心霊探偵、神原語は仕事しない

巫夏希

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第二章 シュレーディンガーの幽霊

第21話 自己紹介1

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 執事が再び食堂に戻ってきたのは、それから二十分後のことだった。

「お待たせいたしました、時間が掛かりましてな」

 執事の隣に立っていたのは、艶やかな黒髪が目立つ女性だった。白を基調にしている、かといって派手でもない、お淑やかな雰囲気をしているドレスを身に纏っていた。何というのかな、気品が溢れるというのはこういうことを言うのかもしれない。
 女性は軽くお辞儀をすると、長机の一番奥にある席へと腰掛ける。

「大変長らくお待たせいたしました。……準備に時間が掛かったので、こうやって皆様をお待たせしてしまいましたが」
「別に毎朝の顔合わせだろう? 今日やってきた彼ら以外は別にこうして待っている必要すらないと思っていたが」
「あらあら、でも一応少しの間とはいえ、一緒に過ごしていく訳ですし、自己紹介は必要だと思っているんですけれど……」

 まあ、間違ってはいないと思うけれど。
 一般人とは程遠い存在だろうし、その辺りの常識はなかなか身についていないものとばかり思っているけれどね……。まあ、それは神原達も同じか。

「自己紹介、ねえ。言いたいことは分かるが、所詮はただの他人って訳だ。別に挨拶なんてしなくても良いんじゃねーの?」
「挨拶ぐらいはした方が良いと思いますけれどねえ……。まあ、ここで出会うのも何かの縁、って言うじゃないですか。ええと、何でしたっけ? 一期一会?」

 確かにその通りではあるけれど、そう簡単に納得してくれるものかな?

「……まあまあ、良いじゃありませんか。確かにお嬢さんの言う通り、何時何処でどんな人間に出会うか分からない――だから一期一会と言う訳で、それもまた人生の醍醐味だと言えるでしょう。けれども、あなたのその選択はそれをかなぐり捨てることでもある……」

 人生の醍醐味、か。
 確かに言いたいことは分かるけれど、それを全員に押しつけるのも悪い話だよな。

「一期一会、ねえ……。まあ、良い。小難しい話ではあるから、本来ならさっさと流してしまいてーところだけれど、まあ別に良いかな。でもまあ、おれはさっさと自己紹介しちまったしな」
「あらあら、ではわたしになりますかね」

 マダムはそう言って、テーブルの上に置かれていたワイングラスを傾ける。とはいえ、中身はただの水だろう――最近話題の水みたいに透明な飲料でもない限りは。

「わたしは鷹宮梓。今はただの隠居暮らしですけれど……、昔は世界を仕事で飛び回っていたのですよ」
「世界を飛び回る仕事……? 何だろう、営業とかですか」
「いいえ、もっと違いますね。今はもう言ってしまっても構わないとは思いますが――」
「?」

 何だろう。表立って言えない仕事?

「わたしは諜報員……横文字で言えばスパイの仕事をしていました。ええ、つい数年前までは、ですけれど」

 何と。

「スパイってことは……、各国の機密情報を入手したりとか?」
「ええ、まあ、そんなこともしましたね……。けれども、それも今は昔。わたしが行った諜報活動で幾度となく第三次世界大戦に帰結しないで済んだ事例もあったぐらいです。……まあ、こういったことを表向きに自慢出来ないのが、スパイという仕事のデメリットでもありますけれどね」
「メリットなんてあるのか……。いや、あるからずっとその仕事をやってきていたのでしょうけれど」
「そりゃあ、色々とね。世界を先ず旅することが出来る、それが一番のメリットじゃないでしょうか。それと、自分が責任感を持って仕事に取り組める。これもまた、一番大事なことですね。何せ、自分が失敗したらその時は――どうなるかは、一般人のあなたですら簡単に分かることでしょう?」

 何だろう、口に出したくないけれどきっとやばいことが起こるのは間違いなさそうだ。

「でもね、スパイというのはとっても面白いんですのよ。何というのかしら……、興奮し続ける、というの? ドーパミンが出ているからなのでしょうけれど」
「そりゃあ、常に死と隣り合わせの状況だって言うんなら、ドーパミンがドバドバ出てもおかしくはねーでしょうよ。逆にそういう状況の脳波を測定して研究してみたいぐらいですね。まあ、人体実験は今は色々と五月蠅くて出来ないけれどねえ……、はあ、面倒臭い世の中だよ、全く」

 この精神科医、時折ぶっ飛んだ発言をしているような気がするけれど、まさか診療もこういった感じでしているのだろうか――だとすれば、患者も看護士やスタッフも苦労しそうだ。心中、お察しする。

「それじゃあ、次はあたしか?」

 言ったのは、ウエディングドレスを着ている女性だ。今まで何のヒントも与えられていないが、少なくとも一斤染財閥に会うことが出来るような社交界からの人間ではないように見える。
 あんまり人を見た目で値踏みするな――なんて言われることもあるけれど、あれはどう見たって高貴な存在ではないと思う。多分。メイビー。

「あたしは瀬戸瑞紀。職業は……研究者、といったところかね。どんな研究をしているかっていうと、具体的には表に出せない研究なんだけれども」

 大方予想はしていたけれど、どうしてこういう変わり者ばかり集めているんだ?
 逆に一般人の自分が目立ってしまうような、そんな感じがする――それとも、お眼鏡にかなうぐらい、ぼくもまた一般人とは程遠い存在なのだろうか……。

「研究者か。……言える範囲で構わないから、どういう研究をしているのか教えてくれないか?」
「ホムンクルスの研究、ってところかな」

 きな臭くなってきたなあ……。
 精神科医、不老不死を追い求めるスパイ、そしてホムンクルス研究の研究者――か。もしかしてこの人間三人集まったらホムンクルスでも作れちゃうんじゃないか?

「ホムンクルス――ってあの?」

 精神科医は食いついてきた。
 一応、そういう学問も知識としては身につけているのだろう。医者になれるということは、それなりに頭も良いのだろうし。

「人造人間という立ち位置としても知られるが……、永遠の課題でもあるな。人間は人間として作り込まれたシステム以外から人間を作り出すことが出来るのか? ということについて。フラスコの中で作るから、フラスコの中の小人――なんて言われることもあるし、ファンタジーの漫画や小説でも度々出てくる。けれども、現実的には立派な学問の一つとして昇華しつつあるんだよ」
「いや、でもそんな研究聞いたことないが……。本当にその研究は進んでいるのか?」
「進んでいるとも。学会で発表するには、まだまだ先が長いけれどね。ともあれ、今はまだ研究段階に過ぎない。肉塊を作り上げても、それに魂を定着しなければならないし、それをいかにして育て上げるか――という問題もある。人間が動物と他の動物を掛け合わせてハーフの動物を作るだろう? その時は大抵生殖機能が失われる。理由は簡単だ、遺伝子の欠如が出来てしまうからだよ。それをどうにかして上手く組み込んでやることで、お互いがお互いの遺伝子の欠如している部分を補完する――そういったことをすることで、人間から生殖機能が失われないのではないか。そんなことを考えている。これがまた時間もかかるし手間もかかる。あたしが生きているうちには、恐らく実現はしないだろう。これは、そういう研究だからね」
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