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第297話 模擬戦総括

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 僕の目の前にライルとニード、イハサが座っている。地面の上に正座という選択肢もあったが、さすがに一国の将軍相手に地面というのは体面がよろしくないので椅子を用意した。この状態になるまでに兵たちの治療を終わらせ、回復が済んだものから祭りへの参加を許可した。彼らも祭りを楽しみにしていたようで、よろこんで会場に向かっていった。

 砦の中には最低限の兵士しか残っておらず、静まり返って、少し不気味さを感じるほどだ。その砦の一室で将軍と副官とで模擬戦の総括をすることになったのだ。ライルとニードはまだ傷だらけの顔だ。反省の意味を込めて治療を後回しにしたのだ。

 「さて、三人共模擬戦をみごとやりきってくれたことに感謝を言おう。僕としては大変充実したもので定期的に模擬戦を実施することは公国にとって有意義であると思った。それと最初に言っておいたほうがいいだろう。ニードとイハサ。君らの用兵技能の高さは疑いようもないほど洗練されたものだ。五千人の兵を手足のごとく使う様は観戦していて気持ちのいいものだと気付かされたな。それゆえ、二人には公国の将軍として是非とも働いてもらいたいと思っている。イハサも将軍として一軍を率いてもらいたいと思っているが、異存はあるか?」

 イハサは恐縮した様子であったが、はっきりとした意思表示をした。

 「将軍というお話は大変名誉なことであります。そのような評価をしていただいたイルス公に感謝の念が絶えません。しかしながら、ニード将軍の元、副官としての地位をもらえる方が嬉しく思います。恐らく私には将軍としての才はないように思えます。それよりもニード将軍の足りぬところを補うほうが性分として合っております。ワガママとは思いますが……」

 僕はニードに異存がないことを確認すると、イハサの願いを聞くことにした。二人が一軍として機能することで、あれほどの強さを発揮しているのかも知れない。弱体化は望むところではないからな。とりあえず、イハサは副官として留めておくことにしよう。

 「さて、総括を始めようか」

 今回の模擬戦、特に最終日についての話となった。ライル軍の奇襲から始まったな。ライルとニードの話を聞くと、やはり両軍とも情報収集を先に行なっていたようだ。その結果としてライル軍のほうが先にニード軍の情報を掴んだことで奇襲を上手く成功させたということだ。やはり情報収集するための斥候の技術や人数を向上させることが戦いの端緒を有利に運ぶ秘訣のようだ。

 その後、奇襲を受けたニード軍は蜘蛛の子を散らすようにバラバラになってしまったが、いつの間にか整然とした軍になって、それがライル軍を挟撃することになった。あれには驚いたものだが、ニードは作戦だと言っていた。奇襲はある程度想定したようで、その上でバラバラに散ることで相手を深く誘い込むことが目的だったようだ。しかし、奇襲のタイミングが思ったより早かったので損害が大きくなってしまったところが誤算だったようだ。

 やはり撤退を偽装しようとしていたのか。そうでなければ、撤退した兵をまとめるなど出来るものではないだろう。この時点で両軍は多大な損害が生じていたことになる。本来であれば、そこで痛み分けとなるのが戦場だろう。しかし、これは模擬戦だ。一兵となるまで戦うことをやめるわけにはいかない。

 ライル軍の撤退を追撃しなかったのは、やはりニード軍に疲労の色が濃かったせいのようだ。あそこで追撃ができていれば、ライル軍を完膚なきまでに叩き潰すことが出来たであろう。前日の訓練が響いていたことは否定できないな。初日と二日目の疲労を見抜き、ライルが思い切って休息を与えたのは素晴らしい判断だったと思う。

 その後のライル軍は高台に逃げ込んだ。ここでもニード軍の有利は変わらないはずだった。包囲すれば良かっただけだったのだが、なぜかそれが出来なかった。包囲しようとする網の弱い部分を見事に突いていたからだ。ライルにその秘密を聞くことにした。

 「ライル。あの時、的確に兵を動かしていたが何か秘密でもあるのか? 僕には千里眼持ちの兵がいるのかと思っていたぞ」

 「千里眼の兵がいれば戦場では楽するだろうな。残念だが、そうではない。実は、オレは戦場を見渡せる場所に兵を何人も配置していたんだ。その兵からの合図で行動を決めていたんだ」

 そういうことだったのか。しかし、よく的確に見渡せる場所などを見つけたものだな。それもライルからすれば簡単なことらしい。なにせ、戦場は砦周りだ。ライルは砦周りの地形は全て頭に入っていると豪語するほど理解しているらしい。その強みを活かした戦術だったというわけだ。やはり、地形の理解は戦況に大きく影響を与えるということか。詳細な地図づくりというのも考えなければならないな。

 そして最後だ。ニード軍は最後の手段として奇襲を考えた。とてもいい作戦だと思うし、成功する確率も高いだろうと踏んでいたが残念ながらニード軍の奇襲は失敗した。出てくるタイミンが早すぎたのだ。あれではクロスボウの格好の的となってしまう。

 「ニード。あのタイミングは素人の僕でも良くないと思った。なぜ、早く飛び出してしまったのだ?」

 「実は我々が潜伏していた森でライル軍の奇襲を受けていたのです。それゆえ、慌てて戦場に飛び出してしまった次第で。あれは完全にライルさんのほうが上手と言わざるを得ませんでした」

 奇襲に奇襲か。そんな芸当が本当に出来るのか。……まさか、あの離脱した五百人の兵か? 僕がライルに聞くと素直に頷く。それも斥候による情報を頼りに行動していたからこそ出来たようだ。なるほど、情報とはこうまで戦況を左右するとは驚きだな。これで総括は終わりだ。えっ⁉ まだ続きがある?

