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6. 悲痛
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月曜日の放課後、桜井が美術室に行くと、高山がすでに来ていた。高山は、描きかけの桜の絵の前でしゃがみ込んでいた。
「高山さん、お疲れ」
桜井がそう言うと、高山は顔を上げて、桜井に笑顔を向けた。だが、その笑顔は曇っていて、作り笑いのように見えた。
「うん。お疲れ」
いつもの弾む声が、覇気のないものになっていた。その日の昼休みは高山と広瀬と一緒にご飯を食べたが、その時は普段の明るい高山だった。もしかしたら、体調がよくないのだろうか。桜井は心配になり、荷物を壁の隅に置くと、高山の隣にしゃがみ込んだ。
「大丈夫? 体調悪い?」
桜井がそう言うと、高山は無理に笑顔を作った。
「大丈夫だよ。心配ない」
高山はそう言うが、やはり声が弱々しい。桜井はこれ以上聞いていいのか悩んだが、元気のない高山をどうしても放っておけなかった。
「本当に、体調悪くないの?」
「うん。体調は大丈夫。体は全然平気だよ」
高山はそう言うが、どうも元気がない。もしかしたら悩みがあるのではないか。そう思った桜井は立ち上がって、隅に置いてある椅子を二つ持ち、しゃがみ込む高山のそばに並べた。
「もし良かったら、座って。悩みがあるなら聞くよ」
そう言うと、高山は「ありがとう」と小さな声で呟き、椅子に座った。桜井は向かい合う形で座った。高山は俯きながら、ぽつぽつと話し始めた。
「実はさ、気づいたことがあって」
「うん」
「土曜日、水族館に行ったでしょう? その時の広瀬くん、全然楽しそうじゃなかったよね。それで気が付いたの。私って、もしかしたら魚と同じ目で見られてるんじゃないかって」
桜井は目を見開いた。自分が感じていたことを、高山も気が付いていたのだ。桜井の胸に、水族館で感じた悲しさが込みあがった。
「私、広瀬くんのそばにいられれば、それでいいって思ってた。広瀬くんから『好きじゃない』って言われて落ち込んだ時もさ、桜井くんが相談に乗ってくれて、そのままでいいって言ってくれたでしょ? だから、この恋愛がわがままでも、それでいいって思ってたんだよ。でも、そうじゃなかった」
高山が小さな手でスカートを強く握りしめている。その手はわずかに震えていた。
「広瀬くんが、魚を見るときと同じ目で私を見ているって気づいたとき、悔しかった。私、彼と一緒にいられればそれで満足してたけど、そうじゃなくて、本当は……」
高山は震える息を吐き、一呼吸置いた。
「本当は、愛してほしい。本当は、私だけを見てほしいんだって、気が付いたの」
高山は顔を上げた。そして、悲痛な面持ちで桜井を見た。
「ねえ。広瀬くんは、私のことを、愛してくれていると思う?」
桜井は迷った。おそらく、広瀬は彼女を愛していない。でも、これを正直に伝えてしまったら、高山を傷つけることになる。
「大丈夫だよ。広瀬くんは心の中ではちゃんと君を愛しているよ。きっと、照れ隠しだよ」
桜井は噓をついた。高山を傷つけさせないための、仕方のない嘘だった。
高山は「そっか」と言い、黙り込んでしまった。二人の間に重い空気が流れる。桜井は何と言葉をかけていいのか分からず、そのまま言葉のない時間が続いた。
やがて、高山は重々しく口を開いた。
「……桜井くん、一つお願いしてもいいかな」
「うん」
「広瀬くんに、聞いてほしいの。私を愛しているかどうか、確かめてほしい」
高山の顔は辛そうに見えた。だから、桜井には断るという選択はなかった。
「分かった」
桜井は即答した。
だが、どう確かめたらいいのだろう。メッセージで聞いてみるべきなのか。それとも、呼び出して話をするべきか。とにかく、どちらにしろ、広瀬の連絡先を知らないから、教えてもらわなければならない。
「そうだ。広瀬くんの連絡先を知らないから、教えてくれないかな」
そう言うと、高山はスマホを上着のポケットから取り出した。桜井もズボンのポケットからスマホを取り出して、広瀬の連絡先を教えてもらった。高山の顔は曇ったままだった。
夜、ベッドに入り、布団をかぶる。高山を愛しているか、きっと広瀬はこう言うだろう。『愛してなんかいない』
