って話をする機会などないのだ。



 ガタン。
 牛車が止まった。

「姫、着きましたよ」
 珠が、肩をゆすった。
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