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9. 噓吐き
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次の日の休み時間も、桜井は『異邦人』を読んでいた。この薄さならすぐ読み終わるだろうと思っていたのだが、改行が少なく、文字がびっしり詰まっていて読みにくい。また、そもそも普段から読書するわけではないので、読むスピードは遅い方だ。結局、夜のうちに読み切れず、学校に持ってきた。
だが、授業の休憩時間は10分と短く、一度の休憩時間で数ページしか進まない。桜井は早く先が読みたくて仕方がなかった。
昼休み、高山が桜井の教室に来て、一緒にご飯を食べようと誘ったが、桜井は適当な理由をつけて断った。高山は少し寂しそうにしていたが、全く気に留めなかった。
昼休みも、午後の授業の休憩時間も読書に費やしたが、結局、その日の放課後までに読み終わらなかった。桜井は部活を休もうと思ったが、高山に広瀬の件を報告するため、仕方なく参加した。本当はメッセージで伝えたかったのだが、高山はあまりに真剣に悩んでいたので、直接伝えることにした。
桜井が美術室に行くと、高山と秋山が椅子に座って談笑していた。桜井は「お疲れ様です」と軽く挨拶して、荷物を教室の隅に置いた。
「ああ、桜井くん。ちょうど、高山さんに本屋で会った時の話をしていてね」
「そうそう。桜井くん、日曜日に広瀬くんとギャラリーに行ったんでしょ? 感想聞かせてよ」
桜井は頷き、隅に固めて置いてある椅子を一つ持って、二人の近くに椅子を置いて座った。
「ギャラリーはどうだった?」
高山が目を輝かせた。
「楽しかったよ。そこのギャラリーのオーナーが描いた新作を展示していて、広瀬くんと色々解釈とか話したよ」
「へえ。広瀬くんって、絵に興味なさそうなのに。どんな話したの?」
桜井はギャラリーでの広瀬を思い浮かべた。確かに絵自体には無関心だったが、絵を見る僕のことを、ちゃんと見てくれていた。
「僕が絵を好きだってことが分かったって」
そう言うと、高山は目を丸くした。高山は言葉の続きを黙って待っていた。
「広瀬くんって、無関心そうに見えて、実は意外と人を見てるんだって分かったよ。だから、高山さんのことも……」
桜井は言葉を止めた。
広瀬は高山のことを『愛していない』と言い切った。なのに、今自分はなんと言おうとした? 広瀬は高山のことを見ているのは間違いない。だが、『愛していない』けれど見ている、という自分の答えを聞いて、高山は傷つかないだろうか。きっと、どうして愛してくれないのか、と余計に悩ませることになるかもしれない。
桜井は上手く言葉を紡ごうとしたが、中々言葉が出てこない。そんな様子を見かねた秋山は、頬杖をついてにやりと笑った。
「高山さん。この前、気になる映画の話をしただろう?今度、広瀬くんと桜井くんと3人で観に行ってみたらどうだい? きっと広瀬くんの新たな一面を知ることができるかもしれない」
「それ、いいですね!」
高山の顔がぱっと華やいだ。
「映画の話?」と桜井がぽかんとしていると、高山はスマホで何かを検索し、画面を桜井に見せた。
「これ。私が観てるドラマなんだけど、今週の土曜日に映画が公開されるの。本当は友達と二人で観に行く予定なんだけど、広瀬くんと桜井くんも一緒に観に行かない?」
「いや……、広瀬くんはともかく、僕はその友達のこと知らないし……」
本当に僕が言って大丈夫なのか、と言おうとしたが、言う前に高山が割り込んだ。
「いいのいいの。友達は結構気さくだから、すぐ仲良くなれるよ」
高山の笑顔が一層眩しくなる。桜井は断れない圧力をひしひしと感じ、乗り気ではなかったが頷くことにした。
ちょうど、六時を知らせるチャイムが鳴った。その時、高山は「あ」と何かを思い出したような声を出した。
「しまった。今日はお母さんに早く帰ってくるように言われてたんだった!」
