桜の花びらは、いつ散ってくれるのだろうか。

北国

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12. 衝撃

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この感情は、高山に対して失礼なものだと分かっている。だからこそ、秋山の助言通り、桜井は普段通りに接することにした。広瀬に恋をしている。だが、何もしない。それがベストアンサーだと桜井は信じた。
昼休み、いつも通り、高山が教室に来るものだと待ち構えていたが、少し待っても高山は教室に現れなかった。放課後、部活に行っても、高山は来ていなかった。秋山も連絡を受けておらず、分からないと言っていた。
次の日の昼休みも、高山をしばらく待ったが現れない。
まさか自分が高山を避けたから、高山も自分を避け始めたのだろうか。
ふと、そんな考えがよぎり、桜井は不安に襲われた。自業自得だと分かっていても、ひどく悲しくなった。
自分の冷たい態度が、高山を傷つけてしまった。だから、しっかり謝って、いつも通りの態度で接しよう。
桜井は席を立ち、空き教室へ向かう。ドアを開けると、広瀬が一人で読書をしていた。
広瀬は顔を上げて、桜井をじっと見る。

「何かあったのか?」
「えっと、その、高山さんは?」
「学校に来ていない」

桜井は安堵した。だが、すぐにその安堵は不安に変わった。

「昨日も休んでいた」

まさか、自分の態度のせいで、学校に行けなくなるほどショックを受けたのではないだろうか。
桜井はまじまじと広瀬の顔を見たが、広瀬は特に表情を変えることなく、本に視線を落とした。
広瀬は、自分が広瀬と高山を避けたことを、気にしていないのだろうか。それとも、ただ口に出さないだけなのか。いずれにせよ、桜井はそれを確かめる勇気が出ず、気まずさから黙り込んだ。

「……弁当、食べないのか?」

ふと広瀬は、桜井の持っていた弁当を指差した。
桜井は一瞬迷ったが、普段通り接しなければと、口角を上げた。

「食べるよ」

桜井は席に座り、弁当を食べ始めた。会話はなく、重々しい空気が流れる。教室には時計の針の音が静かに響き渡った。
黙々と弁当を食べ進めていると、ふと広瀬は口を開いた。

「ずいぶんと静かだな、今日は」

桜井はぎくりとして、箸を止めた。

「きっと、高山さんがいないからじゃないかな?」
「高山がいなくても、お前、俺の前でよく話してただろ」
「それは……」

そう言いかけるも、何と言って返すべきか、言葉が思いつかない。
広瀬はそんな桜井を横目に、ページを進めた。

「……お前、なんか変だ」

図星を突かれ、桜井は黙り込んだ。
普段通り接しようと試みても、結局は上手くいかない。体と心がちぐはぐで、全くかみ合わない。桜井は自分の情けなさに落胆した。
二人の間に沈黙が流れる。桜井は一口も進まないまま、俯き続けた。

「一つ、聞いていいか」

沈黙を破ったのは、パタンと音を立てて、本を閉じる音だった。

「映画館で、俺に『無関心を装ってる』って言っただろ」

恐る恐る顔を上げると、広瀬が真剣な表情で桜井を真っすぐ見つめていた。

「お前は、無関心な、ムルソーみたいな生き方を、どう思う」

桜井は目を丸くした。

「お前も『異邦人』を読んでいるなら、何となく分かんだろ。ムルソーは周りのことをちっとも気にしない。自分の欲望に素直で、自由そのものだ」

広瀬は持っていた本に目を落とした。

「だが、そんな生き方は、時に相手の気に障り、誰かを傷つけ、冷たいと否定される。それが、本当に幸せな生き方だと思うか」

広瀬の瞳に影が差す。それは長い睫毛のせいなのか、それとも広瀬の心の曇りからなのかは分からない。
だが、考えるより先に、言葉がするりと出る。

「……思うよ」
「なぜ」
「僕は、どうしても他人のことを考えてしまうから……。周りの目を気にしない、感情に振り回されない。少し、羨ましいって思う。そんな生き方ができたら、僕は今、幸せなんだろうな」

きっと、自分がムルソーなら、醜い恋心に悩まされることはないだろう。相手を愛することだって、きっと無いのだから。
桜井は作り笑いを浮かべる。精一杯の笑顔。だが、この笑顔は心からの笑顔でもあった。
桜井の笑顔を見た広瀬は、何かを考えるように目を閉じる。

「そうだな。桜井の言う通りだと思う」

そして、桜井の方を向いて、ふっと小さく笑った。
柔らかく、温かく、どこまでも優しい微笑み。
映画館で、少女を慰めていた時の笑顔そのままだった。
─ああ、やっぱり僕は広瀬が好きだ。
その事実がひどく苦しかった。それでも、桜井も微笑んだ。ぎこちなくて、不格好な笑顔だった。これが上手く笑えているかは、自分には分からない。
広瀬は、そんな桜井の笑みに、ふっと目を細めた。
それを見て、桜井は安堵した。きっと上手く笑えている。桜井はそう思うことにした。


その夜、桜井はベッドの中で、スマホの画面をじっと見つめていた。
まずは、高山に謝ろう。そう思い、桜井はメッセージを打ち込んだ。
だが、直接謝った方がいいのではないか。メッセージで簡単に済ませていいものだろうか。
そう考え、桜井はメッセージを消す。でも、とりあえず一言でも謝るべきだ。再びメッセージを打ち込んでは、考え直して消す。それをひたすら繰り返す。
桜井は悩んだ。もしかしたら、自分が冷たくあしらったから、高山は学校に行けなくなってしまったのかもしれない。自分のせいなのだから、誠心誠意謝らなくてはいけない。だが、高山に対し、どう謝るべきなのだろうか。

「どうしたらいいんだろう……」

重い溜息をつく。傷つけてしまった後悔と焦り、高山に対する心配と不安。それらは胸の内で、どんどん膨らんでいく。
でも、いくら悩んだところで、答えが出るものでもない。学校に来れないのなら、メッセージで謝って、高山が学校に来たら、直接また謝ればいい。許してくれるかは分からないけれど、高山がまた元気に笑ってくれれば、それでいい。
桜井は意を決し、スマホに文字を打ち込んだ。

『高山さんに、冷たい態度をとってしまったこと、謝らせてください。本当にごめんなさい。もし良ければ、また3人でご飯を食べたいです』

打ち込んだ文章を確認して、桜井は送信ボタンを押した。
高山が学校に来たら、もう一度、面と向かって謝ろう。
桜井はアプリを閉じ、そのまま布団にもぐった。
するとすぐに、ぽろん、と着信音が鳴る。高山からの返信かと思い、急いでスマホを開いたが、それは広瀬からだった。
そして、メッセージを確認する。

「え……」

画面に映し出された文章に、桜井の全身の血が引いた。心臓がひどくバクバクと鼓動し、息が詰まる。
画面には、こう映し出されていた。

『高山が、交通事故で亡くなった』

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