18 / 22
18. 幸福
しおりを挟む
秋山に連れられて、桜井は久しぶりに外に出た。ずっと暗い部屋にいたからか、夕日がやけに眩しく感じる。
「……それで、どこに向かっているんですか」
「私のお気に入りの場所だよ」
「お気に入り?」
桜井は詳しく聞こうとしたが、秋山は「着いてからのお楽しみ」と言い、これ以上は教えてもらえなかった。
二人はしばらく歩き、電車に乗り、駅を降りる。駅を降り、道なりを歩いていると、覚えのある道を歩いていることに気が付いた。そして、今どこに向かっているのか、何となく予想が付いた。
そして、桜井の予想通り、二人は矢島のギャラリーに到着した。
「ここだったんですね」
特に驚く様子を見せなかった桜井に、秋山は目をしばたたいた。
「来たことあったのかい?」
「週末、よくここに来るんです。前は広瀬くんと一緒に来ました」
「そうだったのか。私も、よくここに来るんだ。受験勉強に飽きた時、とかね」
秋山はそう言って、ギャラリーのドアを開けた。扉に付いた鈴がちりん、と軽く鳴った。鈴の音に反応し、矢島が顔を上げた。そして、物珍しそうな目をして二人を見た。
「おや、君たち知り合いだったのかい?」
「ええ。桜井くんは、私の高校の後輩なんですよ」
「そうか。まさか二人が繋がっているとは思わなかったよ」
はは、と矢島は豪快に笑った。
「ところで、矢島さん。作品、見させていただいても?」
「もちろん。といっても、ここ最近いいアイデアが浮かばなくて、新作はないけれど」
「構いませんよ。矢島さんの作品には、いつも新しい発見をさせられますから」
秋山はそう言って、桜井を二階に連れた。
作品のラインナップは、広瀬と一緒に来た時と変わっていない。桜井は前に広瀬と見た『STILL』と名付けられた絵の前に立ち、絵をまじまじと見た。黒い背景に、何色ものうねった線が、円を形作っている。
前は、その線が可哀そうに見えた。どこに向かおうとしても、足踏みしてその場から動けない。その様が哀れに思えた。
でも、今ならこの線の気持ちが痛いほど分かる。迷って、迷って、迷い続けて。結局、自分が何をしたいのか、何を求めているのか分からず、ただ籠るように蹲る。そうして、円を形作るように、自分だけの世界を作って、浸って、ふさぎ込む。
まるで僕みたいだ。桜井は自嘲した。
「この絵、私は好きだよ」
いつの間にか隣に立っていた秋山が口を開いた。
「いろいろな考え方を知って、考えて、迷って、もがいて。それが線の色、線の太さによく出ている。そうして様々な線は、一つの立派な円を形作る。まるで、自分を形作るように、これが自分なんだと示すように、自分だけの円を作っている」
秋山は桜井の方を向いた。
「私は、ずっと自分が何者なのか、自分は何のために生まれたのか、ずっと分からなかったんだ」
桜井は目を丸くして、秋山に視線を移した。秋山は真剣な表情を浮かべていた。
「別に辛い過去や経験があったから、というわけではないよ。ただ、何となく生きていくうちに、そう思っただけさ。だから、前に君に、『自分が何者なのか』を聞いただろう?」
桜井は「そうでしたね」と、俯きながらその時の記憶を思い出した。あの時は、秋山が何を考えているのか、全く分からなかった。
「絵を覗き込む君の目を初めて見た時、君になら、私のことが分かるんじゃないかって、勝手に期待していたんだ。君の目は、何かを見通すような鋭さを持っていた。だから、この絵の円みたいに、私の形が分かるんじゃないかって思えた」
秋山は絵に視線を移した。
「もし、君が色んな世界を知って私を見た時、きっと、答えのない問いに答えが見える気がしたんだ。だから美術部に誘ったり、君にヒントを与えたりしたんだ。……でもまさか、そのことが私自身を苦しめるとは、思わなかったけれどね」
秋山は苦笑いした。
「私が君を好いているのは本当。苦しんでいるとき、そばにいたいと思うのも本当だよ。でも、応えてもらうつもりはない。応えてもらうとも思っていない」
桜井は顔を上げた。
「今までは、君が広瀬くんに向ける愛情が、私に向けばいいのにって願ってたんだ。だから、広瀬くんには『ムルソーを演じてる』なんて大人げないことを言ってしまったけれどね。
ただ、君と接していくうちに、愛を向けてほしいって気持ちが薄れたんだ。愛に困惑して、傷ついて、苦しんでいる君を見たら、私の独占欲にも似た愛が醜くて、情けなく思ったよ」
秋山は苦しそうに目を細めた。
「だからこそ、君を支えたいって気持ちが強くなった。君が愛を返してくれなくても、そばにいられなくてもいい。ただ、純粋に、まっすぐに君を助けたいって思った。その時に、やっと気づいた」
秋山はそっと目を閉じて、ゆっくりと目を開く。苦しそうな表情は消え、覚悟が決まったような表情に変わった。
