台風が行ったので、今日から私がお姫様です

Yuzki

文字の大きさ
1 / 6

台風が来るので、今日の私はお休みです(前編)

しおりを挟む
前日の話 

「明日は台風が来るみたいなんだけど、どうするの?」
 私の問いに、幼馴染は不敵な笑みを浮かべて、
「告白するわよ、私の好きな人に。だって、明日が私の人生で最高の恋愛運の日なのよ? それを逃がすことなんてしないわ!」
 本来なら歓迎して祝福して後押しすらもするべき幼馴染のその言葉を、しかし私は心からの応援を出来ないでいた。
 何故かと言えば、それは――。

*

 話は、今朝まで遡る。
 徒歩登校組である私と、幼馴染で親友でもある透子は、いつものごく待ち合わせて高校へと向かう。
 通学中に話すのは、大抵は他愛もないことである。
 昨日見たドラマの話やゲームの話、最近お気に入りのネット小説の話、なんてのを話題に乗せることもある。
 私の最近のお気に入りは、少し古い恋愛シミュレーションゲームに出てくる悪役令嬢の、
「私今日からね、恋愛マスターに就任したの」
 いきなり透子が、妙なことを口走った。なんと言ったのかはっきり聞き取れなくて、私が聞き返す。
「え、何? 欄外マスター?」
「欄外マスター……? それってもしかして、ネット小説の欄外でウンチク語る枠の例のあの人?」
「何それ。怖いんだけど。ちっちゃいおじさんみたいな?」
 何者なんだ、欄外マスター……。
「いいえ違うわ。恋愛よ、恋愛。甘い恋と愛の恋愛マスターなのよ」
 ……え? 今透子は何て言った?
「……恋愛? これまで誰も好きになったことのない、男子に告白されても見向きもしなかったあの透子が?」
 すると透子は少しだけ傷付いたような表情を見せた。あ、これあんまり見ない顔だ。これはこれでちょっと可愛い。……じゃなくて、
「うー。あるもん、私だって好きな人くらいいるもん。今まで恥ずかしくて言えなかっただけだもん」
 しかも拗ねてる。もんもん言ってるこの状態はまさしくレアキャラで、今の透子は抱きしめたいくらいに可愛い。
「ごめんごめん。それで? なんで恋愛マスターとか言い出しちゃったの?」
「……昨日のピンク玉占いで、明日の恋愛運が人生最高になるんだって」
 私はむしろピンク玉の方が気になるよ。どんな占いなんだろう。だが、今はそれを聞く時ではない。
「そっかあ。それで恋愛マスターなんだね。……それで、マスターになったらどうなるの? もしかして、告白して恋愛成就しちゃうとか?」
 きゃーそれはちょっと嬉しいというか、楽しそうかも。
「……そ、そうね! 恋愛マスターだもの、そうするべきよねやっぱり!」
 その言い方は、もしかしなくても、
「あれ、そこらへん考えてなかった?」
「そんなことある訳ないじゃない。私は明日告白するのよ!」
「……誰に?」
「そ、それはもちろん、」
 顔を真赤にしてそっぽを向いていた透子が、急に私の方を見る。少しばかり険しい表情を見せているが、頬が赤くて恥じらっているようでこれまた可愛い。
「な、内緒よ内緒! 今日の透子には教えられないわね!」
「今日の……? うーん? でもそっか。私嬉しいなあ。透子に好きな人が出来たなんて。応援するよ、私」
 そう、私は嬉しい。
 これまで色恋沙汰に全くと言っていいほど縁がなく、興味のかけらも示さなかった透子のことを、私は密かに心配していた。
 私が守ってあげなきゃ、くらいのことを思っていたりもしたのだ。
 だから、この感情は嬉しい、というもののはずだ。きっと。
「女子高生たるもの、恋愛しなきゃね! ……それで、今日の私には教えられなくても、明日の私には教えてくれるのよね?」
「……うん、教える」
 一瞬の間があったが、なんだろうか。
「あとね、あとね、告白する時に一緒に居て欲しい。……駄目かな?」
 それは……まさかの告白イベントで保護者同伴っていう……。
 その時のことを想像すると、相手の男子に悪いというか、気まずいことしきり、みたいな感じではあるが。
 むしろ相手の顔を見ておきたい、というのもある。だから、
「うん、いいよ」
 それを聞いた透子が、笑った。花の咲くような笑顔だった。
 それを見た私は、心が温かくなるのを感じる。
 まるで、初心な少年にその笑顔が向けられれば、きっと恋に落ちてしまうような、そんな笑顔だった。
 今更、私が落ちることはないけれど。