広瀬の中に、愛という感情は存在しない。広瀬のぶっきらぼうな口調、そして何かを見ているときの空虚な目。それが考えを裏付けしている。それに、高山に対して『好きじゃない』と言っていたのも、根拠の一つだ。広瀬は高山を好きじゃない。それ即ち『愛していない』ということだろう。
だが、果たして、本当にそうなのだろうか。『好きじゃない』と言っている割には嫌ってないし、現にあの二人は別れていない。広瀬が気付いていないだけで、根底には愛があるのではないだろうか。だが、それをどう確かめるべきなのだろうか。
『君はもう少し人を見たほうがいい。より深く、思考の底まで』
ふと、秋山先輩の言葉がよぎった。
そうだ。ただ目線で判断しただけだから、本人の目を見て、口から答えを聞かない限り、分からないじゃないか。もしかしたら本当に照れ隠しかもしれないし、無関心のフリをしているだけなのかもしれない。広瀬の事を、自分では理解したつもりでも、それは表面上のものであって、裏には何かあるのかもしれない。そう考えたら、広瀬のことを自分は真に理解していないのではないか。
桜井は充電中のスマホを取って、メッセージアプリを開いた。
広瀬をより深く知るには、メッセージで聞くだけじゃ駄目だ。自分の目で見て、言葉を聞いて、そうしなければ広瀬の心を確かめられない。直接会って確かめよう。
桜井は文字を打ち込んだ。
『突然の連絡、失礼します。桜井です。高山さんから連絡先を教えてもらいました。今週の日曜日、ギャラリーに行こうと思っているんです。広瀬くんも一緒にどうですか?』
何だか堅苦しくなってしまったが、気にせず送信した。既読はすぐについた。しばらくして返信が帰ってきた。
『分かった。何時にどこに行けばいい』
誘いに乗ってくれたことに、ひとまず安心した。これで、二人でじっくり話ができるはずだ。
『10時に、幌橋駅前で集合しましょう』
『了解』
素っ気ない返事が返ってきたが、ひとまずこれでいい。そして、高山にもこのことを一応伝えておこうと、連絡を入れる。
『今週の日曜日、広瀬くんとギャラリーに行くことになった。そこで聞いてみるよ』
既読はすぐにつき、すぐに返信が帰ってきた。
『ありがとう。よろしくね』
あの可愛らしいうさぎのスタンプは送られてこなかった。
「高山さん、お疲れ」
桜井がそう言うと、高山は顔を上げて、桜井に笑顔を向けた。だが、その笑顔は曇っていて、作り笑いのように見えた。
「うん。お疲れ」
いつもの弾む声が、覇気のないものになっていた。その日の昼休みは高山と広瀬と一緒にご飯を食べたが、その時は普段の明るい高山だった。もしかしたら、体調がよくないのだろうか。桜井は心配になり、荷物を壁の隅に置くと、高山の隣にしゃがみ込んだ。
「大丈夫? 体調悪い?」
桜井がそう言うと、高山は無理に笑顔を作った。
「大丈夫だよ。心配ない」
高山はそう言うが、やはり声が弱々しい。桜井はこれ以上聞いていいのか悩んだが、元気のない高山をどうしても放っておけなかった。
「本当に、体調悪くないの?」
「うん。体調は大丈夫。体は全然平気だよ」
高山はそう言うが、どうも元気がない。もしかしたら悩みがあるのではないか。そう思った桜井は立ち上がって、隅に置いてある椅子を二つ持ち、しゃがみ込む高山のそばに並べた。
「もし良かったら、座って。悩みがあるなら聞くよ」
そう言うと、高山は「ありがとう」と小さな声で呟き、椅子に座った。桜井は向かい合う形で座った。高山は俯きながら、ぽつぽつと話し始めた。
「実はさ、気づいたことがあって」
「うん」
「土曜日、水族館に行ったでしょう? その時の広瀬くん、全然楽しそうじゃなかったよね。それで気が付いたの。私って、もしかしたら魚と同じ目で見られてるんじゃないかって」
桜井は目を見開いた。自分が感じていたことを、高山も気が付いていたのだ。桜井の胸に、水族館で感じた悲しさが込みあがった。
「私、広瀬くんのそばにいられれば、それでいいって思ってた。広瀬くんから『好きじゃない』って言われて落ち込んだ時もさ、桜井くんが相談に乗ってくれて、そのままでいいって言ってくれたでしょ? だから、この恋愛がわがままでも、それでいいって思ってたんだよ。でも、そうじゃなかった」
高山が小さな手でスカートを強く握りしめている。その手はわずかに震えていた。