「君が好き。それはこの上なく醜いけれど、最高に幸せなことなんだって」
桜井は目を見開き、息をのんだ。
秋山はまっすぐ桜井の目を見ていた。その目は強い意志を感じさせるように、眩しく輝いていた。
「……君のしたことは、風の噂で聞いた。確かに君のしたことは、非難されてもおかしくない。不謹慎だと言われても、いじめに発展しても、文句は言えない。だが、君のしたことや君の苦しみは、十分理解できる。だからこそ言うけれど、君が広瀬くんを愛する限り、その苦しみは続く。君にとって、彼を愛することは、自分自身を痛めつけることだ」
桜井は目を伏せた。
「君は、広瀬くんを愛することが、自分の幸せだと言えるかい?」
桜井は何も言い返せなかった。
秋山の問いに、答えはもう出ている。だが、その答えを認めたら、自分が広瀬へ抱く感情が分からなくなりそうで、口には出せなかった。
桜井が黙り込み、二人の間に沈黙が流れる。ゴー、と空調の音だけが響き渡っていた。
しばらくして、静寂を断ち切るように、秋山は咳払いをした。
「……まあ、今すぐ答えは見つかるものじゃないよ。私だってそうだったからね。そろそろコーヒーをいただこうか。美味しいコーヒーを飲みながら、ゆっくり考えよう」
秋山は桜井に微笑みかけた。
どこからかコーヒーの渋い香りが漂ってくる。桜井は無性にコーヒーの濃い苦みが欲しくなり、回れ右をして、無言で秋山についていく。そのまま二人は階段を下りた。
階段を降りると、矢島がティーカップにコーヒーを注ぎ込んでいた。
「ちょうどそろそろ、コーヒーが恋しくなるころだと思ってね」
二人はカウンター席に座った。そして、矢島はコーヒーを二人に出した。
「秋山くん、今日は砂糖いる?」
「もちろん。砂糖なしでは飲めませんから」
「私としては、そのままで飲んでほしいんだけどね。秋山くんはまだまだ子供舌だなあ」
矢島は砂糖の入ったスティックを二本、秋山に渡した。秋山は小さくお礼を言うと、さらさらとコーヒーに砂糖を入れ始めた。
「桜井くんは、いつもブラックなのかい?」
秋山が桜井に視線を移した。
「まあ、そうですね」
今は特にブラックで飲みたい気分だった。コーヒーの苦さを感じながら、喉に流し込みたかった。
桜井は早速、熱いコーヒーを口に含んだ。コーヒーの独特の苦さが、じわじわと口に広がる。今日のコーヒーの味は、普段より苦く感じる。だが、それが酷く心地良い。
「そうだ。矢島さん、『STILL』見ましたけど、随分と作風が変わったんですね」
秋山が顔を上げて、矢島を見た。
「まあね。最近色々試しているんだよ。でも、まだこれといって納得できる作風には至ってないんだけど」
「前は確か、水彩画を描いてましたよね。淡い色使いで綺麗だと思いましたよ」
「それは嬉しいね。だが、あれも実は納得がいってないんだ。私自身、今どこに向かっているのか分からないからさ。作風だけじゃない。今までの人生も、迷子の連続だよ」
桜井はティーカップを静かに置いて、耳を傾けた。
「仕事も恋愛も、迷ってばかりだったなあ。絵の仕事を生業にするかどうかも迷ったし、昔はモテすぎて、どの女の子と付き合おうか迷ったな」
矢島は能天気そうに笑った。
「今思えば、迷ってる時間は無駄じゃなかったよ。おかげで今好きなことができてるし、綺麗な奥さんと結婚できたし。こんなに幸せでいいのか、って思うぐらいに今が一番幸せかもしれないね」
「幸せ……」
桜井がぽつんと呟くと、矢島は「おや」と興味深そうに桜井に視線を移した。
「桜井くんは、今幸せじゃないのかい?」
「……そう、かもしれません」
「君はまだ若いからね。今は見つからなくても、きっとこの先、幸せが訪れるはずさ。実際、私も幸せを見つけるのに、随分と時間がかかったものだ。人生は決断の連続、だが決断したとしても、その先に幸せがある保証はない」
矢島はふっと微笑んだ。
「でも、自分の過去や経験から、ヒントはもらえるんだ。自分が感じた思いや感情を後で振り返って、自分が何に対して喜びを感じたのかを考える。私は絵を描く時間が何よりの喜びだと思ったから、絵を生業にしようと決断できた。そしてそれが幸せにつながった」
矢島はそう言うと、皿にチョコチップクッキーを乗せて、桜井と秋山に出した。
「桜井くんが何に悩んでいるのか、私には分からない。でも、それは決して悪いことじゃない。これからやってくる決断のための、大切なヒントになるよ」
矢島の言葉に、秋山は「私もそう思います」と頷いていた。
「ああ、それとクッキーはおまけだよ。青春に迷う若者へのプレゼント」
桜井は「ありがとうございます」と小さく言い、クッキーを一口食べた。記事はしっとりしていて、控えめな甘さが舌に広がり、体に染みる。甘さからなのか、桜井の口角がほんの少し上がった。
