つらじろ仔ぎつね

めめくらげ

文字の大きさ
11 / 60

しおりを挟む



深夜一時を回ろうかというころに、ようやく飼い主が帰宅した。

「ただいまぁ」

いつもなら疲労が押し寄せる瞬間だが、ここ最近はこの瞬間をもっとも待ち望んでいる。

「ポピー、会いたかったよ」

若いのに若さのないくたびれた顔をぐにゃりと歪ませ、床に背を丸めてうずくまる。ポツポツとヒゲの目立ち始めた肌で、敷きっぱなしの布団にねころがっていた『ポピー』の腹にほおずりをした。顔を離した瞬間に容赦なく爪を立てられたが、こたえていない。

「いい子にしてたね」

「・・・・・」

「ポピーくん」

そっと手をやると、その手にもカッと爪を立てられた。

「さわられるのに慣れないんだな」

ゲーテはこの『ポピー・ハイツ』にちなみポピーと名付けられ、もう二週間ほどこの冴えない大学生と暮らしていた。男は名を『西』といい、若いくせに最低限の身だしなみにも手を抜きがちだ。やぼったい黒縁メガネをかけ、ときには無精髭を生やしたまんまの日もあり、髪は毎日必ずどこかしらに寝グセがついているような、どこか抜けた男である。いまどきなかなか見かけない昔の美大生のような風采が、レトロすぎるこのアパートと相俟って、まるで昭和時代からまるごとやってきた人間のようであった。

「ソファーも、結局お気に召さなかったか……」

一度も使われた形跡のない、ピンクのギンガムチェックのネコ用寝具をじっと見つめる。しかしフッと微笑んで、「早く金を貯めて、いい部屋に引っ越そうな」と頭を撫でた。ゲーテは、いい部屋になど行きたくないからここに来たのだ、と心中でつぶやく。このボロ家ゆえの自由な環境が気に入っていたので、引越しなどはまったく望んでいない。引っ越すのならそのときにはこの男ともこれっきりである。

だが西はうっとうしいけれど、帰ってきて自分をある程度かまったら、すぐに満足するからまだよかった。人のしつこさには、猫カフェでそれなりに耐性はついていたはずだが、いま思えばよくあんな環境下で長いあいだ暮らせたものだと思う。

彼は毎夜寡黙に課題のレポートなどをやっていて、そのあいだはこちらを見向きもしない。切り上げてからは布団で本を読みつつ、手グセで少しはゲーテを触るけれど、どちらかというと本に熱中している。それから少し眠って朝になれば、一度頭を撫でるだけでまた慌ただしく出て行ってしまう。土日は朝から夜までバイトについやし、帰ってきてからまた課題などをやったり、エサだけやったらまた別のバイトに行ってしまうときもある。つまり彼は苦学生らしい多忙の人であり、それゆえ不在ばかりで、ときどきうっとうしいが基本的には"淡白"な、つまり同居人としては理想に近いとも言える、非常に気楽な相手であった。

昭和の遺産のような部屋にパソコンがあるのはどこか不釣り合いだが、毎夜それと真剣にじっと向き合っている。構われるのは好きじゃないけれど、その熱中した背中を見ると邪魔をしたくなるのが、ネコでも化け猫でも変わらぬサガというものだ。バイトから帰ってから寝るまでのわずかな時間で、少しずつレポートを進めているときに、ゲーテはおもむろに起き出して男に気まぐれにすり寄ってみた。

「外かい?」

そう言って玄関をそっと開けるが、そうではないと訴えるように足にまとわりつく。

「ご飯は今あげたばっかりだろ。明日の朝までガマンしてくれ」

扉を閉め、再び画面に向き直る。

「あ、こら」

キーボードの上に乗り、狭いところで窮屈そうに尻をこちらに向けてわめく。

「ポピー、あとでかまってやるから、ちょっと待ってて」

そう言ってどかされても諦めずに乗り直し、西はため息をついてその日はレポートに手をつけるのをやめた。ぐるにゃーん、とノドを鳴らしながら甘えた声で鳴く。西が布団の上に寝そべり本を読み始めると、胸の上でゴロンとやりだした。

「かわいいなあポピー。そっけなくされると甘えたくなるんだな。あまのじゃくな奴だ」

グルグルとノドを鳴らし、文庫本のヒモにじゃれつく。

「君が来てからというもの、文字に関する作業がまったく手につかなくなったよ。……でもまあ、ずっと外にいて構ってやれないからな。悪いパパでごめ……ぶっ……」

ゲーテが西の顔の上に、背中をドスンとぶつけるように寝転がり、思わず笑った。

「わかったよ。もう電気を消そう」

おやすみ、と言って電燈のヒモをひっぱった。九月の半ばを過ぎ、少し肌寒くなってきたので、ゲーテは男の脇のあいだにぴったりと挟まるようにして丸くなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

スライムパンツとスライムスーツで、イチャイチャしよう!

ミクリ21
BL
とある変態の話。

処理中です...