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台風が来るので、今日の私はお休みです(前編)
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前日の話
「明日は台風が来るみたいなんだけど、どうするの?」
私の問いに、幼馴染は不敵な笑みを浮かべて、
「告白するわよ、私の好きな人に。だって、明日が私の人生で最高の恋愛運の日なのよ? それを逃がすことなんてしないわ!」
本来なら歓迎して祝福して後押しすらもするべき幼馴染のその言葉を、しかし私は心からの応援を出来ないでいた。
何故かと言えば、それは――。
*
話は、今朝まで遡る。
徒歩登校組である私と、幼馴染で親友でもある透子は、いつものごく待ち合わせて高校へと向かう。
通学中に話すのは、大抵は他愛もないことである。
昨日見たドラマの話やゲームの話、最近お気に入りのネット小説の話、なんてのを話題に乗せることもある。
私の最近のお気に入りは、少し古い恋愛シミュレーションゲームに出てくる悪役令嬢の、
「私今日からね、恋愛マスターに就任したの」
いきなり透子が、妙なことを口走った。なんと言ったのかはっきり聞き取れなくて、私が聞き返す。
「え、何? 欄外マスター?」
「欄外マスター……? それってもしかして、ネット小説の欄外でウンチク語る枠の例のあの人?」
「何それ。怖いんだけど。ちっちゃいおじさんみたいな?」
何者なんだ、欄外マスター……。
「いいえ違うわ。恋愛よ、恋愛。甘い恋と愛の恋愛マスターなのよ」
……え? 今透子は何て言った?
「……恋愛? これまで誰も好きになったことのない、男子に告白されても見向きもしなかったあの透子が?」
すると透子は少しだけ傷付いたような表情を見せた。あ、これあんまり見ない顔だ。これはこれでちょっと可愛い。……じゃなくて、
「うー。あるもん、私だって好きな人くらいいるもん。今まで恥ずかしくて言えなかっただけだもん」
しかも拗ねてる。もんもん言ってるこの状態はまさしくレアキャラで、今の透子は抱きしめたいくらいに可愛い。
「ごめんごめん。それで? なんで恋愛マスターとか言い出しちゃったの?」
「……昨日のピンク玉占いで、明日の恋愛運が人生最高になるんだって」
私はむしろピンク玉の方が気になるよ。どんな占いなんだろう。だが、今はそれを聞く時ではない。
「そっかあ。それで恋愛マスターなんだね。……それで、マスターになったらどうなるの? もしかして、告白して恋愛成就しちゃうとか?」
きゃーそれはちょっと嬉しいというか、楽しそうかも。
「……そ、そうね! 恋愛マスターだもの、そうするべきよねやっぱり!」
その言い方は、もしかしなくても、
「あれ、そこらへん考えてなかった?」
「そんなことある訳ないじゃない。私は明日告白するのよ!」
「……誰に?」
「そ、それはもちろん、」
顔を真赤にしてそっぽを向いていた透子が、急に私の方を見る。少しばかり険しい表情を見せているが、頬が赤くて恥じらっているようでこれまた可愛い。
「な、内緒よ内緒! 今日の透子には教えられないわね!」
「今日の……? うーん? でもそっか。私嬉しいなあ。透子に好きな人が出来たなんて。応援するよ、私」
そう、私は嬉しい。
これまで色恋沙汰に全くと言っていいほど縁がなく、興味のかけらも示さなかった透子のことを、私は密かに心配していた。
私が守ってあげなきゃ、くらいのことを思っていたりもしたのだ。
だから、この感情は嬉しい、というもののはずだ。きっと。
「女子高生たるもの、恋愛しなきゃね! ……それで、今日の私には教えられなくても、明日の私には教えてくれるのよね?」
「……うん、教える」
一瞬の間があったが、なんだろうか。
「あとね、あとね、告白する時に一緒に居て欲しい。……駄目かな?」
それは……まさかの告白イベントで保護者同伴っていう……。
その時のことを想像すると、相手の男子に悪いというか、気まずいことしきり、みたいな感じではあるが。
むしろ相手の顔を見ておきたい、というのもある。だから、
「うん、いいよ」
それを聞いた透子が、笑った。花の咲くような笑顔だった。
それを見た私は、心が温かくなるのを感じる。
まるで、初心な少年にその笑顔が向けられれば、きっと恋に落ちてしまうような、そんな笑顔だった。
今更、私が落ちることはないけれど。
*
そして、放課後に至る。
私達以外の誰もが帰宅し、あるいは部活へと赴いたが故に閑散としている高校の教室。
その一角で、透子がクルリクルリとターンを決めている。
しかも結構な勢いだ。アイススケートの選手もかくや、というくらいの勢いで、肩まで伸ばしたツヤのある黒髪が宙を舞う。
それどころか、制服のプリーツスカートの裾すらも舞い上がり、色白の太腿が、いやもっと際どいところまでが見えそうになっている。
別に私達二人以外の誰も教室に居ないから見えても問題は、……あるか。うん、そろそろ透子に注意しよう。目を回して危な、
――ガツンガタン!