「広瀬くんが、魚を見るときと同じ目で私を見ているって気づいたとき、悔しかった。私、彼と一緒にいられればそれで満足してたけど、そうじゃなくて、本当は……」
高山は震える息を吐き、一呼吸置いた。
「本当は、愛してほしい。本当は、私だけを見てほしいんだって、気が付いたの」
高山は顔を上げた。そして、悲痛な面持ちで桜井を見た。
「ねえ。広瀬くんは、私のことを、愛してくれていると思う?」
桜井は迷った。おそらく、広瀬は彼女を愛していない。でも、これを正直に伝えてしまったら、高山を傷つけることになる。
「大丈夫だよ。広瀬くんは心の中ではちゃんと君を愛しているよ。きっと、照れ隠しだよ」
桜井は噓をついた。高山を傷つけさせないための、仕方のない嘘だった。
高山は「そっか」と言い、黙り込んでしまった。二人の間に重い空気が流れる。桜井は何と言葉をかけていいのか分からず、そのまま言葉のない時間が続いた。
やがて、高山は重々しく口を開いた。
「……桜井くん、一つお願いしてもいいかな」
「うん」
「広瀬くんに、聞いてほしいの。私を愛しているかどうか、確かめてほしい」
高山の顔は辛そうに見えた。だから、桜井には断るという選択はなかった。
「分かった」
桜井は即答した。
だが、どう確かめたらいいのだろう。メッセージで聞いてみるべきなのか。それとも、呼び出して話をするべきか。とにかく、どちらにしろ、広瀬の連絡先を知らないから、教えてもらわなければならない。
「そうだ。広瀬くんの連絡先を知らないから、教えてくれないかな」
そう言うと、高山はスマホを上着のポケットから取り出した。桜井もズボンのポケットからスマホを取り出して、広瀬の連絡先を教えてもらった。高山の顔は曇ったままだった。
夜、ベッドに入り、布団をかぶる。高山を愛しているか、きっと広瀬はこう言うだろう。『愛してなんかいない』
広瀬の中に、愛という感情は存在しない。広瀬のぶっきらぼうな口調、そして何かを見ているときの空虚な目。それが考えを裏付けしている。それに、高山に対して『好きじゃない』と言っていたのも、根拠の一つだ。広瀬は高山を好きじゃない。それ即ち『愛していない』ということだろう。
だが、果たして、本当にそうなのだろうか。『好きじゃない』と言っている割には嫌ってないし、現にあの二人は別れていない。広瀬が気付いていないだけで、根底には愛があるのではないだろうか。だが、それをどう確かめるべきなのだろうか。
『君はもう少し人を見たほうがいい。より深く、思考の底まで』
ふと、秋山先輩の言葉がよぎった。
そうだ。ただ目線で判断しただけだから、本人の目を見て、口から答えを聞かない限り、分からないじゃないか。もしかしたら本当に照れ隠しかもしれないし、無関心のフリをしているだけなのかもしれない。広瀬の事を、自分では理解したつもりでも、それは表面上のものであって、裏には何かあるのかもしれない。そう考えたら、広瀬のことを自分は真に理解していないのではないか。
桜井は充電中のスマホを取って、メッセージアプリを開いた。
広瀬をより深く知るには、メッセージで聞くだけじゃ駄目だ。自分の目で見て、言葉を聞いて、そうしなければ広瀬の心を確かめられない。直接会って確かめよう。
桜井は文字を打ち込んだ。
『突然の連絡、失礼します。桜井です。高山さんから連絡先を教えてもらいました。今週の日曜日、ギャラリーに行こうと思っているんです。広瀬くんも一緒にどうですか?』
何だか堅苦しくなってしまったが、気にせず送信した。既読はすぐについた。しばらくして返信が帰ってきた。
『分かった。何時にどこに行けばいい』
誘いに乗ってくれたことに、ひとまず安心した。これで、二人でじっくり話ができるはずだ。
『10時に、幌橋駅前で集合しましょう』
『了解』
素っ気ない返事が返ってきたが、ひとまずこれでいい。そして、高山にもこのことを一応伝えておこうと、連絡を入れる。
『今週の日曜日、広瀬くんとギャラリーに行くことになった。そこで聞いてみるよ』
既読はすぐにつき、すぐに返信が帰ってきた。
『ありがとう。よろしくね』
あの可愛らしいうさぎのスタンプは送られてこなかった。
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