5 / 32
4
しおりを挟む
4●
「──おい。うつむくな。顔を上げて『笑え』」
成吾が両手をパンと打った音で、我にかえった。
とにかく今は命令に従順でなくてはならない。ユートは胸を押さえながら顔を上げた。
「は、はい……」
返事して一生懸命笑ってみせるが、自分でも分かるほどぎこちなくなった。力を入れ直してみるがやはりうまく行かない。目は見開きすぎだし、口元がひどく歪んでいる。直そうとすると、余計に変になっていく。焦りが深くなり、中途半端にあいた口から、勝手に声が漏れ出た。
「へへ……っへへへ……アハ……っ」
成吾が怪訝な顔になる。ユートだって、黙っていたほうが良いと分かっている。でも一度こうなると、もう止められない。口どころか両足と両腕まで勝手にバタバタ痙攣し始めてじっとしていられない。
「うっ、うう……うっふ……、す、すみませ……」
涙を流して謝った。
ユートはいじめられているとき、その相手から「笑え」と言われることが良くあった。反抗すれば余計ひどい目にあうから、本当は嫌なのに無理して笑顔を作った。そのうち、なぜかだんだん上手く笑えなくなって、もっと殴られて、その恐怖でさらに笑うのが下手になった。
「…………いゃっ!」
成吾がさっと手をふりあげたのが目に入り、ユートは反射的に頭を守った。
「……よしよし、落ち着いて。怖がらなくていいよ」
叩かれると思ったのは誤解だった。ゆっくりと抱き寄せられる。頬と頬が触れ合う感触にユートが首をすくめたとき、そっと囁かれた。
「安心して。俺は絶対ユートをいじめたりしないよ。ユートのことが可愛くって仕方がないんだから」
可愛い?
──そんなわけない。今まで一度も言われたことがないわけじゃないけれど、大きな瞳が悪目立ちする以外、ユートは自分がごく平凡な顔立ちだと自覚している。そのうえ貧しさでガリガリに痩せた身体、不健康に見える白い肌、荒れて皮がむけた手、バカみたいに明るい色の髪。ユートが見る鏡の中の自分は気色悪いばかりで、可愛い要素はどこにもない。
なのに一体どういうわけか。
成吾に「可愛い」と言われた瞬間、頭の中が沸騰した。恐怖と喜びという真逆の2つが、まるで手品のように彼の眼の瞬きとともにすり替わった。
そしてもっともっと褒めてほしくてたまらなくなって、
「……本当ですか? 僕なんて全然だけど……。でもあの……成吾さんにとっては、僕は可愛いんですか?」
そう聞き返してしまった。
「可愛いよ」
期待通りの答えを成吾がくれても、まだ足らない。
「でも僕なんかより、ずっと可愛い人が他にたくさんいます、けど……?」
「ユートは誰よりも可愛い。だから俺はあんな人混みの中で、ユートを見つけられたんだよ」
真っ直ぐな眼差しを向けられ頬が緩む。けれど、成吾の話は少し間違ってる。
「声をかけたのは僕からですけど……」
ユートがおずおずと訂正すると、「そうだっけ」成吾は顎に手をやった。
「あのときはたしか俺がユートを追いかけたと思うんだけどな。そうでもないと俺は電車なんて滅多に乗らないし」
「えっ!? それは違いますよ。僕が先でしたよ」
成吾が心外そうに眉をあげる。
「それはユートが間違ってるよ。……ああ言い合うのも面倒くさいな。なんでもいいじゃない」
「はい……」
絶対に違うと思ったけれど、これ以上反論を重ねれば、怒らせてしまう気がして口をつぐんだ。
「そんなことより」
成吾がソファから立ち上がり、ユートの周りをぐるりと回る。
「今も十分可愛いけど、髪と身なりを整えたらきっともっと良くなるよ。今日から一週間ユートがちゃんといい子にしていたら、ご褒美に色々揃えてあげる。どうかな?」
「はいっ!! いい子にします!!」
可愛いと褒められたい。そのことでまた頭が一杯になったユートに、成吾が微笑みかける。
「楽しみにしてて。俺が時間を掛けてユートに似合うものを見立ててあげるし、ユートが欲しいおもちゃはなんでも買ってあげる」
「ありがとうございます!」
ユートは成吾に飛びついた。今までどれだけ貧しくても他人に物をねだるなんてとんでもない、食事を奢られるのさえ気が引けていたのに、成吾に対してはなんの躊躇も感じなかった。
成吾の命令はその後も続いた。
「『立て』」、「『回れ』」、「『来い』」、「『伏せ』」、「『腹を見せろ』」など。
ユートは全てに素直に従った。服従させられることに悔しさも恥ずかしさも感じず、むしろずっと『いい子』でいられる自分が誇らしかった。
「じゃあいったん最後。『裸になれ』」
これにはさすがに慌てたものの、成吾のちょっとした冗談で、風呂に入りなさいという意味だった。早とちりして赤くなった頬を、成吾に意地悪くつつかれた。
一人で入ったバスルームでは、驚きの連続だった。天井からすごく静かにシャワーが降ってきたり、なぜかテレビが2台もついていたり。
実はカメラもあった。びくびくしながら入浴する姿がリビングにいる成吾に見られていたことを、ユートは知るよしもない。
「──おい。うつむくな。顔を上げて『笑え』」