そう言うと、高山はそそくさと帰る準備を始めた。秋山も「自分も今日はもう帰ろう」と言い、解散する流れになったので、桜井も帰る準備を始めた。
3人が美術室を出ると、秋山は顧問に提出する書類があるといい、一人職員室に向かっていった。
「ねえ、聞いていいかな」
高山が重そうに口を開いた。桜井は何のことか一瞬で察した。
「うん」
「私のこと、愛しているって言ってた?」
高山は不安そうな面持ちで桜井を見ている。桜井は、高山の不安げな顔をこれ以上見たくなかった。高山がこれ以上傷つかず、二人には幸せになってほしい。ふとそんな思いが芽生え始めていた。
「うん。『愛している』って言ってたよ」
そう言うと、高山は顔を赤くしながら、「そっか」と笑った。これで良いのだ、と桜井は納得した。
「それじゃ、今日は急いでるから、先帰るね!」
走りながらこちらを振り向き、手を振る高山を桜井は見送った。その時、誰かの肩に手が置かれ、桜井が振り返ると、用事を済ませた秋山が立っていた。
「どうして、嘘をついたんだい?」
秋山は、何故か悲しそうな目で桜井を見ていた。
「彼が『愛している』などと言うわけがないのに。きっと、高山さんもそれは理解しているはずだ」
桜井は何も言うことができず、俯いた。秋山が今どんな表情を浮かべているのか、桜井には分からない。
「私は、純粋な君が好きなんだ。たとえ優しさでも、偽りの言葉を語ってほしくなかった」
嘘をついたことは、後悔していないと言えば噓になる。だが、秋山の言うことは桜井には納得できなかった。高山はずっと傷ついていた。だから何とかしたいと本気で願っていたのだ。
桜井は顔を上げて、秋山を睨みつけた。
「僕は後悔していません。嘘でも、高山さんが笑ってくれればそれでいい」
そう言うと、秋山は口角を上げた。だが瞳には、悲しみが残ったままだった。
「そうか。君の新たな一面が見れて満足だよ。でも、出来れば知りたくなかった」
どういうこと、と口にしようとしたが、秋山はそのまま歩き出した。桜井は隣を歩くのが何となく気まずくて、秋山の後ろについていった。言葉もなく二人は玄関を出た。
玄関を出ると、灰色の雨雲が空を覆っていた。どことなく雨の匂いがして、もうすぐ雨が降ることを予感させる。桜井は苦々しい面持ちで、黒む空を見上げた。
だが、授業の休憩時間は10分と短く、一度の休憩時間で数ページしか進まない。桜井は早く先が読みたくて仕方がなかった。
昼休み、高山が桜井の教室に来て、一緒にご飯を食べようと誘ったが、桜井は適当な理由をつけて断った。高山は少し寂しそうにしていたが、全く気に留めなかった。
昼休みも、午後の授業の休憩時間も読書に費やしたが、結局、その日の放課後までに読み終わらなかった。桜井は部活を休もうと思ったが、高山に広瀬の件を報告するため、仕方なく参加した。本当はメッセージで伝えたかったのだが、高山はあまりに真剣に悩んでいたので、直接伝えることにした。
桜井が美術室に行くと、高山と秋山が椅子に座って談笑していた。桜井は「お疲れ様です」と軽く挨拶して、荷物を教室の隅に置いた。
「ああ、桜井くん。ちょうど、高山さんに本屋で会った時の話をしていてね」
「そうそう。桜井くん、日曜日に広瀬くんとギャラリーに行ったんでしょ? 感想聞かせてよ」
桜井は頷き、隅に固めて置いてある椅子を一つ持って、二人の近くに椅子を置いて座った。
「ギャラリーはどうだった?」
高山が目を輝かせた。
「楽しかったよ。そこのギャラリーのオーナーが描いた新作を展示していて、広瀬くんと色々解釈とか話したよ」
「へえ。広瀬くんって、絵に興味なさそうなのに。どんな話したの?」
桜井はギャラリーでの広瀬を思い浮かべた。確かに絵自体には無関心だったが、絵を見る僕のことを、ちゃんと見てくれていた。
「僕が絵を好きだってことが分かったって」
そう言うと、高山は目を丸くした。高山は言葉の続きを黙って待っていた。