 「最後に二人にあの見苦しい殴り合いは何だったのだ? 正直に言って、二人には尊敬の念を密かに抱いていた僕の気持ちを大いに踏みにじられた気分だった。弁解があれば、それを聞こう」

 ライルとニードは落ち込んだ様子で弁解を言うことはなかった。ただただ感情に流されて、その場の雰囲気に飲まれただけだったようだ。僕は反省しているのか? と問うと両者とも頷いた。

 「それを聞いて安心した。とはいえ、このまま許すのも二人にとっては不満であろう。幸い両軍の勝敗が決まらず、罰がそのまま残っている状態だ。この罰を二人にやってもらうことにしよう。異論は……受けぬ」

 ライルとニールには祭りの催し物になってもらおう。二人がなにをやるのか今から楽しみだ。ふと、イハサの方に目を向けると物凄く安堵したような表情をしていた。しかし、イハスも二人の愚行を止める責任があるにも拘わらず兵と混じって囃していたのを僕は確認している。

 「イハス……何を安心しているんだ? 君も同罪だぞ」

 その言葉を聞いて、イハスは絶望の色を顔に出したが、ライルとニードは殊更喜んでいた。やっぱり、この三人って仲いいよな? なんだか……羨ましいな。

 さて、折角だ。ソロークにも話を聞いてみよう。

 「ソローク。どうであった? 模擬戦を直に見てみて、三人に言いたいことがあったら言っても構わないぞ」

 「私のようなものが滅相もない。このような場に参加させてもらえただけで夢のようです。ただ、少しに気になるのです。ライル将軍の情報を巧みに使った戦術は大変見事だったと思います。そうであるならば、最初の奇襲が成功した後、挟撃されるまで間に後方に兵が近づいているを知っていたはずです。何故、ニール軍を深追いをしたのですか? 深追いしなければ、挟撃による傷は浅かったと思うのですが」

 ライルはあまり聞かれたくないような表情を浮かべた。ソロークの視点はなかなか面白いもんだな。

 「それを聞かれるとは。たしかに後方に兵がいたことは知っていた。そして深追いする危険性も理解していたつもりだ。しかしな、ニールの態度がどうしても気に食わなかったんだ。あいつのオレ達へのおちょくりは度を越していた。そのせいで冷静さを欠いてしまったんだ。冷静に考えれば、オレ達を引きつける作戦だということはすぐにわかったはずなんだが」

 ほお、そんなことが行われていたとは知らなかったな。ライルが逆上するおちょくりというのものがどんなものか非常に気になるところだ。実際にニールにやってもらった。最初は実演することを抵抗していたが、僕がどうしてもとお願いしてやってもらった。……うん、すごく腹が立った。

 そのせいで場の空気が重くなってしまったが、ソロークはニールへの質問をした。

 「ニール将軍の用兵はやはり素晴らしいものでした。情報を駆使するライル将軍に対して対等に戦闘を行えるのは芸術の域に達しているさえ感じました。それでニール将軍に聞きたいのですが、最後の奇襲が失敗した後、ライル軍のクロスボウ達による一斉射撃で十分な痛手を受けました。本来であれば、そこで撤退なり降伏なりを選択するべきだと思うのですが、何故突撃を敢行されたのでしょうか? 本番であれば、全滅していたでしょう。それほどの状況だったのでしょうか?」

 この質問でもニールは苦い顔をしている。ふむ。確かにソロークの言っていることは気になるな。まぁ、その時点でニール軍が敗北するという意味を持つが、それが我慢できなかったと勝手に解釈して気にもしていなかったな。

 「たしかにソロークの言う通りです。あの場面では奇襲に失敗した時点で全力で撤退するのが筋でしょう。しかし、私は見てしまったのです。勝ち誇ったライルさんの顔を。そして、我々を愚弄するようなことを言ってきたのです。私もあれを見ずに、そして聞かずにいれば冷静さを欠くことはなかったでしょう。つい、突撃を全軍に命じてしまったのです」

 なんだ、それ? ニールといい、ライルといい、子供の喧嘩みたいなことをしているんだな。ニールは作戦上だと弁解していたが、それにしても他にやり様はないのだろうか。まさか、最後の取っ組み合いは、そのくだらない理由になってはいないだろうな?

 ああ、やっぱりそうだったか。たしかにニールの態度は殴りたくなる気持ちは分からないでもない。きっと、ニールもライルに同じ気持ちを抱いていたのだろう。しかし、それでも模擬戦でやるべきことではない。本番であれば、それだけで多数の命が失われてしまうのだ。二人には模擬戦に対する真摯さにやや欠けるところがあるのかも知れない。これが前例になるようなことを避けなければならないな。

 「二人共。よく聞いてくれ。この模擬戦は公国で今後も続けていくつもりだ。しかし、二人の最後のようなことがあってはならない。そのため、最後については箝口令を布くつもりだ。二人もそのつもりで頼むぞ。オリバにはその旨を伝えてあるから安心してくれ」

 これで模擬戦はきれいに幕を閉じることが出来るだろう。最後さえなければ、本当に素晴らしいものだったのだ。最後さえなければ……

 しかし、僕の願いは簡単に消え去るのだった。先行していた兵たちが最後のシーンを面白おかしく住民に話していたのだった。箝口令は布かれずに終わったのだった……。
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