千姫影道中〜秀頼の幽霊に取り憑かれた俺が挑む25番勝負〜

かじや みの

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プロローグ

1番勝負 淀君(中)

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「母上」

 淀君の前に、すっとその幽霊が立ち、俺を守るように両手を広げた。

 やはり本物の秀頼なのか。

「私は、大坂を離れます」
「何を言うのじゃ」
「もう大坂に、我らの居場所はありませぬ」
「いいや。ここを離れて何とする。我らがここで死んだのは何のためぞ。この大坂城で、徳川が滅びるのを見届けるのじゃ」
「もうここは豊臣の生きる場所ではないのです」
「そのようなことはない。消そうとしても、豊臣が生きた証は残るものじゃ」
「母上のお気持ちはわかります。どうぞ、ここにいたければ、お好きなようになさってください」
「そなたとて、大坂を離れられまい。わらわと共に、徳川を呪うのじゃ。のう、秀頼」
 淀君は、秀頼に抱きついた。
「もう戦は終わりました」
「終わらぬ。現に、徳川を恨む怨念が国中に渦巻いておる。そなたも感じておるのだろうが」
「恨むのは筋違いです。我らとて、同じでした。人の恨みをかって生きてきました。どこかで断ち切らなければ」
 怨念は生まれ続ける。

「それがどうした。豊臣が善で、徳川が悪だとは言わぬ。だが、死んで終わりではなかった。むしろ死してからの方が何でもできることがわかった。今を生きる人間にも影響を与えることができる。人の血の中には、先祖の記憶が眠っている。魂になろうとも、人の念は残り、生き続ける。生きている者を操ることさえできるのじゃ。そなたとて、その者を使ってどこぞへ行こうとしておるではないか」
「・・・」
「そなたのおる場所は母のそばしかない」
「・・・」
「共に戦う運命なのじゃ」

 秀頼は黙ったままだった。

「おばさんさあ。もう死んだんだから、解放してやれよ」

 俺は我慢できなくて言ってしまった。
 生前はどんなに偉くても、死んでしまえば魂に身分はない。
 魂の階層はあるようだが、生前の身分は関係がないようだ。
 敬語なんていちいち使っていられない。

「秀頼もさあ。死んだら自由なんじゃねえの? 何遠慮してんだよ」

 淀君が、目を怒らせて俺を睨んできた。

「母親ってのは、いないと寂しいけど、いても鬱陶しいもんだな。死んでまで息子を思い通りにしようなんて、無理なんだよ。おばさんのものじゃねえし」
「おのれっ、小者の分際で、無礼な!」
 周りの空気が燃えるようだ。

 雨が降っているのに、ゆらゆらと陽炎のように、空気が揺れている。

「秀頼も言いたいこと言ってやれよ」

 何かが飛んでくると思ったら、刀を手に、淀君が迫ってきた。

 蓑の下に隠していた刀を抜いて、咄嗟に防いだ。
 武士の使う刀よりも短く、反りがない。
 雨の中、抜きたくはなかったが、仕方がない。

 金属音はしないはずなのに、耳をつんざくような音が体に響いた。

 俺の背後についていた霊たちが一瞬で消し飛んだ。

「小僧が、わらわに敵うと思うのか」

 にっと口元を歪ませた美しい顔が、目の前にあった。
 弱いものを痛ぶるような好戦的な目だ。

「どうしてくれよう。組み上げたばかりの石垣の下敷きにでもしてやろうか」

 周りの石が、持ち上がる。

 秀頼は、立ち尽くしたまま俺を見ている。
 どうするのか、力を試しているのかもしれない。

 淀君を弾くように押し返すと、変わりに石が飛んできた。

 跳んで避けると、石同士がぶつかって地に落ちる。
 石は現実にあるものだから当たれば無事ではすまない。

 足が地面に着くと同時に、今度は木の棒がくる。

 刀で叩き落とせるようなものではない。
 杭だろう、先が細くなっている。
 突き刺さることはないが、衝撃で吹っ飛ぶかもしれない。
 そう思わせるほどの速さで飛んでくる。
 転がって避けた。
 全身が泥だらけになった。

 周りにあるものが、俺めがけて飛んでくる。

 雨で、足元が滑る。

 避けきれずに、石が頬を掠めた。

 風が渦を巻いて、竜巻のようになり、蓑も笠もいつの間にか飛ばされてしまった。

「ちょうど良い。忌々しい城ごと潰してくれよう」

 石垣は崩れることはないだろうが、建設途中の建物や足場などが崩れる被害があるかもしれない。

 どうすればいい?

 攻撃の隙を伺うが、早くしないと、身体中に傷が増えていく。
 防いではいるが、すべては避けられない。

 幽霊と戦ったことは今までにない。
 肉体を持たない魂は不死身だ。

 どうしたらいいかわからなかった。

 そうだ、あれは効くのか?

 旅の坊さんに真言を教えてもらったことがあった。
 お前は、いろんなものに憑かれやすそうだから、覚えておくといいと。

 だが、咄嗟に出てこない。

 何だっけ?
 何ちゃらそわかとか言ってたけど。

「母上、おやめください」

 秀頼の声がした。

「母上に何と言われようと、私の気持ちは変わりません。私は、怨霊になど、なりたくない!」

 力強く言い切った秀頼に、淀君の意識がそれ、攻撃が弱まった。

「それは、母上も同じです。怨霊になって欲しくない。誰よりも、強く美しい母上だからこそ、最後は穏やかに逝かせてあげたかった」
「な、何を言うのじゃ・・・秀頼」
「それだけが、心残りです。私の、不徳・・・不甲斐ない息子を、お許しください」

 風が止んだ。

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