秋山と矢島は、桜井が浮かべた笑みを見ると、互いに目を合わせ、安心したかのように微笑んだ。
「……それで、どこに向かっているんですか」
「私のお気に入りの場所だよ」
「お気に入り?」
桜井は詳しく聞こうとしたが、秋山は「着いてからのお楽しみ」と言い、これ以上は教えてもらえなかった。
二人はしばらく歩き、電車に乗り、駅を降りる。駅を降り、道なりを歩いていると、覚えのある道を歩いていることに気が付いた。そして、今どこに向かっているのか、何となく予想が付いた。
そして、桜井の予想通り、二人は矢島のギャラリーに到着した。
「ここだったんですね」
特に驚く様子を見せなかった桜井に、秋山は目をしばたたいた。
「来たことあったのかい?」
「週末、よくここに来るんです。前は広瀬くんと一緒に来ました」
「そうだったのか。私も、よくここに来るんだ。受験勉強に飽きた時、とかね」
秋山はそう言って、ギャラリーのドアを開けた。扉に付いた鈴がちりん、と軽く鳴った。鈴の音に反応し、矢島が顔を上げた。そして、物珍しそうな目をして二人を見た。
「おや、君たち知り合いだったのかい?」
「ええ。桜井くんは、私の高校の後輩なんですよ」
「そうか。まさか二人が繋がっているとは思わなかったよ」
はは、と矢島は豪快に笑った。
「ところで、矢島さん。作品、見させていただいても?」
「もちろん。といっても、ここ最近いいアイデアが浮かばなくて、新作はないけれど」
「構いませんよ。矢島さんの作品には、いつも新しい発見をさせられますから」
秋山はそう言って、桜井を二階に連れた。
作品のラインナップは、広瀬と一緒に来た時と変わっていない。桜井は前に広瀬と見た『STILL』と名付けられた絵の前に立ち、絵をまじまじと見た。黒い背景に、何色ものうねった線が、円を形作っている。
前は、その線が可哀そうに見えた。どこに向かおうとしても、足踏みしてその場から動けない。その様が哀れに思えた。
でも、今ならこの線の気持ちが痛いほど分かる。迷って、迷って、迷い続けて。結局、自分が何をしたいのか、何を求めているのか分からず、ただ籠るように蹲る。そうして、円を形作るように、自分だけの世界を作って、浸って、ふさぎ込む。
まるで僕みたいだ。桜井は自嘲した。
「この絵、私は好きだよ」
いつの間にか隣に立っていた秋山が口を開いた。
「いろいろな考え方を知って、考えて、迷って、もがいて。それが線の色、線の太さによく出ている。そうして様々な線は、一つの立派な円を形作る。まるで、自分を形作るように、これが自分なんだと示すように、自分だけの円を作っている」
秋山は桜井の方を向いた。
「私は、ずっと自分が何者なのか、自分は何のために生まれたのか、ずっと分からなかったんだ」
桜井は目を丸くして、秋山に視線を移した。秋山は真剣な表情を浮かべていた。
「別に辛い過去や経験があったから、というわけではないよ。ただ、何となく生きていくうちに、そう思っただけさ。だから、前に君に、『自分が何者なのか』を聞いただろう?」
桜井は「そうでしたね」と、俯きながらその時の記憶を思い出した。あの時は、秋山が何を考えているのか、全く分からなかった。
「絵を覗き込む君の目を初めて見た時、君になら、私のことが分かるんじゃないかって、勝手に期待していたんだ。君の目は、何かを見通すような鋭さを持っていた。だから、この絵の円みたいに、私の形が分かるんじゃないかって思えた」
秋山は絵に視線を移した。
「もし、君が色んな世界を知って私を見た時、きっと、答えのない問いに答えが見える気がしたんだ。だから美術部に誘ったり、君にヒントを与えたりしたんだ。……でもまさか、そのことが私自身を苦しめるとは、思わなかったけれどね」
秋山は苦笑いした。
「私が君を好いているのは本当。苦しんでいるとき、そばにいたいと思うのも本当だよ。でも、応えてもらうつもりはない。応えてもらうとも思っていない」
桜井は顔を上げた。
「今までは、君が広瀬くんに向ける愛情が、私に向けばいいのにって願ってたんだ。だから、広瀬くんには『ムルソーを演じてる』なんて大人げないことを言ってしまったけれどね。
ただ、君と接していくうちに、愛を向けてほしいって気持ちが薄れたんだ。愛に困惑して、傷ついて、苦しんでいる君を見たら、私の独占欲にも似た愛が醜くて、情けなく思ったよ」
秋山は苦しそうに目を細めた。
「だからこそ、君を支えたいって気持ちが強くなった。君が愛を返してくれなくても、そばにいられなくてもいい。ただ、純粋に、まっすぐに君を助けたいって思った。その時に、やっと気づいた」
秋山はそっと目を閉じて、ゆっくりと目を開く。苦しそうな表情は消え、覚悟が決まったような表情に変わった。
「君が好き。それはこの上なく醜いけれど、最高に幸せなことなんだって」