あ、目が回ったのかフラついて、机に足をぶつけてる。
しかも当たりどころが悪かったのか、ちょっと涙目になってる。
その涙目の表情、凄く可愛い。
……じゃなくって、だから止めておけと注意しようとしたというのに。
もう少し早く言ってあげればよかったごめんね透子。
それはそれとして、そもそも、何でクルクル回っているのだろうか。
何か意味があるんだろうか。
このちょっと変わったところのある幼馴染は、ややもすると思い込みの激しいところがある。
この奇行もきっと何か意味があることなのだろう。とりあえず、聞くだけ聞いてみようか。
「なんで回ってるの? 目を回して足ぶつけたりとか散々じゃない」
すると透子はふふん、と鼻を鳴らして、
「そんなの決まっているでしょう?」
透子はピタリとターンを停めて、私の瞳をじっと見つめて、
「占いでね、この時間に回れば回るほど、明日の運気が上がるって出てたのよ。だから、告白成功の為にも必要なことなのよ」
あー、そうですか。
私は、湧き上がる感情に蓋をして、適当な相槌で返す。
そういえば、明日は台風が来るとか、帰り際に担任が言っていた。
「台風で学校が休みに」
なればいいのに、なんて言い掛けて、慌てて口を閉じる。
そんな私の動揺を気付いているのか、居ないのか。
「私の恋愛運の前には、台風も裸足で逃げ出すわよ?」
自信たっぷりに、透子はそう言い放った。
私の心は、とにもかくにも揺れていた。
今日の朝、透子にその話を聞かされた時から、ずっと。
本当に、この気持ちは、胸の奥にあるこの小さな痛みみたいなものは、何なんだろう?
「明日は台風が来るみたいなんだけど、どうするの?」
私の問いに、幼馴染は不敵な笑みを浮かべて、
「告白するわよ、私の好きな人に。だって、明日が私の人生で最高の恋愛運の日なのよ? それを逃がすことなんてしないわ!」
本来なら歓迎して祝福して後押しすらもするべき幼馴染のその言葉を、しかし私は心からの応援を出来ないでいた。
何故かと言えば、それは――。
*
話は、今朝まで遡る。
徒歩登校組である私と、幼馴染で親友でもある透子は、いつものごく待ち合わせて高校へと向かう。
通学中に話すのは、大抵は他愛もないことである。
昨日見たドラマの話やゲームの話、最近お気に入りのネット小説の話、なんてのを話題に乗せることもある。
私の最近のお気に入りは、少し古い恋愛シミュレーションゲームに出てくる悪役令嬢の、
「私今日からね、恋愛マスターに就任したの」
いきなり透子が、妙なことを口走った。なんと言ったのかはっきり聞き取れなくて、私が聞き返す。
「え、何? 欄外マスター?」
「欄外マスター……? それってもしかして、ネット小説の欄外でウンチク語る枠の例のあの人?」
「何それ。怖いんだけど。ちっちゃいおじさんみたいな?」
何者なんだ、欄外マスター……。
「いいえ違うわ。恋愛よ、恋愛。甘い恋と愛の恋愛マスターなのよ」
……え? 今透子は何て言った?