*

 そして、放課後に至る。
 私達以外の誰もが帰宅し、あるいは部活へと赴いたが故に閑散としている高校の教室。
 その一角で、透子がクルリクルリとターンを決めている。
 しかも結構な勢いだ。アイススケートの選手もかくや、というくらいの勢いで、肩まで伸ばしたツヤのある黒髪が宙を舞う。
 それどころか、制服のプリーツスカートの裾すらも舞い上がり、色白の太腿が、いやもっと際どいところまでが見えそうになっている。
 別に私達二人以外の誰も教室に居ないから見えても問題は、……あるか。うん、そろそろ透子に注意しよう。目を回して危な、

――ガツンガタン!

 あ、目が回ったのかフラついて、机に足をぶつけてる。
 しかも当たりどころが悪かったのか、ちょっと涙目になってる。
 その涙目の表情、凄く可愛い。
 ……じゃなくって、だから止めておけと注意しようとしたというのに。
 もう少し早く言ってあげればよかったごめんね透子。
 それはそれとして、そもそも、何でクルクル回っているのだろうか。
 何か意味があるんだろうか。
 このちょっと変わったところのある幼馴染は、ややもすると思い込みの激しいところがある。
 この奇行もきっと何か意味があることなのだろう。とりあえず、聞くだけ聞いてみようか。
「なんで回ってるの? 目を回して足ぶつけたりとか散々じゃない」
 すると透子はふふん、と鼻を鳴らして、
「そんなの決まっているでしょう?」
 透子はピタリとターンを停めて、私の瞳をじっと見つめて、
「占いでね、この時間に回れば回るほど、明日の運気が上がるって出てたのよ。だから、告白成功の為にも必要なことなのよ」
 あー、そうですか。
 私は、湧き上がる感情に蓋をして、適当な相槌で返す。
 そういえば、明日は台風が来るとか、帰り際に担任が言っていた。
「台風で学校が休みに」
 なればいいのに、なんて言い掛けて、慌てて口を閉じる。
 そんな私の動揺を気付いているのか、居ないのか。
「私の恋愛運の前には、台風も裸足で逃げ出すわよ?」 
 自信たっぷりに、透子はそう言い放った。
 私の心は、とにもかくにも揺れていた。
 今日の朝、透子にその話を聞かされた時から、ずっと。

 本当に、この気持ちは、胸の奥にあるこの小さな痛みみたいなものは、何なんだろう?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが

akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。 毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。 そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。 数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。 平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、 幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。 笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。 気づけば心を奪われる―― 幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!

幼馴染の許嫁

山見月 あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

【書籍化決定】憂鬱なお茶会〜殿下、お茶会を止めて番探しをされては?え?義務?彼女は自分が殿下の番であることを知らない。溺愛まであと半年〜

降魔 鬼灯
恋愛
 コミカライズ化決定しました。 ユリアンナは王太子ルードヴィッヒの婚約者。  幼い頃は仲良しの2人だったのに、最近では全く会話がない。  月一度の砂時計で時間を計られた義務の様なお茶会もルードヴィッヒはこちらを睨みつけるだけで、なんの会話もない。    お茶会が終わったあとに義務的に届く手紙や花束。義務的に届くドレスやアクセサリー。    しまいには「ずっと番と一緒にいたい」なんて言葉も聞いてしまって。 よし分かった、もう無理、婚約破棄しよう! 誤解から婚約破棄を申し出て自制していた番を怒らせ、執着溺愛のブーメランを食らうユリアンナの運命は? 全十話。一日2回更新 7月31日完結予定

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】小さなマリーは僕の物

miniko
恋愛
マリーは小柄で胸元も寂しい自分の容姿にコンプレックスを抱いていた。 彼女の子供の頃からの婚約者は、容姿端麗、性格も良く、とても大事にしてくれる完璧な人。 しかし、周囲からの圧力もあり、自分は彼に不釣り合いだと感じて、婚約解消を目指す。 ※マリー視点とアラン視点、同じ内容を交互に書く予定です。(最終話はマリー視点のみ)

処理中です...