桜井は目を見開き、息をのんだ。
秋山はまっすぐ桜井の目を見ていた。その目は強い意志を感じさせるように、眩しく輝いていた。
「……君のしたことは、風の噂で聞いた。確かに君のしたことは、非難されてもおかしくない。不謹慎だと言われても、いじめに発展しても、文句は言えない。だが、君のしたことや君の苦しみは、十分理解できる。だからこそ言うけれど、君が広瀬くんを愛する限り、その苦しみは続く。君にとって、彼を愛することは、自分自身を痛めつけることだ」
桜井は目を伏せた。
「君は、広瀬くんを愛することが、自分の幸せだと言えるかい?」
桜井は何も言い返せなかった。
秋山の問いに、答えはもう出ている。だが、その答えを認めたら、自分が広瀬へ抱く感情が分からなくなりそうで、口には出せなかった。
桜井が黙り込み、二人の間に沈黙が流れる。ゴー、と空調の音だけが響き渡っていた。
しばらくして、静寂を断ち切るように、秋山は咳払いをした。
「……まあ、今すぐ答えは見つかるものじゃないよ。私だってそうだったからね。そろそろコーヒーをいただこうか。美味しいコーヒーを飲みながら、ゆっくり考えよう」
秋山は桜井に微笑みかけた。
どこからかコーヒーの渋い香りが漂ってくる。桜井は無性にコーヒーの濃い苦みが欲しくなり、回れ右をして、無言で秋山についていく。そのまま二人は階段を下りた。
階段を降りると、矢島がティーカップにコーヒーを注ぎ込んでいた。
「ちょうどそろそろ、コーヒーが恋しくなるころだと思ってね」
二人はカウンター席に座った。そして、矢島はコーヒーを二人に出した。
「秋山くん、今日は砂糖いる?」
「もちろん。砂糖なしでは飲めませんから」
「私としては、そのままで飲んでほしいんだけどね。秋山くんはまだまだ子供舌だなあ」
矢島は砂糖の入ったスティックを二本、秋山に渡した。秋山は小さくお礼を言うと、さらさらとコーヒーに砂糖を入れ始めた。
「桜井くんは、いつもブラックなのかい?」
秋山が桜井に視線を移した。
「まあ、そうですね」
今は特にブラックで飲みたい気分だった。コーヒーの苦さを感じながら、喉に流し込みたかった。
桜井は早速、熱いコーヒーを口に含んだ。コーヒーの独特の苦さが、じわじわと口に広がる。今日のコーヒーの味は、普段より苦く感じる。だが、それが酷く心地良い。
「そうだ。矢島さん、『STILL』見ましたけど、随分と作風が変わったんですね」
秋山が顔を上げて、矢島を見た。
「まあね。最近色々試しているんだよ。でも、まだこれといって納得できる作風には至ってないんだけど」
「前は確か、水彩画を描いてましたよね。淡い色使いで綺麗だと思いましたよ」
「それは嬉しいね。だが、あれも実は納得がいってないんだ。私自身、今どこに向かっているのか分からないからさ。作風だけじゃない。今までの人生も、迷子の連続だよ」
桜井はティーカップを静かに置いて、耳を傾けた。
「仕事も恋愛も、迷ってばかりだったなあ。絵の仕事を生業にするかどうかも迷ったし、昔はモテすぎて、どの女の子と付き合おうか迷ったな」
矢島は能天気そうに笑った。
「今思えば、迷ってる時間は無駄じゃなかったよ。おかげで今好きなことができてるし、綺麗な奥さんと結婚できたし。こんなに幸せでいいのか、って思うぐらいに今が一番幸せかもしれないね」
「幸せ……」
桜井がぽつんと呟くと、矢島は「おや」と興味深そうに桜井に視線を移した。
「桜井くんは、今幸せじゃないのかい?」
「……そう、かもしれません」
「君はまだ若いからね。今は見つからなくても、きっとこの先、幸せが訪れるはずさ。実際、私も幸せを見つけるのに、随分と時間がかかったものだ。人生は決断の連続、だが決断したとしても、その先に幸せがある保証はない」
矢島はふっと微笑んだ。
「でも、自分の過去や経験から、ヒントはもらえるんだ。自分が感じた思いや感情を後で振り返って、自分が何に対して喜びを感じたのかを考える。私は絵を描く時間が何よりの喜びだと思ったから、絵を生業にしようと決断できた。そしてそれが幸せにつながった」
矢島はそう言うと、皿にチョコチップクッキーを乗せて、桜井と秋山に出した。
「桜井くんが何に悩んでいるのか、私には分からない。でも、それは決して悪いことじゃない。これからやってくる決断のための、大切なヒントになるよ」
矢島の言葉に、秋山は「私もそう思います」と頷いていた。
「ああ、それとクッキーはおまけだよ。青春に迷う若者へのプレゼント」
桜井は「ありがとうございます」と小さく言い、クッキーを一口食べた。記事はしっとりしていて、控えめな甘さが舌に広がり、体に染みる。甘さからなのか、桜井の口角がほんの少し上がった。
秋山と矢島は、桜井が浮かべた笑みを見ると、互いに目を合わせ、安心したかのように微笑んだ。