「広瀬くんって、無関心そうに見えて、実は意外と人を見てるんだって分かったよ。だから、高山さんのことも……」
桜井は言葉を止めた。
広瀬は高山のことを『愛していない』と言い切った。なのに、今自分はなんと言おうとした? 広瀬は高山のことを見ているのは間違いない。だが、『愛していない』けれど見ている、という自分の答えを聞いて、高山は傷つかないだろうか。きっと、どうして愛してくれないのか、と余計に悩ませることになるかもしれない。
桜井は上手く言葉を紡ごうとしたが、中々言葉が出てこない。そんな様子を見かねた秋山は、頬杖をついてにやりと笑った。
「高山さん。この前、気になる映画の話をしただろう?今度、広瀬くんと桜井くんと3人で観に行ってみたらどうだい? きっと広瀬くんの新たな一面を知ることができるかもしれない」
「それ、いいですね!」
高山の顔がぱっと華やいだ。
「映画の話?」と桜井がぽかんとしていると、高山はスマホで何かを検索し、画面を桜井に見せた。
「これ。私が観てるドラマなんだけど、今週の土曜日に映画が公開されるの。本当は友達と二人で観に行く予定なんだけど、広瀬くんと桜井くんも一緒に観に行かない?」
「いや……、広瀬くんはともかく、僕はその友達のこと知らないし……」
本当に僕が言って大丈夫なのか、と言おうとしたが、言う前に高山が割り込んだ。
「いいのいいの。友達は結構気さくだから、すぐ仲良くなれるよ」
高山の笑顔が一層眩しくなる。桜井は断れない圧力をひしひしと感じ、乗り気ではなかったが頷くことにした。
ちょうど、六時を知らせるチャイムが鳴った。その時、高山は「あ」と何かを思い出したような声を出した。
「しまった。今日はお母さんに早く帰ってくるように言われてたんだった!」
そう言うと、高山はそそくさと帰る準備を始めた。秋山も「自分も今日はもう帰ろう」と言い、解散する流れになったので、桜井も帰る準備を始めた。
3人が美術室を出ると、秋山は顧問に提出する書類があるといい、一人職員室に向かっていった。
「ねえ、聞いていいかな」
高山が重そうに口を開いた。桜井は何のことか一瞬で察した。
「うん」
「私のこと、愛しているって言ってた?」
高山は不安そうな面持ちで桜井を見ている。桜井は、高山の不安げな顔をこれ以上見たくなかった。高山がこれ以上傷つかず、二人には幸せになってほしい。ふとそんな思いが芽生え始めていた。
「うん。『愛している』って言ってたよ」
そう言うと、高山は顔を赤くしながら、「そっか」と笑った。これで良いのだ、と桜井は納得した。
「それじゃ、今日は急いでるから、先帰るね!」
走りながらこちらを振り向き、手を振る高山を桜井は見送った。その時、誰かの肩に手が置かれ、桜井が振り返ると、用事を済ませた秋山が立っていた。
「どうして、嘘をついたんだい?」
秋山は、何故か悲しそうな目で桜井を見ていた。
「彼が『愛している』などと言うわけがないのに。きっと、高山さんもそれは理解しているはずだ」
桜井は何も言うことができず、俯いた。秋山が今どんな表情を浮かべているのか、桜井には分からない。
「私は、純粋な君が好きなんだ。たとえ優しさでも、偽りの言葉を語ってほしくなかった」
嘘をついたことは、後悔していないと言えば噓になる。だが、秋山の言うことは桜井には納得できなかった。高山はずっと傷ついていた。だから何とかしたいと本気で願っていたのだ。
桜井は顔を上げて、秋山を睨みつけた。
「僕は後悔していません。嘘でも、高山さんが笑ってくれればそれでいい」
そう言うと、秋山は口角を上げた。だが瞳には、悲しみが残ったままだった。
「そうか。君の新たな一面が見れて満足だよ。でも、出来れば知りたくなかった」
どういうこと、と口にしようとしたが、秋山はそのまま歩き出した。桜井は隣を歩くのが何となく気まずくて、秋山の後ろについていった。言葉もなく二人は玄関を出た。
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