「……恋愛? これまで誰も好きになったことのない、男子に告白されても見向きもしなかったあの透子が?」
すると透子は少しだけ傷付いたような表情を見せた。あ、これあんまり見ない顔だ。これはこれでちょっと可愛い。……じゃなくて、
「うー。あるもん、私だって好きな人くらいいるもん。今まで恥ずかしくて言えなかっただけだもん」
しかも拗ねてる。もんもん言ってるこの状態はまさしくレアキャラで、今の透子は抱きしめたいくらいに可愛い。
「ごめんごめん。それで? なんで恋愛マスターとか言い出しちゃったの?」
「……昨日のピンク玉占いで、明日の恋愛運が人生最高になるんだって」
私はむしろピンク玉の方が気になるよ。どんな占いなんだろう。だが、今はそれを聞く時ではない。
「そっかあ。それで恋愛マスターなんだね。……それで、マスターになったらどうなるの? もしかして、告白して恋愛成就しちゃうとか?」
きゃーそれはちょっと嬉しいというか、楽しそうかも。
「……そ、そうね! 恋愛マスターだもの、そうするべきよねやっぱり!」
その言い方は、もしかしなくても、
「あれ、そこらへん考えてなかった?」
「そんなことある訳ないじゃない。私は明日告白するのよ!」
「……誰に?」
「そ、それはもちろん、」
顔を真赤にしてそっぽを向いていた透子が、急に私の方を見る。少しばかり険しい表情を見せているが、頬が赤くて恥じらっているようでこれまた可愛い。
「な、内緒よ内緒! 今日の透子には教えられないわね!」
「今日の……? うーん? でもそっか。私嬉しいなあ。透子に好きな人が出来たなんて。応援するよ、私」
そう、私は嬉しい。
これまで色恋沙汰に全くと言っていいほど縁がなく、興味のかけらも示さなかった透子のことを、私は密かに心配していた。
私が守ってあげなきゃ、くらいのことを思っていたりもしたのだ。
だから、この感情は嬉しい、というもののはずだ。きっと。
「女子高生たるもの、恋愛しなきゃね! ……それで、今日の私には教えられなくても、明日の私には教えてくれるのよね?」
「……うん、教える」
一瞬の間があったが、なんだろうか。
「あとね、あとね、告白する時に一緒に居て欲しい。……駄目かな?」
それは……まさかの告白イベントで保護者同伴っていう……。
その時のことを想像すると、相手の男子に悪いというか、気まずいことしきり、みたいな感じではあるが。
むしろ相手の顔を見ておきたい、というのもある。だから、
「うん、いいよ」
それを聞いた透子が、笑った。花の咲くような笑顔だった。
それを見た私は、心が温かくなるのを感じる。
まるで、初心な少年にその笑顔が向けられれば、きっと恋に落ちてしまうような、そんな笑顔だった。
今更、私が落ちることはないけれど。
*
そして、放課後に至る。
私達以外の誰もが帰宅し、あるいは部活へと赴いたが故に閑散としている高校の教室。
その一角で、透子がクルリクルリとターンを決めている。
しかも結構な勢いだ。アイススケートの選手もかくや、というくらいの勢いで、肩まで伸ばしたツヤのある黒髪が宙を舞う。
それどころか、制服のプリーツスカートの裾すらも舞い上がり、色白の太腿が、いやもっと際どいところまでが見えそうになっている。
別に私達二人以外の誰も教室に居ないから見えても問題は、……あるか。うん、そろそろ透子に注意しよう。目を回して危な、
――ガツンガタン!
あ、目が回ったのかフラついて、机に足をぶつけてる。
しかも当たりどころが悪かったのか、ちょっと涙目になってる。
その涙目の表情、凄く可愛い。
……じゃなくって、だから止めておけと注意しようとしたというのに。
もう少し早く言ってあげればよかったごめんね透子。
それはそれとして、そもそも、何でクルクル回っているのだろうか。
何か意味があるんだろうか。
このちょっと変わったところのある幼馴染は、ややもすると思い込みの激しいところがある。
この奇行もきっと何か意味があることなのだろう。とりあえず、聞くだけ聞いてみようか。
「なんで回ってるの? 目を回して足ぶつけたりとか散々じゃない」
すると透子はふふん、と鼻を鳴らして、
「そんなの決まっているでしょう?」
透子はピタリとターンを停めて、私の瞳をじっと見つめて、
「占いでね、この時間に回れば回るほど、明日の運気が上がるって出てたのよ。だから、告白成功の為にも必要なことなのよ」
あー、そうですか。
私は、湧き上がる感情に蓋をして、適当な相槌で返す。
そういえば、明日は台風が来るとか、帰り際に担任が言っていた。
「台風で学校が休みに」
なればいいのに、なんて言い掛けて、慌てて口を閉じる。
そんな私の動揺を気付いているのか、居ないのか。
「私の恋愛運の前には、台風も裸足で逃げ出すわよ?」
自信たっぷりに、透子はそう言い放った。
私の心は、とにもかくにも揺れていた。
今日の朝、透子にその話を聞かされた時から、ずっと。
本当に、この気持ちは、胸の奥にあるこの小さな痛みみたいなものは、何なんだろう?
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