ワスレ草、花一輪

こいちろう

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 翌朝、新平は六ッ刻を随分過ぎて目を覚ました。もう少し早めに起きて江戸に入る積もりだったのだが、これまでの疲れが出たのか、昨夜おなつの声を聞いて落ち着いたのか、久しぶりに熟睡した。
  慌てて旅支度にかかっていると、女中がやってきて、
「お連れの二人から宜しく伝えて欲しいと言われて宿代も頂戴しました」という。「わかな家」を知っているかと問うたら、          
「平尾宿のわかな家ですか?とても良いところだとは聞いておりますよ」    
そう愛想笑いをして出て行った。
  さて、目指すは江戸は本所の藩屋敷である。様々な思惑に駆られてはみるものの、矢張り千勢との対面は待ち遠しい。千勢ならばこれまでの互いの辛苦を思いながら、労いの言葉もかけあえる筈。「なに、言われ無き憂傷に悩まされようと、僅か一刻の事だ。それを耐えれば案外そう悪い目にも遭わないやも知れぬ」そう思って板橋を渡った。
 此より日本橋まで二里二十五町ばかり。午前には充分到着する道程だ。此ほど余裕があれば、癪が起きようと足が痛かろうと楽に一人で歩けよう。

 朝の宿場の賑わいに目を奪われてゆっくり歩けば、板橋の平尾宿から巣鴨に入った時分には、もう太陽も随分上になり、昨日にも増して再び強い日差しが照りつける。四方何処も見渡す限りの平野が続く。山が無い。所々に小高い丘や小さな森を見かけるが、中山道の山間を歩き続けた新平には目を奪われる大平原だ。広大な田野を新平は美しいと思った。昨夜聞いた滝の川の一件もこの辺りのことなのだろうか。ふと、新平は「わかな家」の名をその一件の時にも耳にしたような気がした。江戸に向かう街道は、巣鴨を過ぎて駒込に向かい、湯島を通って昌平橋に出る道である。進むにつれて町並みの賑わいが増していく。このまま進めば午前には本所の藩邸に入ってしまうだろう。 
 新平は白山権現の前で、千駄木の方に足を向けた。そのまま湯島に向かえば藩の中屋敷の前に出る。三年前に此所から旅が始まった。その前を通るのは憚られる。遠回りにはなるが、千駄木の団子坂を下って根津門前から不忍池に出ればすぐに湯島天神だ。さほどに刻も変わるまい。
 ところが、あっという間に昌平橋を過ぎて柳原の土手筋まで来てしまった。徐々に足取りが重くなる。反して着実に目的地は近づいている。各大名やお旗本の屋敷が居並ぶ内神田一帯を見渡せば、尚更決意も挫かれる。結局、本所の下屋敷には夕刻までに入れば良いのだと、柳橋から外堀沿いに続いた柳原の土手筋を、ゆっくりと散策した。
  柳原の土手筋には、辻店が肩を並べるようにどこまでも続いている。どれも間口数尺ばかりの領分に、これ程どこから集まるのかという位古物屋が並んでいる。雑多な品をかき集め造作なく陳列して商っている。郷里の歳の市でも見ているような有様だ。ただこの暑さ、真っ昼間には人出も少ない。新平は茶店の縁台に腰を据え麦湯を頼んだ。日除けの葦簀囲いの簡素な出店で、新平以外は客もない。暫くはただぼんやりと往来を眺めていた。                           
 ふと懐に手を遣ると、一枚の書き付けが入っている。
  『夏の野の 繁みに咲きし 忘れ草』
 そうか、そういえば昨日野辺に咲いたカンゾウの花をおなつが見つけて言っていた。
「ノカンゾウはね、ワスレ草ともいうのよ。嫌なことを忘れさせてくれる花だって」
碓氷峠を下って坂本宿までようやっと行き着いたときだったろうか。新兵衛の体が一番辛かった刻だったが、山裾のあちらこちらに咲く赤い花を見て、おなつが口ずさんでいた。    
『夏の野の 繁みに咲きし 忘れ草』何度も繰り返しては口ずさんでいた。坂上郎女の歌を真似たのだ。どこで覚えたのだろうか。おなつは今頃どうしているのだろう。今日から奉公するという「わかな家」というのがどうも気に掛かる。良い店であればよいのだが。しかし、兎にも角にもあの娘の旅も此で片づいた。あの娘ならしっかりやっていくだろう。郷里の養家にも恩返しができた訳だから、ひとまずは良かったのだ。そう思おう。

  そんな感傷に耽りながら、書き付けを再び懐へ戻していると、往来の向こうから、此方の様子を窺っている男に気がついた。顔を向けると、叔父嘉右衛門の中間で、今は千勢についているはずの文吉である。文吉はそれと気づくや、小躍りしながら駆け寄ってきた。
「新平様ではございませんか!お懐かしゅうございます」
 仇のウメ造を発見したのもこの男だ。
「文吉か。おお懐かしや、そちにも随分と苦労を掛けてしもうたな」
「いえいえ。此れまでの皆様の辛苦に比べたら、わっちの苦労などは・・・」
実直な文吉はもう目に涙を溢れさせている。
「まずはこの度のご本懐、何よりもおめでとうござります。嬉しうて嬉しうて、奴がれ共も滝の川の様なうれし涙を流したことでございました」
「今回の事は千勢と叔父上に本当に世話をかけてしもうた。しかし、大願成就が成ったのは、文吉、その方の忠心のお陰と思うておる。本当に苦労をかけた。感謝に堪えない」
「ご苦労は皆様それぞれに御同様のこと。新平様にも随分と難渋なすったことでございましょう。頼りも途絶えておりましたゆえ、千勢様とお身体を案じておりました」
「いや、連絡も取れず誠に申し訳なかった。癪が酷う出てしもうて難渋したのだ。道中あちこちのの宿で厄介になりながらこちらに向かっておったが、途中此度の本懐成就の報を聞き、こうして恥を覚悟で参ったのだ」
「恥などとは。新平様のこれまでのご苦労は、誰もがよう存じております。千勢様も嘉右衛門様も、毎日にお帰りを待ち望んでおられました。ここでお会いできたのが幸いでございました。つい先日からお二方ともこの近くのお屋敷でお世話になっております。さ、兎に角早速お屋敷までお供致しましょう」
 お取り調べもすでに終わり、千勢と嘉右衛門は数日前から駿河台下の矢島何某邸に預け置かれたようである。
 昌平橋まで戻り、駿河台下に向けて坂道を歩いた。辺り一帯が侍屋敷で、曲がり角が多く探しにくい。本所の藩邸まで行かず、文吉に出くわしたのは幸いであった。
  文吉は道々仇討ちの一部始終や、その後の藩のお計らいを事細かに話し聞かせた。ウメ造は元々西ヶ原の生まれで本名を利助と言った。農家の次男坊で、昔から博打好きの遊び人であった。板橋辺りでは彼方此方の店で借金を重ねた有名な男だったらしい。この二年ほどは、江戸の市中を転々と名を変えて移り住んでいたようだ。


 その日の護持院が原
 昨日の内に南町奉行所によって留置されていたウメ造が、明け六ッ過ぎに引き出される。既に竹矢来が組んであり、役人が三名検視にあたる。朝っぱらから、矢来の周りはどこぞからか娘仇討ちを聞きつけた江戸市中の野次馬が、ぐるりと取り囲む。
 その中で高らかに上がる烈女千勢の言上
「討たれるを覚悟して参ったか、悪たれウメ造!仇ながら誉めて参らす。吾れはそなたに殺められし田嶋幸七が娘千勢と申す。女とて真剣にて立ち会いいたすからは手加減無用じゃ。いざ尋常に勝負、勝負!」
「同じく田嶋幸七が弟、嘉右衛門也。義を以て姪に助太刀致す。さあ尋常に勝負、勝負!」                     
 両名とも準備万端。真っ白な装束に深紅のたすきがけ。とりわけ千勢は力士顔負けの強靱な体に、赤だすきをきりりと巻いて、袂をまくし上げたりりしき娘剣士姿。役者絵と見紛うばかりの大見えを切る。正中に大刀を構えたその隊振る舞いに微塵の隙もない。
  方や仇のウメ造は昨日文吉に見つけられたのが運の尽きだ。奉行所から呼び出しを受け、身柄を確保されてからはまんじりともせず朝を迎えた。身体も倍ほどありそうな千勢の気勢に圧倒されて、刀を握る両の手も小刻みに震えている。そのうえ江戸市中の野次馬が周りをいっぱい取り囲み、全てが娘仇討ちの成就を今か今かと待ちわびる。検視の役人も併せ、ウメ造に味方する者など一人もいない。皆が皆、討ち果たされるその時を楽しみにしているのだ。
 そんな雰囲気に臆してか、ウメ造が刃向こうてくる気配は微塵もない。ただ青ざめた顔つきで、両手に握らされた脇差しの切っ先もぶるぶる震え、足下も定まらないでいるばかりである。
「臆したかっ、ウメ造!ならばこちらから参る!」
嘉右衛門が一喝とともに斬りかかる。さすがにウメ造も腰をかがめて切っ先を避けた。そこへ千勢の大上段からの鋭い一振り。ウメ造の右肩をうまく捉えて、周りに飛び散る真っ赤な飛沫。さらに千勢は刀を握り直し、うずくまったウメ造の背にむんずと足を乗せ、心臓目がけてエイヤッ!と突き刺した。
 見事なトドメであった。周りを埋め尽くした野次馬たちはやんややんやの大喝采。一刻ほどして藩の上屋敷に二人が迎えられるころには、早くも江戸市中の大評判となっていた。



 
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