成吾が両手をパンと打った音で、我にかえった。
とにかく今は命令に従順でなくてはならない。ユートは胸を押さえながら顔を上げた。
「は、はい……」
返事して一生懸命笑ってみせるが、自分でも分かるほどぎこちなくなった。力を入れ直してみるがやはりうまく行かない。目は見開きすぎだし、口元がひどく歪んでいる。直そうとすると、余計に変になっていく。焦りが深くなり、中途半端にあいた口から、勝手に声が漏れ出た。
「へへ……っへへへ……アハ……っ」
成吾が怪訝な顔になる。ユートだって、黙っていたほうが良いと分かっている。でも一度こうなると、もう止められない。口どころか両足と両腕まで勝手にバタバタ痙攣し始めてじっとしていられない。
「うっ、うう……うっふ……、す、すみませ……」
涙を流して謝った。
ユートはいじめられているとき、その相手から「笑え」と言われることが良くあった。反抗すれば余計ひどい目にあうから、本当は嫌なのに無理して笑顔を作った。そのうち、なぜかだんだん上手く笑えなくなって、もっと殴られて、その恐怖でさらに笑うのが下手になった。
「…………いゃっ!」
成吾がさっと手をふりあげたのが目に入り、ユートは反射的に頭を守った。
「……よしよし、落ち着いて。怖がらなくていいよ」
叩かれると思ったのは誤解だった。ゆっくりと抱き寄せられる。頬と頬が触れ合う感触にユートが首をすくめたとき、そっと囁かれた。
「安心して。俺は絶対ユートをいじめたりしないよ。ユートのことが可愛くって仕方がないんだから」
可愛い?
──そんなわけない。今まで一度も言われたことがないわけじゃないけれど、大きな瞳が悪目立ちする以外、ユートは自分がごく平凡な顔立ちだと自覚している。そのうえ貧しさでガリガリに痩せた身体、不健康に見える白い肌、荒れて皮がむけた手、バカみたいに明るい色の髪。ユートが見る鏡の中の自分は気色悪いばかりで、可愛い要素はどこにもない。
なのに一体どういうわけか。
成吾に「可愛い」と言われた瞬間、頭の中が沸騰した。恐怖と喜びという真逆の2つが、まるで手品のように彼の眼の瞬きとともにすり替わった。
そしてもっともっと褒めてほしくてたまらなくなって、
「……本当ですか? 僕なんて全然だけど……。でもあの……成吾さんにとっては、僕は可愛いんですか?」
そう聞き返してしまった。
「可愛いよ」
期待通りの答えを成吾がくれても、まだ足らない。
「でも僕なんかより、ずっと可愛い人が他にたくさんいます、けど……?」
「ユートは誰よりも可愛い。だから俺はあんな人混みの中で、ユートを見つけられたんだよ」
真っ直ぐな眼差しを向けられ頬が緩む。けれど、成吾の話は少し間違ってる。
「声をかけたのは僕からですけど……」
ユートがおずおずと訂正すると、「そうだっけ」成吾は顎に手をやった。
「あのときはたしか俺がユートを追いかけたと思うんだけどな。そうでもないと俺は電車なんて滅多に乗らないし」
「えっ!? それは違いますよ。僕が先でしたよ」
成吾が心外そうに眉をあげる。
「それはユートが間違ってるよ。……ああ言い合うのも面倒くさいな。なんでもいいじゃない」
「はい……」
絶対に違うと思ったけれど、これ以上反論を重ねれば、怒らせてしまう気がして口をつぐんだ。
「そんなことより」
成吾がソファから立ち上がり、ユートの周りをぐるりと回る。
「今も十分可愛いけど、髪と身なりを整えたらきっともっと良くなるよ。今日から一週間ユートがちゃんといい子にしていたら、ご褒美に色々揃えてあげる。どうかな?」
「はいっ!! いい子にします!!」
可愛いと褒められたい。そのことでまた頭が一杯になったユートに、成吾が微笑みかける。
「楽しみにしてて。俺が時間を掛けてユートに似合うものを見立ててあげるし、ユートが欲しいおもちゃはなんでも買ってあげる」
「ありがとうございます!」
ユートは成吾に飛びついた。今までどれだけ貧しくても他人に物をねだるなんてとんでもない、食事を奢られるのさえ気が引けていたのに、成吾に対してはなんの躊躇も感じなかった。
成吾の命令はその後も続いた。
「『立て』」、「『回れ』」、「『来い』」、「『伏せ』」、「『腹を見せろ』」など。
ユートは全てに素直に従った。服従させられることに悔しさも恥ずかしさも感じず、むしろずっと『いい子』でいられる自分が誇らしかった。
「じゃあいったん最後。『裸になれ』」
これにはさすがに慌てたものの、成吾のちょっとした冗談で、風呂に入りなさいという意味だった。早とちりして赤くなった頬を、成吾に意地悪くつつかれた。
一人で入ったバスルームでは、驚きの連続だった。天井からすごく静かにシャワーが降ってきたり、なぜかテレビが2台もついていたり。
実はカメラもあった。びくびくしながら入浴する姿がリビングにいる成吾に見られていたことを、ユートは知るよしもない。
61
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる