台風が行ったので、今日から私がお姫様です

Yuzki

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台風が来るので、今日の私はお休みです(中編)

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当日の話

 台風が来ていた。
 朝から警報が出ていて、学校が休みになると母が教えてくれた。
 とはいえ、外はまだ雨も降っておらず、風が荒ぶっている様子でもない。
 このあたりは進路から少し外れてるっぽいし、それで学校休みなのはラッキーだったかなー、なんて。
 そんなことを思いながら、私は朝食を終えて自分の部屋に戻った。
 昨夜は透子の好きな人が誰なのかが気になってしまって、余り眠れなかったから助かった。
 せっかくの休みなんだし二度寝しちゃおうかな、とベッドに潜り込んだところで、枕元のスマホが鳴った。
「……ん、透子からだ」
 メッセージアプリには、
『学校休みだって。どうしよう』
 どうしようとは、どういうことか。
 学校が休みってことは、意中に相手に会えない。
 だから告白が出来ない……というところだろうか。それならば、
『台風だし、お休みなのは仕方ないね。……でも告白したいってのならさ、ファミレスに相手を呼び出すとか?』
 そう返信してみる。
 割と良い案だとは思うが、男子と二人っきりになるなんて、透子には難易度が高過ぎただろうか。そんなことを思いながら、しばし待つ。
『それがいい、そうしよう。いつものとこ、来てくれるよね?』
 あー、これは私が呼ばれているのか。
「そういえば保護者同伴なんだっけ。仕方ないなあ」
 苦笑しつつも、返信。
『いいよー。何時にする? 台風のこともあるし、早いほうが良さそうだね』
 同席するって約束したのだ。親友として、ここはしっかり立ち会わねば。

*

 私の家から徒歩五分で到着するいつものファミレスへ行くと、透子が既に待っていた。
 可愛らしいワンピースを着ている。たしかこれは、滅多なことでは着てこない透子のお気に入りだったはずだ。
 唇にはリップが塗られていて、精一杯おめかししてきました、なんて感じがして微笑ましくも思う。
「おはよ、透子。保護者の私が来ましたよー?」
 冗談めかしていうと、
「保護者……? うーん、ある意味そうかもね。いつだって私のこと見守ってくれてるものね?」
 何やら歯切れが悪いその言葉が気になるが、今はそれより、
「それで? 例のカレシさんはもう呼んであるの?」
 透子が呼び出す、と聞いていた。
 連絡先を交換済みだっていうことも含めて、そのあたりの透子の行動力には驚かされるばかりである。
 さすが恋愛マスターは違うなあ、なんて感想を抱いていると、
「うん? カレシじゃないんだけど。……でもちゃんと呼んだわ」
「あーうん、まだ告白してないし、付き合ってる訳じゃないから、カレシって呼ぶのはおかしいよね。でも私、相手が誰かまだ教えてもらってないしなあ。……あ、何注文する?」
「とりあえずドリンクバーにしましょ」
「りょーかーい」
 注文して、二人で飲み物を取りに行く。
 透子はいつもの謎混ぜ混ぜドリンク。今日はメロンのソーダと白いソーダと黒いソーダが混ざって、見た目が濁っててあんまり良くない感じ。
「透子さぁ、これから告白するんだから、せめて今日くらいはその微妙な飲み物作るのやめよ? 変な娘だって思われちゃうよ?」
「……え、私のこと変な娘だと思ってたの? ちょっと酷くない?」
「自覚なかったかー」
「私はこれで良いのよ。今更取り繕うとかしたくないもの」
 そんないつもの遣り取りを透子と出来ていることに、私は安堵する。
 けれども、これから先。
 透子にカレシが出来てしまえば、もうこんな遣り取りが出来なくなるのかもなー、なんて。
 親友よりもカレシを優先するなんて話を聞いたこともあるし。
 そんなことを思いつつ透子を見ると、
「あげないよ?」
 違うし! そんな謎ジュースは要らないよ!

 一息吐いたところで、本題に入る。
「それで、相手が誰か今日になったら教えてくれるって話だったよね? 気になり過ぎて、昨日はあんまり眠れなかった」
 透子は何故か、私が眠れなかった、という話を聞いた段階で妙に嬉しそうな表情を見せて、
「うーん、どうしようかしら?」
 何故ここで焦らすのか。どうせ相手が来たらわかるんだ、今教えてくれてもいいじゃないかよぅ。
「うん、そうね。教えるわ、」
 透子が私の目をじっと見つめてくる。緊張の一瞬である。透子が口にするのは一体誰なのか、それを私は、
「――あれ、お前らも来てたの?」
 聞き覚えのある男の声が割り込んでくる。
 反射的にそちらを向けば、目に入るのは丸坊主のいがぐり頭。
 夏の間ひたすら部活で練習を重ね、元々浅黒かった肌が最早真っ黒。
 我が高校の野球部のエース、学校の女子の人気もそこそこ高い、小学校時代からの腐れ縁とでも言うべき、
「おはよー謙吾。台風来てるってのに、アンタはまた何でこんなとこ、に、」
 私は、途中で口をつぐむ。
 なんでコイツが、須田謙吾がここに居るのか。
 謙吾の家もここから割と近く、小さな頃は私と透子と謙吾と三人で良く遊んだものだ。
 しかし中学に上がった頃から疎遠になったというか、謙吾が野球に打ち込み過ぎて私達とあまり話をすることもなくなったというか。
 ともかく、私達が言えた義理ではないが、台風の日にわざわざ外出しようだなんて、
「……あ? もしかして、謙吾なの?」
 それは十分に有り得る話だった。学校では物静かで、男子と会話することなんてほぼない透子が、唯一普通に話す男子と言えばコイツだ。
 だが、そうであって欲しくないと私は心から願う。その理由は、
「……たしかに俺は謙吾だが?」
 いやそうじゃない。つか謙吾に話してないし。
「謙吾? 空気読んであっち行ってて。今ね、二人で大事な話をしてるの」
「……お、おう。そっか悪かったな邪魔して。じゃあな」
 手を振りつつ向こうの方へと歩いていく謙吾を見送る。
「……ねえ? もしかして謙吾だと思った?」
 透子が、悪戯っぽく笑いながらそんなことを言ってきた。
「お、思ってないし。あんな野球バカじゃ透子に似合わないって思ったし、むしろ違って良かったっていうか、」
「……なんで、違って良かったのかしら?」
「そこ、食いついてこないでよ。……わかんないけど、謙吾じゃなくて良かったーって、そう思っちゃったのよ。……うーん、たぶん謙吾はバカだから、透子に釣り合わないって思ったのかな」
 私も自分で何を言っているかよくわからなくなってきたが、ともかくそうなのだ。
「謙吾が頭悪いってのは紛れもない事実ですものね。どうしようもないわ」
 私も大概だと思うが、透子もこれはこれで辛辣だった。

 さて、途中で邪魔が入って少しだけ脇道に逸れてしまったが。いい加減、話を元に戻そう。
「それで、透子の好きな人って誰なの?」
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