0
あなたにおすすめの小説
「好きって言ったら負け!」完璧すぎる生徒会コンビの恋愛頭脳戦は今日も平行線です~恋は勝ち負けじゃないと知るまでの攻防戦
中岡 始
BL
「好きって言ったら負け」
それが、俺たちの間にある、たったひとつのルールだった。
星遥学園の顔、生徒会長・一ノ瀬結翔と副会長・神城凪。
容姿、成績、カリスマ性――すべてが完璧なふたりは、周囲から「最強ペア」と呼ばれている。
けれどその内側では、日々繰り広げられる仁義なき恋愛頭脳戦があった。
・さりげない言葉の応酬
・SNSでの匂わせ合戦
・触れそうで触れない、静かな視線の駆け引き
恋してるなんて認めたくない。
でも、相手からの“告白”を待ち続けてしまう――
そんなふたりの関係が変わったのは、修学旅行での一夜。
「俺、たぶん君に“負けてもいい”って思いかけてる」
その一言が、沈黙を揺るがし、心の距離を塗り替えていく。
勝ち負けなんかじゃない、想いのかたちにたどり着くまで。
これは、美形ふたりの駆け引きまみれなラブコメ戦線、
ついに“終戦”の火蓋が落ちるまでの物語。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
赤い頬と溶けるバニラ味
hamapito
BL
在宅勤務が選べるようになっても出社し続けているのは、同期の岡野に会うためだった。
毎日会うのが当たり前になっていたある日、風邪をひいてしまい在宅勤務に切り替えた。
わざわざ連絡するのもおかしいかと思ってそのままにしていたけれど……。
*
岡野はただの同期。それ以上でも以下でもない。
満員電車に乗ってでも出社している理由だって「運動不足になりそうだから」って言ってたし。
岡野に会えるのが嬉しい俺とは違う。
*
六年目の恋、もう一度手をつなぐ
高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。
順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。
「もう、おればっかりが好きなんやろか?」
馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。
そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。
嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き……
「そっちがその気なら、もういい!」
堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……?
倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡
2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~
青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」
その言葉を言われたのが社会人2年目の春。
あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。
だが、今はー
「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」
「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」
冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。
貴方の視界に、俺は映らないー。
2人の記念日もずっと1人で祝っている。
あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。
そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。
あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。
ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー
※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。
表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。
僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる