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ユートは子供の頃からいじめられっ子で、どこに行っても必ず、他人からイジめられてきた。どうしてそんなにいじめられるのかはユート自身も分からない。
男にしては線が細く頼りない印象のせいかもしれないし、生まれつき白い肌や明るい髪、むやみやたらに大きい目が生意気に見えるのかもしれないし、もしくは気が弱くて元気がたりないところが他人をイライラさせるのかもしれない。
いじめられないための努力は全部無駄だった。どれだけ目立たないようにしても不良には必ず目をつけられていたぶられるし、優等生からもなぜかユートだけが意地悪される。
イジメに耐えかねて高校をたった一年で中退。その後は施設から出て自立したものの、バイト先でのパワハラやセクハラにあって逃げ出すの繰り返し。いつまでたっても決まった職に就けないユートの暮らしは常に貧しかった。
そして今日、とうとう路頭に迷って目の前にいた成吾に声をかけた。
しかし闇雲に行動したわけじゃない。誰彼構わず信用すると、もっとひどい目に合うことになる。これまでの失敗を糧に、ユートは助けを求める相手をしっかりと選んだ。颯爽とした立ち姿の成吾は、弱いものいじめなんか決してしない、優しい人にしか見えなかった。
だが──
二人きりになるのを待っていたかのように、成吾はそれまでの紳士的な雰囲気をがらりと変えた。紳士どころかまるで獲物を前にした獣。目を光らせ、低い声で唸り、舌なめずりまでしている。それに、香水だろうか? 今まで気づかなかったのが不思議なほど、強烈な香りが漂っている。今まで嗅いだことのない、野性的な甘い香り。頭がクラクラして、決して吸ってはいけない予感がする。だが香りは勝手にユートの身体に染みついていく。
「ユートは俺のものになったんだ。これからずっと死ぬまで可愛がってやる」
成吾の言葉に、昔嫌々見たホラー映画がフラッシュバックした。子どもを捕まえては身体を切り刻む、残虐非道な殺人鬼。その正体は偶然にも目の前に立つ成吾と同じ、大病院に勤務する若手外科医だった──
「ま、まさか……そんな……」
ユートは後ずさる。真っ白で明るくて清潔感のあるこの部屋が、まるで手術室に見えてきた。
「どうしたんだユート? こっちへおいで」
成吾が手を伸ばしてユートを捕まえようとする。
(逃げなくちゃ! このままじゃ殺される!)
しかし一歩も動けないうちにその場で転んだ。大きな手のひらが目前に迫る。身を強張らせ、ぎゅっと眼を閉じた。
(どうか……どうか助けてください!!)
神さまに祈るも、助けなんて来るはずがないと分かっている。きっと自分が居なくなったことさえ、先週バイトを辞めたばかりだし、この世界の誰も気づいてはくれないだろう。
成吾に腕を掴まれる。もはや絶体絶命だ。自分には守ってくれる人なんていない、自分でどうにかする以外、生き延びる方法はない。
「んあああああ!! ぼ、僕の身体でオペの練習なんてしないで!!」
地声が小さいなりに必死に叫んだ。しばしの静寂。そのあと、成吾はもう耐えきれないという様子で吹き出した。
「何の話だよ。ずいぶん突拍子もないことを言い出すな」
隠れて自宅でオペの練習か。面白いけど、俺はそんなに下手くそな外科医じゃないよ。大笑いしながら、ユートを立ち上がらせる。
「ユートはもう俺の家族だってことだよ。無責任なことはしない、毎日、世話をして可愛がる……そういうこと」
な、なんだ。そういうことだったんですか。
ユートは脱力し、それからじわじわと涙が出てきて視界が滲んだ。
「いま、か、家族って言いました? 僕の聞き間違いじゃなければ……」
「ああ。今夜から一緒に暮らすんだし家族で間違いないだろ」
恐怖のどん底から、ユートは一気に舞い上がった。毎日一緒にいてくれる家族はユートがずっと欲しくて、でもぜんぜん縁のない甘い空想で。生まれて初めて家族ができた。
「成吾さんに出会えたのって、神様がくれた奇跡です……」
思わずつぶやくと抱きしめられた。緊張で冷えきっていたユートの体に、成吾のあたたかな体温がゆっくり伝わってくる。
「俺もそう思ってる。俺はずっとユートみたいな子を探していたんだよ」
やっと会えた。そう言われて、ユートの目から涙が次から次に溢れた。学校でも職場でも、自分だけ家族がいなくて周りにもなじめなくて、とても惨めだった。だけど今日、祈りがやっと神様に伝わって成吾さんと出会えたんだ、そう思った。
「成吾さん、僕に出来ることは何でも言ってください。僕、成吾さんのためなら……」
何でもします。と最後まで言えなかった。成吾の腕の中は、成吾の香りがいっそう強く香っている。頭がくらくらするし動悸で胸が苦しい、だんだん立ってさえいられなくなって、気づいたら両手で成吾にしがみついていた。
「……ご、ごめんなさい……僕、なんだか……」
成吾が麗しい笑みを浮かべユートを見下ろしている。
「心配ない。俺の香りに酔ってるんだよ。今日が初めてだからキツいだろうけど、すぐに良くなってくるからね」
なんだか耳まで変だった。成吾の声がよく聞き取れない。
成吾に顎をつかまれ、上を向かされた。唇が触れ合いそうなほど近い距離で見つめ合う。成吾の瞳はグレーだが、よく見ると金色に縁取られている。光って見えたのはこのせいか。ユートは痺れた頭で、美しい輝きに魅入った。
「ルールはたった一つだよ。俺の命令にユートは絶対に従うこと」
「はい……」
いつのまにか夢見心地でそう答えていた。
ユートは子供の頃からいじめられっ子で、どこに行っても必ず、他人からイジめられてきた。どうしてそんなにいじめられるのかはユート自身も分からない。
男にしては線が細く頼りない印象のせいかもしれないし、生まれつき白い肌や明るい髪、むやみやたらに大きい目が生意気に見えるのかもしれないし、もしくは気が弱くて元気がたりないところが他人をイライラさせるのかもしれない。
いじめられないための努力は全部無駄だった。どれだけ目立たないようにしても不良には必ず目をつけられていたぶられるし、優等生からもなぜかユートだけが意地悪される。
イジメに耐えかねて高校をたった一年で中退。その後は施設から出て自立したものの、バイト先でのパワハラやセクハラにあって逃げ出すの繰り返し。いつまでたっても決まった職に就けないユートの暮らしは常に貧しかった。
そして今日、とうとう路頭に迷って目の前にいた成吾に声をかけた。
しかし闇雲に行動したわけじゃない。誰彼構わず信用すると、もっとひどい目に合うことになる。これまでの失敗を糧に、ユートは助けを求める相手をしっかりと選んだ。颯爽とした立ち姿の成吾は、弱いものいじめなんか決してしない、優しい人にしか見えなかった。
だが──
二人きりになるのを待っていたかのように、成吾はそれまでの紳士的な雰囲気をがらりと変えた。紳士どころかまるで獲物を前にした獣。目を光らせ、低い声で唸り、舌なめずりまでしている。それに、香水だろうか? 今まで気づかなかったのが不思議なほど、強烈な香りが漂っている。今まで嗅いだことのない、野性的な甘い香り。頭がクラクラして、決して吸ってはいけない予感がする。だが香りは勝手にユートの身体に染みついていく。
「ユートは俺のものになったんだ。これからずっと死ぬまで可愛がってやる」
成吾の言葉に、昔嫌々見たホラー映画がフラッシュバックした。子どもを捕まえては身体を切り刻む、残虐非道な殺人鬼。その正体は偶然にも目の前に立つ成吾と同じ、大病院に勤務する若手外科医だった──
「ま、まさか……そんな……」
ユートは後ずさる。真っ白で明るくて清潔感のあるこの部屋が、まるで手術室に見えてきた。
「どうしたんだユート? こっちへおいで」
成吾が手を伸ばしてユートを捕まえようとする。
(逃げなくちゃ! このままじゃ殺される!)
しかし一歩も動けないうちにその場で転んだ。大きな手のひらが目前に迫る。身を強張らせ、ぎゅっと眼を閉じた。
(どうか……どうか助けてください!!)
神さまに祈るも、助けなんて来るはずがないと分かっている。きっと自分が居なくなったことさえ、先週バイトを辞めたばかりだし、この世界の誰も気づいてはくれないだろう。
成吾に腕を掴まれる。もはや絶体絶命だ。自分には守ってくれる人なんていない、自分でどうにかする以外、生き延びる方法はない。
「んあああああ!! ぼ、僕の身体でオペの練習なんてしないで!!」
地声が小さいなりに必死に叫んだ。しばしの静寂。そのあと、成吾はもう耐えきれないという様子で吹き出した。
「何の話だよ。ずいぶん突拍子もないことを言い出すな」
隠れて自宅でオペの練習か。面白いけど、俺はそんなに下手くそな外科医じゃないよ。大笑いしながら、ユートを立ち上がらせる。
「ユートはもう俺の家族だってことだよ。無責任なことはしない、毎日、世話をして可愛がる……そういうこと」
な、なんだ。そういうことだったんですか。
ユートは脱力し、それからじわじわと涙が出てきて視界が滲んだ。
「いま、か、家族って言いました? 僕の聞き間違いじゃなければ……」
「ああ。今夜から一緒に暮らすんだし家族で間違いないだろ」
恐怖のどん底から、ユートは一気に舞い上がった。毎日一緒にいてくれる家族はユートがずっと欲しくて、でもぜんぜん縁のない甘い空想で。生まれて初めて家族ができた。
「成吾さんに出会えたのって、神様がくれた奇跡です……」
思わずつぶやくと抱きしめられた。緊張で冷えきっていたユートの体に、成吾のあたたかな体温がゆっくり伝わってくる。
「俺もそう思ってる。俺はずっとユートみたいな子を探していたんだよ」
やっと会えた。そう言われて、ユートの目から涙が次から次に溢れた。学校でも職場でも、自分だけ家族がいなくて周りにもなじめなくて、とても惨めだった。だけど今日、祈りがやっと神様に伝わって成吾さんと出会えたんだ、そう思った。
「成吾さん、僕に出来ることは何でも言ってください。僕、成吾さんのためなら……」
何でもします。と最後まで言えなかった。成吾の腕の中は、成吾の香りがいっそう強く香っている。頭がくらくらするし動悸で胸が苦しい、だんだん立ってさえいられなくなって、気づいたら両手で成吾にしがみついていた。
「……ご、ごめんなさい……僕、なんだか……」
成吾が麗しい笑みを浮かべユートを見下ろしている。
「心配ない。俺の香りに酔ってるんだよ。今日が初めてだからキツいだろうけど、すぐに良くなってくるからね」
なんだか耳まで変だった。成吾の声がよく聞き取れない。
成吾に顎をつかまれ、上を向かされた。唇が触れ合いそうなほど近い距離で見つめ合う。成吾の瞳はグレーだが、よく見ると金色に縁取られている。光って見えたのはこのせいか。ユートは痺れた頭で、美しい輝きに魅入った。
「ルールはたった一つだよ。俺の命令にユートは絶対に従うこと」
「はい……」
いつのまにか夢見心地でそう答えていた。
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