心霊探偵、神原語は仕事しない

巫夏希

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第二章 シュレーディンガーの幽霊

第20話 不老不死

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 砂上の楼閣、ね……。確か脆く崩れ去りやすいもののたとえだったと思うけれど、確かにかつてどれだけの力を持っていたとしても、人間である以上は老化に打ち勝つことは出来ない。
 不老不死の研究も真しやかに行われているというのも風の噂で聞いたことはあるけれど、存外何処まで進んでいるのやら、といったところだ。

「不老不死というのに、興味を持ったことはあるかしら?」

 マダムは神原に問いかけた。

「不老不死――まあ、興味がないといえば嘘にはなるが。実際になってみようとは思わないかな……何せ、人生というのは限りがあるからこそ楽しみがより深まるものだと思うからね」
「そうかしら? わたしはそうではないと思っている。人生が百年であるよりも二百年の方が、より楽しめるものだと思っている。無論、楽しいことばかりがある訳ではなく、つまらないことや苦しいこともあるけれど……、山が常に存在している訳ではないでしょう? 山があるならば、必ず谷も存在している。人生というのはそういったもので、わたしはそれを永遠に――それは無理だとしても、一般的な人間のそれとは少し長く感じてみたい、そう思っていたのよ」

 ちょっとばかり、きな臭くなってきたな。
 マダムはあくまでもマダムで、一斤染財閥と関わりがある――恐らく上流階級的なニュアンスで――とばかり思っていたけれど、良く考えればそんな人間が簡単に招待される訳もないんだよな。もし秋山の言っていた話が百パーセント真実であるとするならば、同じ上流階級の人間を呼んだところで話してくれる話題など、令嬢からすればたかが知れているだろうし。
 それにしても、不老不死か。
 歴史上でも多くの偉人がそれを追い求めた、人類にとって重要なテーマの一つでもあったりする。特に地位や権力を持つ人間からすれば、そのままの状態で限りなく永遠に近い時間を過ごしたいと思うのは結構良くある話だ。
 だからこそ藁にも縋る思いで、明らかに間違っている療法であっても試してしまう――例えば中国の皇帝が自らの命を生き長らえさせようと水銀を日常的に飲用していた結果、水銀中毒で逆に命を短くしてしまったなどが挙げられる。
 ぼくは、人並みに長い人生だったら良いかな――とは思う。そりゃあ二百年三百年と生きていけば色々と違ったこともあるのかもしれないし、実際にそういう人間が居ないからデータがないって訳でもあるのだろうけれど、それなりに長く生きることはやっぱり苦労も多いと思うんだよな。知り合いの全員が自分よりも早く死んでしまって、最終的に一人ぼっちになってしまうのは、火を見るよりも明らかである訳だし。

「不老不死を追い求めている――ということですか?」
「そうね……。もう今から若返ることは不可能でしょうから、せめてこの状態でキープし続ける形にはなって欲しい……難しいことかもしれないけれど」
「ふん。そもそも確立すらしていない医学に縋ろうというのが間違いではあるがね」

 ここで話のバトンは、再び葉加瀬に移る。

「別に夢を見るのは悪くないでしょう?」
「悪いか悪くないかというと、悪くはない。ただ、諦めは悪いなという感じだ」
「……ほほほ、諦めが悪い、ですか。確かにその通りではありますね……。けれども、やはり藻掻いてみたいものではありますよ。人間の寿命というのは、誰がどう頑張ったって乗り越えることの出来ない大きな壁。けれども、もしそれを乗り越えることが出来たなら? きっとそれは、人間の歴史の上で大きな転換点になるとは思いませんか?」

 思わなくはないけれど、実現出来るのがどれぐらいの確率かと言われると、きっと限りなく零に近いと思う。
 だって先ず糸口すら見つかっていないのだから――例えば成分が見つかっていて、モルモットに実験をさせたらその寿命よりも多少長く生きることが出来た、とかそういう実験結果が出てきているのならまだしも、そういうのは少なくとも聞いたことがない。
 ということはそういう実験すら行われていないか、数多の失敗が水面下で行われているかの何れかだ。
 である以上、ぼく達が寿命を限界突破する程の長寿になることは、まあ、先ず有り得ないってことになる。遠い未来に実現出来る可能性は否定しないけれどね。

「歴史の大きな転換点、とは言うけれどな……。実際、おれだって医者の端くれだ。それぐらいは分かっているよ、情報の一つや二つぐらい入っては来ているからな。そのおれですら知らねーってことは……」

 ――そんな情報なんて入ってきていない、ってことか。
 まあ、確かにそれは間違いないし、確かな情報だろうな――とは思う。

「医者が言っているのなら、多少は信じ込んでも良いような気がするが……。ともあれ、不老不死を実現するのは少々現実から離れているような気もするけれどね?」
「それについちゃー、あたしも概ね同意かな」

 長机の一番奥に座っていた、白いドレスを着た赤髪の女性は言った。
 にしても白いドレスに赤髪って、まるで秋山の逆を行くスタイルのような……。それに、そんなウエディングドレスみたいな真っ白なドレスって、いったいどういうシチュエーションのために用意したんだろうか?

「……じろじろ見てんじゃねーよ。あたしだって不本意でこれを着ているんだ。それぐらいは分かって欲しいものだけれどね。こういう場に着るものがねーってここのお偉いさんに言ったら、そこの執事が誂えてくれたんだぜ。良いだろー、でも何でウエディング用のドレスがあるのかは謎だけれどな。それにサイズがぴったりなのも気にくわねー。もしかしてあたしのウエディングをここで開催する腹づもりでもあったのかね。いや、まさかね」

 どうしてこうも長々と話す人間ばかりが集まっているのか、小一時間問い詰めたいところではあったけれど、そんなことを長々と話したところで何も始まりやしないのは事実だった――今集まっている人間だって、精神科医と不老不死を追い求めるマダムと正体不明の女性だけだ。一体全体、何でこんなちぐはぐな存在ばかりを集めたのだろうか? 探偵が二人用意されているのも、ミステリーの場としてはちょっと不相応な気もする。
 ともあれ、ぼく達は席に座ることとした――ずっと執事が見つめてきていて、居心地が悪かったからだ。RPGでも良くある、あちらが指示した内容を的確にこなさない限り永遠に進むことのないNPCを、きっかりと演じきっている。

「それでは皆様、これから当主様をお呼びいたします。しばし、ご歓談を」

 既にすっかりと歓談しまくっていることについては無視する形で良いのだろうか?
 しかし、時間潰しと言えば歓談するか食堂のインテリアを見ることしかないので、ぼく達は致し方なくそれに同意するほかないのだった。
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